11話 初めての王都
馬車が王都エリシオンの巨大な城門をくぐった瞬間、空気が変わった。
朝の陽光が石畳を照らし、頭上の魔法結界が淡く青くきらめく。
その下で、街の喧噪が一気に俺たちを飲み込んだ。
獣人の商人が声を張り上げて果物を売りさばき、
異種族の踊り子が鈴を鳴らして人だかりを沸かせている。
渋谷のスクランブル交差点と中世の祭りを、足して二で割らずにぶち込んだみたいなカオスだ。
俺は銀髪を耳にかけた手を止めて、思わず見とれた。
映画のセットだと言われても信じてしまう。それくらいには、圧倒されていた。
「すげえ……これが首都かよ。生前じゃ、こんな街、映画でしか見たことねえ」
エレナが隣でくすりと笑い、三つ編みを揺らした。
「シビさん、初めての王都は誰にとっても圧巻ですわ。わたくしも最初は本気で目を回しましたのよ。さあ、まずは教会へ向かいましょう。司祭様がお待ちですわ」
馬車を降り、俺たちは人ごみをかき分けて街の中心部へ向かった。
革鎧の締め付けが、歩くたびに胸に食い込み、銀髪が風に乱れる。
女の体になってから、こういう賑やかさは余計に疲れる。
視線がちらちら集まる気がして、赤い瞳で睨み返す。
多分、気のせい……と言い切れない。
この体、どう見ても目立つんだよな。
それに、これから神官様のところだ。
何か説教でもされそうで、正直気が重い。
先生に呼び出される生徒みたいで、どうにも好きになれねえ。
街の中心には、白い石で築かれた王城がどん、とそびえていた。
雲を突き刺すみたいに高い塔が、王城の真ん中から伸びていた。
頭上の魔法結界が金色にきらめいている。
門の前では衛兵が槍を交差させ、
貴族の馬車だけが次々と中へ吸い込まれていく。
これだけでも、この国が相当でかいってことぐらいはわかる。
少なくとも俺には場違いな場所だな。
生前の俺じゃ、こんな威容、映画の中でしか拝めなかった。
王城の影に寄り添うように、エリシオンの大聖堂が静かに建っていた。
大聖堂でいちばん高い塔の先で、アウリス神の聖印が金色に輝いている。
周囲の空気を清浄に保つ結界が、目に見えない膜みたいに、かすかに震えている気がした。
門をくぐると、荘厳な回廊が続き、壁際の蝋燭の炎が静かに揺れる。
エレナのローブの裾が石畳をやわらかく擦り、祈りの鈴がチリンと小さく鳴った。
俺は腰の剣の柄にそっと手をやって、緊張をごまかした。
教会に武器持ち込みって、ほんとにアリなんだろうか。
エレナが何も言わないし……まあいいか。
「王城の隣か。さすがに立派だな。神殿も、でかい権力の光を分けてもらってるって感じだ」
「ええ、アウリス様の慈悲は、王都の守りでもありますの。司祭様は奥の書庫にいらっしゃいますわ」
エレナに導かれて、俺たちは薄暗い書庫に足を踏み入れた。
埃っぽい空気に古文書の匂いが混じり、本棚が天井までぎっしり積み上がっている。
中央の机には、髭モジャの老人が腰を下ろしていた。
こいつが、エレナの知り合いだという司祭らしい。
眼鏡の奥の目つきは鋭く、机いっぱいに散らばった羊皮紙を睨みつけている。
白いローブの袖はうっすら煤けていて、指先はインクで真っ黒だ。
「エレナか。遅かったな。……おお、そちらが噂のシビ・アヤか。名はこの王都にも届いておるぞ。影狼を一人で倒したと聞いたが……ふむ、見た目は華奢だが、目が違うな」
司祭の声は低く、どこか探るような響きがあった。
一人じゃねえけどな。こういう武勇伝は、だいたい尾びれ背びれついてデカくなるもんだろ。
俺は革袋からデュラハンの破片を取り出し、机の上にそっと置いた。
表面の紋章が、蝋燭の光を受けて、いまだに不気味に浮かび上がっている。
「エレナのお陰で生き残れただけだ。それより司祭さん、これを見てくれ。ゴブリンも影狼もデュラハンも、全部同じ刻印がついてた。エレナから“影の枷”って聞いたけど、あれは何なんだ? 村の異変の元凶か?」
司祭は破片を拾い上げ、眼鏡をずらしてじっくりと覗き込んだ。
書庫の空気が、一気に重くなる。
隣でエレナが息を潜め、俺の袖をそっと握ってきた。
司祭の指先が紋章をなぞった瞬間、その顔がわずかに曇った。
俺の胸がざわついた。
ゴブリンの群れも、影狼の毒も、首なし騎士の冷たい視線も、全部頭の中にフラッシュバックする。
あいつらとの戦いが、ただの事故じゃないとしたら。
この事件にケリつけるのは、きっと俺なんだろうな。
「誰かが操ってる? 目的は? 村みたいな辺鄙な場所で、なんでだ?」
司祭はため息をつき、破片を机の上に戻した。
「目的まではわからぬよ。力を増やすためかもしれんし、何かの利権が絡んでおるのかもしれん。本当に魔王というものがおるのなら、魔族の計画の一部という可能性もある」
確かに、その通りだ。
これだけの情報で目的まで言い当てられたら、それこそ怖すぎる。
少し熱くなっていた自分を恥じて、俺は黙って司祭の言葉に耳を傾けた。
「図書館には結界が張られておる。閲覧禁止の場所には、結界を通過するための許可が必要じゃ。それに、わしが手配する宿で少しの間、生活してもらうのがよかろう」
司祭はため息をつき、破片を机の上に戻した。
「急ぐなら、自分で調べる方法もあるがな。進展があれば、こちらから知らせることにしよう」
国の問題になりかねないことを、俺たちにも伝えてくれるのか。ありがたい話だ。
エレナが聖印をぎゅっと握りしめ、青い瞳を曇らせる。
「司祭様、アウリス様のお導きで、早く真相をよろしくお願いします。周囲の村や町にも緊張が走っていますの」
「導きは祈りで得るものじゃ、エレナ。お主も知っておろう。この件は、高度な問題かもしれん。時間はかかるものじゃ」
司祭の言葉に、書庫の空気がさらに重くなった。
俺は破片をポーチに戻し、拳を握る。
「わかった。数日待つよ。だが、現場のことなら俺たちが受けるぜ。村の連中が待ってるしな」
司祭は眼鏡を直し、わずかに頷いた。
「ふむ、骨はあるようじゃな。エレナ、お主はどうするのだ?」
「わたくしはシビさんとご一緒いたしますわ」
「わかった。数日後こちらに顔を出しなさい。なにか渡せるとは思う」
俺たちは書庫を出て、聖堂の回廊を歩いた。蝋燭の炎が俺たちの影を長く伸ばしていた。
祈りの声が遠くからぼんやり響いて聞こえてくる。
エレナが小さく息を吐き、俺の腕にそっと触れた。
「シビさん……申し訳ありませんわ。わたくし、もっと知っていれば」
「気にするな。お前の知り合いのおかげで、少なくとも手がかりは掴めた。ただ、想像以上にヤバいな、あの紋章」
エレナは青い瞳を不安そうに細めた。
蝋燭の光がその中でちろちろ揺れていて、見ているこっちまで落ち着かなくなる。
さっきまで司祭の話を一緒に聞いていた横顔を思い出す。
村のことも、俺のことも、両方抱えて心配してるんだろうなって思うと、こっちまで変なプレッシャーを感じてしまう。
「アウリス様の加護で、きっと守れますわ。これまで連戦続きや精神的な負担も大きいと思いますので、少し息抜きをいたしませんか? 王都の服屋さん、素敵なものがたくさんありますのよ。新しい鎧や、髪飾りとか、シビさんの銀髪に似合うものが」
急に「息抜き」とか「服屋さん」とか言われて、肩の力が少し抜けた。
さっきまで呪いだの戦争だの、重たい話ばかりだった頭に、ふわっと色が戻ってくる感じがする。
……でも同時に、女物の服を着せられてニヤニヤされる未来も見えてきて、なんとも言えない気分になった。
「はぁ~……まあいいか。エレナのオススメなら行ってみるよ。どんなもんか見るのも一興だろ」
エレナの顔がぱっと明るくなり、鈴がちりんと鳴った。
「ふふ、楽しみですわ! 行きましょう、シビさん」
聖堂を出て、市場の賑わいへ戻る。
午後の陽光が石畳をじんわり温めて、屋台から上がる煙が甘い香りと香辛料の匂いを運んでくる。
さっきまで胸の奥に残っていた重さが、ざわめきに紛れて少しだけ薄れていく気がした。
横を歩くエレナの横顔も、さっきより柔らかく見えて、俺は小さく息を吐く。
俺たちは人ごみを抜けて、エレナの知る服飾店が並ぶ通りへ向かった。
冒険者向けの店がずらりと並び、魔法糸の服が窓辺でキラキラ光っている。
鎧やローブだけじゃなく、普段着やちょっとした外出用の服までそろっていて、どう見てもファンタジー版のブティック街だ。
エレナが先頭を切って進み、迷いなくカウンター前まで歩いていく。
店員の若い女性が、彼女の顔を見るなりぱっと笑顔になった。
「まあ、エレナさん、いらっしゃいませ。今日はどんなご用件ですの?」
「こんにちは。今日はこのシビさんの装備を見に来ましたの。銀髪のシビさんに似合う鎧と……そうですわね、動きやすい軽装の服をお願いしますわ」
店員の若い女性が目を輝かせて、今度はじろじろと俺を値踏みしてくる。
ドレスなんていらない。
いくら多少は金があるっていっても、限度ってもんがあるだろ。
「まあ、美人さん! 銀髪に赤い瞳、まるで森の精霊ですわね。こちらの青い革鎧、いかがです?」
俺は思わず頰が熱くなった。美人? 精霊?
さすが商売上手な首都の店だ。お世辞がいちいち過剰だ。
それでも、この体が本当にそう見えているんだと思うと、妙に落ち着かない。
視線を集めすぎなんだよ、この外見。
周囲から向けられる視線がじわじわと増えていくのを感じて、俺は居心地悪くなって目をそらした。
エレナがくすくす笑い、俺の背中を軽く押す。
「試着してみてくださいな、シビさん。わたくしも一緒に」
試着室に入り、青い革鎧を羽織ってみる。
鏡に映るのは、細い腰にぴたりと沿ったシルエットと、肩にさらりと落ちる銀髪のアヤの姿。
胸のラインが服に沿って柔らかく持ち上がり、俺の心臓がドクンと鳴った。
やばい……生地が肌の上をすべる感触も、押し返してくる柔らかさも、全部が知らない感覚だ。
生前じゃ、絶対に味わえねえ。
エロい、って思った自分に一瞬ドン引きして、俺は慌てて視線をそらした。
くそ、この体……鏡の自分が、こんなに「女」にしか見えないなんて。
心が追いつかねえよ。
胸の重みは戦いの時はただの邪魔なのに、こうして着飾ると……なんか、悪くねえかもって一瞬思ってしまう。
違うだろ、俺は男だ。
なにが「悪くねえかも」だよ。全く
エレナがカーテンの隙間から覗き、「どうですの? ぴったりですわよ!」と無邪気に言う。
俺は慌てて鎧の裾やベルトを直し、変に力の入った足取りで外へ出た。
「う、うん……動きやすそうだ。ありがとな、エレナ」
店員が次々と服を勧めてくる。
魔法の髪留め(自動で銀髪を結んでくれる優れもの)や、鎧の下に着るためのフィット感のあるシャツ、動きやすいパンツが積まれていく。
どれも実戦向きで、冒険者としてはありがたい品々だ。
これメッチャ高価なんだろうなぁ。
絶対に、一般の冒険者が来るような店じゃねえな、ここ。
よく見ると、店の中、ほぼ全部が魔法の物品だらけじゃねえか。
ゲーム知識で悪いが、素材となったものの10倍から100倍の金額してても、文句なんて言えねえなぁ。
そしてエレナの悪戯っぽい笑みで、青いドレスまで試着させられる。
鏡の前でくるりと回ると、裾がふわりと広がり、赤い瞳が輝く。
俺の頰が熱くなる。ドレス姿のアヤは、確かに美しい。
生前の妄想が、現実になっているようで、思わず目を逸らしたくなる。
こんな姿、俺が思ってた以上に……いや、ダメだ。こんなこと考えるな。
「シビさん、素敵ですわ! アウリス様の祝福みたい」
エレナの言葉に、俺は照れ隠しに笑うしかなかった。
そこで自分が信仰してる神様を持ち出すのはどうなんだよ、と心の中でだけ突っ込む。
「お前、天然かよ。でも、悪くねえな。この世界の服、意外と楽しいかも」
ふと、俺は一瞬本心でそう思ってしまった。
買い物を終え、袋を抱えて店を出る頃には、陽がすっかり傾いていた。
市場の灯りが点り始め、屋台の串焼きの匂いが漂う。エレナが俺の腕を取って歩き、鈴を鳴らす。
風に揺れる銀髪は、さっき買った魔法の髪留めに勝手にまとめられていた。
指先で触るたびに「高かったよな、これ」と苦笑いがこぼれそうになる。
おかげ様で、今回の買い物でほぼ全財産を使ってしまった。
夕陽がエリシオンの街を橙に染め、俺たちの影を長く伸ばす。
闇の枷の重さは、まだ胸のどこかに残っている。
それでも今は、隣で笑うエレナの気配と、耳に心地いい鈴の音だけを聞いていた。
たまには、こんな日も悪くない。
そう思いながら、俺はエレナと並んで歩き続けた。
「転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~」をお楽しみいただけましたか?
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