161話A 未知の隠れ家での珍道中
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ここまで書き続けられたのは、間違いなく読んでくださる皆さんのお陰です。本当にありがとうございます!
総文字数も80万文字を超え、ただいま第6部が始まったばかりです。
基本的に【毎日20時】に更新していますので、これからもお付き合いいただけると嬉しいです!
本編を楽しんでください
このままだとこいつの言う場所に着く前に、俺の身体がボロボロになってしまう。
いい加減この獣娘に引っ張られるのも嫌になって来た。
いくら着ている防具が頑丈な遺物品だとしても、容赦なくバチバチと身体に叩きつけられる枝葉は、当たれば普通に痛い。
というか、なんでこいつは裸なのに枝とか当たっても痛い素振りをしていないんだ?
野生の皮膚の頑丈さはどうなっているんだと思ってしまう。
「いい加減放せ!」
「人間、逃げないか?」
並走する彼女が、走る速度を落とさずに金の髪を揺らして覗き込んできた。
「逃げねえし、俺の名前はアヤだ」
「アヤ? なんだそれは、うまいのか?」
「名前だ名前! お前にもあるだろう?」
「な・まえ? それはどんなものだ?」
「お前を呼ぶときの名前だよ。他者と区別するためのな」
「おい、とか、お前、とかか?」
「それは名前じゃないだろう!」
最初はとぼけて俺をからかっているのかと思ったが、彼女の澄んだ瞳を見るに、大真面目らしい。
実際に『おい』や『お前』としか呼ばれてこなかったのだろう。
流石にモンスターの習慣までは知らないから、彼女の種族全員がそういう環境なのかもしれない。
「人間じゃなくてアヤと呼べ、いいな。あといい加減に手を離せ。木の枝とかが当たって痛いんだよ」
「人間はひ弱だな。こんな草木に当たっても、普通は痛くはないだろう」
「痛いか痛くないかは俺が決める! あと『人間』って呼ぶのをやめろ」
「アヤは注文が多い。……逃げないのなら、離す」
ようやく掴まれていた手首が解放され、俺は自分の足でけもの道を駆け抜けた。
並んで走る彼女の無防備な全裸の横顔を見つめながら、俺の胸中には焦燥感が渦巻く。
エレナの事は心配だけど、今ここで俺が一人で暴れたところで、何もできないのが現状だ。
彼女が、帰還の呪文か何かを使って、あのカインと『闇夜の断罪』の対決で負けた時みたいな、瞬間移動で俺の前に来てくれたら最高なのだが……今の所はそういう気配もない。
焦る気持ちはあるけれど、ここは大人しくセルヴィナのアジトに行って、魔族や周囲の情報収集をするのが最善の策だろう。
「セルヴィーナ……おい」
「私を、もしかして呼んだか?」
不意の呼びかけに、彼女の鹿の耳がぴくりとこちらを向いた。
「お前のこと、これから『セルヴィーナ』って呼ぶからな」
「セルヴィナは、私たちの種族名だと聞いたぞ?」
「セルヴィナじゃなくて、セルヴィーナだ。伸ばすんだよ」
「よくわからないが……お前がそう呼ぶなら、そう呼ばれたら反応する」
彼女は小さく唇を尖らせながらも、新しい響きが少し気に入ったのか、どこか嬉しそうに金髪を揺らした。
それにしても、と俺は走りながら思考を巡らせる。
情報が確かなら、セルヴィナは決して知性の低い種族ではないはずだ。
むしろ自然の魔力に精通した、聡明な種族だとされていたはず。
実際に生きた個体に会ったのは今回が初めてだから、俺の認識が間違っているのかもしれない。
それともセルヴィーナが特殊なだけなのかは分からない。
だが、「おい」とか「お前」としか呼ばない、あるいは呼ばれない環境というのは、どうしても相手を物扱いしている感じがして嫌だった。
これが敵なら、どんな呼び方をしようが知ったこっちゃないが、一応はこれからの案内人なのだ。
そんなことを考えていると、セルヴィーナが前触れもなく急に立ち止まり、不意にこちらを振り返った。
「――っと!」
衝突しそうになって慌てて足を止める。
だが、その急停止のせいで、俺の視界には彼女の美しい体が飛び込んできた。
頼むから、その透き通るような白さの裸体で急に振り返るのはガチでやめてほしい。
急ブレーキの慣性に従って、彼女のはち切れんばかりの豊かな胸が、プルンプルンと無防備に、かつダイレクトに大きく揺れた。
網膜に焼き付くような肉の重量感と極上の弾力。先ほどから移動中もずっと、その果実のような果実がバウンドするたびに俺の視線は吸い寄せられ、おかげで一向に精神が集中できやしねえ。
「アヤ、どうした? 顔が赤い。またどこか痛いのか?」
至近距離で覗き込んできた彼女の、花の蜜のような甘い体臭が鼻腔をくすぐってきやがった。
「痛いのなら仕方ない。アヤ、乗れ」
「は? ……乗る?」
「人間は遅い。アヤのスピードに付き合っていたら疲れる。私の背中に、特別に乗せてやる」
確かに馬ではなく下半身は四本脚の獣かもしれないが、手綱も鞍も無いのにどうやって乗れというのか。
俺の戸惑いを余所に、セルヴィーナは俺の目線に合わせて、しなやかに二足歩行から四本脚の鹿の姿へと戻り、早くしろとばかりに耳をぴくぴくと動かして催促してくる。
ここで文句を言っても話が進まない。そう諦めて素直に従ったのが、大きな間違いだった。
手綱も何もなしで跨がる鹿の背中は、想像を絶するほどに不安定だった。
セルヴィーナが徐々に走る速度を上げていくと、上下に跳ねる特有のステップのせいで、今にも振り落とされそうになる。
「お、おいっ! 落ちる、落ちる――!」
必死になった俺は、咄嗟に目の前にあるセルヴィーナの首に腕を回して、しがみついた。
「……っ、アヤ、くるしい! 苦しいから首は持つな!」
彼女が苦悶の声を上げた、その瞬間だった。
セルヴィーナの容赦のない爆速のせいで、前方から迫る太い枝や硬い葉が、無防備な俺の身体に容赦なく叩きつけられた。
衝撃で完全にバランスを崩し。
ドスン、という鈍い音とともに、俺は無惨に地面へとダイブしていた。
「アヤ、鈍いな」
スピードを緩めて戻ってきたセルヴィーナが、泥だらけになった俺を見下ろしてくる。
「鈍いじゃねえよ! だから枝とか葉が当たって痛いんだって言っただろ!」
「そうなのか……?」
不思議そうに首を傾げる彼女を見ながら、ひとつの疑問が浮かび上がる。
てっきり、魔法か何かで種族特有の防御フィールドでも張っているのかと思っていた。
だが、背中に乗った際や、首にしがみついた時の肌の感触は、確かに人間の女性そのもので、驚くほど柔らかく、温かかったのだ。
それなのに、衣服も着ずにこの密林をノーダメージで爆走できるなんて、どれだけ皮膚が強いんだ。
待てよ。これだけ肉体が頑丈なんだとしたら、さっきのオーク共の襲撃だって、俺が助けなくても自力でなんとかなったんじゃないのか……?
必死に理性を削りながら助けに入った自分の苦労を思い出し、俺は盛大な徒労感に襲われそうになっていた。
「遅いのが嫌なんだな」
「人間体は苦手だ。この姿だと、アヤのスピードは遅すぎる」
「わかった。スピードアップすればいいんだな」
「出来るのか?」
俺は太ももをパチンとたたきながら、力ある言葉を発した。
「加速!」
瞬時に身体が軽くなり、爆発的な推進力が宿る。
だが、それだけを使用しても、四本脚で大地を駆けるセルヴィーナの野生の速度には到底追い付けそうもなかった。
俺はさらに、盗賊技能である。影走りを同時に発動する。
加速を強化したけど、それでもなお、目の前を走る金色の背中は少しずつ遠ざかっていった。
「セルヴィーナ! 少しだけ速度を落としてくれ!」
「わかった。人間もなかなか速いのだな、初めて知った」
彼女が少しだけ歩幅を緩めると、俺の影走りの速度とぴったり重なった。
衣服を纏わぬ金髪の美女と、俺が、並んで鬱蒼とした森を爆走していく。
俺はセルヴィーナの後をぴったりと付いて行くと、木々が目の前に広がり、俺たちの行く手を遮るように鬱蒼と立ち塞がっていた。
「アヤ、後ろへ」
「ああ」
セルヴィーナの言うとおり、それまで横に並んで走っていた俺は速度を落とし、彼女の背後へと回り込んで待機した。
すると彼女は、人間の耳では聞き取れないような、独特の澄んだ高音を発した。
まるで森そのものに語りかけるかのようなその声が響いた瞬間、目の前を覆い尽くしていた巨大な樹木たちが、生き物のように真ん中から左右へとゆっくりと広がっていき、その奥へと続く一本の通路を作り出したのだ。
「この先、私が暮らしている場所」
「そうか……」
セルヴィナのアジトなのか、それとも彼女たちの隠れ里なのかは分からない。
だが、人間の姿で暮らすことすら滅多にない種族の住処だ。
きっと人間としてここへ足を踏み入れるのは、俺が歴史上初めての来訪者ではないだろうか。
未だ行方の分からないエレナのことは痛いほど心配だが、目の前で開かれた未知の世界を前に、知識欲というか、抑えきれない好奇心が胸の奥で静かに沸き立っていくのを確かに感じていた。
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