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永劫のセツナ  作者: ALOE
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取引き

風が止んでいた。

対峙する二つの影。

小さな仮面の男と、大きな帝国の武人。

ヴァルクスは腕を組み、目の前の男を見据えていた。


セツナはゆっくりと仮面に手をかける。

そしてそれが外された。


(あら)わになったのは、紛れもない——人間族の顔だった。


ヴァルクスの視線が止まる。

ほんの一瞬眉が動いたが、すぐに険しい顔へと変わった。


「……人間…か」


ヴァルクスはそう言うと、しばらく何も

言わなかった。

ただ、射抜くような目でセツナの瞳を見ていた。


そして、わずかに鼻を鳴らす。

「本来、明確な意思も持たず、ただ生きているだけの

人間族。それがこうして俺と対峙している。」


ヴァルクスは続ける

「色々と聞きたいことはあるが、そんな事は

今はどうでもいい。

いずれにせよ……

種で価値を測る連中には、一生理解できまい」


再び視線を上げる。

その目は、先ほどまでとは僅かに違っていた。


「だが――」


一歩、踏み込む。

「問題はそこではない」


セツナは黙っている。


ヴァルクスは続けた。

「人間族であるというだけで、この世界は生き辛いだろう。

貴様が仮面を外した覚悟は認めよう。

だが……」


「それがあの娘を解放する理由にはならぬ。」


「少なくとも、選ばせないといけないと。

ただそれだけです。

どのような大義があろうと。」

セツナは静かに言った。


セツナは続ける。

「選べる状態を守る」


ヴァルクスの眉が僅かに動く。


「奪われるのでも、与えられるのでもなく

自分で決められるようにする」


ヴァルクスの肩に桜の花びらが1枚、舞い落ちてきた。


「……綺麗事だな」

そう言うと、肩に乗った花びらをつまみ

前に差し出すと、それは一瞬で灰になった。


ヴァルクスは続けた

「それは力では変えられぬ。

同じ事を繰り返すだけだからだ。

できると思うのか?」


「わからない」

セツナはヴァルクスの目を見ている。


「だけど、それ以外を選ぶつもりはない」


二人の間を抜ける風が砂塵を巻き上げる。


ヴァルクスはゆっくりと目を閉じた。

そして、小さく息を吐く。

「……一度出来上がった仕組みを変える事は

難しい。それによって恩恵を受けている者達が

それを守る事に必死になるからな」


ヴァルクスがそう言うと、後ろにいた二人の護衛が

ちらりとお互いの顔を見合わせ、腰の剣の柄に

手を置いた。


セツナはそれを見逃さなかった。


だが――

その瞬間だった。

背後で、兵が駆け寄る気配があった。


「ヴァルクス様!」


兵がヴァルクスに駆け寄ろうとした時

二人の護衛が兵の肩をつかんで制止した。


ヴァルクスは顔を動かさず、目線だけをそちらに向ける。

「何だ」


兵は護衛の兵に挟まれながら息を切らせている。

「クロフォード様より内伝です――」


ヴァルクスの表情が硬くなる。


ヴァルクスはパチンと指をならす。

すると兵の拘束は解かれ、その兵はヴァルクスに耳打ちした。


ヴァルクスの表情は一瞬こわばったが、また元の顔に戻った。


セツナはヴァルクスを見つめる。


「いや、お前には関係のない事だ。

混種の子供については時間をくれ。

なんとか上に掛け合ってみよう。」


「本当か?」


「ああ…」

ヴァルクスの目が一瞬泳いでいるように見えた。


こうしてヴァルクスたちは足早に去っていった。



「セツナ殿…」


後ろで声がした。


「すまない…素顔まで晒させてしまった。」

ルモルグ長老の落ちくぼんだ目には疲労の色がはっきりと

見て取れた。


「気にしないでください。

それよりも僕のわがままで事が大きく

なりそうですね…」


これ以降、村に戻るまでの間、二人の間には

沈黙が続いた。



ヴァルクスは飛空艇に戻る道すがら

ため息をついた。


(あのクロフォードの旦那が取り逃がすわけがない。

あのジュリとかいう混種の娘と使徒…

一体どうなってる。脱走とは…まったく厄介事ばかり

だ…)


その時、ヴァルクス付きの衛兵の一人が切り出した。

「ヴァルクス様、僭越(せんえつ)ながら…」


「なんだ?」


「…あのセツナとかいう人間。あのまま放置しても

よろしいのでしょうか? それに、検討すると

おっしゃられましたが…」

衛兵は言葉を選びながら言った。


「取引の対象が脱走したんだ。あの時点で約束は破綻してる。

それにあいつは…大丈夫だ。」

ヴァルクスの顔がほころんだ。


それを見た衛兵二人はまた顔を見合わせ

目を細めた。





――帝国飛空戦艦・内部。


冷たい通路を、少女が走っていた。

ジュリは先ほどの事を思い返していた。


——ジュリの頭にふと声が聞こえた。


「手を伸ばせ、あそこだ、あの黒い棚の横だ」


ジュリが目を向けるとそこには鍵の束が掛けてあった。

言われるがまま、手を伸ばす。


すると、ジュリの指先から何かが飛び出し

鍵の束を絡め取り、すぐに戻って来た。


「何……?」

ジュリは恐怖に押しつぶされそうになっていた。


「娘…お前はここから出たいと思わんのか?」

声がそう言った。


ジュリは泣き出しそうだったが

勇気を振り絞った。

「あなたは誰? 私に何をしたの? お兄ちゃんの所へ

早く帰りたい」


「娘、お前の質問に興味はない。我の言う事を聞け

この鍵で扉を開け、ここから出るのだ。」


ジュリは恐る恐る自分の指を見た。

何もない、いつもの指だった。


「早くしろ、ウスノロが!」

声の主は語気を強める。


ジュリの頬に涙が伝う。

しゃくりあげながら

「うう……ど…れ?」

べそをかきながらリングに通してある鍵の束を

指でまさぐった。

「帰る…帰る…」


「一個ずつ試せ 早くしろ!」


そうして、4番目に試した鍵で扉が開いた。


「走れ!」


ジュリは言われるがまま、戦艦内の細い廊下を走り出した。

必死で走った、おぼつかない足で。


「次の角を左だ」


声の主の道案内は的確だった。

まるで見つからない事を知っているようだった。

不自然に静かで人気の無い事にジュリは気づく

筈もないが…


いつしか、ジュリは泣くことを忘れていた。

絶望の中に希望が少し顔を覗かせていた気がした。


「その部屋に入れ」


声の主の言われるまま、小さな扉を開けた。


「声を出すなよ。しばらくここで待つんだ。」


「……」

「……」


今になって、ジュリは恐怖が少し薄らいできていた。


ジュリは心に余裕が出てきたせいか、つい声に出してしまった。

「おじさんは何者なの?」


「おい!声を出すな。それにおじさん!?」


ジュリは思わず両手で口をふさぐ。


「娘、我はおじさんではない、れっきとした名がある。

第25使徒ギャリガン」


「……ギャリガン」

その名を、口にする。


「静かにしろ!」


ギャリガンがそう言った瞬間


ジュリの人差し指の先から

長細い触手が這い出してきた。

触手はジュリの頭をぺチぺチと

叩くがジュリには全く効果がなかった。


ジュリはもう片方の手で触手をつかむと

じっくり観察した。


よく見ると先っぽに目がついていて、ぱちりと

まばたきした。


「あなたがギャリガン?私の指はどうなってるの?

よろしくね。」


ジュリはギャリガンに微笑んだ。


「くっ…なんたる屈辱…高貴なる我が一族の

末裔たる我にこのような…」



その時

「おい! こっちだ 声がしたぞ!」


部屋の外で兵士たちが嗅ぎつけたらしい。

数人の駆ける足音が近づいてきた。


「娘…見つかったではないか、お前のせいだ。

…合図をしたら走れ、いいな!」


ジュリは頷くと

また泣きそうになった。


戦艦の廊下を歩く男がいた。


「誰だ、俺の瓶を差し替えたのは!?」


マントを翻し、大股で歩く男

フォクシールだった。


「まあ、だいたい察しはついてるがな…」


(そもそも使徒を外に持ち出す事が禁じられている。

それがこの船の中で見つかったとあれば…私は…)


「早く捕まえろ!急げ!」

フォクシールは前を歩く兵士の背中を足蹴にした。


————————



バタバタと船内があわただしい中

一人ラウンジでグラスを傾ける男がいた。


「抜けたようだ…」


「フフ…フォクシールめ、あの慌てよう

さて、何が出るか。」


どこまでも続く雲の彼方を見ながら

ニヤリと笑うクロフォードの顔が

窓に映った。


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