160話E アヤさんの忘れられないアドバイスとわたくしの行動
【視点切り替えのお知らせ】第2章以降、アヤとエレナが別行動となります。
1話A = アヤ視点
1話E = エレナ視点 それぞれの視点で交互に物語が進んでいきます。
どちらの視点かもすぐ分かるように、各話タイトルに「A」「E」を付けていますので、ぜひお楽しみください!
アヤさんと出会う前は一人で行動することも多かったけれど、地下迷宮を一人で進むのは初めてですわね。
ふと、初めて彼女と地下迷宮に潜った時のことを思い出しました。
薄暗い地下古代遺跡の通路。苔むした石壁に魔力灯の淡い光が揺らめき、遠くから水滴の音が響いていた。
あの時、アヤさんはわたくしの隣を歩きながら、いつもの気楽な口調で話しかけてきました。
『そういえば、エレナは高僧だけど、地下の経験は?』
『わたくしは、基本的に潜ることはありませんわ。ただ必要な時にはパーティーを組むことがありますわね』
アヤさんは少し前を歩きながら肩をすくめました。
『先ほども腐食性ガスなどの罠があったからな。もしかしたら分断をさせる罠もあるかもしれない』
『シビさん、そういう時はどうしたらよろしいんですの?』
アヤさんは指を頬に当てて少し考えた後、立ち止まってこちらを振り返りました。
魔力灯の光が彼女の銀髪を淡く照らしています。
『そうだなぁ。ダンジョンに潜るときは基本、盗賊がいるはずだよな』
『そうですわね。もし討伐のために入るとしても、偵察隊として盗賊はいると思いますわ』
『なら素人は基本動くな』
『動かないんですの?』
『勝手に動かれて被害がひどくなる可能性がある。エレナの場合は防御などの呪文はしっかりしているんだろ?』
『僧侶の奇跡の呪文は、攻撃呪文もありますけれど、回復や防御などの補助呪文の方が多いのはその通りですわ』
『なら防御でそこを護ってほしいな』
アヤさんは軽く笑って、わたくしの肩をポンと叩きました。
『もし合流しないといけない場合は?』
『そういう場合もあるよな。そういう場合は、杖を使う』
『杖ですの?』
『本当は三メートルぐらいの長い杖がいいんだけど』
『三メートルですの?』
『歩く先をつついて歩くんだよ。そうしたらもし罠があってもその杖が喰らってくれる』
そんな長い杖をどうするのかと聞いた時は本当に驚きましたわ。
どこにそんな杖が売っているのかと尋ねたら、盗賊ギルドが基本的に扱っているけれど、冒険者ギルドにも置いてあると教えられました。
そのアドバイスに従って棒を作ろうにも、こんな地下の場所にちょうど良い長い杖などあるわけがありませんし、わたくしの錫杖を罠探知のために使うわけにもいきませんわね。
その後、アヤさんは何と言いましたかしら……?
薄暗い地下古代遺跡の通路で、魔力灯の淡い光が二人の影を長く伸ばしていた。
あの時の会話が、鮮やかに蘇えってきた。
『ですがそんな長い棒を用意するなんて』
『事前に用意してないと無理だよな。装備も僧侶だから持ってはいないかもしれないが、短剣とできれば手斧は持っていた方が良いな』
『ですが基本……』
『僧侶は刃物の武器の使用は控えるべきってやつだろ? それは武器として使うんじゃない。木を伐採したり、縄などを切る場合だ。それなら規律に違反してないだろ』
『武器に使用するんじゃないのですの?』
わたくしは少し驚いてしまいました。
普通、手斧にしても短剣にしても、補助武器というイメージしかなかったのに。それらが主に雑用や作業のために使う道具だという考え方は、少し新鮮でしたわ。
アヤさんは軽く肩をすくめ、壁に寄りかかりながらわたくしを見ていた。
そういえば、彼女はわたくしより年下なのに、たまにこのような年長者めいた仕草をしますわね。
今ではすっかり慣れてしまいましたけれど、あの頃はこの仕草が不思議でならなかった。
『これは冒険の基本だったな。ダンジョンねぇ~。怪しいと思ったら触れない事だな。たとえ宝物庫っぽい場所が見えても飛びつかずに合流してからの方が良いな。待機が出来ない状態というのはそれが出来ない場合だと思う』
『確かにそうですわね。それが出来るのでしたら、シビさんがおっしゃったように動いているとは思いますので』
『なら合流を第一に考えて動く事と、何か目印を付けるといいな。これをやるよ』
『シールですの?』
『あぁ、それはな……』
そうでしたわ。
虚空袋の中にありましたわね。このシールですわ。
わたくしは袋の中を探り、十枚一組になったシールを取り出した。
確かこれを貼ると不可視になるけれど、シビさんの魔力に反応して、製作者である本人だけが感知できるのでしたっけ?
今まで使う機会がなかったので、すっかり忘れていた。
わたくしはそのシールを一枚はがし、目の前の壁に丁寧に貼り付けた。
シールは小刻みに振動したかと思うと、するすると透明になっていった。
ううん、よく目を凝らしてみると、わずかに光の反射で貼った跡がわかる程度だ。
よほど注意深く見ない限りは見破れないだろう。
これで、もしアヤさんがこの近くを通ったら気づいてもらえるはずだと思う。
一本道だし、わたくしが進んだ先に入ればそのまま合流できる。
たとえ別の道から来たとしても、目印として機能するに違いない。
行く先々でこのシールを貼りながら進むとしましょう。
五セットもいただいていたのが、幸いだった。
そう思ってバッグを閉じようとしたとき、コロンと小さな音を立てて一つの瓶が転がり落ちてきた。
これも、あの時にいただいたものの一つだわね。
確か……香水のように使ってくれると嬉しい、と言っていたっけ。
『まさか女性の方に香水をプレゼントされるとは思いませんでしたわ』
『ち、違うって! なんでエレナを口説かないといけないんだよ!』
あの時のアヤさん、耳まで真っ赤になって本当に可愛らしかったですわね。
今は、そんなことを思い出す場合ではありませんけれど……。
このような状況だというのに、思わず笑みがこぼれてしまいましたわ。
一人で不安なはずなのに、不思議ですわね
『俺はもう仲間を失いたくないんだ』
誰でもそうだとは思いますけれど、アヤさんは「仲間を失いたくないから、仲間を作りたくなかった」とも仰っておりましたわね。
薄暗い地下遺跡の通路で、アヤさんは壁に背を預け、わずかに視線を逸らしながら続けた。
『捕らわれる場合もあるだろう。その時にこの香水を付けると、俺しかわからないが、どこにいるのかわかる仕様になっている』
『魔法のアイテムなのですの?』
アヤさんは軽く首を横に振った。魔力灯の光が彼女の長い銀髪を淡く照らしていた。
『実際には香りが流れてきて気づく物だから、魔法のアイテムではないな』
『どうして魔法のアイテムじゃないのですか?』
アヤさんは小さく笑って、指で自分の鼻を軽くつついた。
『魔法は便利だけどな。そればかりになると魔法探知や魔法解除されたらただのガラクタになるからな。こういうアナログの方が良いのさ』
『アナログ?』
そういえばこの時も、意味のわからない言葉をおっしゃっていましたわね。
本当に不思議な方ですわ。
今は無茶をしていないといいのですけれど……。
わたくしはその瓶の蓋を開け、数滴を手の平に落としてから、首元に優しくなじませるように指で撫でつけた。
淡い花のような香りが、ほのかに立ち上った。
その瞬間、香りはするすると薄れ、まるで最初から存在しなかったかのように無臭になっていった。
そうして先へ進むと、通路はほどなく十字路になっていた。
わたくしは東側にシールを貼りながら歩を進め。
やがて、とても大きな空洞にたどり着いた。
そこは四角く整えられた、信じられないほど巨大な空間だった。
壁も天井も、今まで歩いてきた通路と同じ灰色の人工的な素材に見える。
しかしその範囲が果てしなく広がっていて、まるで巨大な箱の中に放り込まれたように思えた。
天井は異様に高く、魔力灯の光がほとんど届かないほどの闇が広がっていた。
しかし足元だけは、突然違っていた。
地面は柔らかい土で覆われ、ところどころに苔や細い草が生えている。
その土の広がりの先に、自然に盛り上がった小高い丘があり、その頂に一つの城が建っていた。
二階から三階建てほどの、小さめのお城だ。
石造りの壁はところどころ崩れ、蔦が這い、長い年月風雨に晒されてきたような寂れた様子で佇んでいる。
塔の先端は欠け、窓は暗く、まるで誰かを静かに待ち続けているかのように不気味だった。
人工的に造られた果てしない箱の中に、突然現れた自然の丘と古びた城。
その異様な組み合わせに、わたくしは思わず息を呑んだ。
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