185話 戸惑いの私だけど、勝手に話は進んでいく
一体、ここは何処なんだろう?
なんで私は。こんな見知らぬ場所に居るの?
冒険者として、憧れのエレナ様と一緒に居られること自体は、奇跡のようにうれしいけれど。
先ほど私が目を覚ました瞬間。
あの人が見せた、あの嬉しそうな顔から、一転して深い絶望に染まった悲しみの眼が、どうしても頭から離れなくて忘れられない。
私の名前はアヤ。
うん、これは間違いない。
ここまではイイよね。
どこからか、女性の声が響いてエレナ様は真剣に話をしているけれど、一体ここで何が起きていたんだろう?
何か重大な依頼でも受けていたかな?
虚空から聞こえたあの謎の声は『良く倒せたわね』とか『無事とは言えないけど』とか言っていたけれど。
今、エレナ様が、目の前で横たわっている男性の死体に静かに呪文をかけている所を見る限り、彼女の力をもってしても止められなかった被害者がいたって事は確かだよね?
駄目、やはりなぜここに自分が居るのか、その理由がさっぱりよくわからない。
こういう時にやるべきなのは、落ち着いて過去の記憶を一つずつ丁寧にたどることだと、いつかどこかで聞いたことがある。
なんか昔もやった記憶はある感じがするけど。
よし、まずは私の名前は、……アヤ。これは先ほどやった。
ええっと、次は幼少の時のこと。私は幼い頃に、ゴブリンの残虐な襲撃によって自分の故郷の村を完全に滅ぼされた。
その経験があって、私は戦士、魔術師、盗賊ギルドに行って基礎を身に付けようとした。
周囲には、無理だとか言われたけど、諦めずに頑張って鍛錬を重ね、なんとか各ギルドの長からプロとして十分にやっていけるという正式な認定はもらったんだよね。
周囲からは、天才とか奇跡だとか言われたけど。
本音を言えば、あの時は、僧侶の神聖魔法の技術も一緒に得たかったけれど、幼い私にはどうしても神という存在を信じられなかった。
もしも本当に優しくて偉大な神様がこの世にいるのなら、あんな妖魔たちの残虐な非道なんて、罪のない村が滅ぼされるような絶望なんて絶対に起きないはずだと言い切っていたから。
実際のところは、神への信仰心がなかっただけではなくて、三つの職業の基礎を同時に覚えるだけで、私の肉体や知識量も完全に限界だった。
同じように身体を動かすだけでも、剣を振るう戦士の動かし方と、気配を殺して行動する盗賊の時の身のこなしは全く違うし。
魔術や世界の法則に関する各職業の膨大な知識量も、決して馬鹿にはならなかった。
世間が、いろいろな職業をしないのかすごくわかった。
まあ、その中でも戦士としての剣技が一番得意なんだけどね。
……よし。ここまでは、記憶の繋がりとして何も間違っていない。
問題は、なぜエリシオン王国の冒険者である私が、船に乗ってかなり遠いアヴァリス大公国に居るのか、そこがどうしてもわからない。
最悪もうこれはイイよ。
良くはないけど、冒険者なんだから、何かしらの遠征の冒険に来たとか、大掛かりな依頼を引き受けたんだと思えばいい。
強引に理由を付ければ何とでもなる。
だけど、一番どうしてもわからないのは、なんであのエレナ様と一緒にいるのかだよ。
もしも王国で彼女と会ったというのなら、まだ話はわかる。
エレナ様は、困っているかもしれない村や町を回る『巡回加護者』だから、どこかの村や町を巡回している時に偶然出会うとかなら十分にあり得る話だ。
なのに、何で他国であるこんな場所で一緒にいるの?
ここ町や村でもなくて、場所を見る限り山の頂上に近い場所だ。
それに私とエレナ様だと実力差がありすぎてパーティを組んだとも思えない。
エレナ様のお手伝いが出来るほど、私はそこまで実力は高くない。
周囲を見ても、この周辺の地形が凄まじく変形しているようにも見えるんだけど。
こんなこと、本当に人の力で出来るわけ?
そうやって私が頭の中でぐるぐると色々な可能性を考えていたら、「こちらへ」とエレナ様から静かに声をかけられた。
どうやら謎の声との話は終わった感じだけど、本当にあの不気味に歪んだ空間の中に入るの?
私が、ギルドで勉強したテレポートの呪文って、確かそういうものだったかな?
瞬間移動なんて、高等魔術で使える魔術師なんて宮廷魔術師とか名が通っている魔術師ぐらいだけど、何かが違うと思った。
そもそも、あの人は本当にエレナ様なのかな?
実際、私は本物の聖女様に会ったことなんて一度も無いんだよね。
だけど、あの黄金の鈴の錫杖を掲げて、さっき男性の死体に使用したのは確か『防腐の呪文』だったはず。
あの呪文は確か、かなり高位の僧侶しか使用できない神聖呪文だったと思う。
だとしたら、やはりあの人は本物のエレナ様なのかもしれない。
でも、どっちにしても今の私は置かれている状況が何一つ理解できていないから、あの人に付いて行くしか生き残る手が無いんだよね。
――あ、そっか。
さすが私だ。
一応魔術師だけあって頭はまわるみたいだ。
わたしは多分、エレナ様に、『荷物運び』として雇われたんだ。
この手元にあるのはたしか『虚空袋』なんていう珍しい魔法のアイテムだったと思う。
魔術師ギルドと盗賊ギルドで実物を見たから覚えている。
私みたいな駆け出しの冒険者の報酬が、金貨十枚からとても危険な報酬でも百枚ほどなのに、下手をすると万枚行くかもしれない魔法の品物を持っているはずが無い。
どういう経緯なのかはまだわからないけれど、なるほどそれなら話が分かるかも。
まだまだ不安だらけだけど、前を見据えて歩き出したエレナ様が入った歪む空間の門に、私も意を決して、その背中を追うように中へと入った。
「お疲れ様、エレナにシビ」
歪んだ空間の門をくぐり抜けた先で、その声が聞こえてきた。
私たちを出迎えてくれたのは、燃えるような赤い髪に、吸い込まれそうな紫の瞳をした綺麗な美少女だった。
多分ふんいきからして貴族様なんだろうな。
その後ろには、私と同じ銀色の髪をした、少し冷たそうな雰囲気をまとったメイドさんが静かに控えている。
ただ控えているだけなのに、その身のこなしから凄腕の実力者だということが肌で分かった。多分、あの貴族様のメイド兼ボディガードなのかな。
エレナ様が、「ありがとうございます。少し困ってしまって、誘導していただきまして助かりました」と、安心したようにここの家主にお礼をしている。
それにしても、シビって一体誰だろう?
そう言えば私が、起きた瞬間もエレナ様がそう言った名前だ。
私が状況を掴めずにきょろきょろと部屋の中を見回していると、赤い髪の貴族様が不思議そうにこちらに視線を向けてきた。
「どうかしたのシビ?」
「えっと……シビって、私の事ですか?」
「ええ、アヤ・シビでしょ?」
彼女の当然だと言わんばかりの言葉に、私は首を傾げた。
やっぱり、誰かと完全に間違えているのかな?
この特徴的な銀の髪に、赤い目。そして小柄な私だから、普段なら絶対に見間違えられることなんて無いはずなのに、何でだろう?
「ええっと……初めまして。領主様とお呼びしていいのかな? 確かに私の名前はアヤですけど、やはり誰かと間違えているのでは? 多分ですけど、私はそちらのエレナ様の荷物運びとして付いてきたんだと思うんですよね」
「あ、あの……どうしてそう思うんですの?」
隣にいたエレナ様が、なぜか信じられないものを見るかのように目を見開き、ひどく狼狽した様子でそう驚いてきた。
雇い主なのに、何でそんなに驚いているの?
私みたいな駆け出しの冒険者は、上位の魔法や戦いの勉強の為に、ほぼ無給に近い報酬で高レベルの冒険に荷物運びとして付いて行く仕事がある。
依頼者であるはずのあなたが、そんな風に驚いたリアクションをされるとこまる。
私としては、どのような反応をすればいいのか本当に困ってしまうんだけど。
「だって、私みたいな駆け出しの冒険者が、虚空袋を持っているわけがないじゃないですか。どういう状況で雇われたのかは思い出せないですけど、多分そういう事なんですよね」
自分が導き出した完璧な考えを、自信満々にそう説明した。
言い終えた瞬間、この部屋に居た三人は、声もなくお互いの顔を何度も見つめ合いながら、何とも言えないひどく困惑した顔をしていた。
「まったくあの馬鹿、こういう状況になることもあるってわかっていたはずよね。リスクが無ければ初めから使ってたと思うし」
赤毛の貴族様が、ひどく忌々しそうに吐き捨てた。
えっと、確かエレナ様が、彼女のことをレティさんって呼んでいたっけ?
そのレティ様は、エレナ様に向けてそんな風に強い苦情を言っていって、言われた彼女の方も、どう返事をしていいのか分からずにすごく困った顔をしていた。
「あのぉ……無礼なのを承知で言わせてもらうんですけど、これ以上エレナ様を困らせないでください。確かに今回の依頼者はレティ様だとは思いますけど、私が何か大きな失敗をやらかしてしまったんですよね? なら、私に直接言ってください」
居たたまれなくなって割って入った私を、レティ様は冷淡な紫の瞳で一瞥した。
「状況も何もわからないガキは、すっこんで黙ってなさい」
氷のように冷え切ったその声と言葉に、私は何かを必死に言い返そうとした。
だけど、次の瞬間、彼女の身体から放たれた目に見えないほどの凄まじい威圧感の圧力に気圧され、喉が完全に引き攣って声が出なくなってしまった。
怖い。
見た目は、深窓の令嬢のような可憐な雰囲気なのに、何だろう。
この魂を直接握り潰されるような圧倒的な威圧感は。
ここから今すぐにでも逃げ出したい。
怖い……本当に、怖い。
急激に全身の筋肉がガタガタと激しく震えだし、私は抗うこともできずに、そのまま冷たい床の上へ情けなく座り込んでしまった。
その時だった。
絶望的な恐怖の暗闇の中で、ふっと、驚くほど暖かくて優しい雰囲気が私の身体を包み込んだ。
その救いのような温かい気配の方へと夢中で顔を向けると、いつの間にか床に膝を突いたエレナ様が、怯える私の小さな身体をその両腕でやさしく、壊れ物を扱うように抱きしめてくれていた。
「レティさん。そんなに強い殺気を放たれますと、この子が驚いてしまいますわ」
「……後始末を全てこっちにポイ投げして後始末はこちら持ちなんて、少しくらい怒りが出てきても仕方ないでしょ?」
レティ様はそう言ってから、殺気を収めたけれど、まだ納得がいかないように不機嫌そうな声を上げる。
「ですが、何も知らないアヤさんに当たられても困りますわ」
ぎゅっと私を胸の中に抱きしめて守ってくれるエレナ様のぬくもりを感じながら、私は心の中で深く安堵していた。
うん、この人は世間で『聖女』って称えられる理由が本当に、身に染みてよくわかる。
いや、聖女というよりは、全てを包み込んでくれる『聖母』って言った方が正しいのかもしれない。
その腕の中は、驚くほどすごく心が落ち着く。
「で、これから一体どうするのよ? ……まぁ、私には何の関係もないけれど」
レティ様は呆れたように腕を組んで、上からわたくしたちを見下ろす。
「どうしましょう。本当に困りましたわ……」
エレナ様が困惑の声を漏らす。
やっぱり、全部私のせいだろうか?
すごく困った顔をしている。
だけど、不安そうにそれを見上げている私の顔と視線が合うと、こちらを安心させるような、本当に優しくて温かい笑顔をすぐに作って返してくれていた。
「仕方ないですね。もういっそ世間には、記憶喪失で通してみませんか?」
それまで後ろで静かに控えていた、あの冷たそうな雰囲気の銀髪のメイドさんが、淡々とした口調でそう言った。
「誰が記憶喪失ですか? 私はちゃんと記憶があります!」
勝手に記憶が無いことにされそうになって、私はエレナ様の腕の中から慌てて声を張り上げた。
「なら、なんでエレナさんと一緒にいるのか、その理由を明確に教えてくださいませんか?」
メイドさんは表情一つ変えず、静かに鋭い問いを重ねてくる。
「それは……さっきも言いましたけど、荷物運びとしてです!」
「聖女って言われるほどのお人が、自分の荷物をわざわざ他の人に持たせると思うのですか?」
「それは、新人を現場で鍛えるために、あえてそういうお仕事をさせているのかもしれないでしょ!」
「わざわざエリシオン王国から、このアヴァリス大公国まで、そんな長い旅をしてですか?」
メイドさんのどこまでも理路整然とした突っ込みに、私は完全に言葉に詰まりそうになる。
確かにそうだ。
こういう仕事は短期の仕事が基本だ。
短期で、リスクが少ない仕事なはず。
リスクが高い仕事で足手まといを連れていけば、全滅の可能性もあるんだから。
だけど、ここで引き下がるのも悔しくて、必死に屁理屈をこねて言い返した。
「そうかもしれないでしょ! 貴族様付きのメイドさんに何でそんな事を言われないといけないのですか!」
「「いい加減にしなさい!」」
「「ごめんなさい……っ」」
レティ様とエレナ様の鋭い叱責の声が完全にハモって部屋に響き渡り、私とメイドさんは同時に首をすくめて謝った。
そのあまりにも息の合ったやり取りに、私を抜かした部屋の三人が、それまでの張り詰めた空気を解くように一斉に笑い出す。
「ふふふ、基本的な根本は全く変わらないわね」
レティ様が可笑しそうにそう言い、エレナ様も嬉しそうに「そのようですわね」と同意して微笑んでいる。
……って、一体何が? 今のどこに楽しい要素があったわけなの?
「すみません」
「ルナも何で彼女に、そうムキになって突っかかるの?」
レティ様が苦笑しながら尋ねると、ルナと呼ばれたメイドさんは、少し気まずそうに主人に向けて頭を下げていた。
「……よくわかりません」
いや、私には何で謝ってくれないの?
メイドさんの理不尽な態度に内心で不満を覚えるけれど、とても口に出せる空気ではなかった。
「でも、ルナの意見はイイかもね。アヤ、少し良いかしら」
レティ様が、ソファーに深く腰掛け直して私をまっすぐに見据えてきた。
「……なんですか?」
「貴女は、覚えてないかもしれないけれど、人の世界が、丸ごと傾くような大事件をあなたが解決したのよ」
「そんな事、あるわけが……」
駆け出しの私が世界を救ったなんて、そんなおとぎ話のようなこと信じられるわけがない。
「貴女がどう思おうが、それは動かしようのない事実なの。良いわね。余計な反論はしないで、まずは納得しなさい」
「だけど……っ!」
「まぁ、自分の国に戻れば、私が言ったことも嫌でも理解できると思うわ。だから貴女は、周囲には記憶が無いと言いなさい」
「何でですか! 私は記憶があるのに!」
「戻ればわかるわ。一から説明するのも面倒よ。それ以上理由を聴きたいのなら、隣のエレナに聞きなさい」
レティ様はそれ以上の質問を完全にシャットアウトするように手を振った。
私は、縋るような思いで隣にいるエレナ様の方を向いけれど。
彼女はまた、あの目覚めた時に見せたひどく寂しそうな顔をして俯いていた。
彼女の顔を曇らせてるのは、私のせいかな?
彼女のその痛々しい表情を見るたびに、胸の奥がキリキリと締め付けられていく。
「……やはり、それしかないのでしょうか?」
エレナ様が、沈痛な声を絞り出すようにしてレティ様に問いかけている。
「嘘は言ってないわ。だって、本人にこれまでの記憶が全く無いんですもの。状況から見ても、多分『シビ』としての人生が全部綺麗になくなっているわね。まさか、私のコレクションであるあの貯蔵の本の中に、本当に失われた魔法の記述の一部が隠されていたなんて、私だって思いもしなかったわ」
「レティさん。あの時、彼女も口にしていましたが……その失われた呪文って、一体なんですの?」
失われた呪文?
なんだろう?
今の時代に適応してない未翻訳呪文とは違うみたいだけど。
「超古代魔法時代にあったとされている、失われた魔法の事よ。今となっては、伝説みたいなもので、本当に存在するのかどうかすら分からないと言われている幻の魔法。まさか実際に存在するなんてね。私もこれ以上は何も知らないわ」
「……そうなんですね」
二人は、私にはよく聞き取れないような専門的な単語を交えながら、深刻な顔で話し合いを続けている。
シビとしての人生がなくなったって、一体誰の話をしているんだろう?
「それに、彼女は多分異邦者よ。あの割れた万華鏡の鏡に映り込んでいた景色を見る限りね。夜だというのに街全体が不自然なほど光り輝く明かりで満たされていた。……彼女の防具のデザイン、そういう特殊なデザインの防具かと思っていたけれど、あの中では、よく似た服装を着ていた人たちがいた。どう見てもこの世界の物ではないわ」
「はい……」
「そのうえで、貴女はこれからどうするの?」
レティ様の鋭い視線が、エレナ様へと向けられる。
「もちろん、魔紋の恐怖は完全に去ったと国の上層部にはお伝えしますが……そのために支払った代償は、彼女の『存在』だったと言いますわ」
「そう。それが賢明ね。……それとは別に、その死体と、戦う術すら持たない足手まといを両方に抱えたまま、自力で、この山を下山することは出来ないわよね?」
足手まとい。
レティ様から平然と言い放たれたその冷酷な言葉が、私の胸にちくりと突き刺さる。
でも、確かに私ではエレナ様の足手まといでしかないのだろう。
反論の余地なんてどこにもないんだけど、なんか悔しいな。
「帰還の呪文を使用すれば、この場所から国へと帰れはしますが……。大公様にも事前の連絡を全くしないまま立ち去るのはどうなのかしらって、悩んでいましたの」
エレナ様が困ったように眉をひそめると、レティ様は退屈そうにソファーの背もたれに身体を預けた。
「先ほどの転送で近場の村まで送るわ。その後はどうにかしなさい」
「よろしいのですか?」
エレナ様が、少し驚いたように、しかし本当に救われたというような表情で問いかけていた。
「ええ、周辺もこれで静かになると思うしね。大公に言っておきなさい。この山脈を今まで通り禁則地にしなさいって、攻め入るようなことがあったらこちらも動くって」
レティ様の言葉には、逆らうことを許さない絶対的な重みがあった。
これが貴族の言葉の重みなのかもしれない。
詳しい事情はわからないけれど、この平和を守るための、とても重要な約束が、ここで交わされている感じがした。
「はいわかりました伝えときますわ」
エレナ様は、真剣な面持ちで深く頷いて応じている。
本当の役目はこの会談だったのかな?
私は何をしたのかやはりわからない。
「まぁ、攻めてきたら、また違う場所を探すだけだけどね。心地よく引越しをするわけではないから何かするかもしれないけどね」
レティ様は、まるで退屈な世間話でもするかのように、あっさりとそう付け足した。
「その時は、ご連絡をくださいませ。引っ越しの場所のお力になりますわ」
隣に立つエレナ様が、優しい眼差しでレティ様を見つめながら、そっと温かい言葉を返す。
「そお、覚えておくわ」
レティ様は短くそう応じると、視線を少しだけ和らげたように見えた。
二人の立場的にはどうなのかはわからないけれど、きっとこの三人は仲のいい友人なんだろうな。
私だけ場違いで、なんか嫌だな。
「あの、最後に」
これでもう本当にすべての話が終わった時だった。
後ろに控えていた、あのメイドさんが、エレナ様に向けて何かを言いたそうにそう声をかけて一歩前に進み出てきた。
「ルナさんもありがとうございます」
「いえ、それよりも一個お聞きしたいことがありまして」
「なんですの?」
「あの問題のミスリルソードはどうしたのですか?」
メイドさんのその唐突な質問を聞いた瞬間、エレナ様とレティ様は「そう言えば!」といった風にハッとした表情になり、同時に驚いて一斉に私のことを見てきた。
けれど、何で私がそんな凄そうな武器を持っていると思うのだろうか。
虚空袋であっても、剣が、入るわけがないと思うし。
どちらにしても、そんな一般の冒険者が持てるはずもない超高価な武器なんて、私みたいなペーペーの駆け出しが持っているはずが無いのだ。
疑問に思って、私は自分の腰元や手荷物のあたりを慌てて確認してみる。
そういえば、私がずっと愛用していたはずのブロードソードもどこを探しても見当たらないし、今私が身に着けている武器は、この護身用の頼りない短剣だけなのだ。剣は一体どこで無くしてしまったのだろう。
「鋼糸縫合と共に無くなったのかもしれないわね」
レティ様が納得したようにそう呟くと、それを聞いたエレナ様たちも、みんなそうかもという顔をして大人しく納得している。
リガトゥーラだなんて、本当にさっきからみんな一体何の話をしているのだろうか。
――それにしても、おかしい。
ここまで私とみんなの間の記憶や認識に決定的な違いがあると、ただの勘違いじゃなくて、本当に私が深刻な記憶喪失に陥っているんじゃないかと、背筋に冷たいものが走って本気で思ってしまう。
私は、この場所に、来る前に一体何をして、何を忘れてきてしまったのだろうか。
「とりあえずは平和になったことを喜ぶべきですわね。いろいろありましたので、もう少し落ち着いてから考えたいと思いますわ」
エレナ様は自分に言い聞かせるようにそう言いながら、戸忘れている私を安心させるように、いつもの優しい笑顔で返してくれている。
「それもいいかもね。それじゃあね」
レティ様が、見送りの言葉をこちらに向けて静かにくれる。
「お世話になりました」
エレナ様の挨拶に続いて、私も深々と頭を下げてその言葉に続いた。
レティ様は、ここに来た時のように、目の前の空間をぐにゃりと歪ませて不思議な空間の枠を作り出してくれた。その向こうには、大公国の険しい山脈の麓にある、のどかな村の景色が小さく見えている。
私達は、意を決してその揺らめく空間の門の中へと静かに足を踏み入れた。
「転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~」をお楽しみいただけましたか?
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