189話 新しい仲間と一緒に(6部完)
エリシオン王国を離れて、早いものでもう六ヶ月が経った。
自分の居場所を探して色々な場所を渡り歩いたけれど、結局、東の経済大国アルジェンタまで遥々来ちゃった。
というのも、自分が思っていた以上に、世間では『ミスリルのアヤ』という大層な名前が各地に広がりすぎていたから。
この特徴的な銀の髪でアヤという名前を名乗っていると、どこに行っても、周囲から私とは全く違う別の『アヤ』の幻影を重ねて見られてしまった。
最初は、みんなが知っているあの人が使用した魔法の謎を解き明かすために、魔法大国であるアヴァリス大公国に戻ろうかと考えたりもした。
けれど、あそこに行けば、別の厄介な事が起きそうな気がしたのでやめてしまった。
純粋に剣の腕だけを上げるのなら、武の国であるフロストハイム帝国を目指してもよかったんだけど、あそこは今激しい内戦の真っ最中だから、そんな場所に行ったら命がいくつあっても足りなくて仕方が無いからパス。
あの日から、このように毎晩日記を書いて自分の素直な気持ちやその日に起きた出来事を整理するのが、もうすっかり毎日の日課になってしまった。
古い遺跡を気ままに探索したり、商業キャラバンの護衛の仕事を請け負ったりして、誰の視線も気にせずに気楽に過ごせるのは、今の私にとって本当に居心地がいいと思う。
唯一困った事と言えば、周囲に正体がバレないように魔法や盗賊のスキルを一切使わずに封印しているから、実務の面で色々と面倒なことも多い。
一応、あの『ミスリルのアヤ』の名はここアルジェンタにも噂程度には広がってはいるけれど、幸いなことに名前だけの一人歩きだから、私と結びつけられることがなくて本当によかったと思う。
それでも、この半年間で自分の剣の腕は確実に上がったと思う。
戦士の技である『牙衝』や『金剛』の身体の動かし方が、やっと感覚として掴めてわかるようになったのは、本当に素直にうれしかったなぁ。
なんか成長したと思えるぐらい。
「アヤ、また日記を書いてるんか? 魔術師の俺よりもよっぽどマメだよな。戦士の癖にやたらと魔術師の知識事にも詳しいしよ」
横から、大きな影が、焚き火の光を遮るようにして声をかけてきた。
「昔の知り合いに魔法にすごく詳しい人がいて、その術の構築をよく隣で見させてもらってたからだよ。日記はもう、一種の癖みたいなものかな」
私はペンを止め、顔を上げてそう答えた。
実を言うと、私は最初ジーリスさんを見た時は、どこからどう見ても軽装な前衛の戦士だと思った。
身長は190センチはある大男でガタイも恐ろしくよく、年齢は確か今年で四十になったとか言ってたかな。
性格も豪快でおおらかなひとだから、彼の外見だけを見て「この人は魔術師だ」なんて気付ける人は、この世界に誰一人としていないと思う。
「ジーリス、日記をつけるのはとてもいい事だと思うよ。私も毎日書いてるしね」
すると、彼の隣に座る僧侶のルリカさんが、優しい声で会話に入ってきた。
「お前が毎日書いているのは日記じゃなくて、ただの帳簿だろうが。この守銭奴め」
「ジーリス、それは大きな誤解だよ。私は幸運と風を運ぶ“流転の導き手”と言われている幸運神フェンリオ様を深く信仰している身だから、その教えに従っていれば、おのずとお金の計算に強くなるだけなの」
ルリカさんは、瑞々しい黒髪を揺らしながら平然と言い返している。
年齢は確か二十四歳だっけ。彼女を見ていると、僧侶なんて今すぐやめて、どこかの商売人にでも転職すればいいのにと思うぐらいだ。
旅の道中、市場を見かけるたびにいつも猛烈な値引き交渉をしているから、彼女が掲げている神聖な聖印をそろばんに持ち替えさせたとしても、私は何一つ違和感がないとは思う。
しかも、驚いたことにこの二人は、ただの旅仲間ではなくて正式な夫婦なんだよね。
四十代の厳ついおじさんが、こんな二十代の綺麗な女性をしっかり捕まえたのは、純粋にすごいなとは思う。
私は、楽しそうに言い合いを始める二人の様子を眺めながら、パチパチと爆ぜる焚き火の温もりに包まれて、そっと日記帳を虚空袋へと仕舞い込んだ。
「ねぇジーリスさん、そういえば盗賊ギルドの方から紹介されたあの人の件だけど、結局どうするの?」
パチパチと爆ぜる火の粉を見つめながら、このパーティの実質的な頭脳担当である彼に向かって、私は気になっていた疑問をストレートにぶつけてみた。
「……ルリカはどう思うんだよ。そもそもお前の所の教会側から流れてきた紹介だろうが」
ジーリスさんは大きな身体を揺らし、面倒くさそうにその問いをルリカさんへと丸投げするようにして回した。
「判断をするのは何時だってあなたなんだから、急に私に言われても困るよ。要は、これから行く冒険で必要になるスキルさえ、その人がしっかり身に付けてくれていれば何だっていいんだけどね」
ルリカさんは困ったように肩をすくめたけれど、世間一般の盗賊が裏稼業で使うための仕事のスキルと、私たち冒険者が迷宮や遺跡で必要とする罠解除などのスキルは、同じ職業であっても中身が全く違う。だから、紹介された人物がどちらのタイプなのかは、実際に会ってみるまで完全な運なんだよね。
「それにしても、教会から泥棒の紹介が回ってくるなんて、世界広しと言えども本当にこの国だけだろ?」
ジーリスさんが呆れたように溜息を漏らす。
「私の信仰している神様は、昔から盗賊の皆さんにも深く好かれているからね。あちらの業界であっても、足を洗ってまっとうな仕事をしたいと願っている人たちはとても多いんだよ」
「おいおい、一つ言っておくがな。日銭を稼ぐために命を張ってる冒険者なんていうのは、世間一般から見たら決してまっとうな仕事なんかじゃないからな」
「でも、私たちが、いないと本気で困る人たちが世の中にはたくさんいるよ。困っている人を依頼で助けて、その報酬として私たちは正当なお金を得る。これのどこが不真面目なの? 十分にまっとうでしょ?」
「ったく、屁理屈ばかり言いやがって」
ジーリスさんは、やれやれと言った感じで頭を掻きながら返事をしていた。
彼女の信仰している神様、幸運神フェンリオ様は幸運・商業・旅・自由を教訓として掲げており、その教えの性質上、特に商人や旅人、そして盗賊などに信者がとても多い。
おのずと、この商業が国全体の中心として栄えている経済大国アルジェンタでは、あらゆる宗派の中でもその教会の規模が一番大きかったりする。
この国にも盗賊ギルドは当然あるけれど、こちらのフェンリオ教会は、真っ当に冒険者などの仕事をこなして生きていくことを望んでいる盗賊の人たちに向けて、ギルドと連携してこうして表の仕事の紹介も積極的に行っているみたいだ。
本当に、国が違えば組織のあり方も全く違うなぁって、話を聞くたびにしみじみと思う。
エリシオン王国のフェンリオ教会では、こんな活動は聞いたことが無かった。
「……とはいえ、僧侶として、犯罪者である盗賊が神様を信仰すること自体は、教義的にいいのか?」
ジーリスさんは、素朴な疑問をルリカさんに向けていた。
「人様の物を勝手に盗んだり、他人の身体を傷つけたりする悪質な盗賊は当然よくないと思うよ。だけど、過去を悔い改めて、これからはきちんと真っ当に仕事をしたいと思うのなら、その最初の一歩を手助けしてあげるのは、教会としては正しいと思うよ」
「そうは言ってもなぁ。まったく、あのナターシャがあんなに急に国に帰ると言わなければ、今頃こんなことで悩まなくて済んだのにな」
「冒険者の集まりなんて、元からそういうものでしょ? 出会いがあれば別れもあるわ」
ルリカさんは夫のボヤキを優しく宥める。
実際、つい先日まで一緒に組んでいた盗賊のナターシャさんは、実家の家族が急な重病になったという連絡が届いたので、大慌てで故郷へ帰国しちゃったんだよね。
そして、優秀な盗賊の役職が居なければ、罠だらけの遺跡や古代の迷宮などの探索なんてとてもじゃないけれど危なくてできない。
だから、彼女が抜けてからのここ最近の私たちの仕事は、剣一本で解決できるただの商業キャラバンの護衛の仕事ばかりになっていたのだ。
キャラバンから依頼達成のお金をもらって、私たちは今岐路にむ勝手休憩をしているわけだけど。
「おい、アヤ、お前自身はどうなんだよ?」
ジーリスさんが、焚き火に新しい薪をくべながら私の方へと顔を向けてきた。
「私は、二人が良いと思って納得した人なら、誰が来ても特に文句は無いよ」
自分の虚空袋から取り出した水筒の冷たい水を喉に流し込みながら、私はそう答えた。
遺跡を安全に冒険するためには、どうしても盗賊の存在が必要不可欠だし、自分の持ち物やお財布の管理さえしっかり気にかけておいてくれれば、私は、それだけで十分にいいかなって思っている。
そう納得して、今度は虚空袋から取り出した携帯食料のパンを口へと入れようとした、まさにその瞬間だった。
――ガバッ!!
隣に座っていたルリカさんが、何の前触れもなく急に勢いよく立ち上がったかと思うと、私の後ろへと回り込んで強引に羽交い絞めにしてきたのだ。驚く間もなく、彼女のしなやかな両手が私の胸の膨らみを容赦なく掴み、そのまま揉みしだいてきた。
「あん……っ、もぅ! やめてください、それ完全にセクハラですって!」
「アヤちゃん、知っている?」
耳元で、ルリカさんが悪戯っぽくクスクスと囁きかけてくる。
「んっ……っ、な、なんですかぁ……っ?」
「あれあれ、これぐらいの刺激でそんな可愛い声を出して感じちゃうなんて、本当に可愛いねぇ。男性が、これをやったら一発で不潔なセクハラだけど、私たち女性同士だったら、これはただの親密なコミュニケーションなんだよ?」
もう一度だけ、優しいけれど驚くほど激しく胸の先端までをもみもみと揉まれてしまい、私は普段なら絶対に出したらおしまいだと思っているような、情けない変な声が喉の奥から漏れ出てしまった。
「そんなわけないですってば……っ!」
身体の芯が熱くなる感覚に顔を真っ赤に染めながら、私は左右に必死に身体を大きく振って暴れ、何とか彼女の強固な拘束から這々の体で逃げ出すことができた。
「……そんな事をしたいのでしたら、旦那さんと、そういう熱い営みでもすればいいじゃないですか!」
私は乱れた衣服を慌てて整え、恨めしそうな目で彼女を睨みつける。
「ええっ! アヤちゃん、もしかして私とジーリスの、夜の激しい営みを特等席で見学したいの?」
ルリカさんは、全く堪えた様子もなく、さらに楽しそうにニヤニヤと笑いながらからかってくる。
「いりませんってば! 誰がそんなもの見るんですか!」
想像しただけで頭が破裂しそうになり、私は大慌てで両手を振って全力で拒絶を叫んだ。
「おいおいルリカ、あの子をあんまりからかってやるなよ。流石に可哀想だろ」
ずっと二人のやり取りを眺めていたジーリスさんが、苦笑交じりにようやく口を開いた。
「本当に可哀想だって少しでも思っているのなら、旦那さんの力で奥さんのこの理不尽な暴走を今すぐ止めてくださいって!」
「おい、そいつは無理な相談だ。男の俺に、女性同士のその秘密めいたわちゃわちゃ感の中に、今から一緒に入れとでも言うのか?」
ジーリスさんは両手を上げて、お手上げだと言いたげに肩をすくめる。
「そんな恐ろしいこと一言も言ってませんって、もう!」
「あははは、アヤは本当におもしれえなぁ!」
「お願いですから、もう私で遊ばないでください!」
二人の息の合った夫婦の連携に完全に遊ばれ、私はすっかり拗ねたように唇を尖らせながら、パチパチと音を立てる焚き火の向こうへとぷいっと視線を逸らした。
「話は変わるけどな。その新しく入る予定の盗賊が本当にうちのパーティーに加わるのなら、この依頼を受けてもいいかなって思っている仕事があるんだけどよ」
ジーリスさんは、そう言いながら一枚の羊皮紙の依頼書を取り出した。
先ほどまで私の胸を激しく揉んで大笑いしていたはずなのに、そこから何食わぬ顔でこれほど真面目な仕事の話へと一瞬で切り替えられる二人のテンションの差が、私にはすごく不思議で仕方がなかった。
「どれどれ?」
するとルリカさんは、彼の広い背中に楽しそうにぴょんと乗っかって、ジーリスさんが真剣に見ていたその依頼書を上からひったくるようにして奪い見ていた。
「これ、魔法文明時代の遺跡の調査?」
「あぁ、面白そうだろ?」
「あ、この間の大きな地震で地表に新しく現れたっていう、あの噂の遺跡のことだっけ?」
「そうだ。冒険者ギルドが、ここの遺跡の全体の発掘権をごっそり先に買い取っちまってな」
二人は、すっかりいつもの冒険者としての顔に戻って依頼書の記述を鋭く分析している。
この発掘権に関するやり取りも、実は私がエリシオン王国を離れてこの経済大国アルジェンタに来てから、初めて知った衝撃的な仕組みの一つだった。
これまでの私の常識だと、まだ誰も立ち入っていないような未開の深い森などで偶然見つけた遺跡というのは、一番最初に入って踏破した冒険者の物になるのが通例だった。
だけど、このアルジェンタのように世間一般が先に見つけてしまった公の場所にあるこの手の遺跡物は、ギルドや大商人のような大手が組織の力で先にその土地の利権ごと丸ごと買い取ってしまうのだ。
そして、その場所から出土した貴重なアーティファクトなどの遺物を、発掘権を得た組織が最初に格安で買い取る権利を得たりする仕組みになっている。
つまり、私たち冒険者は、ただの依頼としてそこに入って危険な発掘作業を代行するという事だね。
本当に、この国独特の商業至上主義なシステムだとは思う。
ただ、この仕組みは冒険者側にとっても決して悪い話ばかりではなくて、冒険者の特権として、突入したパーティーのメンバーの人数につき一点だけ、遺跡で見つけた自分の本当に欲しいお宝を依頼者に没収されずにそのまま得ることが許されている。
あとは、残りの出土品について発掘権を持つ人たちと直接交渉をする感じだ。
さらに驚くべきことに、あらかじめ決められた依頼料とは全く別に、そうして命懸けで発掘した全体の金額の実に三割もの歩合が、パーティーに成果報酬としてそのままお金が入るようになっている。
もしくは、お金の代わりに依頼者とじっくり相談をして、手に入れた現物の商品を他にもらうとか、そこらはすべて個人の交渉次第らしい。
こういう命懸けの冒険の場面であっても、すべてが徹底的に商売中心のロジックで回っているから、この国の商人たちの執念は本当にすごいとは思う。
本当に、エリシオン王国のルールしか知らなかった私が、最初にこの話を聴いた時は、あまりの仕組みの違いに心の底から驚いちゃった。
「……でもさ、この依頼料金、いくら何でも破格過ぎない?」
二人が見つめている羊皮紙の記載を横から覗き込んだ瞬間、私は思わず自分の眼がおかしいのではないかと本気で疑ってしまった。
提示されている報酬額は、なんと一人につき金貨一万枚。
さすがにこれは破格すぎるでしょ。私たちが普段こなしている冒険のレベルだったら、報酬は金貨千枚ぐらいが、一般的な相場なのに。
その、実に十倍以上もの大金を出すなんて、絶対に裏に何かとんでもない危険や、公にできない事情があるんじゃないかな。
「普通に考えたら、依頼者側が何としてでも絶対に手に入れたい特定の貴重なお宝が、その遺跡の奥に眠っているんだろうな」
ジーリスさんが、顎の髭をさすりながら、紙面から視線を外さずに鋭く分析する。
「そこらの細かい報酬や条件の交渉は、全部ベテランの二人に任せるね。だけど……なんだか妙に嫌な予感がするから、気を引き締めておいた方がいいかもしれない」
私は、手元にあるヴァルさんの剣の柄にそっと手を置きながら、心の中に生じた微かな胸騒ぎを正直に二人に伝えた。
「あぁ、それも新しい盗賊の様子をこの目で実際に見てみなけりゃ、怖くて受けられない代物だけどな」
「そういうことだから、その紹介された盗賊の件は、明日街に着いたら私とジーリスの二人で責任を持ってしっかり見てくるね」
ルリカさんが夫の背中からひょいと降りて、優しく微笑みながらそう言ってくれた。
「うん、二人にすべて願いします。その間、私は、これからの長期の旅に必要になる消耗品や食料なんかを、市場で色々と仕入に回ってくるよ」
「よし、それがお互いに終わったら、いつもの酒場で集合な」
「うん。遅れないようにするね」
私は短く頷いて、パチパチと燃える焚き火の光を見つめた。
――魔法文明時代の迷宮、か。
一体、そこには何が眠っているんだろう。
私たちは、その真剣な仕事の話を終えて、夜が明けるまでの短い休憩をそれぞれ静かに取った。
翌朝、荷物をまとめて経済大国アルジェンタの首都へ向かって出発した。
「転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~」をお楽しみいただけましたか?
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