57話 激突する螺旋――水流と暴風の臨界点
ミノタウロスは、雷撃を受けてもその巨体を微動だにさせず、冷徹な目で俺を見つめ返していた。
その表情に、驚愕と同時に、戦意をかき立てられる。
「無駄だ、そんな小手先の攻撃じゃ俺には効かん。」
やつは、舌打ちのような低い音を漏らしながら、無慈悲にその巨体をさらに前進させてきた。
斧を肩に担ぎ、その刃はまるで鋼のように光り、俺を切り裂こうと狙いを定める。
俺は力ある言葉を詠唱する
「水よ、回れ。刃よ、刻め。渦巻く螺旋が、すべてを切り裂く。螺旋刃
俺は左手を突き出すと、水の流れを呼び寄せる感覚が手のひらに集まった。
瞬時に、直径30センチほどの青白い円形の刃が浮かび上がる。
縁には鋭いのこぎりの刃のような突起がびっしりと並び、回転するたびにその刃が鋭く輝く。
水流は螺旋状に固まり、柄が俺の手にぴったりとフィットする。
刃が高速で回転し、空気を切り裂く音が響く。
回転するたびに、ギュルルルルッ……という低く唸るような水音が響く。
俺はそれを軽く振り上げた。
水の円盤が高速回転を始め、鋸歯が空気を切り裂く音がする。
「なんだその呪文は?たかが水ごときで俺を切れると思うのか?」
「知らないだろ。これが俺が研究した呪文だ」
昔遊んだゲームに回転のこぎりってあったので、刃の部分を超回転する水の刃にさせてもらった。
「人間如きにもったいないが見せてやる。あの方にいただいたこの斧の力をな」
奴をかなり距離があるはずなのに、咆哮と共に巨斧を横一文字に振るう。
刹那、巨斧から放たれたのは風などという生易しいものではなかった。
視界の端から端までを埋め尽くす、白銀に輝く「真空の断層」が波となって押し寄せたのだ。
その一撃は、触れるものすべてを分子レベルで切り刻み、音もなく空間そのものを削り取っていく。
「一か八か、やってやる!」
俺は大声を出し、目前の竜巻に向かって螺旋の水の刃を叩きつけた。
ミノタウロスの巨斧が放つ極大の真空波と、右手に唸る水の鋸刃が正面から衝突する。
「ゴォォォオオオンッ!!」
大気が悲鳴を上げ、視界が真っ白な衝撃に染まった。
すべてを切り裂く暴風が水を霧に変えようと荒れ狂い、
高圧の水流が真空を強引に押し返そうと弾ける。
臨界点を超えた二つのエネルギーは、戦場の中央で視界を奪うほどの激しい水蒸気爆発を引き起こした。
凄まじい衝撃波が俺とミノタウロスを反対方向へ吹き飛ばす。
俺は事前に展開していた《アクア・ヴェール》のおかげで、辛うじて致命的なダメージを免れていた。
立ち込める爆煙と霧の渦中。しかし、そこには異質な音が響き続けていた。
――ギュルルルルルルッ!!
真空の斧に抉られ、地形が変わるほどの破壊が吹き荒れた大地。
その爆ぜる大気の中心で、青白い光だけは消えていなかった。
俺の手を離れた水ののこぎりは、皮肉にもミノタウロスの暴風を『燃料』にするかのように回転を速め、不気味なほど鋭い咆哮を上げながら空気を削り続けていた。
爆煙が晴れた戦場で、ミノタウロスは目を剥いた。
全てを切り裂く自らの真空波と真っ向からぶつかり合い、霧散するどころか、さらに回転を速めて唸りを上げる「水の鋸刃」。その理外の光景に、巨獣の思考が一瞬止まったかに見えた。
「……驚くのは、まだ早いぜ!」
俺はその隙を逃さず、地を蹴った。
空中を舞い戻った「水ののこぎり」を再び左手に宿し、ミノタウロスの鋼鉄の体。
いや、ダイヤモンド並みの硬度を誇る胸板へと叩きつける。
ギュリィィィィィィィッ!!
金属同士が削り合うような、耳を刺す激痛のごとき音が響く。
だが、相手は怪物だ。超高圧の水流を以てしても、刻めたのは指の先ほどの浅い傷跡に過ぎなかった。
「チッ、これでも奴を切り裂くほどじゃないのか」
反撃の巨斧が振るわれる寸前、俺はあえて後方へ大きく跳躍した。
三メートルの巨躯を見下ろす高さまで一気に跳ね上がり、空中で指を組み、一気に魔力を練り上げる。
狙いは、先ほど刻んだ傷跡だ!
俺はすぐに力ある言葉を発する。
「天より落ちる紫の罰よ……稲妻を集め、槍を成せ……貫け、魂まで焼き尽くせ……紫電穿槍!」
左手から紫の雷光が一気に噴き出し、
青白い稲妻が螺旋状に回転しながら凝縮していく。
細く鋭い槍の形を成し、先端が針のように尖る。
槍の表面を細かな雷が走り回り、チリチリと焼ける音が響く。
空気が震え、鉄の匂いが漂う。
俺は左手を軽く振り抜いた。
シュパァァン!
紫の電光が一直線にミノタウロスの胸に刻まれた濡れた傷口へ飛んでいく。
「――ガ、アアアァァッ!?」
水は電気を通す。強固な外皮を素通りし、雷撃の破壊エネルギーが巨躯の内側を直接焼き、強引に麻痺させた。
巨獣の動きが止まった。ここが勝機だ。
俺は着地と同時に、ミスリルソードに力ある言葉を発する。
「燃えろ、炎よ……剣に宿れ。炎剣 」
剣身に炎の魔力を流し込むと、刀身を覆うミスリルが過熱し、猛烈な紅蓮の炎を纏い始める。
俺は再び、雷に焼かれ硬直するミノタウロスへ向かって戦士の技の突進技・牙衝を使用した。
狙うは、雷撃で脆くなり、熱を帯びたあの一点。
「これで……終わりだ!」
ミスリルソードの熱量と、俺の全速力の突進。
赤く輝く一閃が、ミノタウロスの鋼鉄の肉体を「断層」となって貫いていく。
ミノタウロスの巨躯が、轟音と共に地に伏した。
胸元からは黒煙が上がり、ミスリルソードが刻んだ致命の傷は、勝利の証として刻まれている。
「はぁ、はぁ、……やった、のか……?」
俺は剣を杖代わりにし、どうにか片膝をついて身体を支えた。
視界がちかちかと点滅する。魔力を絞り尽くし、筋肉は悲鳴を上げ、指先ひとつ動かすことさえ億劫だ。
周囲からは仲間の歓喜の声が聞こえ、あんなに獰猛だった魔物の軍勢が、恐怖に震え、後退し始めている。
「……ガ、……ルル……」
地獄の底から響くような低母音が、戦場を凍りつかせた。
倒れたはずのミノタウロスが、折れた角を震わせながら、ゆっくりと、執念だけで立ち上がったのだ。
「馬鹿な……心臓を貫いたはずだぞ……!?」
仲間の叫びを無視し、巨獣は自らの首筋に浮かび上がった不気味な「紋章」を、血塗られた手で掴んだ。
その瞬間、大気が爆ぜた。
傷口から溢れ出すのは鮮血ではない。それは、ドス黒い赤を帯びた「燃え盛る闘気」だった。
炎のようなオーラが全身を包み込み、ダイアモンドの皮膚を赤熱させ、傷口さえも無理やり焼き固めていく。
「ア、アァァァァァァァッ!!」
理性を捨て、ただの「破壊の権化」と化したミノタウロスが、炎の尾を引きながらこちらへ突進してくる。
速い。先ほどまでの比ではない。
動け……! 動けよ、俺の体……っ!
必死に脳が命令を出すが、酷使された四肢は鉛のように重く、地面に張り付いたままだ。
網膜に焼き付くのは、迫りくる炎の巨斧。
死の熱風が、すぐそこまで迫っていた――。
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