60話 雷鳴の一閃
奴が、ぴたりと動きを止めた。
視線だけが動く。部屋の隅、天井の梁、壁際。ぐるりと確かめてから、俺に目を戻す。
片手を広げる。制止の合図だ。
俺は踏み出しかけた足を止めた。
エレナも同じタイミングで息を呑む。
何だ。今さら、何を。
「ここで戦ってもいいが、お互い都合が悪いだろう?」
「都合が悪い?」
俺は思わず聞き返した。龍角が戦いを避けるなんて、そんな発想が最初からなかったからだ。
「俺としては寝床が壊されるのが気に入らん。だが、お前らの仲間、まだ中で戦ってるんだろ。ここで暴れたら、まとめて埋まるぞ。それでもここでやるなら、付き合ってやるが?」
ニッと笑ったのが見えた。あいつは最初から分かって言ってる。
こいつらは埋まっても生きるかもしれない。
でも俺たちは終わりだ。
崩れたら中の仲間も人間も全滅する。
俺とエレナだけは、気づいた時点で逃げられる。だからこそ、ここではやれない。
「かといって戦わないってわけじゃないんだろ?」
「すぐそこに闘技場がある。そこでやるってのはどうだ!」
俺はエレナを一度見た。
エレナは迷いなくうなづく。好きにやれ、って顔だった。
奴は背中の翼を広げ、闘技場の方に飛んで行った。
巨大な翼が風を切り裂き、黒い影が遠ざかる。
俺は一瞬だけ視線を追った。
奴の背中は、もう豆粒くらいの大きさだ。
俺はエレナの腰に手を回した。
「シビさん!」
エレナの声が、びっくりしたように跳ね上がる。
彼女の体が一瞬硬直して、
顔がぱっと赤くなるのが横目で分かった。
抗議のつもりだったんだろう。
「な、何ですの急に……!」って言いながら、エレナは俺の胸を軽く叩こいてきた。
力が入ってなくて、ただぽふっと当たるだけ。
その手が、俺の胸に触れた瞬間、彼女自身がまた顔を赤くして、「も、もう……!」って小さな声で抗議してきた。
「落としたくないだけだ。掴まってろ」
「そ、そういう問題じゃ……っ」
言いかけたところで、龍角の翼が闘技場の方へ向けて広がった。
エレナは悔しそうに唇を噛んで、結局、俺の胸元の布をきゅっと握った。
「……お願いしますね」
「もちろん」
俺はそのまま飛翔呪文を唱えた。空気が軽くなる。
龍角について飛び去った。
この呪文では空中戦になったら不利でしかないと改めて実感した。
風が耳元で唸り、地面が遠ざかる。
エレナの体温が、俺の腕に伝わってくる。
彼女は俺の胸に顔を寄せて、
「シビさん……気をつけてくださいまし」って小さな声で呟いた。奴が到着して俺の方を見つめていた。
奴は地面から俺の方を見つめていた。
正々堂々なのかわからないが、飛んでる最中奴からの攻撃がなかった。
俺はエレナを闘技場の端に降ろしてから、
敵の方に歩き始めた。
「待ってくれるなんて優しいじゃん」
「あそこで撃ち落としたら、ここに来た意味がない。三か月でどのくらい強くなったか、見てやる」
「その余裕が命取りになるってこと、教えてあげるよ」
龍角が笑う。目が冷たい。
「手も足も出なかった小娘が大口たたくわ。そこの娘は参加しないのか?二人同時でも構わんぞ」
「わたくしはシビさんのフォローをいたしますわ。悔しいですが、間に入れば足手まといになりますので」
「バックはよろしくな、エレナ」
「任せてください。必ず力になりますわ」
「なら、やろうか」
奴が手を横に広げた瞬間。
何もなかったはずの手に、龍角の手にハルバードが握られていた。
武器が現れた、というより、元からそこにあったみたいに感じた。
「今度は手加減はしないぞ」
言い終わるより早く、奴が手を払うと、俺の周囲で爆発がいくつも弾けた。
俺は魔力探知の呪文を使い、爆ぜる位置を確認する。
足を運び、半歩ずらして身を沈めた。
爆風は俺のすぐ脇を抜けていった。
俺が爆破を避けきった瞬間、奴が踏み込んだ。
騎兵の槍みたいな速さで、距離が消える。
騎兵の突進以上のスピードで迫ってきた。
ハルバードの刃が、赤く燃えながら俺を切り裂こうとする。
俺はその攻撃を受け止めるのではなく、その攻撃を逆らわずに柳が風に逆らわないように回避をする。
戦士技能の基礎技の一つ、風柳を使用して万事を逃れた。
刃が空を切り、熱風が頰をかすめる。 俺はそのまま奴の方に走り出す。
相手に到着するまでに、力ある言葉を発する。
「深淵なる我がうちに宿る力よ、剣に宿れ。魔力の刃」
俺が今装備している武器前部に魔力がまとわりつく。
ミスリル銀の刃が青白く輝き、切れ味が拡大する。
俺は一気に間合いを詰め、奴に四連撃を放つ。
俺の得意技の一つ、裂華。
四回の連続斬撃が青白い閃光の軌跡を描き、奴の体を捉えた。
奴は地に足を踏み込み、正面から受けた。
刃がぶつかって火花が散る。
それでも、奴の体はほとんど揺れない。
効いてない。ノーダメージに近い。
嘘だろ?
魔力をエンチャントして、前より攻撃力は上がったはずだ。
それでも、ほとんどダメージを与えられないのか。
そう思った瞬間、龍角の口がこっちを向いた。
奴の口がこちらに向いた。
次の瞬間、炎の息が俺の方に飛んできた。
赤黒い火柱が、俺を焼き尽くそうとする。
俺はすかさず、太ももに手を叩き、力ある言葉を発す。「跳躍!」
体が軽くなり、俺は一気に上空へ跳んだ。
炎の息が下を通り抜け、地面を焦がす。
俺は空中で体を捻り、落下しながら一刀両断を放つ。
ミスリルソードが炎を切り裂き、奴の肩を狙う。
奴は左手の爪だけで受けきり、俺を弾き飛ばした。
衝撃で腕が痺れ、俺は後方へ吹き飛ぶ。
着地して膝をつく。息が上がるのがわかる。
立ち上がった瞬間、俺の体に黄金の膜みたいなものが張られた。
「シビさん。防御力上昇の呪文をかけましたわ」
「助かる」
エレナの神聖呪文が、彼女の優しさみたいに俺の身体を包み込む。
女性の応援って、なんでこんなに力が出るんだろう。
……だが、感傷に浸る時間は一秒もなかった。
龍角は上空に上がり大きく息を吸って、最大級だと思われる炎の息を地面にぶつけてきた、
俺は加速の呪文を使い、エレナの前に立ち、炎の息が届く前に力ある言葉を発した。
「水の精霊ウィンディーネよ、主を包み、水の膜を張り、炎から守り給え!水膜球」
青白い光が一瞬、俺の周りに広がった。
透明な水みたいに淡く光る輪郭。薄い青緑の衣が揺れている。
水の精霊ウィンディーネが現れた。
冷気が肌を撫で、水の膜が俺とエレナを大きな球体で包む。
炎が押し寄せても、熱は膜の向こうで暴れるだけだった。
その瞬間、胸のあたりにひんやりとした感覚が広がる。
水膜が張られ、まるで冷たいヴェールに包まれたみたいだ。
周囲の炎の熱を感じながらも、体は守られていた。
「ありがとうございます。シビさん」
炎の息が止まった瞬間、水の球も弾けた。
次の瞬間、龍角が目の前に現れる。
距離が一瞬で詰まり、奴の巨体が俺の視界を埋め尽くした。
息を吸う間もない。右拳が俺の腹に深々と突き刺さる。
衝撃は鈍く重く、内臓が一気に潰れる感覚が走った。
肺の空気が全部押し出され、息が詰まった。
「ぐっ……!」
体が宙に浮いた。
足が床から離れ、世界が傾く。
視界がぐるりと回った瞬間、尻尾が横薙ぎに飛んできた。
振り向きざまの一撃が脇腹を叩き潰し、肋骨が折れるみたいな激痛が走る。
「がはっ……!」
俺は吹き飛ばされた。体が回転しながら後方へ飛び、石の床を何度も転がる。
砂埃が顔に当たり、口の中に土と血の味が広がった。
背中が擦れて、痛みが全身を駆け巡る。息が詰まり、視界が白くなる。
「シビさん!」
エレナの声が遠く聞こえてきた。
意識が一瞬だけ沈みかけたけど、エレナの防御力上昇の呪文が効いていたおかげで助かった。
それが無かったら俺はここで終わっていたかもしれない。
龍角はエレナの事を気にも留めずに俺に近づいてきたので、俺は地面に手を当てて力ある言葉を発する。
「大地よ、我が意に従い、鋭く尖った槍を敵に突き刺せ!土陣鋼槍!」
硬い地面が、まるで巨大な生物の牙のように重い振動を立てて波打った。
ゴゴゴゴッ……!
土が割れ、鋼鉄のように鋭く尖った岩の槍が、一斉に地面から天へと突き出す。
無数の岩槍が、無数の岩槍が、龍角の巨体をめがけて牙みたいに襲い掛かった。
地面が裂け、土煙が舞い、鋭利な岩が奴の足元を貫こうとする。
奴は迫りくる岩の突起を龍の爪で切り裂いてこちらに向かってきた。
ガキィン! ガキィン!
岩槍が次々と弾かれ、破片が飛び散る。
俺は舌打ちしながら、奴の獰猛な獣のような爪の攻撃を薙いでかわす。
爪が空を切り、熱風が頰をかすめる。
その隙に、俺は奴の腹に手を当て、爆撃の呪文を放つ。
ドオオオオン!
爆風が奴の腹を直撃。龍角の巨体が後ろに吹き飛び、地面を抉りながら転がる。
土煙が上がり、奴の体が一瞬止まった。
俺はそのまま追尾して、言葉を叩きつける。
「暗黒の矢よ、敵を貫け!魔法の矢!」
追尾性の魔法の矢が10本、紫黒い光を放ちながら奴に襲い掛かった。
牽制の一撃だったが、奴の口元がにやついているのが見えた。
効いていない、という顔だ。
俺は剣を構え、空気を切り裂くように横に振り抜いた。
剣の軌跡に沿って空気が歪み、真空の刃が生まれる。
戦士の遠距離技、虚空波。
真空の波が龍角に向かって飛んでいく。
シュパァァン!
だが、奴は大きく息を吸い込んだ。
次の瞬間、咆哮が闘技場を揺らす。
「グオオオオオッ!!」
衝撃波がぶつかり、俺の体が押し返される。
踏ん張った足が滑り、距離がまた開いた。
あのミスリルゴーレムよりは圧倒的破壊力はないかもしれないが、あいつよりはるかに強い。
エレナもサポートをしようとはしているのだが、龍角が目で牽制して、なかなか出来なかった。
「ゴミみたいな人間にしてはやる方だが、俺には届かんらしいな」
「ならこれを受けて耐えられるか?」
「それがお前が放つ最後の技になるだろう。なかなか楽しかったぞ」
俺は力ある言葉を発する。
「雷神の怒りよ、闇の雷よ!我が意に従え!『雷鳴の裁き《サンダーボルト》』!」
詠唱と共に空を覆う雷雲。
だが、雷撃は落ちない。
「呪文の詠唱を間違えたか。拍子抜けだな」
「……それはどうかな!」
俺は牽制の魔法の矢を10本同時に放つ。
奴がその爪で矢を薙ぎ払った瞬間、俺は一気に間合いを詰め、戦士の奥義を繰り出した。
「喰らえ、断轟!」
「無駄だ、貴様のその技はまだ未完成だ!」
奴は嘲笑いながら、ダイヤモンドすら凌駕する硬度の爪で俺の一刀を跳ね返そうとする。
だが、その接触の寸前、俺は天を指差した。
「来い、雷神!」
その瞬間、空に待機させていた雷の力が、避雷針みたいに俺のミスリルソードへ一気に収束した。
「なっ、まさか魔法を剣に……!?」
剣が紫白く輝き、雷鳴が轟く。
俺は振り切った。
青白い閃光を纏った刃が、豆腐でも切るみたいに奴の爪を両断し、そのままその身体を真っ二つに切り裂いた。
「転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~」をお楽しみいただけましたか?
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