171話 鍾乳洞の金色の檻
レジスタンスの拠点で教えられた場所はここで間違いはないとは思うんだが、木々や草を払いのけて探してみると確かに低木に隠されるように、山肌にポカンと空いた洞穴を見つけた。
確かに立って歩けるような場所に見える。
ふと嫌な感じがした。
これが罠じゃないといけるのか?
上空を見るとやはり、俺を認識しているかどうかはわからないが、絶えず数体から数十体はそれを飛んでいる魔物がいる。
俺を倒すにしても、ぞろぞろ来られるだけか。
倒されることは無いけど、ぞろぞろ来られたらじり貧だよな。
行き道もわかってないから結局は入るしかないのか。
洞窟に入って、かなり歩いた時だった。
開けた場所に出たと思ったら、そこはとんでもない空間だった。
天井からは、巨大な氷柱みたいな尖った岩が、無数に突き出している。
地面からは、まるで竹の子みたいに逆さに生えた岩の柱が、いくつもそびえ立っていた。
俺は小さく息を吐き、左手の指先をパチンと鳴らした。
小さな火花が散るように、手の平の上に青白い魔法の光がボウッと灯る。
手製のランタン代わりに放った光が、濡れた岩の表面を怪しくキラキラと映し出した。
どこか奥の方から、ぽつん、ぽつんと、静かに水滴の落ちる音が響いている。
「よし、これで十分……きゃっ!?」
天井から冷たい水滴が急に首筋へ落ちてきて、思わず変な悲鳴を上げてしまった。
……って、なんだよ。キャって、女かよ!
ああクソ、そういえば俺、女だったわ。それにしても、あんな情けない声を出すなんて恥ずかしすぎるだろ。誰も見ていなくて本当に良かった。
俺は小さく咳払いをして、魔法の光に照らされた不気味な岩のジャングルを、今度こそ鋭い視線で見据えた。
下手に油断して歩いて、鋭い岩肌で怪我でもしたら目も当てられないからな。
慎重に鍾乳洞を進んでいると、ふと、脇道の方から何かがパッと光った気がした。
「……なんだ?」
一応、見に行くとするか。
もし面倒なトラブルの火種で、ここから何か不意打ちでも食らったら話にならないしな。
俺は左手の光を少し掲げ、その怪しい光の差す脇道へと足を踏み入れた。
その中央にそびえ立っていたのは、まばゆい黄金に輝く鍾乳石の柱。
――だが、何かがおかしい。
よく見ると、透き通った黄金の石の中に、複数人の人間が閉じ込められていた。
「……なんだってこんなところに人が捕らわれてんだ?」
流石に無視して通り過ぎるわけにもいかない。
生きているなら、何か事情を知っている可能性もある。
俺は周囲を警戒しながら、ゆっくりと黄金の柱へ近づいた。
あと数歩という距離まで迫った、その時だった。
鍾乳石の上の方から、どこか懐かしさを覚える黄昏色の光が、ふわりと降り注ぐ。
一瞬、その美しい黄金の輝きが愛おしく、たまらなく恋しいもののように思えてきた。
「っと、あぶねえ! 舐めるなよ!」
脳を揺らすような強烈な誘惑を弾き飛ばした。
絶対精神防御があって本当に助かった。
なければかなりの力を持っていたように感じたから、かかっていたかもしれないな。
それにしても。こうやって光で人や魔物を誘い込んで、捕らえて喰うっていうトラップか?
こんな迷惑なものは壊させてもらうか。
俺は即座に、力ある言葉を唱えた。
「『風刃』!」
手のひらを黄金の柱へ向け、魔法を解き放った。
生み出された無数の風の刃が、硬い石の表面を激しく削り、火花を散らした。
だが、完全に砕くには至らない。
「だったら、これならどうだ!」
俺は腰のグラディウスを力強く引き抜き、地面を蹴った。
一気に距離を詰め、突進の勢いを全て刃の先端に込める。
「『牙衝』ッ!」
鋭い突きが、ウインドカッターで脆くなっていた岩肌へと突き刺さる。
メキメキと音を立てて、黄金の石に深い亀裂が入った。あと一撃で穴が開く。
刀身を引き抜きざま、俺はさらに間髪入れず、トドメの呪文を唱え上げた。
狙うは、今作ったばかりの壊れかけのヒビ。
「吹き飛びやがれ! 『爆裂』!」
手のひらから放たれた爆炎の魔法が、黄金の柱の傷口めがけて炸裂した。
激しい爆音とともに、中央の黄金の柱が派手に砕け散った。
同時に、周囲で人々を囚えていた石の柱も、次々とガラガラと崩れ落ちる。
中から転がり出た人々が、ゆらゆらと力なく立ち上がった。
その瞳には一切の生気が感じられななかった。
完全に焦点が合っていない。
「……おいおい、まさか。――チッ!」
嫌な予感は的中した。彼らは一斉に、俺めがけて襲いかかってきたのだ。
生きている人間のそれとは思えない、人形のような無機質な動き。
だが、速度だけは恐ろしく速い。
こういう狭い洞窟の中じゃ、広範囲の呪文は自爆になりかねないから本当に使いづらい。
俺は再び手のひらを突き出し、短い呪文を放った。
「風刃!」
鋭い真空の刃が敵を切り刻む。
普通の人間なら致命傷のはずだった。
だが、彼らは血を流しながらも、一切怯むことなく突進してきやがる。
「なるほどな。なら、柱をぶっ壊してやったんだ。――代わりにいいモンを増やしてやるよ」
迫り来る刃が俺の目と鼻の先まで迫った、その瞬間。
俺は深くしゃがみ込み、左の手のひらを地面に強く叩きつけた。
「大地よ、我が意に従い、鋭く尖った槍を敵に突き刺せ――!」
叩きつけた手のひらから体内の魔力を一気に流し込み、一息に呪文を完成させる。
「土陣鋼槍!」
魔法が完成した瞬間、地面の岩肌が爆発するように激しく盛り上がった。
ガギィィィンッ!
轟音と共に、一瞬で突き上げた無数の岩槍が、襲いかかる敵の群れを残らず下から無慈悲に貫いていった。
串刺しになった彼らの手から、武器がパラパラと零れ落ち、今度こそ完全に動きを止めた。
これで一安心か、そう思った時だった。
カツン、と乾いた音が響き、地面に落ちていた剣たちが奇妙に震え始めた。
「なっ……!?」
次の瞬間、持ち主のいない無数の剣が、まるで生き物のように俺めがけて射出された。
俺は咄嗟に横へと跳んで、その鋭い突進を間一侠で回避する。
濡れた地面を転がりながら、俺の脳裏に一つの答えが閃いた。
そうか。操られていた人間が本体じゃない。こいつらの本体は『物』だ!
たしか、無念が物質に宿るアンデッドの一種――ポルターガイストとかいう奴だったな。
ゾク、と鳥肌が立つような魔力の波動が満ちていく。
高速で飛び交う数本の剣。さらに、そこらに転がっていた朽ちた鉄の鎧までもが、ガシャガシャと音を立てて起き上がり始めた。
空中に浮かぶ武器をガシッと掴み、中身の空っぽな鎧たちが、不気味な足音を立てて俺を包囲する。
「あーあ、面倒なのが起き上がってきやがった。……やってやろうじゃねえか!」
俺は敵が一直線に並ぶよう、奴らの攻撃を捌きながら位置を誘導した。
狙い通り、すべての敵が一直線に重なった、その瞬間。
俺は深く息を吸い込み、力ある言葉を紡ぎ出す。
「天より落ちる紫の罰よ……稲妻を集め、槍を成せ……貫け、魂まで焼き尽くせ……」
俺の手のひらから紫色の雷のエネルギーがバチバチと激しい音を立てて鳴り響く。
溢れ出る激しい稲妻を両手で引き絞り、巨大な雷の槍を形成すると、一直線上に並んだ敵めがけて全力で投げつけた。
紫電の槍は超高速で空間を裂き、鎧どもの中心を容赦なく貫いていく。
数十体はいた生きている鎧と剣は、一瞬で全身を帯電させ、カタカタと痙攣するような音を立てて次々と地面に崩れ落ちていった。
「……くっ、あつッ……」
微かな頭痛が脳を刺す。
流石に呪文の使い過ぎか?
だが、まだ終わっちゃいないんだよな。
磁力に引かれるように、一振りの生きている剣が不意を突いて俺の首筋に肉薄してきた。
俺はグラディウスを構え直し、火花を散らしながらその白刃を受け流いた。
火花の向こう側、空いた左手をむき出しの刃へと力強く添えた。
「形ある器よ、塵に還れ――」
至近距離から、一気に崩壊の魔力を流し込む。
「粉塵崩壊!」
俺の呪文に生きている剣は、抵抗する術もなく、その形を失ってサラサラと粉へと変わっていった。
俺は来た道に戻り、小さい空洞と平らな場所を見つけて腰を降ろした。
村で休んだとはいえ、何時ね首をかかれるかもしれないと思ってそんなに休んでないことがこんなに響くとはな。
いくら魔力や魔法使用の容量が増えたとしてもやはり限度があるな。
バッグから、イザベラから格安で購入した見張りをしてくれる魔法のアイテムを置いて、休むことにした。
休む前にもう一個だけ呪文を唱えた。
「熱源展開」
少しずつ周囲の温度が気持ちのいい暖かさになっていく。
春の陽気の様な温度にする呪文をかけて、簡単な保存食を取った。
ふと思う。
彼女が恋しい。
そばにいるだけで心地よくしてくれる慈愛の女神の愛娘エレナ。
これで何度目だろう?
そう思いながら、ウインディーネを召喚して、浄身を使用してもらった。
汗・汚れ・血・軽いニオイを洗い流してもらう。
さすがに、自分の汗や汚れのままでは寝たくなかったし、そんな状態で寝ても急速にはならないだろう。
この山のどこかにいるエレナと合流して進まないと。
俺は、そう思いながらゆっくり休んだ。
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