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【7部】転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~  作者: 綾
第3章 旅路

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9話 デュラハンとの死闘

 深夜。焚き火の赤はほとんど消え、残り火が灰の底でくすぶっていた。

その静寂を裂くように、結界の鈴が——ちり、と鋭く鳴った。

胸の奥が、瞬間で戦闘の温度に切り替わる。


「大丈夫、まだ防御の結界が残ってます」

エレナがローブの袖を押さえ、指先に力をこめて鈴を鳴らす。

薄闇の中で揺れた光が、彼女の横顔を一瞬だけ照らした。


「了解。まずはこれだ!」

俺は息を鋭く吸い、力ある言葉を放つ。


『魔力の刃(エンチャント・エッジ)!』


 刃に青白い光が走り、金属が震える。

その瞬間、体が自然と前へ出た。

胴の襟元へ斜めの一閃。狙いは悪くない。


 手応えは、ほとんど空気を切ったみたいに軽かった。

斬れていない。

霊馬が素早く横へ滑り、逆に跳ね返ってきた風が胸を強く押す。

冷気と死んだ何かの匂いがまとわりつき、首筋がひやりとひやりとする。


 俺自身の技量が足りないのか、それとも高位アンデッドのデュラハンの魔力抵抗が強すぎるのか。

どっちにしても押され気味なのは間違いなくて、額を冷たい汗がつっと流れた。

「通らねえな。強化しても薄い!」

歯を食いしばり、すぐに距離を取り直す。


 「なら先にわたくしが。退け、不浄なる魂の者よ。我が神の導きの道を通り給え!『悪霊成仏《リターニング・アンデッド》!』」


 エレナの祈りが夜気を震わせ、聖なる光輪が首なし騎士の鎧ごと包み込む。

本来なら魂そのものを浄化し、霧のように消えていくはずの呪文。

なのにデュラハンは、まったく変わらない。影ひとつ揺れないでいた。

黒鉄の剣がわずかに持ち上がり、霊馬の前足が土を強く叩いた。


「そんな……わたくしの祈りを抵抗いたしましたの?」


「来るぞ!」

俺から見てもエレナは高位の僧侶だと思うのに、それでも破邪できないなんて……本当に化け物だ。


 黒鉄の剣が横へ薙ぎ払われ、空気が鋭く裂けた。

受けた瞬間、骨の奥が痺れ、足がぐらりと揺れる。

霊馬が体勢を変え、さらにもう一撃。俺は回転しながら受け流すが、肩に焼けるような痛みが走った。

そのままの流れで、霊馬に乗ったまま突っ込んできやがる。


「くっ、『風の刃(ウィンドカッター)!』」

突進してくるあいつに向けてではなく、俺は風の刃を地面へ叩きつけた。

土が大きくえぐれ、黒い霊馬が踏みとどまる。とりあえず追撃は止まった。


 後ろへ飛んだ一瞬、胸甲がちらりと見えた。

やはり見間違いではない。

あの狼や変種ゴブリンにも刻まれていた紋章だ。

だが、今はそれを考えている場合じゃない。


 それに、どうする。

今の俺の魔力じゃ全快には程遠い。昨日の戦闘から、まだほとんど回復していない。

感覚では、せいぜい半分ってところか。

まだ完成していない火の鳥(フェニックス)なんて、使うのはただの自殺行為だ。


「シビさん!」

戦闘中、悩んでいる俺をよそに、エレナが駆け寄り、短く息を吸い込んでから声をかけてきた。

「流石に上位アンデッドには手こずりますわ。補助呪文を唱えますので、少しだけ時間を作っていただいても?」

その声はいつもより少し焦り気味で、エレナの緊張が伝わってきた。


「任せな!」

俺は加速(ハステン)で足元を軽くし、斬りかかりながら相手の注意を引く。

受け流して、下段から斬り上げる。フェイントも交えて一瞬の隙を突こうとしたが、

やはり敵の装備が堅すぎる。

フルプレートでがっちりと固められた相手には、どうしても技が効かない。

ただの力任せじゃ通じない。


エレナが胸に手を当て、はっきりとした声で詠唱を始めた。

「聖なる御名により、正しき刃に加護を『破邪付与(ホーリー・ウェポン)!』」


 その瞬間、白金の光が俺の剣に流れ込み、青白い輝きが一段と明るく跳ね上がった。

空気が一変し、清浄な力が周囲に広がる。

それはエレナ自身の清らかな力と同じように、心に温かさをもたらした。


「それじゃ、仕切り直しだ!」

俺は一気に振り下ろし、胴の鎖の襟へ斜めの一撃を加えた。

今度は弾かれない。鈍い抵抗を感じた後、金属の奥で何かが裂ける感触が指先に伝わる。

デュラハンの肩がわずかに沈んだ。

「よし!」


 勢いをそのままに、二撃、三撃、四撃と同じ箇所を裂旋(れっせん)で切りつける。

手応えは確かにあった。しかし、霊馬の踏み込みが重く、地面を揺るがすように迫ってくる。

その一歩一歩が、まるで体にかかる圧のように感じる。

霊馬が踏み込む度に、俺の体が重く押し返される。

攻撃を受けるたびに、肉体的な痛みだけでなく、精神にも重くのしかかってくる。

呼吸が浅くなり、力を入れるたびに体力が吸い取られていく気がした。


 デュラハンが距離を取ると、剣を立て、すぐに構えを整える。

次の瞬間、風が爆ぜた。見えない刃が一気に飛び、脇腹を鋭く裂く。

熱い。鋭い痛みが走り、視界が一瞬で滲む。


「ぐっ……」

ここにきて、不可視の攻撃だなんて聞いてない。

ヤバい、かなり重症だ。少しだけめまいがして、視界がさらにぼやける。


「親愛なる慈悲深き女神アウリスよ、心正しき者に恵みを与え給え——『治癒呪文(ヒーリング)!』」


 エレナの言葉が響くと、俺の身体は光り輝き、切られた箇所が次第に癒されていった。

あの鋭い痛みが消え、少しずつ体力が戻るのを感じる。


「大丈夫です。アウリス様の加護があります。頑張ってください」

エレナの声には、いつもの温かさが込められている。それが俺をさらに安心させた。


「あぁ、助かった。やられた分のお返しをしないとな!」

身体の痛みが引く中で、今度は俺が反撃の番だと感じた。

敵の攻撃を受け流し、次はしっかりと反撃を決める。


 俺は踏み込むと同時に、胸甲の継ぎ目に突きを叩き込む。白い火花が甲の内側で弾け、霧が漏れ出す。

デュラハンはその攻撃を受けても動じず、霊馬がいななき、地面を蹴って一気に突進してくる。

霊馬が勢いよく接近し、デュラハンは横から鋭い斬撃を振り下ろしてきた。


 俺はその刃を受け流し、力を逆に利用して飛び込む。

受け流しながら、空いていた隙間に足を踏み入れ、攻撃の方向を逸らす。

次の瞬間、体が地面に叩きつけられるも、すぐに立ち上がる。

痛みが走るが、今度こそ決める。デュラハンと向き合いながら、集中力が高まるのを感じた。


「もう一つ、加護をお願いしますね。慈悲なる聖なる神アウリスよ!悪しき闇を阻む聖なる盾となり、そして邪悪を退ける。正義の力を与え給え——『祝福(ブレス)!』」


 エレナが呪文を唱えた瞬間、全身が軽くなり、視界が鮮やかに広がる。

その光が体に染み込むと、瞬時に全身が軽くなった。

まるで力が沸き起こるように、鋭さが増していく。

呼吸が深くなり、動きが滑らかになるのがわかった。

周囲の空気が震えているのを感じる。

これで奴にも攻撃が届くはずだと確信した。


 俺は呼吸を合わせ、連続した動きで攻撃のテンポを上げる。

横薙ぎで敵の前衛を払い、返しの突きで隙間を突く。

次は斜めに袈裟斬りを放ち、力強く切り裂く。

下段から鋭く攻め、白金の尾のように刃が空気を裂き、斬線を残す。

デュラハンの鎧の襟元に刻まれた紋章が、ちらりと露出した。


「そこだ!」

一刀両断に踏み込む。

「斧重(ふがさね)!」

戦士技の中でも、最強とされる一撃。全身に溜めた力を、刃に一心に集める。

刃が空を裂くとともに、衝撃波が周囲に響き渡った。

その瞬間、デュラハンの腕に抱えられていた黒い影が震え、まるで生き物のように不規則に動き出す。

見えない口がこちらを向き、鋭い牙がうねりながら迫ってくる。

一瞬の隙を突かれたその影が、まるで瞬間移動のように俺にまとわりつき、一気にその力を解放した。

その攻撃の勢いに、俺は反応が遅れ、回避する余裕すら残されていなかった。


世界が凍りついたかのように、喉が締め付けられる。

視界の端で黒い輪が次々と現れ、二重、三重と俺の周りを絡みついてくる。


「あぁああああああああああああああぁっ!」


 声が出ない。足が半歩遅れ、霊馬の前脚が俺の胸を打ち抜く。

その衝撃で、俺は吹き飛ばされ、受け身すら取れずに地面に叩きつけられた。

ふらつきながら、何とか立ち上がる。

剣はまだ握れている。まだ行ける。

エレナがかけてくれた祝福の呪文がなければ、今頃、俺は内臓破裂か、最悪、そのまま命を落としていたに違いなかった。


 叫びたい気持ちを押し殺し、俺は刃を握り直す。

紋章の位置は、今はっきりと見える。多分、あそこが弱点だ。

斧重(ふがさね)でも一撃で壊せなかったのか…。

亀裂は深く、金属の奥まで届いている。

力を込めて打ち込んだ部分が、少しずつ裂けていく様子が手に伝わる。

あと一撃、これを当てれば、俺たちの勝利だ。

だが、反対に、あと一発強い攻撃を喰らったら…あの世行きだろうな。


「アヤさん、三秒つくりますわ!」

エレナが前へ飛び込み、祈りの聖印をしっかりと抱えたまま、デュラハンの腕の“それ”へ手を伸ばす。


「無茶すんな!」

俺は側面から斬り上げ、デュラハンの注意を引き寄せる。

黒鉄の剣が猛然と返ってきた。

その刃を受け流しながらも、腕に痛みが走る。

だが、さっきよりも攻撃の勢いが鈍ったのか、少しだけ体の力が抜ける感覚があった。

反応が鈍くなる中、俺は何とか踏みとどまった。

ここで倒れるわけにはいかない。この一瞬を逃すわけにはいかない。


 俺はその言葉を合図に、地を蹴って飛び出した。

加速(ハステン)の効果が薄れかける中、必死で距離を詰め、鎖の襟へ真っ直ぐ突き進む。

一気に捻り込んで、剣を紋章に深く突き刺した。

「この剣ごと食らいやがれ!」

指先を上げ、力強い言葉を放つ。


「漆黒の雷よ! 貫きやがれ——『雷鳴の裁き(サンダーボルト)!』」


詠唱が響くと、俺の頭上に漆黒の雲が渦巻き、

雷が指先に集まり、目にも留まらぬ速さでデュラハンに突き刺した剣へと放たれる。

鎧の内側で青白い光が炸裂し、霊馬が崩れ、鎧の継ぎ目が割れた。

黒い霧が外へ噴き出し、デュラハンの剣が土に落ちる音が響く。


 勝った。

そう思ったその瞬間、首筋に氷の針が突き刺さるような鋭い痛みが走った。

見えない輪が、最後の力を振り絞って、俺の喉を締め上げていく。

喉の奥が焼けるように痛み、息が詰まる。

膝が砕けるように崩れ、力が抜けていく。


すぐさま『解呪(ディゾルブ・スペル)』を唱えたが、反応はなかった。

魔法ではない。それに、何かが違う。

急いで思いつく限りのデバフを脳裏に浮かべ、すぐに気づいた。

俺が解除できないものがある。それは呪いだった。


 俺の手の中の魔力も空っぽになり、意識が徐々にぼやけていく。

ふと、呪いなんてものがあったなぁと、場違いな考えが頭をよぎった。


「シビさん、動かないで!」

エレナが駆け寄り、俺の手をしっかりと握る。

もう片方の指で、俺の手のひらに何かを描くように文字を刻んでいった。

指先が俺の首筋に触れ、冷たく、少し痛みを伴う感触が広がる。

それでも、どこか心地よさを感じていた。

あぁ、女神とかいたら、きっとこんな感じなんだろうな。


「慈悲の女神アウリスよ、この者の呪いの解除を、そしてあなたの祝福を与え給え『呪い解除(エクスペル・カース)!』」

エレナの祈りが響くと、白い光が首筋の輪に染み込み、それに触れた黒い力が、音もなく崩れ落ちていった。

喉の締め付けが解け、ようやく空気が肺に流れ込む。

一瞬遅れて、世界の色が戻り、視界がはっきりと広がった。


エレナの指先は赤くなり、まるで薄い霜が降りたように白く変わっていった。

彼女は小さく息を吐き、疲れたように肩を震わせた。


「えっと、助かったのか?」

その言葉には、恐怖と安堵が入り混じった不思議な感覚がこもっていた。

今も、呪いの余韻が残っているような気がしたが、エレナの言葉を信じるしかなかった。


「アウリス様のお陰で間に合いましたわ。」


 デュラハンは、漆黒の鎧が完全に崩れ、霧となって地面に消えていった。

その後に残るのは、ただひたすらに冷たい夜の空気だけだった。


俺は剣を納め、肩で息をした。全身が痛む。けれど、生きている。


「エレナ…本当に、助かった。感謝してる。礼をしたいんだけど、俺にできることがあれば、だけど……」

何気ない言葉だったはずなのに、恥ずかしさが胸にこみ上げてきて、うまく言葉が出てこなかった。

実年齢を考えると、下手したら親子ほど年齢差があるし、それがますます俺を照れさせていた。


「じゃあ、わたくしと一緒に旅をしませんか?」

聖女様は、こんな夜遅くに、まるで太陽の光が注がれたような笑顔で俺に話しかけてきた。

その笑顔に、胸が少しドキっとしたが、すぐにその意味がわからず、驚きと照れくささが交じった。


「ちなみに、それ以外は?」

今回は助かった。でも、次はどうなる?

彼女が死ぬところなんて見たくない。

おそらく、俺が危険に晒されるとき、エレナは自分の命を捨ててでも助けようとするだろう。

だから、俺はその先を考えて、妥協案を聞いてみた。


「でも、出来る事って言いましたわ? 出来ますよね」


 その言葉には、確かな決意が込められていた。

エレナの真剣な眼差しに、俺は少しだけ胸を締め付けられるような気がした。


 一緒に旅をする。

嫌ではない。

多分、エレナを嫌うやつはあまりいないだろう。

こいつは偽善者にはなれない。

ただ、いいやつすぎるんだ。


「ダメなのでしょうか?」

上目遣いでそう俺に訊いてきた。

その表情、声、全部が卑怯に感じた。

思わず俺は心の中で息を呑んだ。


「えっと、命を粗末にするな」


「命を粗末にしたことはありませんわ」

聖女様が、速攻でうそをつきやがった。


「お前、奴の動きを止める時に無茶しただろうが。俺が注意ひかなかったら、危なかったぞ」


「大丈夫です。アウリス様の加護がありますから。それに、助け合うのが仲間ですわ」


「俺とお前が死ぬ——でも、どちらか一人が生き残れるなら、自分の命を優先しろ。それが条件だ」


「ん~と。わかりましたわ」

俺は苦笑しながら、エレナの真摯な顔に少しだけ頷いた。


「いつまで一緒かはわからないけど、よろしくな」


「はい、きっと……」


 焚き火の音が響き、その後の言葉はうまく聞こえなかった。

小さな炎が再びパチリと音を立て、夜の静けさを引き立てる。

霧は徐々に薄れ、月が顔を出し、ゆっくりと空を照らし始めた。

夜が、ようやく日常を取り戻し、静かな平穏が戻ってきた。

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