140話 逆転発想の突入方法
放った火炎球は急に消えたわけではない。
あれは完全な絶対魔法防御ではなく、ある程度の呪文レベルを防御する代物なんだな。
だが厄介なことに変わりはない。
手は無いわけじゃないけど、人数差を補うには呪文は欲しいんだけどな。
俺が隣にいるエレナの方に視線を向けようとした、その瞬間だった。
「禁断の知識は使用しないでくださいね」
釘を刺すような声に、早速その使用を考えていた俺は出鼻を挫かれた。
「最近のシビさんは、使用したら危険だとわかっている禁断の知識に頼る傾向があります。術者であるシビさん自身にも深刻な危険が及ぶことは、理解していますよね?」
「そうなんだけどさ、それが一番手っ取り早いかなって思ってな」
「どうしていつも、そうやって自分を犠牲にするのですか!」
俺たちがこうして言い争っている間にも、砦からはかなりの数の矢が放出され続けていた。
だが、そのすべては、シルフの『風の結界』によってパチパチと弾かれ、俺たちに届く前に防がれている。
かといっても、手詰まり感があるのは事実だ。
あそこから先は魔法が無効化されるため突入はできない。
風の結界があるから向こうの飛び道具は通じないが、こちらも同様に魔法は使えないのだ。
弓矢などの飛び道具で応戦しようにも、頑強な砦のせいで無効化されてしまう。
向こうが魔法を使用できる範囲にまで出てくればこちらも使用できるが、多分、敵側も魔法使用エリアまでは出て来ないだろう。
魔法のアイテムだって、エリアでは作動しないはずだからな。
どう攻めるべきか。
そう考えていた時、不意に砦の重厚な門が開き、一人の男が何かをこちらへ放り投げてすぐに中へと戻っていった。
扉が開いた。チャンスだと思い、思いっきり地面を蹴って走り出そうとした、まさにその瞬間のことだった。
直感的に足元に魔法の罠が設置されていることに気づき、俺は全力で後ろへと飛び退いた。
「勘がいいなぁ、嬢ちゃん」
砦の城壁の上から、男が偉そうに言いやがった。
絶対に潰してやるから、今のうちに高みの見物でもしてやがれ。
悪態を胸の内で吐き捨て、覚悟を決めて再度突入を試みた、その瞬間のことだった。
賊がこちらへ向けて投げつけていた何かが、地面に激突すると同時に強烈な光を放つ。
ガチガチと、不快な骨の擦れ合う音が響いた。
解き放たれた禍々しい魔力が一瞬にして五体の凶悪な骸骨兵を形成していく。 人の骨とは明らかに違う、圧倒的な質量を持つ竜骨の軍勢。
行く手を阻むように現れた竜牙機兵の無機質なドス赤く光った眼が、俺達を捕らえていた。
「貴様らがいかに優れた冒険者だとしても、そいつらはな、一般の兵士の数倍は強い。殺さない程度にいたぶってやるぜ」
「シビさんどうしますか?」
「たかが、おもちゃ。五体だろう」
「ですが、竜牙機兵は強力な……」
「だからおもちゃにはおもちゃだよ」
俺は懐から手ごろなガーネットを取り出し力ある言葉を発する。
「《晶石魔像生成》」
俺が宝石を投げつけた瞬間、真紅の光が弾け、ガーネットは瞬時に人間大の人型魔像へと姿を変えた。
無機質な瞳が俺の次の指示を待っている。
「あのおもちゃと遊んでいな」
「あの村で使用した呪文ですわね」
「ああ、宝石の意味合いでいろいろな用途にできる呪文なんだよ。今回は戦闘も得意なガーネットを取り出した」
それでも多勢に無勢だった。
一斉に襲いかかる敵の群れは、ガーネット・ガーディアンの防御の隙を突き、そのうちの一体が鋭い牙の刃を突き立てながらこちらへと肉薄してくる。
俺は、すぐさま腰のグラディウスを鋭く引き抜いた。
空気を切り裂く相手の鋭い縦振りの一撃を、半身を翻して紙一重でかわす。
すれ違いざま、体勢を崩さぬまま得物に全ての魔力と技量を乗せた。
「断轟!」
全てを叩き切る戦士の必殺の一撃が、容赦なく炸裂する。
強固な竜の牙から造られたはずの装甲は、その圧倒的な破壊力と月夜の魔力を浴びたグラディウスを前にして脆くも崩壊し、吸い込まれた刃によって文字通り真っ二つに一刀両断されていった。
加勢をしようと振り返ったときには、すでに勝負は決していた。
満身創痍のガーネット・ガーディアンの足元には、完全に沈黙した四体の残骸が転がっている。
当の魔像は息つく間もなく、そのままの勢いで通路の奥へと前進し、俺が止めるよりも早く『魔法防御地帯』へと突っ込んでしまっていた。
妨害魔力を浴びて動きが鈍くなりつつも、門付近までゆっくりと歩いていき、そのまま完全に動きが止まってしまった。
なるほど、魔力回路を切断するのではなく、減退させて止める仕様のアイテムなのか。
やりようはいくらでもあるが、これなら好都合だ。
「エレナ」
「どうかしましたか? 何か補助呪文を使用しましょうか?」
「俺がアクションを起こすから、突進の準備をしておいてくれ」
「え?」
俺は一歩を踏み出し、走りながら力ある言葉を発する。
「|業火の精霊よ、我が意に従い、敵を焼き尽くせ!」
確かにエリア内の魔力の流れは悪く、消費も普段より激しく感じる。
だが、手のひらに確かな炎のエネルギーが集まっていくのがわかった。
俺はそのまま掌を前へと突き出し、正面の扉に向けて叫んだ。
「火炎流!」
手のひらから炎が奔流となって放たれ、砦の門に向かって猛進していく。
本来なら、こんな至近距離で放てば自分たちまで巻き込まれて危ない。
だが予想通り、炎の勢いは進むごとにどんどん減衰し、威力が減衰していく。 それでも完全には消滅することなく、限界まで凝縮された炎が門に激突した。
凄まじい爆発音が轟き、爆風と煙が収まるころには、頑強だった門は完全に破壊され尽くしていた。
「減衰を逆に利用しただと、狂ってるのか!?」
賊の頭領が城壁の上から何やら喚いているが、ちんたらやるのは俺の性分じゃない。
手っ取り早く楽にやりたいだけだ。
「シビさん、無茶しすぎですわ!」
「大丈夫だ」
「何がですの!?」
「きちんと計算してから撃ってるから、自爆なんてしねえよ」
俺は、長い銀髪が胸元に触れるのを少しだけ照れながら、それを手で払うように跳ねのけた。
「待たせたな」
壊滅した門から中へ足を踏み入れると、賊たちは大パニックでバタバタと走り回っていた。
まさかこの防衛線を突破して入ってこられるとは、夢にも思っていなかったのだろう。
動揺の隙を逃すつもりはない。
俺は月夜の魔力を帯びたグラディウスを順手に握り直し、一歩を踏み出した。
「エレナ。時間もかけたくないからすぐに終わらせるぞ」
エレナの方に視線を向けると、昨日からずっと浮かべていた心配そうな影は消え、いつも通りの涼しげな表情に戻っていた。
「わたくしたちの心配は杞憂でしたわ」
「だから言っただろう? 一人でもなんとかなるって」
「シビさんの実力自体に不安はございませんわ。ただ、最近は少しお身体の不調があったようですから、細心の注意を払っていただけですわ」
「あぁ……」
その言葉を背に、俺は再び大混乱の渦中へと身を投じた。
そこからは完全に、俺達が戦場を支配する無双状態だった。
だが、どういうわけか、刃でとどめを刺そうと踏み込む瞬間に限って、敵の動きが妙に早く感じられる。
俺の感覚が狂っているのか、それとも別の原因なのかはわからなかった。
「チッ、生存本能だけは一人前かよ……!」
深く踏み込むのを諦め、俺は咄嗟にグラディウスの柄頭を突き出し、肉薄してきた賊の鳩尾を正確に打ち抜いた。
ガハッ、と短い悲鳴を上げて崩れ落ちる男を蹴り飛ばし、次の一人の膝を払う。 一撃必殺の刃が届かないなら、戦闘不能にしていくだけだ。
柄を使った打突で悶絶させ、骨を砕き、確実に戦闘不能へ追い込んでいく。
命の危機にだけは異常な反応を見せる敵のしぶとさに、俺は内心で毒づきながら、さらに深くへと切り込んでいった。
城壁の上に辿り着くと、そこにはターバンを巻き、ギラリと光る曲剣を構えた頭領が待ち構えていた。
「まさか女二人に攻め落とされるとは、貴様ただの冒険者じゃないな」
「ただの冒険者だよ」
そう言った瞬間、頭領が何かを投げつけてきた。
不意を突かれた暗器が俺の頬を浅く裂き、銀の髪を数本宙へ散らした。
俺が咄嗟にかわした直後「シビさん!」頭上から凄まじい殺気が迫った。
いつの間に跳躍したのか、頭領が曲剣を振り下ろしながら、真上から一直線に斬り込んでくる。
俺が地面を蹴って身体を捻った瞬間、その刃が肩先をかすめ、熱を帯びた痛みが走ってきた。
空中から勢いのまま斬り込んできたせいで、頭領の身体はそのまま俺の間合いへ飛び込んでくる。
がら空きになったその胴体へ、俺は容赦なく手を伸ばして無防備な肉体に直接触れ、力ある言葉を発した。
「爆裂!」
凄まじい爆発音が鳴り響き、ゼロ距離の衝撃で頭領は城壁の上を激しく転がっていった。
黒煙の中、頭領は血の混じった唾を吐き捨てながら、ふらつきつつ立ち上がった。
「が、はっ……化け物、め……」
「シビさん、大丈夫ですか!?」
少し後ろからエレナの声が聞こえた。
「貴様ら偽善者なんかには負けはしねえ!」
頭領は死に物狂いで突っ込んでくる。
俺は冷徹にその懐へ踏み込み、グラディウスを全力で振り抜いた。
手応えは確かにあった。
頭領の身体が吹き飛び、地面に激しく叩きつけられる。
……今度こそ仕留めた。
そう確信した瞬間、倒れたはずの頭領が、ゆっくりと顔を上げた。
「ははは……人が切れぬ腰抜けにやられるなんて、俺も焼きが回ったもんだぜ!」
頭領は震える手で腰に差してあったナイフを引き抜き、自らの喉を深々と掻き切った。
ドクドクと赤黒い鮮血が噴き出し、激しく身悶えしながら崩れ落ちる。
「……その甘っちょろい生き方を続けている限り……次はお前がこうなる……」
最後に、呪詛に満ちた言葉を遺して、頭領は事切れた。
「やはり……」
エレナの不安そうな声が、俺の背中から聞こえてきた。
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