18話 こんなゴーレムがいてたまるか!
俺は、地面に残った焼け焦げを見て、しばらく言葉を失った。
あれ、レーザーとかビームとか、そういう類じゃないのか?
「シ、シビさん……あれは何ですの?」
さっきまで腕の中にいたエレナが、耳元でかすれた声を落とす。
その声にははっきりと恐怖が混じっていて、やけに近く感じた。
「魔力が通った感じが、いたしませんでしたわ」
「俺にもわからない」
多分、あれは魔法じゃなくて科学兵器だ。
科学技術なんてないはずのこの世界に、何であんなものがあるんだ。
上の階で見たセンサーも、やっぱり赤外線センサーってやつなのかもしれない。
「もしかして……」
「何か知ってるのか?」
「話に聞く旧世界の魔法では、夜でも昼間のように明るく、空を飛び、どんな動物よりも早く地を走る乗り物があったと聞きます」
そこで、俺はエレナを腕から降ろして敵に向き直る。
もしかしたら旧世界は科学が発展した世界だったのかもしれないが、調べるのはこの後だ。
「今そんなこと言っても、何の解決にもならない!」
俺は盗賊技能、戦闘の奥義の一つ、闇夜の断罪を発動する。
影走りで死角に滑り込み、気配を完全に殺したまま必殺の一撃を叩き込む。初手から最大火力をぶつけるための技だ。
「……決まったか?」
言った瞬間、自分で自分のフラグを立てた気がして、心の中で頭を抱えた。
そう思った瞬間、ショートソードがまだゴーレムの体に刺さったままだったことに気づいた。
俺が剣を抜こうとした、その瞬間、体ごと横に吹っ飛ばされてしまった。
「きゃぁあああああ!」
なんて声を出してるんだ、俺は。
相手の方を見ると、ゴーレムの上半身が回転していて、その動きのままハンマーみたいなパンチを食らって吹き飛ばされたらしい。
俺が動こうとした瞬間、あばらのあたりに鋭い痛みが走る。
多分、折れたのかも。
「シビさん、大丈夫ですか?」
「これぐらいわな……」
強がって言ったものの、動くたびに痛みが走って、顔が勝手にゆがんでしまう。
「全然大丈夫そうには見えませんわよ」
エレナが今にも泣きそうな顔で、俺の肩を支える。
鈴の音まで、さっきより不安定に揺れていた。
「少しだけ、じっとしていてくださいませ」
エレナが胸元のペンダントに手を当て、短く祈りの言葉を紡ぐ。
治癒呪文の柔らかい光が、じわっとあばらに染み込んでいく感覚がした。
「……さっきよりはマシになったな」
深く息を吸うと、さっきみたいな激痛はない。
ただ、動くたびに鈍い痛みが残っていて、とても全力で走り回れる感じじゃない。
「ひとまず、折れかけていたところは繋がりましたわ。でもこれ以上無茶をなさったら、またすぐにひびが入ってしまいます」
「贅沢言ってられんだろ」
そう言いながらも、内心では本気で泣きたい。
うっかり笑っただけで痛いとか、冗談じゃない。
ゴーレムは、俺たちを吹き飛ばしたあとも、その場から一歩も動かない。
上半身だけをゆっくり回転させて、胸の奥を不気味に光らせていた。
「また撃ってきますわよ、シビさん!」
エレナの声に合わせて、俺たちは近くの石柱の陰に転がり込む。
次の瞬間、さっきと同じ白い線が床をなぞり、さっきまでいた場所を容赦なく焼き切った。
石床が溶けて黒く抉れ、焦げた匂いが鼻を刺す。
「……今の、半歩でも遅れてたら、俺たちもああなってた」
そう口にした瞬間、胸の奥がぞわっと冷えた。
手のひらの汗がじっとり張りついて、短剣の柄がやけに滑りやすく感じる。
「え? 嘘……こんなの、常識では考えられない威力ですわ……」
俺は奥歯を噛みしめる。
このままあの光を眺めているだけじゃ、じわじわ追い詰められるだけだ。
どこまで斬撃が通るのか、一回は試さないと話にならない。
どこかに、こいつの通る場所があるはずだ。
「……どこまで通るか、一回は試すしかないか」
俺はショートソードを構え直し、一気に間合いを詰める。
「裂華!」
この身体で一番慣れ親しんだ技だ。
軽い踏み込みから斜めに一閃。続けざまに角度を変えて、二撃目、三撃目、四撃目を叩き込む。
素早い連撃で守りを崩して、相手に隙を生ませるはずの技だ。
火花は散った。手にはしっかり手応えも返ってきた。
けれど銀色の装甲に走ったのは、薄い傷が数本増えただけ。
ゴーレムの動きは一ミリも鈍らない。
「嘘だろ」
「シビさん!?」
ゴーレムが上半身をギギギと回転させ、拳をこちらに向けてくる。
俺は舌打ちして、慌てて距離を取った。
「今のが通らないって、マジかよ……」
裂華は、防具ごと敵の体を断ち割るための技だ。
それが“かすり傷”程度にしかなっていない。
この硬さだと、牙衝でも表面を凹ませるくらいが関の山かもしれない。
コアを砕くどころか、たどり着けない可能性すらある。
「どうすれば……っていうか、何の金属なんだよ、これ?」
一瞬だけ、胸の奥が冷たくなる。
ここまで来て、ただ硬いから無理でした、なんてオチは本気でごめんだ。
「シビさん。あの装甲、ミスリル銀ですわ」
ミスリルって、あの有名なミスリル銀かよ。
よりによって、そんなものでゴーレム作るやつがいるかよ。
その時だった。
ゴーレムの右肩の装甲が、ガコンと大きな音を立てて開いた。
中から、太い腕そのものが、節ごと外れるように前へせり出してくる。
背筋がぞわっと冷たくなる。嫌な予感しかしない。
「こぶしが飛んでくるなんて、聞いてないぞ……!」
そう言い終わる前に、その腕が火を噴いて飛んできた。
視界の端で赤い軌跡が一直線に伸びる。避ける体勢に入るより早く、鉄塊みたいな拳が胸の真ん中をえぐった。
厚手の革の上着なんて、あってないようなもので、拳の重さがそのまま骨まで突き抜けた。
胸の中身をまとめて握りつぶされたみたいな感覚と一緒に、肺の空気が一気に外へ搾り出された。
世界がぐるりと反転し、床を何度か転がされてから、背中が岩に叩きつけられる。
息を吸おうとしても胸がうまく動かず、その代わりにあばらのあたりがじくじくと痛みを訴えてきた。
「シビさんっ!」
遠くでエレナの悲鳴が聞こえる。
顔を上げようとしただけで視界が白く弾けて、喉の奥から情けないうめき声が漏れた。
俺は声の聞こえる方に顔を向ける。
ヤバい。このまま意識を手放したら、本気で終わる。
「シビさん、死んではなりませんわ!」
エレナの泣き顔がにじんで見える。
やばい、お前だけでも逃げろって言わないといけないのに、喉がうまく動かない。
「に……げ……ろ……」
かすれた空気が漏れただけで、言葉にならない。
「嫌ですわ。置いてはいきません!」
エレナが、ほとんど転ぶみたいにして俺のそばまで駆け寄る。
震える手で俺の胸元に触れ、ぎゅっと目を閉じた。
「清らなる癒しの光よ、砕かれた身を包み、今ひとたび立つ力を与え給え――聖癒光!」
次の瞬間、砕けたあばらのあたりから、じんわりと温かいものが広がっていく。
焼けるような痛みが少しずつ引いていき、その代わりに、全身にひどいだるさがのしかかった。
ひとつ息を吸う。さっきみたいに胸がつぶれる感覚はない。
まだ痛いが、動けないほどじゃない。
「シビさん……よかった……」
耳元で震える声がして、俺はなんとか口の端だけ持ち上げた。
「……ありがと。まだ、やれる」
自分で言っておきながら、体の中身は鉛みたいに重い。
立ち上がろうとしただけで、あばらのあたりがじくじく文句を言ってくる。
エレナがほっと息を吐いた、その瞬間だった。
「……戻ってますわ」
エレナの視線の先を追う。
さっき吹っ飛んでいったはずの右腕は、いつの間にか本体にくっついていた。
そして今度は、両肩の装甲が同時にガコンと開く。
「まだ何かあるのかよ……」
肩の内部から、小さな金属の塊がいくつもせり出してきた。
拳より一回り小さい円筒みたいな形で、先端だけがじわっと赤く光っている。
そいつらは、重力なんて関係ないみたいにふわりと浮かび上がると、俺たちの周りをゆっくり旋回しはじめた。
「シビさん、あれ……」
どう見ても、遠隔操作の攻撃用ドローンだ。
自動で飛び回って、標的を追いかけながら撃ってくる小型の兵器。
「勝手に飛び回って攻撃してくる、小型の魔導兵器ってところだな。こっちを狙ってる」
口に出した瞬間、嫌な汗が背中を伝う。
こっちは満身創痍、向こうは遊び道具を増やしてきたみたいな顔をしてやがる。
ひとつ、赤い光が強く瞬いた。
「まずい、伏せろ!」
叫ぶのと同時にエレナを引き寄せて床に転がる。
次の瞬間、頭上を細い光の線が横切り、そのまま後ろの石柱を貫いた。
遅れて、爆ぜるような音。
さっきまで背中を預けていた柱が、上から崩れ落ちて粉々になる。
「きゃっ!」
砕けた石片が雨みたいに降ってきて、何個かが肩や背中に当たる。
痛いとか言ってる場合じゃない。
「シビさん、今の……さっきの光と同じ……?」
「そうだな。ただ、今度はあいつらがいろんな方向から撃ってくるってだけだ」
さっき浮かんだ金属の塊が、今度は左右に散開していく。
一つが前方、一つが側面、もう一つが背後の方へ回り込むように動いた。
やばい。これは本気でやばい。
「ちょっと待て、これ……完全にオールレンジ攻撃じゃねえか」
どの方向から飛んでくるか分からない。
隠れようとしても、そもそも隠れるための柱が一つずつ消されていく。
前方の一機が赤く光る。
ほぼ同時に、右側の一機も赤く瞬いた。
「動きますわよ、シビさん!」
エレナが手を引いてくれるのと、俺が足に力を込めるのがほぼ同時だった。
床を蹴って横に飛ぶ。数瞬遅れて、さっきまでいた場所を二本の光線が交差してえぐり取った。
石床が溶けて、さっきよりも深く抉れる。
逃げ場がまた一つ消えた。
「普通に考えても詰んでるんじゃないか? 無理ゲーだろうが!」
思わず本音が口から漏れる。
真正面から削り合うタイプの敵じゃない。
あっちは遠距離兵器を増やし放題で、こっちは一発もらったら即アウトのボロ前衛と僧侶一人。
エレナがきゅっと俺の袖を掴んだ。
「でも、まだ終わっていませんわ。終わらせません」
その声だけは、さっきの光よりもずっと強くてまっすぐだった。
それが逆にプレッシャーになるのが、なんか悔しい。
「……だったら、何か一発、形勢ひっくり返せる手を考えないとな」
また別の方向で赤い光が瞬いた。
まだ余裕なんて、ぜんぜんなかった
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