17話 ガーディアン登場
俺たちは休息の片づけを終え、階段を下った。
降りた先は、かなり広い空間が口を開けていた。
高さだけでも十メートルくらいはあるのか。広さもランタンの明かりが届かないくらいで、先がよく見えない。
「エレナ?」
「どうかいたしましたか?」
「帰っていいか?」
「いきなりどういたしましたか?」
エレナは驚いた感じでそう言ってきた。そりゃそうだよな。
普通はここまで暗いと何も見えないはずなんだけど、盗賊スキルの暗視があるのが、こういう時は逆につらい。
少しでも明かりがあれば、闇の中でも輪郭が浮かび上がってしまう。
「向こうの方に扉があるのだが、その前に三メートルぐらいの石像がある」
「石像ですか?」
「これまた『いかにも動きますよ』って感じの石像だな」
「動くと思いますか?」
「扉の前に石像だぞ。反対に、動かないと思うか?」
「動くとなると、ストーンゴーレムですか?」
「たぶんな」
ゴーレムってやつは、素材でだいたいヤバさが決まる。
死肉とか骨のゴーレムもいるけど、石のゴーレムは上から数えた方が早い。
あの拳、まともに食らったらお陀仏だ。小型とか関係ない。あの重さの塊が飛んでくるってだけで、背筋が冷える。
「確かに、二人だけとなると、かなりつらい戦いになりそうですわね」
エレナの言う通りだ。
前に出られるのは俺だけで、エレナは後ろから支援。
もし一発でもエレナに攻撃が飛んだら、その時点でサポートも何もあったもんじゃない。
ルナ・サイトでじっくり周囲をなぞるみたいに見ていくと、壁から天井にかけて、見落としそうな赤い印がいくつも浮かんでいるのが見えた。
どう見ても、赤外線センサーみたいな代物だ。もちろん盗賊スキルでどうにかできる類じゃない。
あのラインをもう数メートル進んで踏み抜いたら、扉の前の石像が動き出す。たぶんそういう仕掛けだ。
やれることは二つ。
一つ、逃げる。たぶんそれをやったら、この依頼は失敗だろう。
二つ、戦う。分かっていて真正面から突っ込むのはバカだ。やるなら準備してからだ。
ここは高さも広さもある。思い切り暴れても、天井に頭をぶつける心配はなさそうだ。
だったら、火炎流を撃ちながら突進して、最初の一撃でどれだけ削れるかに賭けるのがいちばんマシか。
「一応、案はあるぞ」
「お聞きしても?」
「たしか祝福の呪文があるよな。戦闘の時に保護をかけるやつ」
「戦神に祈祷するよりは効果は薄いですが、戦闘のための祝福呪文はありますわ。慈愛の女神でも、生き残るための戦いはだめとはおっしゃっておりませんわ」
「その間に、俺は武器を魔法で強化する。そのあとで攻撃呪文を放ちながら突進するって作戦だ」
「気づかれずに何とかする方法は、ございませんか?」
「四方八方に、あれを動かす罠が仕掛けてある。俺がどうにかできるのは一か所だけだな。でも、それ以外のどこかに引っかかったら、結局必ず気づかれる」
「そうなりますと、気づかれずに突破するのは無理、ということですわね」
「だから、不意打ちで先制攻撃して、相手が攻撃してくる前に倒せれば、一番楽だな」
「なら、呪文を唱えますわ」
エレナがベルのついた錫杖を掲げ、静かに祈り始めた。
祝福の呪文が完成した瞬間、体の芯からじんわりと力が満ちてくる。
「深淵なる我がうちに宿る力よ、剣に宿れ。魔力の刃」
俺も力ある言葉を紡ぎ、自分が装備している武器に魔法の強化をかける。
|祝福のおかげで、さっきまでのざわつきが嘘みたいに消えて、意識がきゅっと研ぎ澄まされていくのが分かる。
「業火の精霊よ、我が意に従い、敵を焼き尽くせ。火炎流」
掌から炎が奔流となってほとばしり、扉前のストーンゴーレムめがけて飛んでいく。
炎が直撃して爆発したその瞬間、俺は全速力で地面を蹴った。
盗賊技能の影走りでさらに加速し、爆炎の手前、ゴーレムとの距離があと一歩になったところで大きく踏み込む。
一成をおこなった。
戦士技能の踏み込み技だ。本来は一歩分、間合いを伸ばすための技だけど、思いきり体重を乗せて踏み出せば、その分だけ一撃の重さも増す。
戦士技能の奥義断轟。防御壁すら切れる戦士最大の攻撃技だ。
俺は刃を大きく振りかぶり、ゴーレムめがけて全体重を乗せて叩きつけるように振り抜いた。
石とは思えない、分厚い何かを断ち割ったみたいな手ごたえが、腕を通してずしりと伝わる。
石煙の中で、一瞬だけゴーレムの目が光った気がした。
次の瞬間、無数の石つぶてが俺に向かって飛んでくる。
一撃を振り抜いた直後で、回避は無理だと判断する。
俺は避けるのをあきらめ、身体全体に力を込めて、正面から受けに回った。
石つぶてをまともに浴び、その威力に押されて、俺の体は後ろへ吹き飛ばされる。
「シビさん!」
「大丈夫……だ」
とっさに戦士の防御技金剛が間に合ったからよかったものの、
もし遅れていたら、近距離からの石の散弾で、そのままあの世行きだっただろう。まったく。
そりゃそうだよな。
ここに来るまでに普通じゃないことが山ほど起きてたのに、扉を守ってるやつだけ「普通の」ストーンゴーレムなわけがないか。
俺は剣を杖代わりに地面につき、体を起こして、もう一度ゴーレムと対峙した。
エレナがこちらに走ってくる途中、何かを唱えていると思ったら、俺の身体の傷がじわじわと癒えていく。
どうやら治癒の呪文をかけてくれたらしい。
「シビさん、今の攻撃、もう一度まともに受けたら本当に危険ですわ。
守備の光をかけます」
エレナが錫杖を胸の前で構え、鈴をかすかに鳴らしながら祈りの言葉を紡ぐ。
「慈愛の女神アウリスよ、その光でわたしたちを包み、迫りくる刃と衝撃を遠ざけ給え。守備の光」
ふわっと淡い光が俺の体を包み込んだ。肌のすぐ外側に、薄い壁みたいなものが張りついた感覚がある。
「さっきより体は軽いのに、どこか鎧を一枚足したみたいな感じだな」
「防御呪文をかけましたわ」
「助かる。……やっぱり一撃が弱いな」
俺はそうつぶやいた。女性の身体だから仕方ないが、予想よりはるかに非力に感じる。
少なくとも以前の俺の筋力くらいあれば……まあ、ない物ねだりしても仕方ないか。
石煙が晴れ、ようやくご対面となったゴーレムは、思った以上のダメージを受けていた。
全身のあちこちにクモの巣みたいなひびが走り、石肌が不規則に歪んでいる。
この攻撃で無傷なんてことになったらシャレにならなかったので、とりあえず一安心だ。
ゴーレムがこちらに向かって腕を振り下ろしてくる。
ひびは入っているが、動きそのものはまだ十分速い。
休息明けで体がよく動くこともあって、俺はその一撃をギリギリのところで身をひねってかわした。
「次で決めるな」
「ですが、ひびが入っているとはいえ、動きが鈍っているわけではありませんわ。ご用心を」
「了解したよ」
俺は身体を弓なりに反らせて、ゴーレムめがけて突進した。
戦士技能の一つ、牙衝。
さっき入れたひび割れを狙って、一直線に踏み込む。
刃がひびの奥までずぶりと差し込む感触があって、俺はそのまま手を放した。
柄を蹴り上げるようにしてさらに押し込み、後ろへ飛び退きながら力ある言葉を吐き出す。
「雷神の怒りよ、闇の雷よ! 敵を貫け! 雷鳴の裁き!」
指先に集めた雷撃を、ゴーレムに突き刺さったままの剣めがけて叩きつける。
次の瞬間、剣に宿っていた魔力と雷が共鳴したみたいに、空気がビリビリ震えた。
やばい。これ、想像してたより出力が高い。
俺は反射的にエレナの方へ駆け寄り、そのまま抱きかかえるみたいに押し倒した。
エレナが真っ赤になって俺を見上げた瞬間、背後で視界が真っ白になるほどの大爆発が起きた。
「何が起きたのですか?」
「おそらく、エンチャントしてた魔法の剣の魔力と雷が融合して、盛大に爆発したんだろうな」
俺は立ち上がって、エレナに向かって手を差し出した。
エレナは少しだけ顔を赤くしながら、その手をそっと掴んで立ち上がる。
「これで終わりましたわね」
あああああああああ、これ完全にフラグだわ。
エレナがフラグ立ててくれた。
「エレナ、それフラグだ!」
「フラグってなんですの?」
エレナが首をかしげたところで、動きが止まっていたゴーレムの岩の装甲が、バキバキと音を立てて外れていく。
中から現れたのは、青白く光を反射する金属の身体をしたゴーレムだった。
さっきまでの鈍重な石像とは違って、見ただけで「質が違う」と分かる。
「やっぱりフラグじゃねえか。二回戦かよ、まったく」
「わたくし、何かやっちゃいましたか?」
「仕方ないってやつだ。エレナがお約束な言葉を言ったから、お約束な出来事が起きただけだ。気にするな」
「気にいたしますわ」
俺の剣は、さっきの爆発で見るも無残にひびだらけになっていて、とても使い物になりそうにない。
俺はそれを一度鞘に戻し、腰に下げていたショートソードを抜いた。
その瞬間、金属ゴーレムの目がぎらりと光り、口元とも胸元ともつかない部分からエネルギー波が俺たちに向けて放たれた。
反射的にエレナの腕を掴み、跳躍で横へ思い切り飛ぶ。
さっきまで立っていた場所を、白い光の奔流が薙ぎ払った。石床が抉れ、熱気が肌を刺す。
どうやら、マジでつらい戦闘になる予感がしてきた。
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