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【5部開始】転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~  作者:
3章 不安定

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139話 血の月と盗賊の砦

 明朝、俺とエレナはすぐさま出発することに決めた。

 本来ならば夜を待って動けばいいとも思ったが、時間の猶予のなさや、他の懸念もあった。


 俺一人ならいつも通り、夜の闇に紛れて潜入すればいいだけの話だ。

 だが今回に至っては、エレナが、俺の単独行動に対してどうしても首を縦に振らなかった。


 ここ数日間の不調や悪夢の件で、よほど心配をかけているようだった。

 いくら大丈夫だと言っても納得してもらえる気配はなく、これ以上押し問答で時間を無駄にするのも馬鹿らしい。

 結局、俺が折れるしかなかった。

 もう一つの懸念点は、他の村でも同じような略奪が行われている可能性があることだった。


 むしろこちらの方が問題だろうという結論に至り、村から無事な馬を一頭借りて、二人乗りで先を急ぐことになった。


 幸い、俺にしてもエレナにしても軽装なため、馬への負担が最小限で済むことだけが、唯一の利点なのかもしれない。

 それにしても、馬というのは本当に乗り心地が悪い。

 不規則に揺れる馬の背に揺られながら、俺は初めて騎乗した時の散々な記憶を思い出した。

 前世にいた頃は、ファンタジー小説の騎士のようにもっと優雅で乗り心地のいいものだと思い込んでいたのだが、現実は全く違っていた。

 お尻は痛くなるし、全身の筋肉が強張る。

 実に意外なほど無骨な乗り物だった。

 

 さらに言えば、今回はすぐ後ろにエレナが乗っている。

 俺の腰に回された彼女の細い手の感触や、馬が揺れるたびに、背中に絶えず押し当てられる柔らかい肉体の感触のせいで、じわじわと変な気持ちが襲ってきた。


 村の惨状を見て、これからの戦いに備えなきゃいけない。

 そんな余裕なんてこれっぽっちも無いはずなのに、こういう欲ばかりは頭の命令を無視して本能的に湧き上がってくる。

 流石は人間の三大欲求とはよく言ったものだと変な感心までしてしまう。


「わがままを言って申し訳ありません、シビさん」

「だったら、謝るくらいなら大人しく納得してくれよ」

「……ですがシビさん、ご自分でも不安定になっていること、お気づきのはずですわ」


 馬の背に揺られながら、俺は背後からのエレナの言葉を苦い気持ちで聞いていた。

 実は、一昨日あたりから生理が始まっていて、ただでさえ最悪なコンディションがさらに底を突いていたのだ。


 たまに目まいでふらつくし、下腹部は雑巾を絞られるように痛む。

 おまけに下着にはべっとりと血がつくわで、とにかく気分がどこまでも落ち込んでくる。

 俺としては毎回思う。

 世の中の女性は毎月こんな理不尽な痛みに耐えて生きているのかと思うと、本当に頭が下がる思いしかなかった。


「不安定なのは……その、せ、生理が始まってる、からだよ……」


 消え入りそうな声で白状すると、自分の顔が耳の裏まで真っ赤になっていくのが、恐ろしいほどよく分かった。

 こんなシリアスな状況で、一体何をやっているんだと自分が情けなくなる。


 だが、俺の背中に回されていたエレナの手が、優しく円を描くように動き始めた。同時に、彼女の清らかな祈りの声が、馬の足音に混じって耳元に届く。

 祈りが終わる頃には、不思議と下腹部の重い痛みや、貧血特有の頭のふらつきが、潮が引くように収まっていくのが分かった。


「エレナ……?」

「本来、それも自然の(ことわり)ですので、神聖魔術で無理に抑えるようなことは行いません。ですが……今回は事情がありますので」


 あまりの快適さに、これから毎月これを使ってもらおうかと密かに企んだのだが、口を出す前に、ぴしゃりと釘を刺されてしまった。


「エレナはさ……毎回そう言って、自分にもその呪文を使ってるんじゃないのか?」

「わたくしは、お話を聞く限りだと軽い方ですので。まあ、多少の痛みはありますが、薬師(くすし)様からいただいたお薬で十分ですのよ?」

「薬……?」

「あ、はい。ご存じなかったのですの?」


 それは完全に初耳で、俺は目を見張った。

 もしかして、その薬とやらがあれば、呪文を頼らなくても毎月のこの地獄から解放されるのではないか。


「今は馬車の中に置いてありますので、村に戻ったら少しお分けいたしますわね」

「……頼む」


 最初から恥ずかしがらずに、彼女に相談しておけばよかったと今更ながらに痛感する。

 何はともあれ、呪文のおかげで本当に助かった。

 こちらの世界に転生してから数ヶ月が経つが、今回が間違いなく一番痛くて堪え難かったから。

 痛みが引いたことで、俺たちはそのまま馬を走らせ続けた。

 道中で一泊の野宿を挟み、やがて目的の森の近くへとたどり着く。


「……あれか」


 思わず声が漏れる。

 森の奥。木々に半分飲み込まれるみたいにして、巨大な砦が姿を見せていた。

 高い外壁には太い蔦がびっしり絡みつき、石壁の隙間には苔が広がっている。

 長い間、人の手が入っていないのが一目で分かった。

 けれど、崩れているわけじゃない。

 むしろ、森そのものを取り込んで残り続けたみたいな、不気味な迫力があった。


 俺は細く息を吐きだした。

 ……正面から突っ込むのは、かなり面倒そうだ。

 それにエレナに痛み止めの呪文をかけてもらったとはいえ、やはり出血に伴う根本的な気だるさまでは消えないらしく、俺の身体は鉛のように重く感じられていた。


 木陰に馬を繋ぎ、俺たちは砦の手前にある茂みの影に身を潜めていた。

 それでも、俺が一人でこの砦に乗り込むことを、エレナは絶対に賛成はしないのだろう。

 賛成するぐらいなら、わざわざここまで付いてこず、最初から俺一人で済む話だからな。


 いっそのこと、頭上から広範囲攻撃の隕石雨(メテオ)でも叩き落として、この不気味な建造物ごと消し去ってやろうか。

 ……いや、他の村を襲って拉致してきた村人たちが、もし中に囚われていたらシャレにならない。

 巻き添えにするわけにはいかなかった。

 岩に背を預け、身体の重さに耐えながら俺がそんな風に思案していた時だった。


「まずは交渉してはいかがですか?」

 隣に立つエレナが、静かに、けれど強い意志を込めた瞳で俺を見つめてきた。

「話し合いが済む相手じゃないぜ」

 俺は視線を砦に戻し、苦々しく吐き捨てた。あんな残虐な略奪をするような奴らに、まともな言葉が通じるとは思えない。

「ですが」

「一番いいのは俺が潜入することだとは思うんだけど」


 気配を殺して忍び込み、内部から一人ずつ片付ける。

 いつも通りの確実な方法が一番のはずだ。


「何かが起きたら、助けることが出来なくなりますわ」

 エレナは一歩も引かず、金の錫杖を握る手に力を込めた。

「今までは納得してくれたじゃん。グランベルクの時とか」

 かつての事を思い出して俺が抗議すると、彼女はさらに険しい表情でこちらを見つめてきた。


「あの時と今では状況が違いますわ。ここ最近の不調に加えて生理まで起きてます。万全のコンディションと同じように言われても困りますわ」


 おっしゃる通りで。

 他ならぬ俺自身、アウリス神の援助があるにしても、身体の重さを自覚しているだけに、言い返す言葉が何も出てこなかった。


 夕焼けに染まった砦は、不気味なくらい赤かった。

 石壁に絡みついた蔦まで赤黒く見えて、まるで砦そのものが血を吸って脈打っているみたいだった。


 俺は、思わず眉を顰める。

 ……なんというか、あまり近づきたくない。

 あの砦、血に飢えてるみたいで、正直かなり嫌な感じがした。


 俺たちが砦に近づくと、鋭い音を立てて一本の矢が足元に突き刺さった。

 威嚇だな。

 狙いは大きく外れているが……もし何十本も同時に降ってきたら、腕の良し悪しなど関係なくなる。

 それが弓矢の恐ろしいところだった。


「何しに来やがった!」


 砦の壁の上から、野太い声が響き渡った。

 俺が一歩前に出ようとした瞬間、エレナが俺の腕をそっと押さえ、凛とした足取りで前に出た。


「わたくしは、南東の村から来た者ですわ」


 上からねばつくような、品定めするゲスい視線が降ってくる。

 エレナはそれを真正面から受け止め、声だけは揺るがずに言葉を続けた。


「こんなことをして、どうなりますの? 欲望のまま力づくで奪うものは、より強固な力で奪い返されるものですよ。あなた方も、生まれはわたくしたちと同じですの。今ならまだ……」


 おいおい、この状況で説法が始まったか……。

 しかし意外なことに、賊たちは遮らず、嘲るような笑い声を漏らしながらも聞き続けていた。


「ですので、もし恥じらいと後悔がおありなら、わたくしもお手伝いいたしますわ」


 その言葉が終わらないうちに、砦の上から下品な笑いが爆発した。

「おい、聞いたか? お手伝いだってよ!」

 レザーアーマーを着込み、頭に赤いバンダナを巻いた三十代くらいの男が、ニヤニヤと歯を剥き出して部下たちに言った。あいつがボスだろう。

「どんなお手伝いでしょうか、ボス。おれ、あの女僧侶をどうにかしたいんですけど」

「あぁ、それも楽しそうだな。これまでも大層なことを言っていた僧侶がいたが……最後はどうなったと思うよ、そこの僧侶ちゃん?」

 ボスが下卑た笑みを浮かべてエレナに水を向けると、彼女は微塵も怯まずに答えた。


「もちろん、信心深く……」

「あぁ、信心深く『呪って』たぞ! そして最後には快楽に溺れて、俺たちなしじゃいられねえ体にしてやったぜ! ガハハハッ!」


 下品極まりない笑い声が、夕闇に響き渡った。

 俺はもう、聞いているだけで胃がむかむかしてきた。

 耐えきれず、エレナの肩に手を置き、彼女を後ろへ引きながら前に出た。


「だから言っただろう? あいつらはもう、けだものと同じなんだよ」

 俺がグラディウスの柄に手をかけた途端、ボスの視線が鋭く俺に向けられた。

「へっ、俺はむしろあの銀髪の方が好みだな。あの勝気な女が、何人もの男に犯されて、心が壊れていく姿……最高のショーになるぜ!」


「なぜ……こんなことを!」

 エレナの声が、初めてわずかに震えた。

 その瞳には、激しい憤りと、深い哀しみが混じり合っている。


「ふん、貴様ら僧侶様とそのお供は、さぞかしいい暮らしをしてるんだろうよ。俺たちみたいな『魔力無しの生まれ』にゃ、尊厳なんて最初からねえんだ。だったら奪われたものを奪い返すのは当然だろ?」

 ボスは吐き捨てるように続けた。

「先ほど金髪の嬢ちゃんが言った通りだ。力で奪われたら、より強固な力で奪い返す……それが自然の理なんだろう? お前の言う通りじゃねえか!」


 エレナは愕然とした表情で顔を落とした。

 同じ人間の口から出た、あまりにも醜悪な言葉と歪んだ憎悪に、心を抉られているのがわかった。


 ……もう、話し合いは終わりだ。

 俺は、魔力を練り上げ、力ある言葉を放った。


火炎球(ファイヤーボール)


 両手の間に生まれた真っ赤な火球が、唸りを上げて夕闇を裂いた。

 灼熱の炎が砦の門に向かって一直線に飛ぶその瞬間だった。

 ドンッ、という重い衝撃音が響いたかと思うや否や、火炎球は爆発することが無かった。

 炎を撒き散らすこともなく、まるで熱を奪い取られたように一瞬で色を失い、白い霧となってかき消えた。


 俺の目が大きく見開かれた。

「絶対魔法防御……だと……っ!?」

 背筋に、凍りつくような悪寒が走った。

 完全に魔法が無効化されるタイプだとしたら、最悪だ。

 俺も、エレナも、魔法が一切使えなくなる。

 この状況で、二人だけで砦に突入するなんて自殺行為に等しい。

 頭の中で最悪の展開が瞬時に広がっていく。

 くそ……やっぱり最初から隠密で潜入しておくべきだったのか……!

 その時、エレナが素早く俺の袖を引いた。


「いえ、違いますわ。完全な無効化ではありません。ある程度の規模の魔法だけを消滅させる、対抗型の結界です」


 彼女の冷静な声に、俺はハッと我に返った。


「ほう、詳しいな!」

 砦の上からボスの勝ち誇った声が響き渡る。

「この魔法大陸で、魔法を防ぐ手段も考えずに賊なんてやってるとでも思っていたのか? ガハハッ!」


 上から響くボスの勝ち誇った声が、俺の胸に重く突き刺さった。


「ほう、詳しいな! この魔法大陸で、魔法を防ぐ手段も考えずに賊なんてやってるとでも思っていたのか?」


 ……確かに、そんなアイテムがあったな。

 飛んでくる魔法を自動的に感知して軽減・消滅させる、高価な対魔法道具。名前までは思い出せないが、厄介な代物であることだけは確かだ。


 それに、さっきの奴らの言葉が本当なら、拉致された村人たちがこの砦の中に囚われている可能性が極めて高い。

 となると、広範囲を巻き込むような高位魔法はほぼ使えない。

 おまけに俺の身体は、生理の重い気だるさと貧血で鉛のように重く、緻密な魔法制御なんてとてもじゃないができない。

 このコンディションで……二人だけで砦を制圧するのか?


 シャラララッ!

 頭上から無数の矢が、一斉に雨のように降り注いだ。

 俺は咄嗟にウインディーネを呼び、大気を激しく操った。

 風の壁が俺たちを中心に渦を巻き、迫り来る矢をことごとく弾き飛ばす。

 金属音と風切り音が周囲に響き渡り、地面に何十本もの矢が突き刺さった。


「おいおい、あいつ! グラディウス持ってるから戦士かと思ったら、まさかの魔術師様じゃねえか!」


 ボスが大笑いしながら叫ぶ。


「だがよぉ、この『魔術師殺しの砦』を崩せるかな? さあどうする? それとも俺たちに降伏するか? そうすりゃ痛い目見せねえから、気持ちよくしてやるぜ! ガハハッ!」


 下品な笑い声が砦全体に響く中、俺は下品な挑発を無視して隣のエレナに視線だけを向けた。


「……エレナ。アウリス神の援護は、あの中に入っても使えるか?」

「できますわ。ただし、アウリス様の加護による援助魔法が中心になってしまいます」

 エレナの声は静かだったが、そこに迷いはなかった。

「それで十分だ。……なら、害虫駆除と行くか」


 俺はグラディウスの柄を強く握り直した。

 冷たい金属の感触が、わずかに残る手の震えを抑えてくれる。

 夕闇に染まる不気味な砦を正面から見据え、俺とエレナは、二人だけでその攻略に踏み切った。

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