150話 悪魔の提案
俺は即座に力ある言葉を唱えた。
「暗黒の矢よ、敵を貫け! 魔法の矢!」
手のひらから生まれた紫黒のエネルギーの矢が、鋭い音を立ててバムシスに向かって射出された。
しかし——
エネルギーの矢が奴に届く刹那、跪いていた黒装束の男が飛び出した。
自分の体を盾にするように、エネルギーの矢に正面からぶつかって行く。
炸裂する衝撃音とともに、男の体が吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「くくく……何も罪のない村人をこんなに痛めつけるなんて、悪いやつですねぇ」
バムシスが低く笑いながら言った。
「どういうことだ」
「前も言ったでしょ? 物覚えが悪いのですか? 貴女とまともに戦っても勝ち目がありませんからね。貴女はあの時、そこの女を助ける前に私を倒すべきだったのですよ」
奴は楽しげに笑いながら、俺に向かってそう答えた。
「答えになってないだろう」
俺は苛立ちを抑えきれず、次の呪文を唱えようとした。
「リーニャの二の舞にするのですか? 私は構いませんけどね。みなさん、その装束とってもいいですよ」
バムシスの言葉に、跪いていた男たちが一斉に動き、黒装束を脱ぎ捨てた。
そこに現れたのは、どこにでもいるような普通の村人たちだった。
ただ全員が首に同じデザインのチョーカーをはめている。
「そうそう、面白い事をお見せしましょう」
バムシスがにやりと笑いながら、パンパンと派手に手を叩いた。
山小屋の奥にある重い鉄の扉が、ガラガラと耳障りな音を立ててゆっくり開いた。
ガチャリ……ガチャリ……ガチャリ……。
太い金属の鎖が地面を引きずる、重く湿った音が連続して響き渡る。
上半身裸の男たちが、汗をびっしょりかきながら、歯を食いしばって巨大な車輪付きのショーケースを必死に引っ張り出していた。
車輪が石畳を軋ませ、ガタガタと激しく震えるたびに鎖が激しく鳴り、ケース全体が重々しく揺れる。
そのショーケースは中央で分厚い鉄のシャッターによって厳重に区切られていた。
左側には、完全に裸にされた女性たちが怯えきった顔で身を寄せ合い、鎖で繋がれている。
彼女たちの白い肌が夕暮れの薄暗い光にさらされ、冷たい風に小刻みに震えていた。
右側には、豚のような顔をした妖魔が……オーク達が、荒い息を吐きながら檻の中でうごめいていた。
興奮した赤い目が閉ざされたシャッターを睨み、低く獣じみた唸り声と荒い鼻息が、鉄の壁越しに響いてくる。
シャッターの向こうに女性たちの気配を感じ取っているのか、それとも彼女たちの香りを匂っているのか、檻をガンガンと叩く音が激しくなっていた。
男たちは震える腕でショーケースを俺たちの目の前まで引きずり出し、ようやく止めた。
ケースが止まるたびに鎖がカチャリと鳴り、女性たちの抑えた嗚咽とオークたちの低く獣じみた唸り声が混じり合う。
空気が一気に重く淀み、俺の背中に冷たい汗が一筋伝った。
「オークだと……何をする気だ」
俺の声が低く震えた。
「いや、貴女と戦っても勝てる見込みはありませんからね。このボタンを押したら、真ん中のシャッターが開くんですよ。裸の女性を見たオークがどうなるんですかね……?」
「うそだろ!」
「嘘だと思うのなら攻撃をしてみればいいじゃありませんか? 攻撃をしたとしても、ここにいるあそこの女性の縁者たちが私を護りますけどね。動かなかったら……彼女らは、オークの餌食となりますけどね」
バムシスは本当に楽しそうに笑いながら、指で小さな装置を弄んでいた。
なんていう、悪魔の発想なんだ……。
「ひどいですわ!」
エレナがバムシスに向かって、悲痛な声で叫んだ。
その声は震え、夕暮れの山頂に切なく響き渡る。
「ひどいですか? 私は約束をしただけですよ。だからあなたにもあれ以上手を出さなかったではありませんか」
バムシスは楽しげに目を細め、ゆっくりと首を傾げた。
奴とエレナの間で、何を約束したというんだ……?
「もし、あなたの身体をどうにかしようと思えば、このようにすればあなたは喜んで俺に身体を許したでしょうが。一応あなたとシビさんとも約束をしましたからね」
バムシスは俺の後ろにいるエレナを一瞥し、再び俺の方へ視線を戻した。
その赤い瞳には、底知れない愉悦と嘲りが浮かんでいる。
「どうぞ手を出してもいいですよ。貴女は人を殺せない以上、私はこのスイッチを押せるはずですからね」
やつの前に跪いている男性たちは、泣きそうな顔で俺をじっと見つめていた。
恐怖と絶望がはっきり浮かんだ目。
俺はその顔を見ながら、一歩、また一歩と後ろに下がり、エレナにぶつかってしまった。
「一緒に泣き叫ぶ女と興奮状態のオークとの絡みのショーを見ませんか。そして私の目の前にいる男性たちの嘆きの声をBGMにして楽しみましょうよ。さぁ、あなたの攻撃がショーの開幕のベルとなるのですよ」
バムシスは装置を指で弄びながら、愉しそうに笑った。
その笑顔は本当に心底楽しんでいるようで、俺の背中に冷たい汗が伝った。
突進の一撃で一命を奪い、すぐさまガラスを割って女性を助ける——
俺の思考はそう判断していた。
なのに、いざ動こうとしても体が言うことを聞いてくれなかった。
足が地面に根を生やしたように重く、指先が微かに震えるだけで、グラディウスを握る手さえ思うように動かない。
バムシスはゆっくりと、一歩、また一歩と護衛の男たちを置き去りにして歩み寄ってきた。
その足音が、静かな山頂に不気味に響く。
「シビさん。わたくしはどうなってもいいので、貴女は逃げてください。わたくしが、この方の言いなりになります。その交換としてこの方たちの安全を望めば」
エレナの声は震えていたが、決意に満ちていた。
「それもいいですね」
バムシスはエレナの提案を聞き、少し考えてから満足げに頷いた。
出来るわけねえだろ。
惚れてる女を、この悪魔みたいな思考の奴の手に委ねるっていうのか……。
「何を考える必要があるのですか?」
バムシスは俺に向かって、穏やかだが底冷えする声で問いかけてきた。
「本当に可笑しな人だ。私と同じようにこの世界に渡ってきたというのに。いつまで常識にこだわっているのですか?」
「どういうことだ!」
「考えたことは無いのですか? ここに来た意味を。私たちはいろいろな技能を授けられたはずですよ。それはこの世界で何でもしていい免罪符じゃないですか」
「そんなわけないだろうが! みんな生きて感情もある人達だろうが!」
「本当に可笑しな人ですね」
バムシスは肩を小さく震わせて笑った。
その笑みは心底愉しそうで、俺の胸に嫌なざわめきを残した。
「そうそう、もう一つ面白いものをお見せしましょう」
バムシスがにやりと笑いながら、パンパンと派手に手を叩いた。
山小屋の奥の扉が重々しく開き、下着姿の女性たちが数人、鎖に繋がれた状態で連れ出されてきた。
薄い布がほとんど隠せていない白い肌が、夕暮れの薄暗い光に照らされ、冷たい風に小刻みに震えている。
バムシスは一番近くにいた女性の顎を掴み、強引に顔を上げさせた。
もう片方の手は彼女の胸に這わせ、布越しにゆっくりと揉みしだく。
女性は艶っぽい声を抑えきれずに漏らし、体をびくんと震わせた。
白い肌が夕陽に染まり、汗で艶やかに光っている。
「強者はこのようにしても誰にもお咎めが無い。そして魔族の手を貸せば、こういう事も常識になるのですよ」
「魔族だと!」
「正式な名前が無いので、一応仮名で俺が使ってるだけですけどね」
バムシスはクククと含み笑いをしながら、俺をじっと見つめてきた。
「どうですか? 欲望に忠実に動いて、抱きたいときに抱いて、殺したいときに殺す……。それがこの世界の正しい在り方だと思いませんか?」
そう言って何かの装置を推した瞬間——。
ドォンッ!!
激しい爆音が響き渡った。
目の前の男の一人が、首元を中心に強烈な爆風で吹き飛ばされた。
血飛沫が周囲に飛び散り、熱い赤い雨が俺の頰や腕にべっとりと張り付く。
焼けた肉の臭いが鼻の奥まで突き刺さり、視界が一瞬白く染まった。
「こうしても誰にも文句が言われないのですよ」
「爆破だと」
「そこのチョーカーにC4をはめておいてるんですよ。爆破の指向は上に設定してるので被害はありませんよ」
熱い血飛沫の感触と焼けた肉の臭いが、過去の記憶を一気に呼び起こす。
……また、人が死んだ……。俺のせいで……
吐き気が込み上げ、視界が一瞬揺らぐ。
指先が震え、グラディウスを持つ手が一瞬緩んだ。
身体を触られていた女性が、大声で悲鳴を上げた。
その瞬間、俺の胃の奥が激しく痙攣した。
「あぁ、貴女の大事な人でしたか。良からぬことを考えていたので、改めて皆さんがどういう状況なのかと思い出してもらおうと思いましてね」
バムシスは愉しそうに笑いながら、その下着姿の女性の顎を強く掴み、強引に唇を奪った。
舌を深くねじ込み、唾液の混じった淫靡な水音を立てながら、彼女の口内を貪るようにキスを続ける。
女性は涙をぼろぼろと流しながら体をくねらせ、必死に抵抗しようとするが、奴の手に抑え込まれていた。
嗚咽が漏れ、膝がガクガクと震え、艶っぽい喘ぎ声が嗚咽と混じって山頂に響いた。
「こういう風に睨まれることはあっても、何もできないのですよ」
「貴女さえよければ仲間になってこっちの陣営に立つと言い。そしてそこの聖女をあなたの欲望をぶつければいいではありませんか? そうすればあなたの悩みなど一気に収まりますよ。最高でしょう」
バムシスは愉しげに目を細め、俺を誘うような甘い声で囁いた。
その赤い瞳が、獲物を前にした蛇のように妖しく輝いている。
「シビ……さん」
エレナの心配そうな声が、俺の背後から震えながら聞こえてきた。
彼女の指が俺の服の端をそっと掴み、離したくないという想いが伝わってくる。
「私もね。貴女と戦いたくはないのですよ。大きなくくりでは、同郷の身って言うのもありますが、龍角を倒して、あそこの街を解放した貴女の実力はこちらにも欲しいのでね。貴女が、こちらの陣営に来たら、面倒な剣の争奪戦もしなくて済む。あなたはしがらみを捨て自由にふるまえる。良いと思いませんか?」
なんて悪魔的な要望を俺に投げつけてくるんだ……!
胸の奥がざわつき、吐き気が再び込み上げてくる。
この男の言葉は甘く、しかし毒のように俺の心に染み込んでくる。
「せっかくこちらの方に来られたのに、結構窮屈じゃありませんか。なんでこっちのしがらみをまで背負って、息苦しそうに生きないといけないのですか? そうは思いませんか? 同じことを言うのは本当にナンセンスですけどね」
バムシスは勝ち誇ったように俺とエレナを交互に見つめ、薄笑いを浮かべながら言い放ってきた。
その視線は俺の心の奥底を舐め回すように、ねっとりと絡みついて離れない。
「どうしますか? いまなら最大限で歓迎しますよ。今の貴女では戦えなくて負ける。そうしたらこんな待遇じゃなくて、死んだほうがマシっていう体験が待っているのですよ。いい案だとは思うんですけどね」 バムシスは優しげを装った甘い声で、俺を誘うように言ってきた。
赤い瞳が細められ、唇の端が不気味に上がっている。その視線は俺の心の奥底を舐め回すように、ねっとりと絡みついて離れない。 エレナは何か言いたそうに口を開きかけたが、代わりに俺のジャケットをぎゅっと強く掴んできた。
彼女の細い指が布に食い込み、震えが直接伝わってきた。
温かい体温が背中に染み、彼女の息遣いが荒くなっているのがはっきりわかった。
「今なら彼女と一緒に居られるんですよ。最高でしょう」
俺は深呼吸を一回して、ゆっくりと息を吐いた。
全身に重い疲労がのしかかり、焦りと怒りが胸の中で渦巻いている。
奴の目を真正面から睨み返し、静かに答えた。
「断る」
「そうですよね。断るって……ん? 断る? 言い間違わないでくださいよ」
「言い間違いじゃねえよ」
俺は少し半身になってエレナの方に向き直り、彼女をそっと、しかし強く抱き寄せた。
エレナの体が俺の胸に寄りかかり、小さく震えているのがはっきりわかった。
彼女の心臓の鼓動が、俺の胸に直接響いてくる。
「俺にとっては、彼女を悲しませたくはない。そして悪魔の手を握った俺は、もう彼女をまともに見ることが出来ないだろう」
エレナの目には大粒の涙がたまり、俺の胸に顔を埋めるように頭を寄せてきた。
温かい涙が俺の服に染み込み、彼女の指が俺の背中に強く食い込む。
「だから、俺は……ううん、私たちはお前の悪魔の提案を断らせてもらう」
バムシスは一瞬、目を細めた。
「はぁ、こちらが下手に出て、提案してあげたというのに。もういいですよ。貴女には死んだほうがマシっていう生き地獄を味わわせてあげますよ」
その言葉が、冷たい風とともに山頂に重く響いた。
俺はエレナを抱いたまま、グラディウスを握る手に力を込めた。
彼女の震える体温が、俺の胸に直接伝わってくる。
バムシスはまだ薄笑いを浮かべ、俺たちをじっと見つめていた。
「転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~」をお楽しみいただけましたか?
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