175話 決別の宴会
ヴァルさん……いいや、カインは俺の放った極大の炎に包まれ、激しく燃え上がっていた。
だが、奴はその絶望的な熱量すら強引に耐えきろうと死に物狂いで踏みとどまっている。
俺の呪文の放射時間が終わり、身体の硬直が解けてもなお、奴の肉体はいまだに激しく燃え上がったままだ。
「これでも、まだ倒れねえってのか……っ!」
ここが畳みかける最後の好機だ。俺は再び愛刀のミスリルソードの柄を強く掴み、重力を振り切るように上空へ跳躍しながら、力ある言葉を唱えた。
「深淵なる我がうちに宿る力よ、剣に宿れ――魔力の刃!」
唱えた瞬間、ミスリルソードの淡い青系統の魔力光が、まるでエネルギーが限界突破して溢れ出るかのように爆発的な輝きを放ち始めた。
俺はそのまま上空からの勢いをすべて乗せ、燃え盛るカインの巨体に向かって真っ向から一刀両断の刃を振り下ろした。
「戦士奥義――『断轟』ッ!!」
扱う者の技量によるが、基本的にはどんな強固な防御フィールドであっても一撃でぶち破る、
一刀両断の秘技。
凄まじい衝撃波を撒き散らしながら着地した瞬間、俺は反動を殺すようにその場に深くしゃがみ込んだ。
それから、一体どれだけの時間が経ったのだろうか。
脳の感覚が麻痺していて、もしかしたらほんの一瞬の出来事だったかもしれないし、あるいは酷く長い時間だったのかもしれない。
俺がゆっくりと立ち上がった時、カインの巨体がズガァァァンと大きな音を立てて床へと倒れ伏した。
「……はぁ、はぁ、やった、のか……?」
倒れた奴の姿を見つめながら、もし今この瞬間に魔族の大軍勢が押し寄せてきたら、流石に今の俺じゃ逆立ちしても勝ち目がないな、などと場違いな現実逃避を頭の片隅で考えてしまった。
俺は耐えきれなくなって、ミスリルソードを支えにしたままその場にドサリと座り込んだ。
もう、一歩だっておちおち動きたくねえ。
限界以上の魔力消費で頭も割れそうに痛いし、今は何も考えたくねえ――そう思った、まさにその矢先だった。
床に倒れていたはずのカインが、ゴト、と不気味な音を立てて、のそりと上体を起こして座り出しやがった。
「まだやる気?」
俺は満身創痍の身体のまま、岩肌の床へぐったりと座り込んだ。
だが、右手だけはミスリルソードの柄を強く握りしめなおした、
目の前に座るカインを鋭い視線で見据え、静かに問いかけた。
「いや、俺の負けだ。楽しかったなぁ」
カインの眼がやさしそうに、少しだけ愉快そうに言ってきた。
その異形の顔に宿る瞳が、長年王国で共に過ごした時のような懐かしい光を湛えて細められる。
それを見て、俺は奴の内に宿るヴァルさんとしての温かさを確かに感じ取っていた。
「もうあんたとは戦いたくないよ」
「嘘つきめ。顔が笑ってるぞ」
奴の短い言葉に、俺の唇の端も自然と持ち上がった。
「吐き気や頭痛起こしてまで戦いたくないし、怖かった。でも怖さと同じぐらい楽しかったかもな」
「恐怖と楽しさが同じかよ。本当に化け物め」
「お互い様だよ」
俺はそう軽口は叩いているが、カインの身体からは少しだけピシッという不穏な音が響いていた。
自然にない方法の代償かもしれない。
何もしなくても、数時間後には息絶えるのだろう。
奴の肉体がもう限界を迎えているのだと、肌に刺さる冷たい空気で痛いほど理解できた。
「俺は、もうほぼ動くことできないから殺そうと思ったらやれるよ」
俺は彼に向かってそう言った。自身の限界を自嘲するように告げる。
「無茶言うな。俺だって、もう使える手札なんて一枚も残ってないさ」
カインはそう言って、俺を視線で指した。
お互いニッとわらいだす。
吹き抜ける山風と血の臭いの中で、ボロボロになった二人の視線が真っ直ぐに交錯した。
俺は自分の身体を魔法で引き寄せて中から酒とコップそしてつまみを出す。
「やる?」
「お前、こんな死線の一等地で宴会かよ」
カインがコップを見つめながら、不思議そうに、けれどどこか呆れたように嬉しそうに呟く。
「やらないのなら俺一人で全部飲むけど」
「バカ言えよ。死に水代わりの酒くらい、喜んで飲ませてくれ」
「まったく本当にばかだよね、あんたは」
俺はそう小さく呆れながら、二つのコップに琥珀色の酒をトトトと注ぎだした。
「美女に酒を注いでもらえるなんて、最高にいい気分だろ?」
「言ってろ。……ところで、聞かないのか?」
ヴァルさんがコップを不器用にかぎ爪で持ち上げながら、不思議そうに尋ねてくる。
「何でこうなったのか? どうでもいいよ。エレナの場所だけ教えてくれたら」
「言う瞬間に殺されるかもしれないけどな」
「大丈夫じゃない? 多分俺の知っているあの少年の魔族が、どこかからこの戦いを見てると思うし、そんな野暮なことはしねえよ」
「少年? 青年じゃなくてか?」
ヴァルさんが、怪訝そうに聴いてきた。
「大会に出てきたあいつじゃない。俺より身長の低いガキだ。だけど万全の状態の俺が挑んだとしても、勝てる見込みは、今の所多分限りなく0だよなぁ」
あのプレッシャーはかなりヤバい。
いつも軽口をたたいているけど、ああいう風に言わないといつのまれるかわからなかったから、タダの強がりだった。
「ふふふ、アヤがそこまで言うのか。それは恐ろしいな」
ヴァルさんは愉快そうに笑いながら、コップを傾けて一気に酒を煽り、つまみを口に放り込んだ。
吹きさらしの険しい山道の中、折れた岩に背を預け、生々しい血の臭いの中で酌み交わす。
この静かで穏やかな時間だけは、かつて王国の酒場でみんなとバカ騒ぎしながら飲んでいた時の雰囲気と、どこかよく似ていた。
――まあ、話し方や関係は、全然違うんだけどなぁ。
「おまえなら盗賊奥義と戦士の奥義の合体技を作ってみたらどうだ」
そういって彼は、懐から古びた一冊の本を差し出して俺に渡してくれた。
「俺が考えていた技だ。我には無理だったが、両方の技を使えるお前ならな」
「……ありがとう」
俺は震える手でそれを受け取り、大事にバッグへとしまい込んだ。
そう言いながら、俺たちは二人して残りの酒を酌み交わし、つまみを食べながら他愛のない世間話をしていた。
山脈の冷たい風が、二人の間を静かに吹き抜けていく。
ある程度話し終えたら、そう言えば一番大事なことを聞かないといけないはずだった。
だが、俺が口を開くより先に、彼の方から静かに言ってくれた。
「奴らの本拠地は地下だ。上じゃないぞ」
「マジかよ。……無駄じゃねえかよ!」
思わずコップを握る手に力が入る。
標高の高いここまで必死に登ってきたというのに、またあのヤバい洞窟をわざわざ潜って、地上付近まで戻らなきゃいけないのかよ。流石に死ぬ。
「安心しろ。この奥に、地下の入り口まで一気に行ける入り口がある。そこを使えばいい」
「……移動できるものがあるんだな。助かる」
俺がホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。
語り終えたヴァルさんの異形の顔は、見る見るうちにどんどん青白くなって行っていた。
体内からピシピシと響く自壊の音。俺の持つ回復呪文では、もうどうしようもないことくらい、目の前の生気が消えかけているのを見れば痛いほど分かっていた。
ヴァルさんは、そんな俺の今にも泣き出しそうな顔を見て、辛そうに、けれどいつもの優しい笑顔で答えてくれた。
「先ほどまで殺し合いをしてたんだぞ。そんな顔をするな」
「だけど……っ」
そこまで綺麗に割り切れるはずが無かった。
数か月前までは、ただ王国の酒場でみんなでバカ話をしながら、笑い合って飲んでいた大切な友達だったんだぞ。
なんで、こんなことになっちまったんだよ。
「アヤちゃん。最後にお願いを聞いてもらえないか?」
弱々しく響いた、その呼び方。
アヤちゃん。
ヴァルさんは王国にいた頃、いつも俺のことをそう優しく呼んでくれていた。
その懐かしい響きが、胸の奥を激しく抉ってくる。
「……アヤちゃんって言われたら、断れないじゃんかよ」
俺は震える声で、必死に涙を堪えながら答えた。
「違いねえな。……俺は暗部だったんだ。王国のな。俺の事はいいんだ。アヤちゃんを殺さなくて済んで、本当によかったよ」
ヴァルさんは自嘲気味に、けれど心底ホッとしたように微笑む。
「願いって、なんだよ……っ」
堪えきれず、目に熱い涙が溢れてくる。視界がみるみるうちに歪んで、ヴァルさんの顔がぼやけていく。
「泣くなよ。可愛い顔が台無しだぞ」
「うるせえよ……っ」
涙を拭おうともせず、俺は奴の言葉をただじっと待った。
「願いというのはな。娘の事だ。見守ってくれねえか?」
「十六歳なら、もう見守りなんて必要ねえだろ? 彼女、しっかりしてるしよ」
「それでも心配なんだ。俺が死んだあとな。……鍛冶の方は弟子がしっかりやってるから大丈夫だとは思う。でもよ……ゴホ……ゴホッ……!」
ヴァルさんが激しく血を吐き、肉体の崩壊がいよいよ限界を迎える。
「悪いようにはしねえよ。あんたの死因は別の形にして国に報告しておくから、安心しろ。あんたは暗殺者のカインじゃなくて、最高の鍛冶屋のヴァルさんとして正式にみんなに伝えるからな……!」
俺は奴の手を強く握り締め、必死に言葉を紡いだ。
奴のプライドと、残されたリビアちゃんの未来だけは、俺が絶対に守ってみせる。
「すまないな。……そういえば、どこにやったかな……」
ヴァルさんは残された最後の力を振り絞り、自分の袋をゴソゴソと探って、一組の手袋を取り出して俺に手渡してくれた。
それはリビアちゃんが、ヴァルさんの誕生日に手渡した贈り物だった。
「アヤちゃんが作ってくれたこの手袋、すごくよかったぜ。これを、娘に……」
「あぁ……、分かった」
「娘を、頼む」
「わかってる。任せとけよ」
「子供を託せる友人がいるのは……イイもん、だ……」
満足そうに目を細め、ヴァルさんの身体から完全に力が抜けた。
「ヴァルさぁあああああああああああああああんっ!!!!」
俺の絶叫が、吹きさらしの山脈へと虚しく響き渡る。
握りしめていた彼の手がぐったりと冷たくなり、静かに息を引き取った。
俺は、大切な友人を、この手で殺してしまったんだ。
俺は彼のまぶたをゆっくり閉じた。
これで本当に、ヴァルさんは逝っちまったんだ。
俺は自分の袋から、ドス緑のポーションを取り出した。
くいっと喉に流し込む。
かなりまずいが、これで少しだけ魔力を回復させることができた。
俺は残った力を振り絞り、風の乙女シルフと水の乙女ウインディーネを呼び出した。
正直、俺の残りの魔力だけじゃこの先の芸当は無理だ。だけど、二人の精霊の力を借りればできるはずだ。
俺はフラフラになりながらも立ち上がり、力ある言葉を発した。
「零度の静寂より、白き冷気よ集え。時の流れを凍てつかせ、永遠の眠りを与えん――!」
俺は、人差し指と中指だけを伸ばして腕を上にあげた。
「氷結柩!!」
指先から異常に冷たい氷が放たれ、ヴァルさんの身体を覆っていく。
だが、やはり現状の少ない魔力しか残ってない俺の魔力では、これ以上はどうしようもなかった。
氷の膜が途中で止まりそうになる。
その瞬間、ウインディーネが俺の氷の上から絶妙なタイミングで水を足していった。
さらにシルフが、その水を凍らせるように冷たい空気を一気に流し始める。
二人の精霊の力を借りて、小型だけど、彼の身体を完全に守るための綺麗な氷の棺が出来上がった。
「……がはっ……っ!!」
魔法が完成した直後、俺の口からドッと赤い血が吹き出てきた。
完全な魔力枯渇の反動だ。俺はそのまま地面へと倒れ込んでしまった。
身体が鉛のように重くて指一本動かすのも億劫だ。
それでも、俺はそのまま倒れ込みながらも、這うようにして匍匐前進で近くの岩肌までたどり着いた。
身体を硬い岩肌にもたれかからせ、なんとか座った姿勢を作って最悪の休息を取る。
「エレナごめん。……迎えに行くのは、もう少し後になりそう……」
遠のいていく意識の中で、それだけを強く思った。
次の瞬間、俺の身体が強制的な休息を求めるかのように、目の前が真っ暗になって意識がぷつりと飛んでしまった。
「転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~」をお楽しみいただけましたか?
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