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【7部】転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~  作者:
5章 全てを取り戻すために

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148話 エレナの待つ山へ

 迂回しながら森を走るのは、正解だったと思う。

 夜の森は湿った冷気で満ち、木々の間を抜ける風が俺の銀髪を乱暴に掻き回していく。

 俺は、古木の太い枝から枝へと、音もなく身体を滑らせ、次々と飛び移っていた。

 跳躍のたびにしなる枝の反動と、足裏に伝わるざらついた樹皮の感触が、俺の集中力を極限まで研ぎ澄ませてくれる。

 ふわりと枝に着地し、黒いレザージャケットの襟を正しながら眼下を見下ろせば……いるわ、いるわ。

 賊どもがうじゃうじゃと配置されていた。


 黒いマントを被った影のような連中が、木陰や茂みに身を潜めている。時折、雲の切れ間から覗く月光を受け、奴らの持つ刃物が冷たく鈍い光を放った。


 十人、いや、二十人は軽く超えている。

 しかも、ただ数が多いだけじゃない。

 奴らの間を縫うように歩く見張りが、周囲に微かな魔力の揺らぎを放っていた。

 空気をじっとりと揺らす、あの嫌な気配。

 魔法探知(ディテクト・マジック)かよ。チッ、上等だ。


 イザベラの推測は見事に的中していた。

 もし、焦りから正面から突っ込んでいたら、今頃この包囲網のド真ん中で時間の無駄遣いをさせられていたはずだ。

 かと言って、空を飛んでいこうものなら、即座に位置を特定され、対空魔法か何かで対策されて終わりだ。

 エレナの元へ辿り着く前に、タイムアップになる未来が目に見えていた。


 ──なら、やるべきことは一つ。

 俺は右手に握る剣の柄を強く締め直した。

 このまま誰にも気づかれず、頭上を「最速」で駆け抜けてやる。


「チッ……面倒くせえ」


 俺は低く舌打ちしながら、次の枝へ飛び移った。

 髪が夜風に(ひるがえ)る。

 意識を集中させると、遠目の技術によって森の遥か先、闇の奥底までが鮮明に視界に飛び込んできた。

 

 冷静になれよ。

 こんなこと、普通に考えたらわかるだろうが。

 ここで戦闘に身を投じていたら、三日後という期限には絶対に間に合わない。

 敵はエレナを人質に取り、わざわざ日時と場所を指定してきたんだ。

 道中にこうして伏兵を配置し、俺の足を鈍らせようとしてくることくらい、当たり前の戦術じゃないか。

 それなのに、なぜ俺は一瞬でも「力づくで捻り潰して進む」なんて選択肢を考えた?


 ……いつからだ。いつから、俺の思考はこんな風にバグり始めた。

 エレナが連れ去られて、頭に血が上っているからか?

 いや、違う。もっと前だ。

 この世界で初めて人の命を奪い、その罪の重さに魂がすり潰されそうになった、あの日からだ。


 鼻腔にこびりついて離れない、鉄臭い血の匂い。

 鼓膜を震わせた、むっとするような断末魔の叫び。

 月光に照らされた地面へ、じわじわと広がっていった赤黒い染み……。

 あの光景が脳裏をよぎるたび、俺の頭の中は少しずつ狂い始めていく。

 怒りが先走り、冷静さが欠けていく。

 戦いに身を置くことは、ある意味で「命を奪うのが仕事」だ。生き残るためには、綺麗事じゃ済まない。

 頭では分かっている。分かっているのに……現代日本で生きていた俺の倫理観が、どうしても人の命を奪うことに激しい抵抗の声を上げる。


「くそっ……今は、余計なことを考えてる暇はねえんだよ」


 湧き上がる吐き気を無理やり飲み込み、奥歯を噛み締めて跳躍の速度をさらに跳ね上げた。

 激しい夜風が、俺の着ているドレスの裾をバタバタと引き裂くように叩く。


 一人で抱え込んで、ぐるぐると悩み続けていたのがいけなかったのか。

 ……エレナに、相談すればよかったのかもしれない。

 あいつは僧侶だ。人の生と死を誰よりも近くで見つめているエレナだったら、きっと良い相談相手になってくれたはずだ。

 犯した罪の意識が完全に消えることはないにしても、俺のこの重苦しい胸の(つか)えは、いくぶんかはマシになっていたんじゃないだろうか。


 ここはあの平和な地球じゃない。世界が違うんだ。

 綺麗事じゃ生き残れないくらい、常識が違うんだって、自分に何度も何度も言い聞かせてきたはずなのに。


 結局、俺の頭はちっとも追いついていやしなかった。

 狂いそうなほどの夜風を浴びながら、古木の枝から枝へ、がむしゃらに跳躍を続ける。

 なんで今更、こんなことで足踏みしてんだよ。

 俺は自分のあまりの馬鹿さ加減に、血がにじむほど強く奥歯を噛み締めた。


 時代は違えど、現にアーサーっと出会っていたんだ。

 だったら、この世界に俺たち以外の転生者がいたって、何一つおかしくないのに。


 なんで俺は、この世界の「普通の常識」だけで物事を考えて、そこで思考を止めちまってたんだ。

 あいつが転生者だと知って、俺はまともに動揺しちまった。

 その驚きのせいで、倒れているエレナへの警戒がおろそかになった。

 紛れもない、俺の痛恨のミスだ。


 思い返せば、北の山脈を目指す過程で、何度も同じような事件に遭遇してきた。

 男は奴隷にして、女は欲望のままに力づくで奪い取る。


 あの陰湿でこそこそとした、一番人が嫌がるやり口──。

 これって、現代の人間が脳内で思い描く『野蛮人のテンプレ思考』そのものじゃないか。


 この世界の住人にしては、あまりにも地球の歪んだ欲望に忠実すぎる。

 ただの粗暴な野盗の集まりだと思い込もうとしていた自分が、本当に情けない。

 気づく要素なんて、いくらでも転がってたはずだ!


「……くそったれが」


 低く吐き捨てた声は、冷え切った森の静寂に一瞬で吸い込まれて消えた。

 後悔しても始まらないのに、俺の頭は最悪な思考をぐるぐると巡らせたままだ。

 足裏に伝わる枝のしなり、風に揺れる葉ずれの音、どこか遠くで響く獣の息遣い。そのすべてが、焦る俺の神経を逆なでする。


 ──いや、もう認めろよ。

 あいつがいなくなるなんて未来、今の俺にはとても耐えられそうにない。

 惚れた女のひとりくらい、命に代えても助け出さなきゃ男が廃る。

 ……惚れている? 俺が、エレナに?

 わかってる。あいつとの関係がこれ以上、恋人だの何だのに進展することはない。

 年の差だって離れているし、何より、今の俺の身体は女だ。

 同性同士でどうこうなるなんて、そんな綺麗に収まる世界じゃない。


 だけど、そんな理屈は今の俺にはどうでもいいんだ。

 誰になんと言われようが、エレナだけは……あいつだけは絶対に失いたくない。

 俺は古木の枝の上で、一瞬だけピタリと足を止めた。


 大きく息を吸い込むと、氷のような夜気が肺を焼き、この狂いそうな頭を強制的に冷やしてくれる。

 見上げれば、遮るもののない月光が、俺の銀髪を冷酷なほど白く照らし出していた。

 レザージャケットの裾から覗く赤いドレスは、夜の闇の中で、まるで生々しい血の色に染まっているみたいに見えた。


「くだらない事を考えてる暇があったら、足を動かせ」


 自分を叱り飛ばすように呟き、俺は再び、闇の先へと激しく跳躍した。

 俺の命なんてどうなったって構わない。

 すべてを懸けて、あいつを救う。今はただ、そのために前へ進むだけだ。

 無駄な時間を食ってる暇は一秒もねえ!


 この鬱蒼とした森の地面を普通に走っていたら、野生動物や徘徊する魔物どもにいちいち出くわして、今頃大騒ぎになっていただろう。

 だが、俺には盗賊の技能がある。

 忍者のように気配を殺し、頭上の枝から枝へと立体的に渡り歩いていくこの方法だからこそ、不必要な戦闘をすべて避けて、最短ルートを最速で開拓できていた。


 とはいえ、肉体的な疲労まで完全に踏み倒せるわけじゃない。

 一晩中、ほとんど休むことなく跳躍を繰り返してきた。

 深い夜の闇が徐々に薄れ、森の景色が藍色から白へと移り変わっていく。

 夜の重苦しい空気が、朝の山道特有の、少し冷たく澄んだ気配へとグラデーションを描くように変わっていった。


 巨木の枝を強く蹴り、また次の木へと身体を飛ばす。

 跳躍のたびに、俺の銀髪が朝露を含んだ冷たい風に濡れ、激しく動かしてきた赤いドレスの裾が、汗ばんだ太ももへと容赦なくまとわりついてくる。


 道中で多少は仮眠を取ったとはいえ、木の上で眠るなんてやったこともないから、ろくに疲れがとれやしない。

 前世の知識で、忍者はこうやって枝の上で寝ていたなんて話を聞いたことがあるが、いざ自分がやる羽目になると、忍者って言うのは、化物か何かってレベルで凄かったんだなと改めて思い知らされた。

 

 跳躍のたびに、俺の銀髪が朝露を含んだ冷たい風に濡れ、激しく動かしてきた赤いドレスの裾が、汗ばんだ太ももへと容赦なくまとわりついてくる。


 それにしても、やっぱり思ったよりも距離があった。

 だけど、朝日が木々の隙間からまぶしく差し込み、視界が開けたその瞬間、俺の目は歓喜に震えた。

 木洩れ日の向こうに、ようやく、目的の山の麓がその荒々しい姿を現したんだ。


 エレナが連れ去られてから、期日である三日目の、それも昼前にようやく到着した。

 汗ばんで額に張り付いた髪を乱暴にかき上げ、俺は目の前にそびえ立つ山の威容を鋭く睨みつけた。


 ここまでは、こちらの思う通りに事が運んでいる。だが……。

 いざ山道へと一歩足を踏み入れた途端、肌を刺すような空気が一気に張りつめた。

 木々の密度が急激に増し、せっかくの昼の陽光が遮られて、森の影がどろりと濃くなる。

 その真っ暗な木陰の奥で、黒いマントを羽織った不気味な人影が、いくつも慌ただしく動き回っているのが見えた。


 パトロールの数は、麓の比じゃない。俺の視界に入っているだけでも十人は軽く超えている。予想以上だ。

 奴らは腰に物々しい武器を下げ、時折、周囲に向けてじっとりとした魔力探知の気配を放っていた。

 俺はすぐさま太い古木の枝の陰へと身を潜め、完全に気配を断って息を殺す。


「……ここからが本当の本番か」


 低く呟いた声に、いっそうの力を込める。

 右手を下ろし、腰に帯びた魔導剣の柄へとそっと指を這わせた。手のひらに伝わる無機質な冷たさが、(たか)ぶる俺の神経を心地よく研ぎ澄ませていった。


 エレナが囚われているであろう頂上まであと少しだ。

 もう少しだけ待っていてくれ。

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