188.5話 少年のつぶやき
*今回は、三人称一元視点となります。
綺麗な海辺のコテージ。
その一室で、少年は魔鏡を片手に、魔法で作った浮遊画面を眺めていた。
「アヤさん、旅に出たんですね。本当に記憶をなくしちゃったんだなぁ」
もぐもぐとチョコレートをかじりながら、少年は楽しげに呟く。
それにしても、人間の作るお菓子やご飯ってどうしてこんなに美味しいんだろう。
知性が高い種族なんていくらでもいるのに、なぜかこういう文化はさっぱり伸びない。
本当にそこだけは残念極まりないと思う。
影さんとの約束で、これを貰う条件であいつを助けてあげたんですよね。
本当に、人族の知識を教えたり、振る舞いとか社会常識を叩き込むのは本当に死ぬほど大変でしたよ。
どうも魔族っていうのは、戦闘特化なところがあるから困るよね。
少年はそんな風に、当時の苦労を思い返しながら、にんまりと笑っていた。
アヤさんが、あんな状況じゃなければ、普通に渡してあげていたんだけどね。
あの人のことだから、手元にあったら絶対に対象を解明しようとしたはずだ。
そして手を離れた後で回収すればいいだけの話なんだけど。
今はその手もできないんですよね。
わかっているのは、超古代魔法文明時代につくられた鏡ってだけだった。
アヤさんが今も装備しているクエルシオラと共に埋蔵されていたという事。
魔法文化がこの地方で一番栄えているアヴァリス大公国が、調べてもわからなかった遺物認定の品物だった。
それにしても、アヤさんは|異邦人<エトランゼ>としてどんな特典を貰ったんだろう?
エトランゼは、何かしらの能力を複数貰えるのは知っている。
普通のエトランゼなら、最強になりたいとか、異性にモテまくりたいとか、大富豪になりたいとか、不老不死とかを願うものだ。なのに、アヤさんは全部違う。
戦闘力にいたっては、一般の人間よりは強いけど、超一流の強者と戦ったら負ける可能性がある程度のレベル。知識は凄まじいけれど、実戦での練度はいまいち低い。
別次元から来たからこの世界にない知識を持ってるくせに、必要以上に広めようともしない。
実際不老不死の人と争ったことはあるけれど、そういうのは封印して次元にポイ捨てすればいいだけだしね。
これまで色んなエトランゼを見てきたけど、あの人はあきらかに異質だ。
だからこそ、最高に面白い。他のエトランゼとは違う。
実際、あの人が動いたせいで、禁断の知識を持つ異界の神まで動き出しちゃったしね。
僕自身、あの辺りをいくら探しても影も形も見つからなかったのに、アヤさんが近づいた瞬間、あっさり現れたのはなぜだろう?
「うーん、これはまだまだ、じっくり観測を続けないといけないみたいですね!」
少年はワクワクした様子で、魔法の画面を見つめていた。
彼女のエトランゼの能力でわかっているのは、絶対的な精神防御って事なんだよね。
あとは複数の技術が使えるってことだけど、冒険者特化なんだよね。
人間の世界では複数の技術を得るのは難しいけど、実際のところそれほど高いハードルでもない。
人間以外の長命な人族だったら、時間をかければ普通に得られるとは思うんだよね。
ただ彼らは、長命ゆえに何時でもやれると思い込んで、結局はやらないんだけどさ。
「さて。今度はどのようにして遊ぼうかな」
少年はふふっと楽しそうにつぶやいていた。
その脳内で、次の愉快な悪だくみをあれこれと巡らせていく。
戦争を起こさせる?
それとも内乱?
どこか手頃な場所に、小さい国でも興させる?
アヤさんがあそこで大人しく貴族になってくれたら、分かりやすい反対勢力を現れさせて、戦わせて大公国の国力を下げることは出来たんですけどね。
本当にそこだけが残念だよ。
価値がわかっている遊びほど楽しくないから、自分で縛りルールを作ったのが、いけなかったかな。
相手が手を出さない限り、僕から戦わないし、直接僕が何かをすることはしない。
裏から間接的には、いくらでも動くけど。
それを条件にして、この絶対的な力を得ているからね。
停滞させていたら、僕の主人に怒られるから、どこの国を動かすのがいいかな?
少なくとも遥か東方の地にある、白蘭の国は無いよね。
流石に遠すぎるし、かなりの辺境の地だから。
少年は、手元にこの周辺の地図を広げていた。
その視線を盤面のように複雑な地形へ走らせながら、頭の中で候補を絞り込んでいく。
やはりこの世界の中心地域が良いのかな?
愛と慈愛の女神に守られし、美しい国、エリシオン王国。
東の経済大国のアルジェンタ。
北のフロストハイム帝国。
海を経て西方にある、アヴァリス大公国。
そしてエリシオン、アルジェンタ、フロストハイムの三つの領土がちょうど重なり合っている、あの超巨大城塞都市バステル。
フロストハイムは、皇帝の権威がすっかり落ちていて、完全に分断されたいくつもの『領国』の集まりで、今まさに泥沼の内戦を起こしている状態なんですよね。
人間も魔物もこう見るとあまり変わらないんだよね。
弱いものが淘汰されるなんて一緒なんだけど、人と魔物の違いは、それに意味を付けることぐらいだよね。
中央に強固なバステルがあるからこそ、周りの他の国がちょっかいをかけ辛い位置なんですよね。
だったらここは、僕が放った部下たちが裏で何かをしてくれるのを、高みの見物で楽しみますか?
今はこの魔鏡の分析を最優先で進めないといけないですしね。
僕の勘がささやいでいる。
これはのちに必要な情報になると。
多分ですけど、アヤさん、あなたがまた表に出てきたら、動くんでしょうね。
僕もそれまでは焦らず、ゆっくりこの世界を観察させてもらうよ。
少年は楽しげに目を細め、手元の魔鏡を愛おしそうに撫でながら、モニターで一人の少女を眺めていた。
張り巡らされた謀略の糸と動き出す世界の歯車はゆっくりと動き始めていた。
そんな黒幕の思惑など知る由もなく彼女は旅を続けていた。
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