169A 後始末
セルヴィーナの遺体を抱え、この集落のなかでも一番見晴らしが良く、月の光が綺麗に届く場所を選んで、彼女の墓を作った。土を盛り、静かに手を合わせ、彼女の冥福を祈る。
本当に、不思議で変な奴だった。
あんな風に、どうして俺なんかに懐いて、好意を向けてくれたのか。
今となってはすべて俺の想像でしかないけれど……。
きっと、あんな風に優しく接してくれた人間が、彼女の狭い世界の中で俺くらいしかいなかったのだろう。
……怪しい雰囲気は、最初からあったんだ。
なのに、彼女自身の持つどこか無垢な空気と、あの衝撃的な出会いのせいで、俺の警戒心は完全に麻痺していた。すべては俺の油断が招いた結果だ。
捉え方によっては、間接的に俺が彼女を殺してしまったのかもしれない。そんな暗い後悔が胸を抉る。
「魔草……か」
俺の生前。前世の世界でも、麻薬の類は人生を狂わせるヤバい代物だったが、まさか異世界のそれは、肉体の限界すら超越させるほどの狂暴な効果を秘めているとは思いもしなかった。
ふと、唇に指先が触れる。
そういえば、この世界に転生し、この身体になってから本当のキスをしたのは……あいつが初めてだった。
こんな状況だというのに、そんなことを思い出してしまった自分に、少しだけ気恥ずかしさを覚えてしまう。
この村の連中を、一人残らず皆殺しにしてやろうか。
一瞬だけ、どす黒い殺意が脳裏をよぎった。
ここの住人どもは、あの魔族の少年と直接手を組んでいたわけじゃない。
だけど、セルヴィーナを奴隷のように扱っていたクズどもだ。
同罪だろうとは思うけど。
人の世も奴隷制度のある場所は存在するだろう。
実際大公国は魔力ランクで上下があるはずだから。
人の世も魔物の世も同じという事なのかもしれない。
そう思うと、湧き上がる怒りを、俺は静かに押し殺した。
そんな無駄なことをしても、彼女はもう戻ってこないから無駄だよな。
復讐のために村を血の海に沈めたところで、心優しい彼女が喜ぶはずもないのだ。
それにしても、生物というのは本当に不毛な存在だ。
他者を傷つけ、貪り、奪い合う。
それは、個々に『自由意志』なんていう不確かなものがあるからなのだろうか。
そもそも、戦いはなぜ起こるのだろう。
「……考えても、仕方のないことか」
首を振り、不毛な思考を打ち切る。
今はただ、静かに眠る彼女の墓標を見つめることしか、俺にはできなかった。
セルヴィーナを弔ったあと、俺は生前読んだ古い書物の記述を思い出していた。
確か、彼女の種族には女性しか存在しない、と記されていたはずだ。だが、実際は違った。
圧倒的に男性の出生率が低い、というだけの話だったのだ。
元々の個体数が少なく、滅多に出会う確率のない種族だからこそ、世間はそう誤認したのだろう。
待てよ。この生態データを大公国にある『魔術師ギルド』に売れば、かなりの賞金になるんじゃないか?
悲しみが消えたわけではない。
資金はいくらあっても困らない。
これkじゃら沙樹も魔法の研究とか必要になるだろう。
そんな現実的な計算が頭をよぎるのも、俺の思考が元男だからだろうか。
多分これは、彼女の事を考えるとまいってくるから、思考をチェンジしただけだろう。
女性だったら泣き叫ぶのだろうか?
それとも……。
バカな考えだ!
結局、魔草の反動が抜けるのを待って丸一日。
この里の生き残りである、臨時の代表者がおずおずと俺の元へやってきた。
死屍累々となった現場について事情を説明すると、相手は怯えながらも、なんとかこちらの言い分を理解してくれた。
どうやらこの集落はほとんど壊滅寸前であり、もはや魔族と戦うだけの組織力は残されていないらしい。
自業自得とはいえ、哀れなものだ。
俺は彼らからこの先のルートに関する情報を引き出し、必要な物資の補給を済ませると、再び山頂を目指して歩みを進めた。
里の連中が『クリムゾン・マナー』という名に全く心当たりがない様子だったのを見るに、少なくともこの付近にその施設はないらしい。なら、もっと山頂に近い場所なのか?
あの魔族の少年はこう言っていた。
『彼女はね、ある場所をまっすぐ進んでいて、今はクリムゾン・マナーにいます』
つまり、エレナは魔族が攻め込もうとしている激戦区のルートからは、一応外れた場所にいるということだ。
それは不幸中の幸いだが、『ある場所』の具体的な位置がわからない以上、今はとにかく上へ進むしかない。
「それにしても……あいつ、やっぱり脱出しなかったんだな」
呆れ混じりの溜息がこぼれる。本当に、融通の利かない頑固な女だ。全く。
だけど、毒づく口元とは裏腹に、胸の奥から湧き上がる衝動を、俺は隠せなかった。
早くエレナに会いたい。一刻も早く、あいつの無事な姿をこの目で拝みたい――
焦がれるようなその願いだけを道標に、俺は夜の山道を一歩一歩、力強く踏みしめていった。
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