174話 死闘
一歩も動けない極限の睨み合いの中、俺はふっと構えを少しだけ緩めて口を開いた。
「マジにやる前に、一つだけ待ってもらっていいか?」
「命乞いか?」
カインの低い声が、鋭く俺を刺す。
「違うよ。今から一つ魔法を使わせてほしいだけだ。もちろん、お互いが得になる魔法じゃない」
「構わん」
奴はそのまま普通に答えていた。
「信じるんだな。俺がいきなり攻撃するかもしれないよ」
「そんな奴だったら、今頃倒せてるさ」
相変わらず不敵な奴だと思う。
俺は小さくニヤリと笑うと、複雑な印を組み、ゆっくりと地面に両手をついた。
手のひらから魔力を一気に大地へと這わせ、見えない結界の網を周囲の空間に張り巡らせていく。
「これで良し」
俺は立ち上がり、再びミスリルソードを構え直した。
「何をしたか聞く権利はあると思うが?」
「転移拒否さ」
「どういうことだ」
訝しげに目を細めるカインに、俺は真っ直ぐに視線をぶつけた。
「これがお前と俺との最後の戦いだと読んだ。もし俺が死にそうになったら、多分エレナが来ると思うんだ」
「そうなればお前が有利になるだろう? あれほど会いたがってるように思えたんだが?」
「まあね。でも、お前これ終わったら死ぬだろ?」
俺の言葉に、カインの眉がピクリと跳ねた。
「なぜそう思う?」
「魔法使いをなめるなよ。お前の生命力のバランスがぐちゃぐちゃだ。遅かれ早かれ、その魔物の肉体が崩壊すると思う。――自分の命をなげうっての恋文もらったら、無粋なマネできねえよ」
だからこそ、エレナを巻き込むわけにはいかない。これは俺とカイン、二人だけの決着だ。
なんだかんだ言って腐れ縁って言う感じもするし。
そう言いながら、俺は牽制として魔法の矢を放った。
だが、漆黒の魔力の光は、カインの頑強な異形の肉体によって軽くはじかれて散り失せてしまう。
「やはりな……!」
完全に言葉を交わす時間は終わった。俺は地面を爆発的に蹴り、カインとの真の間合いへと一気に突入した。
「それ、ドラゴンとのキメラじゃないだろ……っ!?」
肉薄する俺の視界に、カインの凶悪な爪が迫る。
俺は手にしたミスリルソードを正確に走らせ、放たれた猛攻のすべてを火花と共に弾いてみせた。
「よく知らん。原子力で生まれた化け物の遺伝子を入れたとか、魔族の奴らが言ってたぞ。……本当によく知らんがな」
空中でカインのシミターが不気味にうなりを上げる。
「はぁ!? 原子力だと……っ!?」
思わず素の声で驚愕の声を上げてしまった。
前世の知識がある俺だからこそ、その言葉の持つ禁忌のヤバさが嫌というほど理解できてしまう。
奴の怒涛の連撃を必死に回避しながら、俺は再び風の乙女を脳裏に思い浮かべ、その力を借りることにした。
さっきの酸欠トラップのこともあり、いつまた空気を弄られるか分からない。
俺はシルフの加護によって、自分の周囲の空気だけを常に正常に保つよう手配を済ませる。
「俺の身体の崩壊を待っているのなら無理だぞ、アヤ!」
カインが咆哮し、激しい金属音が山脈にこだまする。
何度目かになる武器の激しいぶつかり合いも、今は互角で終わっていた。
純粋な剣の実力だけで言えば、本来は俺の方が上のはずだった。
だが、今の奴はあまりにもパワーと生命力が規格外すぎる。
隙を突いて放たれた、カインの必殺とも言える爪の突き。それを俺は地面を前転して間一髪で回避した。
起き上がりざま、俺は濡れた床に落ちていた、先ほど折れたばかりの月光のグラディウスの刀身へと手を伸ばす。まだ微かに俺の魔力が残っているその刃の部分を、俺は躊躇なくカインの顔面めがけて投げ飛ばした。
刃が回転しながら闇を切り裂く。その投擲の瞬間に合わせ、俺は地を這うような速度で奴の懐へと突進した。
「小賢しい真似を――っ!」
カインは迫り来るグラディウスの破片を左手の爪で鋭く弾き飛ばす。
その隙を逃さず、俺は手にしたミスリルソードで奴の胴体を切り裂こうとしたが、無造作に振り下ろされたシミターによって強烈にはじき返されてしまった。
だが、俺の本命はここからだ。弾かれた勢いのまま後方へと距離を取り、力ある言葉を叫ぶ。
「雷神の怒りよ、闇の雷よ! 敵を貫け――!!」
詠唱に応じるように、俺たちの頭上へ瞬時に黒い雷雲が集まっていく。
「雷鳴の裁き!!」
轟音と共に上空から太い雷が落ち、カインの五体へダイレクトに直撃した。
凄まじい電撃が奴の肉体を駆け巡っていた。
激しく帯電したカインの巨体が、そのまま後ろへと倒れ込むと思われた、その刹那だった。
奴は信じられない執念でクルンと空中回転を決めると、死角から伸びた太いしっぽが、俺の顎へと強烈にクリーンヒットしたのだ。
「――ふがっ!?」
視界が激しく揺れ、俺の身体は派手にあおむけになって吹き飛ばされた。
背中から硬い岩の地面へと激しくぶつかり、背骨が折れたかと思うほどの激痛に、俺はその場で悶絶した。
ゴゴゴ……と、地鳴りのような不気味な音が再び不穏に響いてきた。
背中の激痛でまともに息すら苦しいが、俺は必死に体内の魔力を絞り出し、力ある言葉を絞り出すように発する。
「水の精霊ウィンディーネよ、主を包み、水の膜を張り、炎から守り給え――!」
詠唱を紡ぐ俺の肌に、凄まじい熱風がどんどん恐ろしい速度で押し寄せてくる。
奴の引き裂かれた口から放たれる、あの凶悪な火炎ブレスの二撃目だ。
「水膜球!!」
瞬間、透明で麗しい姿をした水の精霊ウィンディーネが俺の前に顕現した。
彼女は微細な水の粒を全身に纏いながら、青白い光のオーラを放ち、俺の周囲を滑るように急速に回り始める。
一瞬にして、心地よい冷たさを湛えた清らかな水が、俺の満身創痍の身体を優しく包み込んでくれた。
それは第二の皮膚のように密着し、カインが放った強烈な熱を完璧に遮断する水の膜となった。
しかも、この空間にはすでにシルフを呼んであった。風のエネルギーが水の盾に干渉し、その防護の火力が何倍にも跳ね上がる。
襲いかかってきたカインの巨大な炎の奔流を、外側の水膜が片端から白い蒸気に変えて霧散させ、残さず完全に消し去っていった。
「あ……危なかった……、ゴホゴホっ……!」
俺は手にしたミスリルソードを杖代わりにして、なんとか床から立ち上がろうとした。
だが、炎が消えた一瞬の隙を突かれ、カインの重い蹴りが容赦なく俺の腹へと直撃した。
凄まじい衝撃と共に、俺の身体は再び後方へと吹き飛ばされる。
「こんなものかぁ!」
勝ち誇ったカインの追撃が迫る。吹き飛びながらも、俺は奴の攻撃が激突する直前の瞬間に、力ある言葉を叫んだ。
うっすらと奴の足が見えたので、そこを目標として左の手のひらをそちらに向ける。
「爆裂!!」
至近距離で強烈な大爆発が巻き起こる。
流石のキメラの肉体もこの不意の衝撃には耐えかねたのか、カインが少しふらついた感じがした。
爆発の反動で生まれた僅かな時間を使い、俺は痛む身体を強引に引き起こして立ち上がる。
「全く……! 腹を殴るなんて、万が一にも子供が産めない体になったらどうすんのさ!?」
「そんなこと、これっぽっちも思ってないだろう」
カインはすぐに体勢を立て直し、冷酷に突っ込んでくる。
奴の手から放たれる飛ぶ爪の猛攻に対し、俺は魔法の矢を連射して正面から打ち合いを展開した。
だが、呪文を発射した直後の、ほんの一瞬の硬職を突かれてしまう。
カインの放った凄まじい剣と爪のラッシュが、俺の防御膜を破って五体に叩き込まれた。
「が、はっ……あぁっ!」
俺の身体は大きく宙に浮き上がり、何の抵抗もできずに壁へと吹き飛ばされた。
クエルシオラの防具のおかげで最悪の即死だけは免れているものの、体内の骨がボロボロに折れているのが自分でもよく分かる。マジでヤバい状態だ。
ボロボロになった俺の肉体へトドメを刺すべく、カインが空中からさらに容赦なく飛び込んでこようとしていた。
――俺は死に物狂いで魔力をかき集め、もう一度だけ手元から爆裂を放って奴の突進を正面から無理やり足止めした。
ドンッ!!!
激しい爆炎の壁が二人の間に広がり、カインの動きが一瞬だけ完全に停止する。
その千載一遇の隙を見逃さず、俺は大きく後ろへと跳躍して距離を稼ぎながら、決戦にケリをつけるための大詠唱を始めた。
「天空にあまねく浮かぶ星々よ。天空の王者たちよ。我が召喚に答え敵を滅ぼせ――!」
空を跳びすさりながら、俺は持てるすべての魔力を注ぎ込んで大詠唱を完成させた。
カインも俺の呪文の完成を察知し、咄嗟に飛び上がって回避しようとしていた。
だが、上空から押し寄せる尋常ならざる質量とプレッシャーに気づいたのだろう。
奴は一瞬だけ動きを止め、その場で衝撃に耐える防御の準備を始めた。
「よくもやってくれたな! 魔術師の奥義を喰らいやがれ――!!」
俺は全魔力を解放し、天空に向けて吼えた。
「星崩の流星群!!」
叫んだ瞬間、大空洞の天井を貫いて、虚空から四つの巨大な岩石が猛烈な勢いで降り注いだ。
ドガガガガァァァンッ!!!
天空から飛来した岩石同士が激しくぶつかり合い、超高速のスピードを維持したまま、防御姿勢をとるカインの五体へと次々に直撃していく。
凄まじい衝撃波が洞窟を震わせ、俺の手元にも確かな命中への手ごたえが伝わってきた。
今の俺の魔力じゃ、四つを落とすのが限界だ。
確か文献か何かで、凄腕の魔術師ともなればこれを同時に六つも十個も落とす奴がいると聞いたが、なるほど確かにこれは文字通りの軍隊一掃呪文だわ。
だが、着地したその瞬間だった。
「う、あ……ッ!?」
脳の髄を直接焼き切られるかのような、凄まじい苦しみが俺を襲った。
ヤバい。一気に限界以上の魔力を使いすぎたせいで、頭が割れそうなほどの激痛が走る。
内臓が激しくひっくり返るような猛烈な吐き気が込み上げ、俺はその場に激しくリバースしてしまった。
喉をかきむしってすべてを吐き出した瞬間、折れた骨の痛みも一気にぶり返し、身体中に凄まじい激痛が走って意識がふらふらと遠のきそうになる。
「はぁ、はぁ……っ、もう、限界だ……」
震える右手を動かし、手にしたミスリルソードを杖代わりにして、俺は床に泥を吐きながらなんとか立ち上がった。
そこでハッと我に返る。
しまった、カインを完全に消し去っちまったら、エレナの居場所を聞き出す方法が――。
そう思った、まさにその瞬間だった。
ゾクッ、と全身の毛穴が逆立つような不穏な衝撃波を感知した。
「なっ――がはっ!?」
突如として中心地から放たれた爆発的な衝撃に煽られ、俺の満身創痍の身体は再び後方へと派手に吹き飛ばされた。
ズガガァァァンッ!!!
四つの巨大な岩石が積み重なり、カインを完全に押し潰していたはずの瓦礫の山が、内側からの圧倒的な力によって派手に爆発して霧散した。
立ち込める土煙を突き破り、全身から不気味な熱気を放ちながら、傷だらけになったカインが再びその異形の姿を現したのだ。
「あのまま寝ていればいいのに……」
俺がそう苦しげに毒づいた、その瞬間だった。
爆風に煽られて、カインの身体を覆っていた黒装束が完全に剥ぎ取られた。
瓦礫の煙の向こうから露わになったその素顔を見た瞬間、俺は驚きを隠すことができなかった。
「――なっ、ヴァ、ヴァルさん……っ!?」
なぜなら、そこにいたのは俺のよく知った顔だったからだ。
異形のキメラと化していたのは、エリシオン王国で一番の腕を持つ鍛冶屋のヴァルさんだった。
「ヴァルさんが、なぜ……っ!」
「戦闘中に戦うことを忘れるなんて、お前は甘すぎる」
驚愕で動きの止まった俺の隙を、ヴァルさんは見逃さなかった。
禍々しいかぎ爪の追撃が容赦なく俺を捉え、俺は何回も地面を激しく回転しながら吹っ飛び、硬い岩の壁に背中からぶつかった。
「なぜ……、どうして……っ!」
激痛と混乱で頭が割れそうだ。
ヴァルさんは、王国での俺の飲み仲間にして、心から安心できる大切な人だったんだ。
なぜそんな人が、あんな異形に成り果ててまで俺の命を狙う。
「リビアのために死んでくれ、アヤ」
ヴァルさんの口から出た娘の名前。その一言で、俺の脳裏ですべての点と線が繋がった。
「……っ、リビアちゃんが人質かよ! ――かと言って、はいそうですかって大人しく納得して死ねるわけねえだろうが……っ!!」
俺は執念で這い上がり、迫り来る奴のふらついた爪をミスリルソードで迎え撃った。
激しい金属音が響き、折れそうな腕で必死に刃を交差させる。
「そんなふらついた一撃で、本当に俺を倒せると思ってんのか!?」
「お互い様だろうが……っ!」
ヴァルさんもまた、肉体の限界をとうに超えている。
「……リビアちゃんが人質なんだな?」
「解放はされたけどな。それでも貴様を倒さないと、俺たちの街が魔物の毒牙にかかるかもしれないからな……!」
「俺を倒した後は、魔族どもの大攻勢が待ってんだぜ!? 奴らの言いなりになってどうする!」
「それでもよ……ッ!」
娘と街を守るために畜生へ堕ちた親の覚悟。それを理解した瞬間、俺の腹は決まった。
俺は手にした剣を一度地面に突き刺して身体を支えると、右手の人差し指にはめている赤き宝石の指輪を見つめ、残された魂のすべてを込めて、力ある言葉を発した。
「炎帝ザハクの縁に従い、我は望み従え。世界の理をもちて、更なる魔力を与えよ――!」
「ザハクだと……っ!? 奴は死んだはずだろう!?」
ヴァルさんの顔が、今日一番の驚愕に染まる。
「焔竜吼!!」
俺は突き刺していた剣を引き抜き、両の手を重ねて人差し指と親指で円の形を作った。
瞬間、手のひらの中心に青白い光が猛烈に凝縮されていく。
熱が皮膚を焦がすように疼き、指先が焼けるように熱い。
銀髪が熱風に煽られて逆立ち、血だらけになった指の間から、溢れ出した青白い光が凝縮されて行った。
光が掌の中で膨張し、血管が熱く脈打つように激しく疼く。息が熱く乱れる。
「死にやがれぇぇぇッ!!」
俺に残された僅かな魔力。そこに炎帝ザハクが遺してくれた指輪の誓い、そしてミスリルソードがもたらす極大の魔力ブーストを足し合わせる。
ドゴォォォォォン!!!
大いなる焔のうねりの奔流が、絶叫をあげるカインの巨体を完全に飲み込んでいった。
「転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~」をお楽しみいただけましたか?
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