10話 モンスターの紋章?
村の入口に着いた頃、朝陽が木々の隙間から差し込み、霧の谷の余韻をゆっくり溶かしていった。
エレナのローブが朝露を払う音が、俺のブーツの足音と重なって、小さくリズムを刻む。
銀髪が風に少し乱れ、赤い瞳で、煙突から薄く煙を上げる村の輪郭をねめつける。
昨夜のデュラハン戦の疲れが、肩の奥にまだじんと残っているのに、エレナの治癒のおかげで体そのものは軽かった。
それにしても、この胸の重みはいつ慣れるんだろうな。
歩くたびに革鎧が食い込み、ベルトの締め付けがやけに気になる。
女性ってすげえよな、ずっと軽い筋トレしてるみたいなもんだろ、これ。
俺たちは、そのまま報告のために酒場へ向かった。
「おはよう、シビ! エレナさんも!」
酒場の女将が、入口のカウンター越しに身を乗り出して、大きく手を振ってきた。
その隣に村長の爺さんと、数人の村人が立ってる。
影狼の噂で顔を曇らせていた連中が、今日はどこか肩の力の抜けた表情をしていた。
俺たちが近づくと、女将が肘でぐいっと俺の脇腹を突いてくる。
かなり心配かけてたんだな。そう思うと、不謹慎だけど、ちょっとだけうれしかった。
「無事なのか! また一人で無茶したんじゃなかろうか!」
痛えって、この体。生前より打たれ弱くなった分、一発一発の感触がやたら鮮明なんだよ。
「心配かけたな。影の狼は片付けた。ついでに帰りに、デュラハンっていうプレゼントまで付いてきたけどな」
わざと軽く言ったつもりだったが、その名前を出した瞬間、空気がきしんだ気がした。
俺の言葉に、村人たちが一斉にざわつく。椅子を引く音や、誰かが息を飲む気配がやけに大きく響いた。
女将の目がまん丸になり、村長が髭を何度も撫でながら、長く息を吐く。
「デュラハンだと? あんな化け物が霧の谷に、お前ら、よく生きて戻ったな。名前しか聞いたことないが、普通の冒険者では太刀打ちできないと聞くぞ」
村長の声は、脅かすでも大げさでもなく、本気で重かった。
確かにエレナがいなければ、俺はあそこで相打ちで終わってたはずだ。
そう思うと、背中の汗が、少しだけ冷たくなった。
エレナが優しく微笑んで、聖印を胸にそっと押し当てる。
「アウリス様の導きですわ。シビさんがいなければ、私も危うかったですのよ」
村人たちがどよめき、俺たちはそのまま酒場の中へ連れ込まれた。
テーブルには湯気を立てるスープと焼きたてのパン、それから昨日分の報酬が詰まった革袋がいくつも並んでいる。
袋を持ち上げると、金貨の重みがずしりと手に伝わった。
中身は影狼の討伐報酬に、村のみんなからの感謝金を足したものらしい。
村長が俺たちの前で、重々しく頭を下げた。
「こんな村に、これだけの報酬出したら村がつぶれるんじゃないのか?」
「言ってくれるねぇ、シビ。ここは森も山もあるだろ?首都とのやり取りも多いんだよ。見た目のわりには、この村はけっこう裕福なんだ」
女将が肩をすくめて笑う。
俺は追加でもらった袋を持ち上げて、みんなの顔をぐるっと見渡した。
「じゃあ決まりだな。今日は村人全員にごちそうだ!」
長く泊めてもらって、飯も風呂も世話になって、心配までかけた。
そのお礼にここで使うなら、金貨も悪くない。
懐にしまい込むより、この場で笑ってる顔を増やした方が、よっぽど得だと思った。
「シビ、いいのかい」
「女将さんにも世話になったし、けっこう長居もしたからな。それに金は回してなんぼだろ。子供たちの分も、しっかり頼む」
俺は、カウンターの奥で準備している料理人たちにも聞こえるように、顔を向けて言った。
鍋を振っていた連中がこっちを見て、にやっと笑う。
「これで村は当分安泰だ。狩人達も、みんな喜んでるよ。それでシビ、これからどうする? ここで永住するかい?」
任務終了の空気が、酒場に広がる。エレナがスープを一口啜り、俺に視線を向ける。
青い瞳は穏やかで、どこか期待しているようだった。
俺はパンをちぎりながら、昨夜かわした約束を思い出す。これから一緒に旅をする。
「休養もしたいし、宴会にも参加はしたいんだけどな。霧の谷の異変は、ただの偶然じゃねえ気がする。ゴブリン、影狼、デュラハン……全部に共通の何かがある。見てみろ、これ」
俺は腰のベルトから、小さな革袋を取り出した。中には、デュラハンの鎧の破片が入っている。
本来ああいうアンデッドの装備は、倒したら霧みたいに消えるもんだが、こいつだけはなぜか残っていた。
何かのヒントになるかもしれないと思って、拾っておいたやつだ。
破片の表面には、ぼんやりとした紋章が刻まれている。
渦を巻く黒い棘みたいな模様で、その中心に、赤い瞳みたいな目玉が浮かんでいる。
この世界に来てから、強いモンスターと何体か戦った。
影狼の毛皮にも、この紋章に似た模様がうっすら乗っていた。変種ゴブリンの爪にもかすかに刻まれていた。そして、デュラハン。
ゴブリンとデュラハンではモンスターのレべりは違うか、両方とも俺が知る限り以上の強化されていた。
「これ、モンスターの体に共通して付いてた紋章だ。何の印かはわからないが、間違いなく強化はされていた。きっとロクなもんじゃねえと思うんだよ」
村人たちが顔を見合わせ、女将の婆さんが首を振る。
「そんなもん、見たことないねぇ」
村長も腕を組んで、ゆっくり口を開く。
「古い言い伝えに、森の悪霊の印ってのがあったが……」
森の悪霊、か。ありえそうだよなぁ。
俺はエレナの方に視線を向ける。
僧侶なら、紋章とか儀式の話も、それなりに聞いているかもしれない。
「エレナ、お前はどう思う? アウリス神の教えとか、教会の書物で、こんな紋章の話を聞いたことねえか?」
エレナは破片を手に取り、青い瞳を細めてじっと見つめる。
三つ編みが肩にすべり落ちて、祈りの鈴が小さく鳴った。
しばらく黙って観察してから、ゆっくり首を横に振る。
「申し訳ありませんわ、シビさん。私、神殿で学んだのは主に癒しと加護の術ですの」
やっぱり専門外か。
「闇の刻印や召喚の知識は、魔導士協会に聞かないと。でも、この模様、確かに不気味ですわ。モンスターを操る『影の枷』みたいなものは、噂で聞いたことはありますけど、確かじゃありませんの」
影の枷、俺の知識バンクにはないな。
モンスターをもし操るとして、その利益は何だ?
情報が少ないのに考えても仕方ないな。
俺は破片をポーチに戻し、ため息をつく。
胸の奥で、モヤモヤが渦巻く。
あいつらの死が、ただのゴブリン騒動で終わるなんて、到底納得できねえ。
でも、もしかしたら俺はただ、あいつらの死を大きな事件にして、自分を納得させたいだけなんだろうな。
ただ偶然にしては、共通点が多すぎる。
どこかの名探偵が、「全部の不可能を消したあとに残ったものが、どんなに変でも真実だ」って言ってたっけな。
ただ、あいつみたいにきれいに割り切れるほど、今の俺には材料が足りねえ。
でも、なんかそれとは違う気がする。
それでも、この紋章が鍵なのは、ほぼ間違いねえ。
「なら、調べるしかねえな。多分、この紋章が鍵だと思う。村じゃ文献もねえし、確か首都が近いって言ってたよな。なら行ってみるか。首都なら、王立図書館かギルドの古文書室に、何かあるはずだ」
俺はエレナの方を目配せした。エレナの目がぱっと輝く。
「ええ、いい考えですわ! 王都エリシオンの本殿なら、私の知り合いもいますの。あの神殿の司祭様が、古い儀式や呪いの記録に詳しいんです」
アウリス神の本殿は王都にあり、長年の知識を持った司祭がいる。
その司祭、大丈夫なのか。
実は裏で怪しい本とか抱え込んでいました、なんてオチだったらシャレにならんぞ。
まあ、会うときは、手の届く距離で様子を見させてもらうか。
王都エリシオン、か。
口に出してみると、少しだけ胸の奥がざわついた。
地図の上でしか知らない場所。俺の転生後の行き先が、やっと線でつながった気がする。
村人たちが「おお」と頷き、女将が腰に手を当てて笑う。
「首都なら、何かわかる可能性はあるねぇ。あんたらが行くなら、きっと答えに近づけるさ」
「行くのは少し寂しいがな。けど、冒険者だから仕方ないのか」
村長が、くしゃくしゃになった目で俺たちを見る。
「行くんだったら、美味しいものを腹いっぱい食べてから行け。それからでもいいじゃろ」
その言葉に、酒場の中がどっと沸いた。
木のテーブルが鳴り、ジョッキ同士がぶつかり合う音が響く。
子供たちが俺たちのまわりを走り回り、台所からは肉とスープの匂いが立ちのぼる。
エレナがくすっと笑って、両手を胸の前で合わせた。
俺たちは、旅の疲れをゆっくりほぐしながら、胸の奥の重さを少しだけ忘れられるひとときだった。
次の日、
村の広場で別れの挨拶をすることになった。村人たちがずらりと並び、婆さんがニヤニヤしながらこっちを見ている。
木こりが酒樽を叩き、音が響くたびに村人たちの笑い声が重なって、子供たちが小さな花を手に持って、俺たちに投げてくる。
エレナが静かに祈りを捧げると、彼女の周りに柔らかな光の輪が広がり、村全体を包み込むような温かさが広がる。
俺は銀髪を後ろでしっかりと縛り、赤い瞳で村人たちを見回した。
意外と、この村の人たちに好かれていたんだなぁと思う。
改めて、この村に来て良かったと心から感じた。
「みんな、ありがとう。あいつらの分まで、頑張るよ。この村は、俺のスタート地点だ。また戻るさ。みんな、またな」
女将が目を潤ませ、村長が俺の肩を叩いた。
「待ってるぜ、お前も名誉村人だ」
何とも言えない気持ちで、俺はその言葉を受け取った。
ありがたいのか、ありがたくないのか、正直よくわからなかったけど、それでも少し温かい気持ちが胸に広がった。
エレナと俺は、ちょう馬車に乗り込んだ。
街道を進みながら、車輪の音が乾いた道に響く。
埃っぽい道が、首都エリシオンへと続いているのが見える。
夕陽が背中を押し、風が銀髪を乱しながら通り抜けていく。
エレナが隣で鈴を鳴らしながら、微笑んでいるのがわかる。
「きっと、真相がわかりますわね」
「エレナがいれば、きっとわかるだろ?」
「なぜですの?」
「アウリス神の加護があるからさ」
俺はエレナに笑顔を向けて答える。
それだけで、少しだけ心が軽くなる気がした。
俺は破片を握りしめ、その冷たさを感じながら、胸のモヤを押し込んだ。
王都で何が待っているか、正直わからない。でも、何とかなるだろう。
さて、この世界の首都というものは、どんな場所なんだろう。
少しだけ期待が膨らんで、目の前の風景がどこか新鮮に映った。
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