148.5話 エレナの覚悟
木の匂いがしますわ……。
湿った杉の香りと、わずかに土の匂いが混じった、山の頂にある古い小屋の空気ですのね。
わたくしがゆっくりと瞼を開けると、天井の太い梁がぼんやりと視界に入ってまいりました。
身体を動かそうとした瞬間、しゅる……と柔らかく、けれど確実に締めつけてくる感触。
淡く金色に光るロープが、わたくしの胸から腰、両手首までを丁寧に、まるで儀式のように絡めつけておりますわ。
不思議な輝きを放つその縄は、ただの縄ではありませんの。魔力の流れを感じます。
逃れようとするたび、優しく、けれど容赦なく締まるのです。
……あら。
どうやら、わたくしは捕らわれの身だというのが把握できた。
その時、
「やっと、目が覚めましたか?」
低く、どこか楽しげな男性の声が、背後から響いてきた。
わたくしはゆっくりと首を巡らせ、声の主を探しました。
薄暗い小屋の奥、薪がぱちぱちと音を立てる炉のそばに、一人の男が立っておりましたわ。
彼は穏やかな笑みを浮かべながら、こちらをじっと見つめております。
その視線は、まるで珍しい獲物を前にした狩人のように、静かで執拗で、底知れぬ闇を湛えていました……。
どうして、こんなことに……?
と思った瞬間、記憶が鮮やかに蘇ってまいりましたわ。
リーニャさんに案内され、うずくまったのでどうしたのかと近づいた瞬間に、何かをそっと嗅がされたのでしたわ。
その次の瞬間、意識が遠のいてしまったのでしたわね。
今頃、皆さんが心配してくださっていることでしょうね……。
「冷静だねぇ」
男がくすりと、楽しげに笑っていた。
「ここであたふたしても仕方ありませんもの。どうか、わたくしを解放していただけませんこと? 皆さんが心配しておりますわ」
わたくしはできる限り穏やかに、けれどはっきりと言いはなった。
相手を不必要に刺激しないよう、言葉の端々にも気を配りながら。
すると彼は、芝居がかった大げさな仕草で肩をすくめ、にっこりと笑いかけてきた。
「いくら聖女様のお願いでも、それをかなえるわけにはいきませんよ」
その笑みには、どこか愉しげな、底知れぬ闇が潜んでいるように感じました……。
わたくしは静かに息を整え、光るロープに包まれた身体をわずかに動かしました。
彼の次の言葉を、じっと待っている気がする。
「何が目的ですの?」
「ごぞんじではありませんか」
「シビさんですの?」
「目的の一つはそうだねぇ」
「一つはそう。もう一つは……彼女と言えばいいのかよくわからないけど、あれが持っているミスリルソードだね」
「シビさんが来ると思いですの?」
「来るよ。君もそう思っているだろう」
「きゃ~っ……!」
突然、彼の手が素早く伸びてきた。
光るロープで拘束された胸を、まるで獲物を捕らえる生き物のように鷲づかみにされる。
柔らかい布越しに、指が深く沈み込むように揉みしだかれた。
「あ……っ、んっ……!」
左の胸を大きな手に包まれ、親指が敏感な先端を円を描くように擦り上げる。
右の胸も同時に強く掴まれ、形が変わるほどに揉みくちゃにされる。
指の腹が布地を擦るたび、甘く痺れるような感覚が背筋を駆け上がり、喉の奥から抑えきれない声が漏れてしまった。
身をよじろうとするのに、ロープがきつく締まってほとんど動けない。
逆に胸を突き出すような格好になってしまい、彼の手にさらされるばかりだ。
「欲情させたら行けなかったな。命の保証だけして約束なんてする必要なかった。君が、死んだほうがましな状況になったら……トラウマなんて関係なく暴走するだろ? そうしたら勝ち目なんてない」
彼は低く笑いながら、ゆっくりと胸から手を離した。
しかしその視線は、胸から下へ——下着の薄い布一枚で覆われた最も恥ずかしい部分へと、ねっとりと這うように注がれている。
わたくしはようやく、自分の姿をまともに認識した。
法衣はすっかり脱がされ、下着一枚だけのあられもない格好。
彼の指の感触を残した胸の先は硬く尖り、薄い布地にくっきりと浮かび上がっている。
太ももを閉じようとしてもロープが邪魔をしてわずかに開いたまま。
熱い視線にそこを晒され、身体の奥がじんわりと疼き始めるのが自分でもわかった。
頬が、耳の先まで一気に熱くなる。
こんな……絶対に見られてはいけない姿を、男の目の前に晒されているなんて。
わたくしは唇を強く噛み、震える声でなんとか言葉を絞り出した。
「……やめて、ください……」
声が、思った以上に甘く湿ってしまっていた。
「あなたの法衣は魔法の服でしたので、どんな効果があるのかわからなかったから、あそこに置きましたよ」
彼の視線を追うと、小屋の隅にわたくしの法衣が丁寧に畳まれて置かれているのが見えた。
「先ほど約束とおっしゃっておりましたが?」
わたくしはできるだけ体を彼に向け、なるべく平静を装って尋ねた。
「見られて減るもんじゃないでしょう」
「いくら虜囚の身でも……恥ずかしいですわ」
「そういうものかなぁ。どうせ約束の日時まで来られないから、少しフライングをしようと思ってね」
「フライング?」
なんだろう、このやり取り……前にもどこかで聞いたような気がする。
でも、思い出せない。
「この世界では当たり前の言葉じゃないのか。ところどころこういうのがあって面倒なんだよな」
この世界、って……。
まるで自分は別の世界から来たような言い方だった。
「少し先走って、多少はいいかなって思ったんだけどね」
そう言いながら、彼はわたくしのブラを無造作に上にずり上げた。
露わになった胸の先端に、熱い息がかかる。
次の瞬間——
「やめてください……そんな事を……っ、舐めないで……!」
濡れた舌が、硬く尖った乳首をゆっくりと舐め上げた。
ざらりとした感触が直接肌に触れ、びくんと身体が跳ねる。
彼は構わず、もう片方の乳首も指で摘まみながら、執拗に舌を這わせ、時折軽く吸う。
甘い痺れが胸の奥から全身に広がり、背筋がぞくぞくと震えた。
「そんな風に嫌がられたら、ますます欲しくなるね。……何の話だったかな」
「や……約束とは……」
「そういえばそうだったね。君が俺につかまってから三日後に、君が俺の物になるって約束したんだよ。それまでは手を出さないって言った。これは、ここまで連れてきた駄賃ってことでいいよね」
「良く、ありませんわ!」
誰にも触れられたことなどないのに……。
アウリス様、どうかお許しください……。
「それなら三日後、必ずここに来ますわ」
「来られないね」
「来ますわ。絶対に」
「すごい信頼だね。人を殺せない偽善者なのに」
この方は、今のシビさんの状況をしっかり把握している。
リーニャさんから聞いたのだろうか……それとも、もっと別の方法で?
「なら、君も約束をしようじゃないか」
「約束……ですの?」
彼は喉の奥で低く笑いながら、ゆっくりと近づいてきた。
光るロープで拘束されたわたくしの身体を、上から下まで舐めるような視線でじっくりと眺め回す。
その目が胸の膨らみや、薄い下着に覆われた下半身を這うように這わせてくる。
「俺は基本、約束は守る方なんだ。先ほどみたいに少し脱線しちゃうけどね」
ククク……と愉しげな笑い声が、薄暗い小屋の中に響いた。
「期日が破られたとき、お前は俺に凌辱されたのち、俺の上に献上される」
「献上……ですの?」
「処女とか関係なしに、貴様の身体が必要らしい」
「どういうことですの?」
「貴様が持っているアウリスの金の錫杖、たしか黄金律の鈴音だろ? あれを持っているという事はアウリスの聖女という事になるそうじゃないか」
「詳しいですわね……その名前は、公開されておりませんのに」
ぞわりとした冷たい感覚が背中を這い上がる。
シビさんとは明らかに違う、この得体の知れない違和感……。
以前にも、どこかで感じたことがあるような……。
「君は、俗な言い方だけど、適切な言葉が今は思いつかないからね。魔族と呼ばれる魔物より強いやつの子を産むんだよ」
その言葉が、胸の奥に突き刺さった。
……産む?
体の芯から、冷たい震えが一気に広がっていく。
嫌……絶対に嫌ですわ。
好きな人、愛する人にだけ捧げたいのに……。
こんな、わけのわからない男に……。
そう思った瞬間、ふとシビさんの顔が脳裏に浮かんだ。
なぜ彼女を……。
彼女は男性口調だけど、歴然とした女性なのに。
同性愛が禁止されているわけではないけれど、子を残すことはできない。
……現実逃避だというのは、自分でもわかっていた。
それでも、シビさんのことを思うと、少しだけ心が落ち着いた。
「聖なる者と魔の者の子供が生まれたら、教育次第では、人を脅かす存在になるだろうね」
「あなたは人なのになぜ、人に害をなす存在に力を貸すのですか?」
シビさんは必ず来てくれる。
そう思ったら、勇気が湧いてきた。
わたくしはロープに縛られたまま、精一杯顔を上げ、彼の目を真正面から見据えた。
「そんなに奴を信頼してるのか? 面白いね。あいつが人の側に立つのが気に食わないだけさ。全てを持って好き勝手できる存在なのに、俺は苦労してやっとここまで気づいたってのに……なんだよあの何でもありな能力は! 許されないだろうが!」
彼の声が小屋の中に響き渡る。
薪の音さえかき消されそうな、ねばつくような怒りと嫉妬が混じった声だった。
……何をおっしゃっているのですか?
「同じような存在なのに、どうしてあいつは簡単に力を得て、名声も富も全部手に入れられるんだ。俺だって同じような存在なのに……しかもパートナーが聖女でこんないい女が! あいつは許される存在じゃないんだよ!」
意味がよくわからない……。
でも、シビさんと何か深い因縁があるのは確かですわね。
彼の目が、興奮で血走り、暗い小屋の中で異様に輝いている。
「だから期日が過ぎ、奴がここに着いた瞬間——君は俺に犯されるんだよ。早く奴の無力に歪んだ顔を見てみたい」
彼は顔を大きく歪め、口の端を吊り上げて笑った。
その笑みはまるで壊れた人形のようで、ぞっとするほどの狂気を宿していた。
「ああ、絶望に堕ちて心が折れる声を聴いてみたい。そうしてボロボロになったあいつを、女に飢えた男どもに放り込んで……自分の無力さを、骨の髄までたっぷり味わわせてやるんだよ!」
声が大きくなり、唾が飛ぶほどに熱を帯びていく。
彼の指が、わたくしの顎を乱暴に掴み、強引に顔を上げさせた。
吐息が頰にかかり、熱く湿った感触が肌にまとわりつく。
……シビさんへの愛の告白のように聞こえますわ。
ねじ曲がった、病的な、底知れぬ執着。
愛情というより、ただの破壊衝動に塗れた歪んだ感情……なのかもしれませんわ。
「シビさんのことを愛しておりますの? もしかして、昔の彼氏だとか?」
そういえば、彼女の恋愛事情は一度も聞いたことがありませんわ……。
「は? 俺があいつに恋愛感情を抱いてるだと?」
彼は一瞬、目を丸くして固まり、次の瞬間、腹の底から込み上げるような嘲笑を爆発させた。
「さすがアウリスの聖女様だ。なんでも良い風に捉えるのがお好きらしいな。あいつは、モルモット扱いにして、研究材料にするんだよ!」
「わかりましたわ。わたくしも……覚悟を決めました」
「覚悟?」
わたくしは静かに目を閉じ、胸の前で両手を重ねた。
光るロープが肌に食い込む痛みさえ、今は儀式のように感じられる。
——アウリス様、どうかこの祈りを……。
「こんな時まで神様かよ……待て、やめろ!」
彼が慌てて手を伸ばしてきたが、すでに遅かった。
わたくしの唇から、淡く金色の光が溢れ出す。
小屋の中に、鈴の音のような澄んだ響きが広がり、淡い光の粒子がわたくしの周囲を舞った。
「誓約は、なされましたわ」
「誓約だと!?」
「あなたが指定した日時まで、貴方はわたくしに指一本触れることができませんわ」
彼がわたくしの肩に手をかけようとした瞬間——
びりびりっ!!
目に見えない強烈な電流が彼の全身を貫き、身体が弓なりに反って吹き飛ばされた。
壁に背中を打ちつけ、薪が崩れる乾いた音が響く。
「ぐあっ……!? 何をした……!」
「誓約ですわ。
あなたの口から出た約束を、神に認めていただきました。
指定した日時まで、わたくしに危害を加えることは一切できません。その代わり——」
わたくしは一度、深く息を吸い、震える声を抑えて続けた。
「期日が終わった後……あなたの言いなりになることにしましたわ」
「……だから?どういうことだ!」
「凌辱しようが、実験にしようが……わたくしは進んで協力すると、そう誓ったのですわ」
胸の奥が、熱い痛みとともに締めつけられる。
でも、わたくしはもう迷わない。
シビさんは、いつもわたくしを助けてくださいます。
今回も、きっと来てくれる。
わたくしは彼女を信じて、そしてわたくし自身も、できる限り戦います——
たとえその代償がわたくしだったとしても。
「今からわたくしは、制約が終わるまで、ここから逃げることができませんわ。ですので……服を着ても、構いませんわよね?」
「くっ、見た目に反して随分と強気じゃないか。面白い……それに乗った」
彼は短い詠唱を呟くと、光るロープがするすると解け、わたくしの身体からするりと離れていった。
「やはり魔法のロープですの……?」
「そうだ。服でも何でも着ろよ。その格好のままじゃ目の毒だろ? 手が出せないいい女の裸をずっと見せられてちゃ、こっちが我慢できないからね」
わたくしは急いで法衣を拾い上げ、乱れた下着を整えながら身に纏った。
白と金の布地が肌に触れた瞬間、自分が少しだけ戻ってきた気がした。
「期日までは、お客人として迎えてあげるよ」
彼はそう言い残すと、くるりと背を向け、小屋のドアを乱暴に閉めて出て行った。
……パタン。
ドアが閉まる音が響いた瞬間、膝の力が抜けた。
わたくしはその場に崩れ落ち、両手で顔を覆った。
熱い涙が、指の間からぽたぽたと零れ落ちる。
怖かった。
本当に、怖かったのですわ……。
それから、時は静かに流れた。
——約束の日、お昼過ぎ。
山の中腹から、突然、激しい爆発音が響き渡った。
木々が揺れ、魔力の奔流が空気を震わせ、金属のぶつかり合う音が次々と聞こえてくる。
わたくしは小屋の窓辺に駆け寄り、外を凝視した。
胸の奥が、激しく高鳴る。
……シビさん。
来てくださったのですね。
わたくしはそっと胸に手を当て、静かに微笑んだ。
どんな運命が待っていようとも、
アウリス様は超えられない障害は出しませんわ。
あなたを信じて、わたくしも戦いますわ。
どうか、無事でいてください。
遠くから聞こえる戦いの音を聞きながら、
わたくしは静かに、けれど強く、そう願った。
「転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~」をお楽しみいただけましたか?
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