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【6部完】転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~  作者:
2章 それぞれの旅路

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168話E  謎の図書室の彼女?

 音がした方へ視線を向けると、奥のソファから人影がのぞいた。

 わたくしは身を硬くして警戒しながら、そちらの方へと歩み寄る。

 部屋ごとに、誰かがいるのかもしれませんわね。


「どなたかいらっしゃいますの?」

 ルナさんがおっしゃっていた言葉が、頭をよぎる。

『そんなにこの場所がお好きなのでしたら、力づくで排除した後、この城にある誰もいない祈りの間に安置してあげますわ』

 もし本当に各部屋に担当者がいるとしたら、わたくし一人でどうにかできるレベルではありませんわ。どうしましょう?


「侵入者のくせに、『どなたかいらっしゃいますの?』って声をかけるのは、少しおかしいんじゃないかしら?」

 ソファから気だるげに起き上がったのは、小柄な女性だった。

 身長は百五十センチメートルそこそこ。燃えるような赤い髪に、妖艶な紫の瞳。深窓の令嬢が身にまとうような薄いピンクのドレスを着た、とても可愛らしい方だった。

「……そうですわね。お騒がせして申し訳ありません。わたくしの名はエレナと申しますわ」

 わたくしは反射的に彼女へ向けて綺麗な一礼を返し、自らの名を名乗っていた。

「礼儀だけはできているのね。私の名はレティよ」

「レティさんですのね。初めまして」

「ええ、初めまして。……それで、あなたはなぜこんなところへ?」

「外で大量のアンデッドに襲われまして。死者を冒涜し、自在に使役している者がこの城にいると知り、討伐をしに参りましたわ」

「へえ……。貴女、もしかして『夜魔狩人(ナイトストーカー)』なの?」

「違いますわ。本来は、巡回加護者ですの」

「ああ、確かアウリス神の信者たちが、旅をしながら困っている村人や町の人を助けるという、あの?」

「そうですわ。今は訳がありまして、大切なパートナーと旅をしておりましたけどはぐれてしまい」


 ……それにしても、なぜわたくしはこの方の質問に、こうも素直に答えているのかしら?

 敵かもしれない相手。それなのに、不思議と嫌な気がまったくしなかった。


「もしここの主が、何も悪いことをしていなくても戦うの?」

 レティさんは首を小さく傾げ、どこか楽しむように紫の瞳を細めた。

「ですが……死んでいるものを動かすなんて、それは」

 死後もなお、魂の抜けた肉体を勝手に使役するなど、死者への冒涜でしかない。

 そう言い募ろうとしたわたくしの言葉を、彼女は冷ややかな声音で遮った。

「静かにここで暮らしていただけなのに、英雄気取りで攻めてきた人たち相手でも?」

「それは……」

 言葉が詰まった。

 本当に、そうなのだろうか。

 高位の魔術師や僧侶が死を回避する秘術として、自らアンデッド化する話は聞いたことがある。

 もちろんそれ自体、教義に反する良くない行為だ。

 けれど、それが他人に迷惑をかけず、ただ隠れ潜んでいるだけだとしたら、それは絶対に排除すべき『悪』なのだろうか。


「外にいたゾンビやスケルトンはね、ここに攻めてきた兵士や自称勇者たちよ。どれだけ静かに暮らしていても、名声や富を得るために無謀に突っ込んでくる。なら、その不届き者の死体を利用して何が悪いの? まさか、命を狙ってきた侵入者たちを優しく弔ってあげろ、なんて言わないわよね」


 クス、とレティさんが小悪魔のように微笑む。

 アウリス神の僧侶として、アンデッドは忌み嫌うべき存在。

 そう反論したいのに、彼女の理路整然とした言葉を聞いていると、どうしても思考が揺らいでしまう。


「そういえば。エレナさん、そこの本を読んでいたように見えたけれど?」

 レティさんの視線が、わたくしが今も胸に抱いている古びた革装の本へと注がれた。

「……勝手に拝見してしまい、申し訳ありませんわ」

「いいのよ、図書室にある本だもの。勝手に持ち出しさえしなければ、主人だって怒りはしないわ」

「……レティさんが、ここのご主人ではないのですの?」

 わたくしはてっきり、この不遜で美しい彼女こそが館の主だと思い込んでいた。

「あら、なぜ私がここにいるのか、って顔をしているわね」

「ええ、それは……」

「大した事情じゃないわ。ただ、ここが気に入ったから滞在しているだけ。それよりも、あなたにお聞きしたいの。――その本に書かれていた『異邦者(エトランゼ)』について、どう思う?」

 レティさんはソファから静かに立ち上がると、音もなくわたくしの元へと歩み寄ってきた。

 じっと見つめてくる紫の瞳には、先ほどまでのからかうような色が消え、深い真剣味が宿っている。

「わたくし個人的な意見でよろしいんですの?」

「ええ、ぜひ聞かせてほしいわ」

 向けられた強い眼差しに気圧されそうになりながらも、わたくしは胸元の鈴をぎゅっと握りしめ、アヤさんの横顔を思い浮かべながら言葉を紡いだ。

「まずは……その方のことを、正しく知りたいと思いますわ。もちろん、無差別に人を殺し、奪い、己の欲望のままに世界を汚すような輩は除外いたしますけれど」

「知る、とは?」

 レティさんが一歩、距離を詰めてきた。

 かすかに甘い、けれど冷ややかな香りに、思わず息をのんだ。

「難しいですわね……。言葉を交わし、話し合うことでもいいですし、一緒に何かを成し遂げることでも良いと思いますわ。その方がどのような宿命を背負っているのかは、わたくしには分かりません。けれど、きっとその方は、この世界のことも……」


 ……あれ? そういえば、アヤさんはどうなのかしら?

 彼女の顔が頭に浮かんだ。

 あの方は、この世界の歴史や情勢に妙に詳しかったはずだ。

 アヤさんを『異邦者』だと決めつけるのは、わたくしの思い込みが過ぎるだろうか。

 結局のところ、こうして考えてしまうのは、いつもあの人のことばかりだった。


「すみません、えっと……。その方はきっと、この世界のことをよく知らないはずですわ。だからこそ、お互いのことを言葉にして話し合い、寄り添って共有していかなければならないと思うのです」

「ふうん。でも、それが男の人だったりしたら、あなたによからぬ好意を抱く不届き者が出てくるかもしれないわよ?」

 レティさんは退屈そうに爪を眺めながら、意地の悪い笑みを浮かべた。

「それでも、話し合わなければ何も始まりませんわ」

「貴女みたいに綺麗で穏やかな子が相手なら、言葉じゃなく、力ずくで襲ってくるかもしれないのに?」

「――それでしたら、わたくしも本意ではありませんけれど、全力で抵抗いたしますわ」

 すっと背筋を伸ばし、レティさんの紫の瞳を正面から見据える。

「くすくす。神にも、悪魔にもなれると言われるような存在を相手に?」

「そのような暴虐から身を護るためにこそ、わたくしはアウリス様の慈悲の奇跡をお借りするのです」

 胸元の鈴に添えた指先に、じわりと熱が宿るのを感じた。

「なるほどね……」

 レティさんは小さく息を漏らすと、くるりと踵を返して再びソファへと戻っていく。

 その背中から、最初の問いがもう一度投げかけられた。

「……じゃあ、もう一度聞くけれど。もし、ここの主人が本当に何も悪いことをしていなくても、あなたは戦うというの?」

 レティさんは燃えるような赤い髪を小さくなびかせ、深い紫の眼でわたくしをじっと見つめてきた。

 その視線の重さに息を呑みながらも、わたくしは言葉を絞り出す。

「ですが……もしここの主が、魔族と協力して人間界へ攻め込むつもりなのだとしたら、戦うしかありませんわ」

「人の世を攻めて、どうするっていうの?」

 レティさんに淡々と言い返され、わたくしは少しためらった。

 そんな侵略をしてどうするのか、それを一番聞きたいのは、むしろわたくしの方なのに。

「えっと……人族を支配して、好きにするため、ですか?」

「支配? そんなことをしたところで、生き残った奴らがレジスタンスでも作って、泥沼のゲリラ戦を仕掛けてくるのが目に見えているじゃない。なぜそんな無駄で面倒なことをわざわざするの?」

「それは……なぜ、でしょう……」

 質問を質問で返すのは良くないことだと知っているけれど、本当に、なぜなのだろう。

「ここの館ね、昔は今とは全然違う場所にあったんですって」

「そうなのですか?」

 レティさんは少し遠い過去を懐かしむように、虚空を見つめながら静かに語り出した。

「ええ。先ほど言った自称勇者や英雄たちが、代わる代わるここに攻め込んできてね。追い払っても、追い払っても、また次の馬鹿がやってくる。どこに行ってもそんなことの繰り返しで、うんざりしちゃってね。だから誰も近寄れないこの場所に、館ごと移転してきたのよ」

「ここは、知っての通り人の手が入っていない土地だった。魔物や珍しい亜人間どもが、独自の社会を作って暮らしていた場所。もちろん小競り合いのような争いはあったけれど、そんなものは自然界における当たり前の日常茶飯事だわ。……あいつらが、来るまではね」

「あいつら……魔族、ですか」

「そう。そいつらが、この土地の連中をまとめて人間界を転覆する、なんて大号令をかけ始めてね。でも、うちの主人はそんなくだらない企みには参加せず、ここで静かに暮らしているわけ」

 魔族の侵略軍にも加わらず、かといって人族の味方でもない。

 ただ、世界の喧騒から隔離されたこの場所で、孤独に時を過ごしている。

「どうしてそこまでして静寂を望むのか、理由を聞いてもよろしいかしら?」

「さあね。私は主人じゃないから、私の言うことが正解とは限らないけれど――」


 彼女はテーブルに置いてあった紅茶にそっと口を付け、一口飲んでから、伝えてくれた。

「無駄だから」

「無駄ですか?」

「そう、無駄ね」

「えっと……」

 わたくしは彼女の言わんとすることがわからずぽかんと見つめていた。

「人は基本魔物に比べて弱い。その代わり人口が凄いんだよ。百人に一人、もしくは千人に一人かもしれないけど、魔物より強い人もいる。魔物の数が一だとしたら人は百人の人数差があるかもしれない。もしくはそれ以上。倒せる実力があってもこちらの損害もひどい泥試合になると思うよ」

 お上品な令嬢の佇まいから淡々と放たれる、あまりにも冷徹で現実的な言葉に、わたくしは言葉を挟むことも忘れて、しっかりとレティさんの話を聴いた。

「人間は、ゴキブリやドブネズミをこの世から完全に殲滅できましたかしら?」

「いいえ」

「それと同じことよ。どれだけやっても倒し切れない。人間も同じ。ゴブリンやオークをどれだけ忌み嫌っていても、自分たちの人里近くに居なければわざわざ攻めようとはしないでしょう? そうやって人と魔は共存しているのよ。自然の摂理としてね。……僧侶であるあなたには、少し理解しづらいかもしれないけれど」

「いいえ。ほんの数か月前だったら理解できませんが、今なら言いたいことは何となくわかりますわ」

 以前のわたくしなら、すべて反対していたと思いますわ。

 神の教えとしては魔の者はすべて悪でしたから。きっと目の前にいるレティさんとも、話すことなく戦いになっていたと思いますわ。

 そうしなかったのは、他でもない、アヤさんと旅をして世界を見てきたからに他なりません。

 彼女と共に歩んできた日々が、わたくしの頑なだった心を少しずつ変えてくれたと思いますわ。


 司祭長様がおっしゃった。

『エレナよ、そなたの言うことはわかりますが、もう少し人間を知りなさい。そなたは優しくて、他人に手を差し伸べられる素晴らしい人ですよ。知っているのと、理解しているのでは天と地ほど違います。きっとシビとあなたの考えの溝は、そこなのでしょう』

 きっとこのような事だと思いますわ。

 もちろんアウリス様の教えは絶対だと思う。

 でもそれだけしかなければ狂信者になって、きっとねじ曲がってしまう。

 だからこそ司祭長様は人を知りなさいとか世界を見てきなさいと言って送り出してくれたと思いますわ。


「よほどのことが無い限り魔族に手を貸すことは無いんじゃないかな。あ、そうそうよくルナから逃げられたわね。侵入者は基本殺す方針だから」

「何とか退避を。外に出るわけにもいかずここに入りましたわ」

「ふ~ん。お話面白かったわ。この奥に階段があるから、そちらから登れば、ルナに合わずに行けるわよ。それじゃ。その本もって言ってもいいわよ。もし読ませたい人がいるのならね」


 薄ピンクのドレスの裾を揺らし、上品に微笑みながらそう言うと、彼女はわたくしが入ってきた場所のほうに向かって優雅に歩いて行った。

 静まり返った図書室に取り残されたわたくしは、レティさんに教えていただいた道を通り、今までの事を振り返りながら先に進んだ。

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