186話 私は旅に出ます
帰国、という表現が正しいのかは分からないけれど、戻ってきてからのこの一ヶ月間は、なんだか本当に怒涛の毎日だった。
一体全体、何が何だかさっぱりわからない状態のまま、時間だけが無情に過ぎていく。
レティさんの空間で近隣の村に着き、エレナ様の知り合いのメンバーと合流したけど、ここでもシビさんと呼ばれた。
誤解は解けた感じだけど、すごくいるのが苦しかった。
アヴァリス大公国の首都に到着したと思ったら、なぜか国賓並みのVIP扱いになって丁重にもてなされた。
さらにエリシオン王国に戻ってきたら戻ってきたで、自分にとっては初めて来たはずの場所なのに、見知らぬ人たちが信じられないほど馴れ馴れしく声をかけてきたり、果てはアウリス神殿にまで急に呼び出されたりした。
本当にさぁ、これらすべてが悪い夢であってほしいと、何度も心から願いたくなる。
あの時、レティ様が言っていた言葉の意味が、今になってようやく痛いほど理解できた。
あの人が忠告してくれた通り、周囲には記憶喪失という事にして話を合わせておかないと、とてもじゃないけれど大変なことになる。
私はあの時は、自分にはちゃんと記憶があるのだと意地を張って否定をした。
だけど、初めて来たはずの冒険者ギルドの男たちは、私の姿を見るなりいきなり笑顔で「おい、飲もうぜ!」とか大声で誘ってくる。
私は普段そんなにお酒なんて飲まないのに、一体何でそんなことを言われなければいけないのかって、大声で文句を言いたい。
あまつさえ、その男たちは親しげに私の胸とかお尻とかを当然のように触ってくるから、本当に最悪な人たちだ。
私が嫌悪感で激しくとまどっていると、触ってきた周囲の男たちの方も、なぜか「えっ?」とした風にひどくとまどう。
最終的には、ギルドマスターのリリアさんが慌てて間に入ってくれたおかげで何とかその場は収まった。
だけど、なぜかそのギルドの宿には最初から私の専用の部屋が用意されているし、もう本当に何が何だか頭がパンクしそうだよ。
そう言えば、エレナ様たちが受けていたあの依頼は、結果的に失敗に終わったらしい。
なんだか『魔鏡』という極めて重要なアイテムを奪還するはずだったけれど、戦闘後にいろいろあって忘れてたみたいだ。
多分私のせいだとは思う。
私というより、シビとか言う私の別個体の人。
私には、そんな任務は関係がない話だ。
ただ、私がその時に着ていたこの珍しいデザインの防具は、完全にマスター認定されてしまっているみたいで、どうやっても解除の仕方がわからない。
仕方が無いので、そのまま私が正式に所有して着続けることになった。
こうやって机に向かって一日の終わりに日記を書いているけれど、本当に紙の上には愚痴しか出てこない。
悩みに悩んだ結果、私は近々、この国を一人で出ようと思う。
私を知っているという周囲の人たちはみんな、私の知らない『シビ』とかいう名前の人の影を、私の姿を通して必死に追っているのが嫌でも分かってしまうから。
自分の中で、約二年ほどの記憶がごっそりと抜け落ちている事が最近になってようやくわかった。
……いや、もしかしたら三年かも。
だとしたら、この三年間もの長い間、私の肉体は誰か見知らぬ他人に丸ごと乗っ取られていたって事なの?
その、シビとか言う正体不明の人に?
怖くなって魔術師ギルドにある古い本を片っ端から読んで調べたけれど、人間の肉体が他人に何年も乗っ取られるなんていう奇妙な事例の書物は、どこを探しても一つも存在しなかった。
旅立つ決意を固めつつあるけれど、本当にこれからどうしようかな。
不思議なことに、なぜか沢山のお金があるんだよね。
自分で途中まで、計算してみたけれど、多分この先一生かかって使っても、絶対に使いきれないほどの大金がそこにはあるっぽい。
私がずっと肌身離さず持っていた、あの虚空袋の中身はすべての私の物だから好きにしていいと、エレナ様は優しく言ってくれた。
だけど、その袋の口を開けて中を確認してみたら、沢山の眩しい宝石や、見たことも聞いたこともないような強力な魔法のアイテムが数々転がり出てきた。
新人の私であっても、一目見ただけでそれらが、個人が持つ資産以上の価値だって言うのが、鑑定途中で理解をした。
実際、私が今こうやって普段着として何気なく使用しているこの『クエルシオラ』の防具でさえ、単なるお金の価値ではとても決められないほどの超一級品だって言うのも嫌でもわかってしまう。
あとから聞いたけど、これ遺物認定の代物らしい。
大公国側は、前回のお詫びと今回の重大な仕事の報酬として、この国宝級の防具を私にポンと渡してくれたみたい。
何をしたら遺物品を渡されるほどのことが出来るのだろう?
私とは違って、世間が噂している。そのシビという人は、どれほど凄まじい実力を持った英雄だったんだろうな。
ハァ。やっぱり、ここに居てもネガティブな環状ばかり出てくる。
私以外で戦士、魔術師、盗賊の技術が使える人らしい。
私と違って奥義も使えるんだから、実力は天地以上の差が開いてはいるけど。
だったら何とかしなさいよ。
事情があるのかもしれないけど、引継ぎとか、勝手に私の身体を使ったわびとか色々あるでしょ。
あ~あとため息をつきながら、自分の部屋のベッドに寝転んでしまう。
横になりながら、日記帳のページをパラパラと読み返していると、毎日の最後の締めくくりは決まってこのように書いている。
『どうしようかな』
本当に、どこに行ってもみんなが腫物に触れるような感じで私を見てくるんだよね。
大した戦闘の実力もない私が、こんな危険な大金やアイテムを持っていてもろくなことにならないし、いっそのこと全部神殿に寄付しちゃう?
ベッドの上でそんな風に一人で深刻に悩んでいたら、突然、部屋の木の扉から静かにノックの音が響いた。
「どうぞ」
私が日記帳を慌てて閉じながら声をかける。
部屋に入ってきたのは、この宿屋兼冒険者ギルドマスターでもあり、『蒼穹の戦姫』としても有名な、あのリリアさんだった。
「マスター、どうしたんですか?」
彼女の青髪の綺麗なポニーテールが揺れるのを見上げながら、私は問いかけた。
なんかいきものみたいにぴょこぴょこ動いているけど、かわいいなぁって年上の女性に対して思ってしまった。
「マスターは、やめてほしいな」
リリアさんは、困ったように眉を下げて、少し苦笑いを浮かべていた。
「リリアさんで、それで、何か用事ですか?」
「少しは、心の方もおちついた?」
「全然ですよ」
彼女と同じように少し苦笑いをしてそう答えた。
それでも素直に自分の今の心境をぽつりと伝えた。
隠しても仕方ないしね。
「リリアさんには、本当に感謝しているんですよ」
「感謝?」
リリアさんが、不思議そうに尋ねてくる。
「だって、このような専用の綺麗な部屋を提供してくれているし。ここに戻ってきて部屋に籠ってから約一週間、誰もここに来ないところを見ると、きっとリリアさんが許可してないからなんだろうなって思ったので」
「……っ、まぁ食事は毎日運んでいるけどね。やっぱり、何かあってからでは遅いし。急に知らない人たちに当たり前みたいな顔で話しかけられたら、あんたも困るでしょ? それにこの部屋は、あんたは納得しないと思うけど、お金は支払われてるしね」
「うん……でも困ります。そんな事を言っても意味が無いのは、理解はしているんですよ。……あの、話は少し変わるんだけど、シビって言う人は、もしかして痴女だったんですか?」
「ぶっ……っ、な、なぜそう思うのよ」
リリアさんは目を丸くした。そして、お腹を抱えながらすごくおかしそうに、目元に涙を浮かべてそう聞いてきた。
「だって、ここのギルドの男人たちが、私の胸やお尻を当たり前みたいに触って来たし……」
「ふふふ、あはははっ! あんた、そんな風に思ってたのね! でもね、触らせたことなんて、シビはただの一度も無いよ? むしろ、触ろうとした奴らは全員、問答無用で頭を思い切り殴られてるしね。いつも『俺の胸や尻をさわろうとするな。そんなに触りたいのなら、自分の胸や尻を触れ!』って、大声で怒鳴り散らしていたぐらいだし」
リリアさんの言葉に、私は呆気にとられてしまった。
俺、って。シビという人は、自分を『俺』と呼んで、触ろうとする男たちを全員殴り飛ばしていたというのだろうか。
痴女どころか、とんでもなく乱暴で凄まじい豪傑の姿が頭に浮かんで、ますます混乱してくる。
だけど、リリアさんがこうして笑い飛ばしてくれたおかげで、ずっと言えずに抱え込んでいた本題を切り出す勇気が湧いてきた。
「あの……一つ、お願いがあるんですけど」
「アヤ、あんた自身に今の状況の記憶が全くない事は、私もちゃんと理解しているよ。でも、あんたは今でも立派なうちのギルドメンバーなんだ。今の自分に出来ること、できないことは色々とあると思うけど、まずは何でも話してごらん。冒険者ギルドの役割なんてそんなものだしね」
リリアさんのその温かい言葉に背中を押され、私は自分の胸の内を静かに告げた。
「はい、……手元にある私のすべての財産を、ギルドか神殿に寄付したいんです」
「寄付かぁ。ずいぶっと思い切ったことを言うね。どうしてそんなことをしたいのか、理由を聞いてもいいかい?」
「一つは、あの虚空袋の中にある莫大な宝は、私が自分の力で稼いだものじゃないからです。それに、こんな実力もない新人の私が、そんな国を買えるような大金を持っていたら、悪い連中から絶対にカモられます。故郷の村が残っていればそこに持ち帰りたかったんですけど、今はもうありませんからね。今さら復興しようと思って現地に行っても、生きている人は誰もいないかもしれませんし」
「なるほどね。あんたの言う事は、理解したよ。……でも、それを言うって事は、あんた、ここではないどこか遠い場所に行くのかい?」
リリアさんの鋭い視線が、『言いなさい』と言っているようにも思えた。
「私はここにいない方が、多分お互いのためにもいいと思うんですよ。私を見て、みんなが私の知らないシビという人の幻影を一生懸命に追っているのが分かるから。だけど私はそれに気づいてとまどうばかりで、これじゃあ全然いい関係じゃないですよ。私は私であってシビという人のまねはできません」
「でも、だからって、あんたが犠牲になって身を引く必要なんて無いんじゃないかい?」
「そうかもしれません。だけど、私は一人で別の国へ旅に出ようと思うんです」
「一人で? それは流石に危険じゃないのかい? 女性で駆け出しの冒険者なんて危険でしかないよ?」
「行く先々の町々で、その都度、即席のノラのパーティーを組んで依頼をこなす予定ですよ。だから、安全面なら何とかなるはずです。一応最低限のいろいろな技術は持ってますしね」
私の固い決意を聞いて、リリアさんはしばらく天井を見上げ、それから小さく息を吐いていた。
「了解。あんたの言い分は分かったよ。……その代わりと言っちゃなんだが、私の願いを一つだけ聞いてくれないかい?」
「……無理な内容のものは、絶対に言わないでくださいよ」
私は、リリアさんのその真剣な表情に少しだけ身構えながら、そう念を押して言葉を返した。
「ヴァルさんの娘さんなんだけどね。あんたに、一本の素晴らしい剣をプレゼントしたいそうなんだよ」
リリアさんは身構える私を安心させるように、優しい声音でその願いを切り出してきた。
「だけど、私はそのシビという人とは何の関係もないですし……」
私は戸惑いながらも、すぐにそう言って断った。
「でも、あんた、今はまともな武器を何も持っていないだろう?」
「そうですけど……」
防具は、遺物品だけど、私が持っている武器は短剣とか手斧のみだった。
「ヴァルさんはね、この首都一とまで言われているほどの凄腕の鍛冶師だったんだよ。今回用意してくれたのは特別な魔法の武器というわけではないけれど、これから旅に出るにあたって、あって困るようなもんじゃないだろ?」
「ですけど、やっぱり……」
自分が受け取っていいものなのか分からず、私はなおも口ごもってしまう。
「……遺書というわけではないとは思うんだけどね。『帰ってきたらアヤに渡してくれ』って旅立つ前にそう言われてたらしい。病気でもう短くないとわかっていたのかね。まぁ死んだ人間の最期の願いなんだ、今回ばかりは私の顔に免じて、黙って聞いてやってくれないかい?」
「それでも私は、皆さんが言っているそのアヤじゃないですよ」
私は、自分の胸の奥がチクリと痛むのを感じながら、リリアさんの目を真っ直ぐに見据えてはっきりと拒絶の意思を伝えた。
「そんなことは百も承知で分かっているさ。……あともう一つ。二つになっちゃったね。この部屋はあんたが国を出た後もこのままにしておくから、いつでも帰りたくなったらここへ戻ってきな。いつだって戻る場所があるっていうのは、旅人にとってもいい物さ」
「……わかりました。リリアさんには本当にお世話になってますしね。あと、ここのギルドのご飯もすごく美味しいですから」
彼女のどこまでも温かい気遣いに胸がじわりと熱くなり、私は小さく笑ってその提案を受け入れることにした。
いつでも帰ってきていいと言ってくれる場所があるだけで、一人で旅立つ不安が少しだけ軽くなっていく。
「あんたが言った資産の寄付の件はしっかりと分かったけれど、その代わりに、その虚空袋だけは持っていきなさい」
「でも、これの中には……」
「これから一人で旅をするにあたって、移動が楽になるマジックアイテムは他に無いでしょ?」
「確かに、重さがほとんどないですからね。しかも、中に荷物はたくさん入るみたいですし……」
ギルドで勉強した知識を思い出しながら私が呟くと、リリアさんは自分の腰元から別の袋を取り出した。
「だからね、今あんたが持っているその莫大な資産が入った袋と、私が持っているこの虚空袋を中身ごと交換だよ」
「え? 交換ですか?」
「うん。アヤは資産をすべて寄付したいと言ったけれど、そのためには中身を一度すべて取り出して、ギルド側で査定や手続きをやってやらないといけないしね。中にはかなりいい金額が付く物ばかりが揃っているから、それらを正式に処分するにしてもそれ相応の時間がかかるんだよ。あんたは、周囲の視線から離れてすぐにでもここから出発したいんだろ?」
「はい。……本当に何から何までありがとうございます。リリアさんに言われたように、たまにはここに帰ってきますね」
自分の焦りまで見抜いて即座に手続きを代行してくれる彼女の優しさに、私は深く頭を下げた。
「うん、気をつけて行っておいでおいで」
リリアさんは、送り出すように優しく背中を叩いてくれた。
「はい、行ってきます!」
私は、リリアさんから新しく頂いた虚空袋をしっかりと手に持った。
中身を確認してみると、私のこれからの旅路を案じるように、一週間分の食事と、一般的な冒険をこなすために最低限必要な道具が一通りきれいに詰め込まれていた。
まるで私がどのように行動するかわかっているかのような準備だった。
私は、表の賑やかな通りを避け、ギルドの静かな裏口からこっそりと外へ出た。
周囲の知り合いに万が一にもばれないような地味な服装にチェンジをして、私は住み慣れたはずの首都を静かに後にした。
本当にこの防具はすごい。
自分のイメージ通りに変形をしてくれるんだから。
私は、みんなが追っているあのシビという英雄ではない。
男口調で傍若無人に見えて、一人で何でもしうようとする人。
悪口は聞いたけど、それは本気で嫌がっている人はいなかった。
迷惑そうに言う人はいたけれど。
私には、絶対にできない。
人の為に動くなんてそんな実力は無い。
私は、私らしく実力に合った仕事をしていこう。
そう思い私はこの綺麗な首都を出た。
「転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~」をお楽しみいただけましたか?
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