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【7部】転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~  作者:
5章 全てを取り戻すために

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153話 魂を焼く蒼炎

 俺が自分の精神世界から這い戻ってきた瞬間。

 エレナが地面に押し倒されていた。

 白金の長い髪が乱れ、聖なる白と金の法衣が泥と枯葉に汚れている。

 彼女の大きな青い瞳には、恐怖と屈辱の涙がぎらぎらと溜まっていた。

 その上に跨るのは、醜悪な笑みを浮かべたバムシムだった。


「聖女が乱れる姿を録音にすれば、なかなか売れるよな。お前が泣き叫びながら悦んでる顔を、シビさんに見せてやあげましょう」


 その下卑た言葉が耳に届いた瞬間。

 エレナが――震える唇を噛みしめ、必死に顔を背けている。

 考えるより先に、身体が動いた。


加速(ハステン)!」


 世界が一瞬、音を失った。

 鼓動が、血流が、魔力が爆発的に加速する。

 俺は地面を蹴り、銀色の残光を引いて跳躍した。

 バムシムが一歩踏み出したその刹那。

 俺の右膝が、奴のこめかみを容赦なく打ち抜いた。

 ゴッ、という重い音が響き、体が数メートル吹き飛ばされて木の幹に激突した。


「人の女に手ェ出すんじゃねえよ……!」


 着地と同時にエレナの元へ滑り込み、片腕で彼女を抱き起こした。

 細い身体が、驚いたように小さく跳ねる。

 それでも俺は、彼女の背中を強く、強く抱きしめた。

 温かい。

 柔らかい。

 間に合った。

 あきらめなくて、本当に良かった。

 エレナが俺の胸に顔を埋め、掠れた声で囁いた。


「……気づかれたのですか……?」

「当たり前だ」


 倒れていたバムシムが、ゆっくりと立ち上がる。

 口の端から血を垂らしながら、歪んだ笑みを浮かべた。

「ばかな……! 急所に攻撃が出来るなんて!」


 奴は深く息を吸い込んだ。

 胸が異様に膨らみ、喉の奥で灼熱の魔力が渦巻く。

 次の瞬間――


「フゥゥゥゥゥゥゥッ!!」


 猛烈な火炎の息吹が、森を焼き払う勢いで俺たちに向かって噴き出した。

 赤黒い炎が木々を瞬時に焦がし、夜気を歪める。

 俺は腰の小型水筒の栓を素早く外しながら、力ある言葉を紡いだ。


「水の精霊ウィンディーネよ、我が主を包み、水の膜を張り、すべての炎から守り給え!水膜球(アクア・ヴェール)!」


 水筒の口から青く輝く光が溢れ出した。

 透き通った水の乙女が一瞬姿を現し、俺たちを中心に巨大な水の球膜を展開する。

 バチバチッ! ザァァァァッ!!

 炎と水が激突し、白い蒸気が爆発的に立ち上った。

 それでも水膜は揺るがず、俺とエレナを優しく包み続けている。

 月明かりの下、金髪をなびかせたエレナの横顔が、ほんの少しだけ、安堵に緩んだ。


「次はこちらから行くぞ! 雷神の怒りよ、闇を裂く雷よ! 敵を貫け!」


 俺が詠唱を終えると同時に、空が軋んだ。

 山の夜空に、漆黒の雷雲が瞬時に渦を巻いて広がっていく。

 満月の光を遮り、紫電がチリチリと空気を焦がす。

 バムシムの頭上に、死を予感させる暗雲が重く垂れ込めた。


雷鳴の裁き(サンダーボルト)!」


 ゴォォォォンッ!!

 天を裂くような轟音とともに、太い雷が一直線に落ちた。

 光の槍がバムシムを狙い、地面を抉りながら炸裂する。

 しかし奴は懐から黒い布を取り出すと、それを軽く振るっただけで、雷が、まるで幻のように掻き消えた。


「シビさんは忘れましたか? 俺を殺せば人質が死ぬってことを。またお前は人を殺すのか?」

 バムシムの(あざけ)るような声が響いた。


「シビさん……」


 その時、エレナの柔らかな腕が俺の背中に回された。

 彼女の体温が、震えるほどに温かい。

 金色の髪が俺の肩に触れ、甘い聖なる香りが鼻をくすぐる。

 どれだけ俺の手が血に染まろうとも、このぬくもりがあれば、俺は前に進める。


 奴の指が、わずかに動いた瞬間。

 ドンッ、という鈍い音が響いた。

 倒れていた人質の女性の首が、赤黒い花のように爆散した。

 鮮血が夜の空気に飛び散り、地面に重く落ちる音がする。

 周囲が、血の色に染まっていく。


「これは俺が殺したんじゃないですよ。はむかった貴女が俺に押させたのです。どうですか? 良心の呵責を感じませんか?」


 バムシムは愉しげに笑った。

 その笑顔が、月明かりの下で歪に輝く。

 俺は無言でエレナの胸元に、小さな銀のボタンをそっと留めた。

 指先で軽く押すと、淡い光が一瞬だけ瞬いた。


「シビさん……?」

 エレナが不安げに俺を見上げる。

 大きな青い瞳が、月光を映して揺れている。

「お守りだよ」

 それだけを短く告げ、俺は再びバムシムの顔を真正面から睨みつけた。

 

「さぁいい子ですので、もう刃向かうのはやめにした方が良いですよ。また罪のない人が死ぬだけですよ」


 バムシムは血まみれの口元を歪めて、ねっとりと笑った。

 月明かりに照らされたその顔は、まるで悪魔の仮面のように見えた。


「だからどうした」


 俺は冷たく吐き捨て、右手を奴に向けた。

 魔力が指先で渦を巻き、青白い光が鋭く凝縮していく。


魔法の矢(マジックミサイル)――貫け!」


 刹那、エネルギーの矢が高速で放たれた。

 それはバムシムが立ち上がろうとした右太ももを、文字通り貫通した。

 ズドンッ!!

 肉と骨を抉る重い音が響き、鮮血が弧を描いて飛び散る。


「うぎゃぁぁぁぁぁっ!!」


 奴は悲鳴を上げて再び地面に倒れ込み、激痛にのたうち回った。

 太ももから噴き出す血が、枯葉を真っ赤に染めていく。


「ま……まだ理解してないのですか? ……これ以上したら……」

「やればいいさ」


 俺は静かに、しかしはっきりと言った。


「泣いて悲しんで、『もっといい方向で出来たかもしれない』って後で悩むんだろうな。だけどな、それよりも俺が大事にしている人たちが悲劇に陥るぐらいなら――」


 俺はエレナの方をそっと振り返った。

 彼女の大きな青い瞳が、月光を受けて不安げに揺れている。

 それでも俺は、彼女に向かって優しく微笑んだ。


「どれだけでも、この手を赤く染めてやるよ」


 エレナの唇が、わずかに震えたように見えた。

 俺は再び前を向いた。


風刃(ウインドカッター)!」


 手を大きく広げた瞬間、俺の周囲の空気が鋭く唸った。

 無数の透明な風の刃が、月明かりを反射しながら螺旋を描いて生まれる。

 数十、いや百に及ぶ風刃が、一斉にバムシムへと襲いかかった。


「ぐぁぁぁっ!?」


 奴は必死に両腕を交差させて防御しようとした。

 致命傷だけはなんとか避けたが――

 シャッ! シャシャシャッ!! ズシャァァッ!!

 風の刃は容赦なく奴の全身を切り刻んだ。

 肩、胸、腹、両脚――至る所に深い切り傷が刻まれ、血が噴水のように溢れ出す。

 バムシムの醜い悲鳴が、夜の森に木霊した。


「く……くるな……!」


 バムシムの声が、恐怖でかすれていた。

 俺はゆっくりと、一歩、また一歩と奴に近づいていく。

 月明かりに照らされた山の頂上の地面を踏む靴音が、低く重く響く。

 血の匂いが濃くなり、枯葉を踏みしめる感触が凄く感触を感じた。


「なぁ、なあ……同郷だろ? 助けてくれよ。こんなの、ただのお遊びだろ? お前が望めば地位も金も、男も女もより取り見取りで、好き勝手できるんだぜ……なぁ、兄弟!」


 奴の声が必死に震える。醜く歪んだ顔に、血と汗がべっとりと張り付いている。

 俺は無言のまま、もう一歩を踏み出した。


「なぁ、俺を生かした方が得だぜ……! 魔族の情報は俺だけが持ってるんだろ? な……なぁ……!」


 その哀れな懇願に、俺は冷たく吐き捨てた。


爆裂(プラジオン)!」


 指先を奴の右手に突きつけた瞬間、魔力が収束し、炸裂した。

 ドゴォォォッ!!

 バムシムの右手が、肉片と骨片を撒き散らして吹き飛んだ。

 赤黒い血が弧を描き、地面に叩きつけられる。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!」


 奴は絶叫を上げて地面を転げ回り、残った左手で血まみれの腕を抱きしめた。

 断面から噴き出す血が、月光を受けて不気味に輝いている。


「なぁ……なあ、助けてくれよ……死にたくないんだよ……! ちょっとした遊びだっただろ……!」

「お前に爆破された人や、尊厳を奪われた者たちは、助けてくれと思ったはずだ」

 俺は静かに、しかし冷徹に言葉を返す。

「お前は、誰かを助けたことがあったのか?」

「約束しただけなんだ……! 相手も納得してたんだよ! 俺のせいじゃないだろ……!」

「どうした? さっきまでの強者ぶった口調はどこへ消えた?」

 バムシムは俺が一歩進むたび、尻を地面に擦りつけながら必死に後ずさった。

 血で滑る地面を這い、枯葉を血に塗れさせながら、這々の体で逃げようとする姿は、惨めそのものだった。


「なぜだ……! 俺がこんな目に遭わないといけないんだ! 俺達は好きなことをして、好き勝手に生きるはずだっただろ……!」

 俺は足を止め、奴を見下ろした。

 冷たい風が、血の匂いを運んできていた。


「好きなことをしたはずだぜ。自分の欲望のままに、好き勝手に生きてきたんだろ?」


 その瞬間――奴の左手が、血まみれの指で何かを押し込もうとした。

 俺は即座に内ポケットから小型の投擲ナイフを抜き放ち、振りかぶった。


「遅い」


 銀色の閃光が夜気を切り裂く。

 小型ナイフはバムシムの左手甲を正確に貫通し、勢い余って地面に深く突き刺さった。

 スイッチを握っていた指が、力なく開く。


「ぐあっ!?」

 同時に俺は右手を突き出し、魔法の矢を放った。

「――貫け!」

 青白い光の矢が一直線に飛んで、スイッチ本体を見事に粉砕した。

 破片が火花を散らしながら飛び散る。


「もう念仏はいいのか?」

「……ね、念仏……?」

「ああ、言いたいことは全部言っただろ?」

「なぁ……助けてくれ! 俺は何度も手を差し伸べただろう……!」


 俺は無言で、ゆっくりと奴のとどめを刺せる位置まで歩み寄った。

 靴底が血溜まりを踏み、粘つく音を立てる。


「よしよし、間に合った。エレナよ、こちらに来い!」

 バムシムが勝ち誇ったように叫んだ瞬間――

 カァン……!

 澄んだ、金属質の小さな音だけが森に響いた。

 何も起こらなかった。

 エレナは先ほどの位置から一歩も動いてはいなかった。


「なぜだ……!? なぜエレナが俺の手元に来ない! きさまぁ、何をしたんだ!?」


 奴の顔が、恐怖と絶望で歪みきる。

 俺は無言で右足を振り上げ、奴の顎を真正面から蹴り抜いた。

 ゴッ!!

 バムシムの巨体が跳ね上がり、数回地面をバウンドしながら吹っ飛んだ。

 血と歯が夜空に弧を描いて散る。


「一回それでエレナを誘拐されてるんだ。同じミスを犯すわけがないだろ」


 俺は冷たく言い放ち、ゆっくりと拳を握りしめた。

 月明かりの下、エレナの胸元で、小さな銀のボタンが淡く光を放っている。

 お守りとして渡した、あの魔力遮断の護符が、奴の最後の悪あがきを完璧に封じていた。


 俺がエレナの方へ視線を向けると、彼女も驚いたような瞳を大きく見開いて俺を見つめ返していた。

 金色の長い髪が月明かりに輝き、青い瞳に安堵と驚愕が混じり合っている。

 その表情が、俺の胸を熱く締めつけた。


「くそ! くそ! くそぉっ! 間に合った~! 俺が作ったアイテムのチャージが、間に合ったぞぉ~!」


 バムシムが地面に這いつくばったまま、狂ったように笑い声を上げた。

 血まみれの顔に、狂気と勝利の色が浮かんでいる。


「もう貴様の言葉を聞くのも飽き飽きだ!」


 俺は苛立ちを込めて右手を突き出し、力ある言葉を放った。

爆裂(プラジオン)!」

 ドゴォォォォンッ!!

 バムシムの身体を中心に、凄まじい爆炎が巻き起こった。

 地面が抉れ、枯葉が一瞬で蒸発し、衝撃波が周囲の木々を激しく揺らす。

 しかし、炎が晴れた後、奴は無傷でそこに座っていた。

 赤黒いオーラのような膜が、奴の全身を覆い尽くしている。


「これで俺も攻撃ができなくなったが、貴様も攻撃ができなくなっただろう? 早く殺しておけばよかったのに……次回こそ、貴様をおもちゃにして地獄を味わわせてやるぞ!」


 俺は眉を寄せ、冷たく問いかけた。

「何をした?」

 バムシムは血の混じった唾を吐き捨て、嘲るように笑った。

「外部からの攻撃をすべて遮断したんだよ。代償としてこちらからもちょっかいが出せなくなったけどな……! どうだ? これで俺たちは互いに手が出せない。完璧な膠着状態だろ?」


 周囲の空気が、重く淀んだ。

 月明かりの下、奴の身体を包む不可視の膜が、わずかに歪んで光を屈折させている。

 俺はバムシムの嘲るような言葉を聞き流し、ゆっくりと深呼吸をした。

 胸の奥底から魔力を引きずり出し、力ある古代の言葉を紡ぎ始める。


「ヴォル・ガ・ザ・レド・ザルバ! ガウ・ジ・ギル・グラギオス。蒼き魂よ、我が掌に集い、青き劫火となれ。生の根源を完全に断絶せよ!」


「無駄だと言っているだろうが……!」


 バムシムが嘲笑うが、俺は構わず右手をゆっくりと上向きに掲げた。

 その瞬間――

 俺の掌の上で、静かに、しかし圧倒的な存在感を放ちながら、

 巨大な蒼き炎が灯った。

 炎は青を通り越して、深く澄んだ瑠璃色に輝いている。

 熱はほとんど感じさせず、ただ冷たいほどに美しい。

 周囲の空気を歪め、月明かりすら飲み込んで揺らめくその炎は、

 俺の手のひらに収まりきらないほど大きく、まるで生き物のように脈打っていた。


 バムシムが血まみれの目を見開き、震える声で叫んだ。


「炎は蒼くなれば高温になるけど、効果を強くしても無駄ですよ。言っただろう。攻撃は喰らわないと。俺もアイテムで精神防御類は利かないから幻覚だろうが、効きはしない!」


 奴は必死に笑おうとしたが、声は明らかに震えていた。

 俺は静かに、炎を見つめながら続けた。


「この炎は、外からの攻撃じゃない。お前の魂そのものだ」


「……たましい……だと?」


 バムシムの顔から、初めて本物の恐怖が浮かんだ。

 目を見開き、血まみれの唇を震わせる。


「昔話にもあるだろう。命のろうそくと同じだ。この炎を消した瞬間、お前の命も完全に尽きる」


 蒼い炎が、俺の掌の上でゆっくりと揺らめいた。

 美しく、儚く、そして残酷なまでに冷たい光を放っている。


「やめろ……やめろぉ~~~!」


 奴が這いつくばりながら絶叫する。

 尻を地面に擦りつけ、血だらけの体で後ずさろうとするが、すでに逃げ場などない。

 俺は冷たく微笑み、最後の言葉を告げた。


「外道になればなるほど、悲しくも美しい色をしているな……」

 俺は静かに息を吐き、掌の上で揺らめく蒼き炎をゆっくりと握りしめた。

「――蒼魂死焔(ゾルディ・クェル)


 指が閉じられた瞬間、炎は音もなく潰れた。

 まるで命の灯火を無理やり押し潰すように。

 その刹那。


「ぎゃああああああああああああっ!!」


 バムシムの喉から、地獄の底から引きずり出されたような絶叫が(ほとばし)った。

 目と口、鼻孔、耳の穴――全身の穴という穴から、鮮烈な蒼い炎が噴き上がる。

 炎は熱を持たず、ただ冷たく、静かに、しかし容赦なく燃え続けていた。


 奴の身体が激しく痙攣する。

 背骨が弓なりに反り、指が地面を掻き毟り、足が無意味に地面を蹴る。

 しかしその瞳の奥にあった「バムシム」という人格の光は、すでに消えていた。

 蒼い炎が体内を巡り、魂の根源を焼き尽くしていく。

 記憶も、欲望も、恐怖も、喜びも、すべてが青い火に飲み込まれ、灰すら残さずに蒸発していく。

 やがて絶叫が、奇妙なうめき声に変わり、

 そして――完全に途切れた。


 バムシムの身体は、ピクリとも動かなくなった。

 しかし、息はしていた。

 胸が、ゆっくりと上下している。

 心臓はまだ鼓動を刻み、血はまだ流れている。

 目を開けたまま、虚ろに月明かりを映している。

 ただ、そこに「バムシム」という存在はいなかった。

 魂は完全に消滅し、残されたのはただの肉の器。

 温もりはあるのに、魂の欠けた、ただの抜け殻だった。


 風が吹き、枯葉がその体の上を滑っていく。

 かつての悪鬼のような笑みも、嘲るような言葉も、もう二度と発せられることはない。

 ただ、静かに、静かに、月明かりの下で横たわっている。

 俺はゆっくりと拳をほどき、掌に残ったわずかな蒼い火の粉を夜風に散らした。

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