165話A セルヴィア族の裏の歓迎
結局セルヴィーナの姿が見えないな。
俺の知り合いはあいつ一人だから、一緒に飲もうと思ったのに残念だと思った。
このテントの中にはいるのだろう。
多分ここからは明後日の最終計画を行うのだろう
かなりの人数が入っても大きなテントで、テントの端に小さな箱が置いてあった。
全員が集まった所で周囲に置かれていた箱から、何かが噴き出し始めた。
箱から噴き出した白い煙は、またたく間にテントの内部をモクモクと満たしていった。
最初はアロマの一種かとも思ったけど、これは普通の煙じゃない。
吸い込んだ瞬間、喉の奥がピリピリと痺れ、身体の内側から異常な熱がじわじわと込み上げてくる。
甘ったるく、脳の芯を直接揺さぶるようなその匂いは、ただのアロマなどではない。
俺の危険信号がジリリと頭の奥底で響いていた。
どこからか取り出されたキセルに火が灯り、奴らがその煙を嬉々として深く吸い込み始めたのを皮切りに、テント内の大気は一変する。
白く濃密な煙が肌にまとわりつくたび、種族の壁も、普段の序列も、道徳も、すべてがドロドロに溶けて崩壊していった。
理性をかなぐり捨て、本能の獣と化した亜人間たちが衣類を剥ぎ取り、互いの身体を貪り合う醜悪で退廃的な乱交騒ぎが始まった。
狂ったような喘ぎ声と、肌が擦れ合う生々しい音が、立ち込める煙の向こうから重苦しく響いていた。
俺は、これ以上吸うわけにはいかないと、ポケットからハンカチを出そうとした瞬間。
後ろから、一切の容赦のない強烈な腕力で、がっしりと羽交い絞めにされた。
「――っ!?」
吸い込んだ煙のせいで、身体の内側から湧き上がる異常な熱と痺れのせいで、指先にうまく力が伝わらない。
背中に強烈に押し付けられ、人間の男並みか、あるいはそれ以上の硬い筋肉の圧迫感。抵抗しようと足を踏ん張ろうとしても、背後の奴はびくともせず。
俺の両腕を後ろ側で完全にロックし、圧倒的な力の差で俺の自由を力任せに奪っていく。
さらに、容赦のない大きな掌が俺の顔を強引につかむと、嫌応なしにその首を捻るようにして、天幕の奥に漂う濃い煙の向こう――ある一点へと力ずくで見せられた。
肉体をガチガチに拘束された痛みに耐えながら、俺の網膜に強制的に飛び込んできた、その視線の先。
白く不気味に揺らめく煙を割って、俺の目が完全に釘付けにされた。
煙の向こう、俺の目が完全に釘付けにされたその光景は。
それは、姿が見えないと探していたセルヴィーナだった。
セルヴィーナが、奇妙なマスクをかぶった複数の男性数人と関係を持っていた。
朦朧とする白い煙の奥で、異様な姿の男たちに囲まれ、無惨に肉体を貪られている。
「あの馬鹿を、実によく手懐けたものだな。お前の助命を乞う代わりに、里の若者全員と関係を持つと言い放ったのだからな」
「……どういうことだ?」
耳元に響いたその声の主は、あの老村長ヴィルアだった。
「おぬしがこの森の近くにいると聴いてな。罠として、あの馬鹿を放ったわけよ。そしたら見事に、お主と一緒に帰って来たのでこのようにな」
「俺が狙いなら俺だけにすればいいだろ!? 何で村人迄こんなことに巻き込むんだ!」
怒りで頭がどうにかなりそうだった。
その瞬間、俺の顎を掴んでいた長の手が離れた。
俺は自由になった首を数回振り向いて、周囲の状況を鋭く確認した。
天幕の中で狂乱に身を任せている連中の中には、マスクをつけている者と、付けていない者が入り混じっている。
「……マスクをつけていないのも、お前の里のやつらだろう?」
「この間まではそうじゃ。だがな、わしらが束になったところで、あの恐るべき魔族に勝てると思うか?」
ヴィルアの冷酷な問いに、俺は返事をしなかった。
ここの戦士たちがいくら強くても、多分そこそこだ。
かつて戦ったザハクレベルの魔物がたった一匹でも襲来したら、この里は多分それだけで全滅するだろう。
しかもあいつでさえ、あの魔族と名乗った奴の言い分だと、魔族の成り損ないに過ぎないというのだ。
本物の魔族の戦力など、この里の亜人間たちでは逆立ちしても敵うはずがない。
「だからわしらはここを守る為に、魔族に協力を申し出た。今ここでマスク無しで、乱痴気騒ぎをしているのは、わしの方針に刃向かった反対者たちよ」
「だからって、こんなやり方……!」
「里を守るためには、最低限の犠牲は仕方ない。そして、この魔草の中毒になった奴らは、あの方たちの奴隷になるってわけだ。拒否をしたら次の魔草を渡さんと言ってな……すでにこやつらは、魔草なしでは生きられぬ身体よ。そしてお主もな」
「セルヴィーナは違うだろう!」
俺の咆哮が、甘ったるい煙の立ち込める天幕の中に虚しく響き渡る。
だが、ヴィルアは歪んだ笑みを深くするだけだった。
「セルヴィーナ? ……ああ、あ奴の事か? あれはお主の命を助けてほしいと泣いて懇願してきてな。これまではどんな過酷な命令でも聞いてきたが、体だけは頑なに許さなかったのよ。我が種族でも、あれほど白く美しい身体を持った者は他におらんのでな。それが、自分はどうなってもいい、お前を助けてやってくれ、と自ら差し出してきたんじゃよ」
「それで、なぜあんな風に凌辱されてるんだよ!」
煙の向こうで、セルヴィーナの金の長い髪が乱暴に振り回されていた。
マスクをかぶった複数の男たちに四方から無残に組み伏せられ、衣服を纏わぬ白い柔肌は汗と男たちの脂ですっかり汚れ、激しく擦れ合っている。
オークと戦った時ですら見せなかった恐怖の涙をボロボロと流しながら、それでも彼女の澄んだ瞳は、真っ直ぐに俺の姿を捉え続けていた。
苦痛と快楽の入り混じった、哀れな悲鳴のような喘ぎ声が、肉のぶつかる生々しい音と共に天幕に響き渡る。
「あいつと関係を持ちたい若者が多くてな。お主が村人全員を満足させたら、アヤの命を助けると約束をしてやったんじゃ。どうだ、自分が助けたつもりの女が凌辱され、初めてを無惨に奪われる姿を見る気分は? あの泣き叫ぶ喘ぎ声とか、最高に耳に心地いいじゃろう」
「外道が……本当にこの大陸の奴らは、こんな外道しかいないのかよ」
怒りで全身の血液が沸騰しそうだった。
「全員満足させたらお主の命も助けてやるよ」
ヴィルアはまるで慈悲でも与えるかのように吐き捨てた。
こういう外道思考は、何でどいつもこいつも同じなんだろうと吐き気がしてくる。
「初めは殺そうと思ったが、お主のその美しい顔と体は、殺すにはあまりに惜しいのでな。みんなの慰み者としては上等だろう。命だけは助けてやるよ。あれが男たちに翻弄されてイク顔を見ながら、お主は自分の無力さを呪い、後悔するだろう。あ奴が絶頂するのを見届けた後、お主は魔草の虜になって、生涯ただ股を開くだけの生き人形となるわけよ。実に面白い趣向だろう?」
「……あぁ、そうだな」
俺は低く、地を這うような声で応じた。
視線の先では、セルヴィーナがさらに激しく腰を突き上げられ、金の髪を狂ったように揺らしながら高い絶頂の声を上げていた。
涙で濡れた顔で俺を見つめる彼女の瞳には、それでもなお、俺を助けられたという狂信的な安堵が浮かんでいる。
あの馬鹿、そんな風に命を助けられて、俺が喜ぶとでも思っているのか?
ふざけるなよ。
俺は、背後の奴やヴィルアにばれないように、指先をわずかに動かして手で紋章を書いていた。
ここで迂闊に詠唱を唱えたら、確実に呪文の発動を遮られてばれる。
だから俺は、あいつらの言う通りに完全に薬の毒牙にかかったふりをして、身体の力を抜きながら、人知れず血の紋章を書き終えた。
それにしても、何でこういう小物は、こっちから聞かなくてもドヤ顔で全部の事情を丁寧に教えてくれるのか本当に不思議だ。
紋章の完成と同時に、俺の周囲に半透明で風の乙女、シルフが数人来てくれていた。
現れたシルフたちは、一切の衣類を身につけていない裸の姿をしており、その肉体は向こう側の景色が微かに透けて見えるほど美しい半透明の淡い緑色に輝いている。
風で揺らめく長い髪をなびかせ、彼女たちは天幕の狂乱を軽蔑するように見下ろしながら、俺の周囲を優美に舞った。
風の乙女は俺の顔の前にそっと手をかざし、「呼吸呪文」を唱えてくれた。
その瞬間、混じり気のない完全にクリーンな呼吸のみが、球状の防壁となって俺の周囲に生成される。
天幕の中に充満していた、あの甘ったるく脳を狂わせる麻薬まみれの空気は、防壁の風によってすべて俺の周囲から力強く排除されていった。
喉の奥のピリピリとした痺れが引き、身体を蝕みかけていた異常な熱が、嘘のように一気に冷めていく。
俺は、未だに背後から俺の身体を押さえつけている男のわきに手のひらをかざして、低く笑った。
「なら、ここからのパーティは、俺が仕切らせてもらうぜ! 爆裂!」
力ある言葉と同時に、至近距離に突き出した手のひらから凄まじい閃光を伴う爆発が起き、俺をガッチリと締め付けていた長の手が強引に外れた。
威力をピンポイントに抑えた手加減版の爆裂呪文のお陰で、周囲を巻き込むこともなく、俺は完璧に身体の自由を得た。
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