145話 狂気の再会
森の精霊 アルセイスの案内で歩きながら周囲を見てみるとやはり富士の樹海や三国志の石兵八陣のようにも見えてくる。
こんな場所が自然に発生したとは考えられにくいけど、反対に、この巨大な森全体にかかってるとしたら、今の魔法技術じゃ不可能だと思う。
そう考えてると、森の乙女は立ち止まり、前方に指をさしていた。
どうしたかと思い、彼女の指の先を見てみると、人が、二人倒れてるのが見えた。
うっすらと木の隙間から月光の光が届き、綺麗な金色の髪と白い法衣が見えた瞬間に血の気が、失せる感じがした。
すぐさまエレナの方に走り出しす。
たった数メートルだというのになんでこんなに遅いんだ。
死ぬなエレナ。
他入れている彼女を抱き寄せると体は暖かくここからでも心音が聞こえていた。
一先ずは安心だけど、この時に思い出した。
あと一人倒れていたことに。
そちらの方を見ると連れ去られていたリーニャが倒れていた。
まずは、エレナを揺さぶると起きなかったので、りーにゃもおなじようにゆさぶってみた。
「う……うう~ん」
うっすらとリーニャの目が開いてまずは一安心だ。
「リーニャ無事か?」
「アヤさん。どうしたのですか? あ」
どうやら連れ出されたのを思い出したみたいだった。
「リーニャ、わかることを教えてくれ?」
「ごめんなさい。急に馬車の中に多分男の人が入ってきて……連れ攫われた瞬間に悲鳴をあげたら、何かを嗅がされたと思ったら気を失っちゃいました」
「そうなのか」
そう確認した瞬間だった。
リーニャの目にみるみる大粒の涙が浮かび、唇が震えた。
次の瞬間、彼女は俺の胸に飛び込むように抱きついてきた。座り込んだまま、肩を激しく震わせて泣きじゃくり始める。
温かい涙が俺の服に染み込み、嗚咽が喉の奥から漏れていた。
さっきまで感じていた恐怖が、一気に溢れ出したのだろう。
俺は彼女を突き飛ばすわけにもいかず、そっと頭を撫でながら、背中を軽く叩いてやるしかなかった。
「アヤさん。武器は?」
「あぁ、腰につけてるけど、どうした?」
「い……いえ」
その声が妙に掠れていると思った瞬間、腹の奥底が突然熱を帯び、灼熱のような激痛が腹の中心を抉って全身を一瞬で貫いた。
「あ……っ、うううっ……!」
喉の奥から苦痛の声が漏れた。
視界が真っ白に弾け、息が止まる。
リーニャを突き放した瞬間、膝がガクンと崩れ落ち、俺は片膝をついた。
腹部を見下ろすと、短いナイフが柄の根元まで深々と刺さっていた。
傷口から熱い血がどくどくと溢れ出し、服をあっという間に真っ赤に染めていく。
肺が焼けるような痛みで息が荒くなり、視界が激しく揺らいできやがった。
冷たい汗が額から一気に噴き出し、目に入ってさらにぼやけた。
体が熱と冷たさの間で震え、指先が痺れるように感覚が遠のいていく。
くそ……刃に毒が……!
「武器のありかはわかりませんでしたが、これで良いのですよね」
リーニャはゆっくりと立ち上がった。
その声は震えながらも、はっきりとした決意を帯びて森の奥に向かって響き渡る。
夜の静寂を切り裂くような叫びだった。
俺は歯を食いしばり、腹の激痛に耐えながらなんとか立ち上がった。
まだ気を失ったままのエレナの前に素早く身を寄せ、彼女を守るように立ちはだかる。
視線をリーニャに固定し、睨みつけた。
腹の傷から血が止まらず、熱い血が服を伝って地面にぽたぽたと落ち続け、土を黒く濡らしていく。
「リーニャ……なぜだ?」
「前も伝えたはずですよ。私たちは上の方達には逆らえないんですよ」
「その通りだ!」
リーニャの後ろから、青年がゆっくりと歩み出てきた。
真紅の瞳が、霧の中で不気味に輝いている。この森にぴったりな、底知れない目だった。
リーニャは即座にその場に正座し、深く頭を下げた。
「いい子だね。リーニャ。あと少しで、君の愛おしい人がこちらに来るよ」
「で……では……」
「約束は守るよ。剣は見つからなかったけど、もう時間の問題だからね。そうそう、聖女はまだ起きないよ」
「なにを……しやがった」
「簡単な事だよ。リーニャに頼んで、クロロホルムを染み込ませたハンカチを使わせただけさ」
「なんで、てめえがクロロホルムを知ってやがる……」
この世界に存在しないはずの薬を、なんでこいつは知ってるんだ……?
「やはり君も、俺と同じ存在だったんだなぁ」
男はそう言って、突然大声で笑いだした。
その笑い声は森全体に響き渡り、木々を震わせ、霧を揺らすように広がっていく。まるでこの森そのものが、俺を嘲笑っているかのようだった。
「何が目的だ!」
「毒解除の呪文、使えないだろ? 君のその呪文は精霊から来てるんだろ。呼び出した瞬間、攻撃するからね」
俺は男を強く睨みつけた。
腹の傷がズキズキと疼き、視界の端がまだ少しぼやけている。
何で剣を狙ってやがる……?
「本当にむかつくよね。俺には大層なものをくれないくせに、君は物語の主人公みたいに格好良くて圧倒的で、卑怯だと思わないかい?」
こいつは何の話をしているんだ……?
頭が痛いのに、意味不明な言葉が耳に突き刺さる。
「頭の回転が悪いやつだね。俺が渡されたのは、君みたいなスカッとする主人公みたいな特典じゃなかったんだよ。しかもさ、パートナーでそんな綺麗な女性と一緒でもうやってるんだろ? 本当に二物も三物も与えられてムカつくよね」
奴は俺に向かってべっとりと唾を吐きかけながら、楽しげに演説を続けた。
真紅の瞳が細められ、口元に歪んだ笑みが浮かんでいる。
霧の中でその笑顔が、まるで化け物のように不気味に浮かび上がっていた。
「君が正義の主人公なら、俺は? 同じ存在なのにモブなんて嫌だからさ、寝返っちゃった」
男はそう言って、喉の奥から響くような高笑いを上げた。
その笑い声は霧に包まれた森全体に反響し、木々の葉を震わせるほど大きかった。
笑いが収まると、男は下卑た笑みを浮かべ、俺の身体を上から下まで舐め回すようにじっくりと眺め始めた。
真紅の瞳が胸、腰、太ももへと這うように動き、まるで商品を値踏みするような視線だった。
「このまま君たちをマヒにして、遊ぶのも面白いよね。リーニャの場合は彼の前でやったら本当に面白くてね。彼は血涙を流して、リーニャは、その彼の前で涙を流しながら悦んでいたんだよ」
その時の光景を思い出したのか、男の顔がにたりと歪み、すこぶる嬉しそうな笑顔になる。
一方、リーニャは悲しそうに目を伏せ、肩を小さく震わせながら頭を深く下げたまま動こうとしない。
「そしたら彼は、なんでもするからって言いだしてね。少し実験に付き合ってもらっちゃった」
男の手が、ゆっくりと俺の胸に伸びてきた。
指先が布の上から柔らかい感触を楽しむように這い回り、わざとゆっくりと押す。
吐き気が込み上げて、背筋がぞわっとした。気持ち悪い。
手足が痺れてほとんど動かせず、体が言うことを聞かない。
「今度はリーニャ君が手伝うって言ったからさ。上司が君の持っているミスリルソードをご所望らしくて、色々手を変え品を変え、伯爵なども使ったのにさ。簡単に突破しちゃうから、彼女を使って罠にはめてもらったよ」
森の奥から、また足音が聞こえてきた。
俺は慌ててそちらに顔を向けた。
白い霧の中から、穏やかそうな青年がゆっくりと歩いてくる。
「リーニャ」
「アレックス、無事で……」
赤眼の男はパンパンとわざとらしい音を立てて手を叩きながら、リーニャの方を向いた。
「約束通りに君に返すよ。彼に近づいていいよ」
リーニャは悲しそうな、どこか無理をしたような笑顔を浮かべながら、アレックスと呼ばれた青年に近づいていった。
彼女は、青年の胸にすがるように抱きつき、背伸びをして唇を重ねる。
最初は優しく触れるだけのキスだったが、すぐに深く、必死に絡みつくようなキスになった。
リーニャの指がアレックスの背中に強く食い込み、離したくないとでもいうようにしがみついている。
「無事でよかった……」
「うん……うん」
リーニャは息を荒げながらもう一度、深く唇を重ねた。
その瞬間——
アレックスの体がびくりと激しく震えた。
目を見開き、喉を押さえて苦しげに喘ぎながらリーニャを軽く押し返す。
次の瞬間、彼は膝を折って四つん這いになり、激しく咳き込み始めた。
口から黒っぽい血混じりの液体がどっと溢れ出し、地面に粘つく音を立てて広がっていく。
「アレックス!」
何が面白いのか、赤眼の男は人を馬鹿にしたようにパンパンと大げさに拍手しながら口を開いた。
「そういえば、いい忘れていた。彼は興奮すると……いけなかったんだよね」
「リー……リーニャ……」
アレックスはよろよろと一歩、また一歩とリーニャに向かって歩き出した。
その瞬間——
彼の顔の皮が、まるで薄い膜のようにゆっくりと剥がれ始めた。
肉が露わになり、骨が浮き上がり、皮膚がべろりとめくれ上がる。
アレックスの体がどんどん膨張し、服の縫い目がパチパチと音を立てて破れていく。
筋肉が異様に隆起し、骨格自体が変形するような音が森に響いた。
リーニャは信じられないといった表情でその場に凍りつき、目を見開いたまま動けなくなっていた。
アレックスの手が巨大化し、リーニャの服にがしっと掴みかかる。
布が引き裂かれる音が響き、彼女の服が一瞬でボロボロに破かれた。
露わになったリーニャの白い肌を見た瞬間、アレックス——もはや人間の形を失ったそいつは、
喉の奥から獣のような遠吠えを上げた。
「ぐおoooooooooooooooooooooo!!」
目からは真っ赤な血の涙がどろりと溢れ、地面に落ちる。
その血走った瞳が、リーニャを貪るようにじっと見つめていた。
「リーニャが興奮させるから、変わっちゃったじゃないか!」
赤眼の男は楽しげに笑いながら言った。
リーニャは服を完全に引き裂かれ、ほとんど裸同然の状態で立ち尽くしていた。
白い肌が月光にさらされ、冷たい夜気に震えている。
破れた布の残骸が、かろうじて胸と腰の部分を隠しているだけだった。
彼女は両腕で自分の体を抱くように縮こまり、肩を小さく震わせながらうつむいている。
化け物と化したアレックスは、そんなリーニャの姿を血の涙を流しながら、貪るような目でじっと見つめていた。
その巨大な体が低くうなり、興奮で肩が激しく上下している。
「バムシス様……彼をもとに戻して……!」
「もうこうなっちゃったら無理だって。僕のせいじゃなくて、君たちが興奮しすぎるからだよ。なるほどね興奮するとこうなるのか……ふふ、いい実験になったね」
化け物と化したアレックスは、血の涙をだらだら流しながら、俺をじっと見つめていた。
赤黒く濁った瞳に理性はもう残っていない。
ただ「殺してくれ」と訴えかけているような、狂気と哀れさが混じった目を向けてきていた。
視界が少しずつかすんで、血が止まらずに滴り落ちる。
体が重くて、息をするのも苦しい。
それでも、ここで立ち止まったらダメだ。
俺は歯を食いしばり、月光に輝くグラディウスの柄に手を伸ばした。
血で滑りそうな指を必死に握りしめ、地面を蹴った。
霧の奥に向かって、俺は全力で走り出した。
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