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【5部開始】転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~  作者:
3章 不安定

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137.5話 エレナとイザベラのお話会

 木々に囲まれた、少し開けた場所。

 ハンスさんが馬車を止め、今日はここで夜を過ごすことになった。

 見通しが良く、守りに適した落ち着く場所だった。わたくしが守護の呪文を幾重かに重ねて展開すれば、今夜は皆、安心して目を閉じることができると思う。


「アウリス様、ありがとうございます。今日もこうして無事に旅を終え、あなたに見守られながら休息を得られることに感謝いたします……」


 胸元で手を組み、神への祈りを捧げてから、ふと視線を落とした。

 そこには、寝袋に身を包んで横になっているシビさんの姿があった。

 ようやく訪れた、深い眠り。その安らかな寝顔を眺めていると、胸の奥の塊が少しだけ解けていくような気がした。


 ――けれど。

 やはり、今のシビさんはどこか「おかしい」。

 あの伯爵令嬢を救い出したあの日から、シビさんは一度も熟睡できていないはずだ。

 皆さんも、口には出さずとも彼女のことをひどく心配している。

 けれど、わたくしに一体何ができるというのだろう。

 あの人のことだ。たとえ問い詰めたとしても、きっと何事もないように、いつものように、笑みを浮かべて受け流してしまうに違いない。


「エレナさん」


 背後からかけられた落ち着いた声に、私は小さく肩を揺らした。

 振り返ると、そこにはイザベラさんが立っていた。


「イザベラさん……まだ、お休みになっていらっしゃらなかったのですか?」

「ええ、多分寝ているのは、シビさんとリーニャだけだよ」


 彼女は私の隣に静かに腰を下ろした。揺れる炎が彼女の眼鏡の縁を赤く縁取っている。


「何か心配事ですの? わたくしでお力になれることなら、お聞きしますわ」

「わかっていて、そういう言い方は卑怯だと思うよ」

「シビさんですわね」

「ええ。私は二人と旅をするのが初めてだから。彼女は、いつもあんな感じなのかい?」


 私は夜の風を感じながら、口を開いた。


「そうですわね。いつものシビさんでしたら……よく食べ、よく寝ることが何より必要だと言って、誰よりも先に休息を取る方ですわ」

「へぇ。それであんなに素晴らしいスタイルを維持しているのかい?」

「ふふ、どうでしょうか」


 私は思わず口元を隠して笑った。

 だが、イザベラさんの表情はすぐに真剣なものへと戻った。


「あんなに神経が過敏になっているシビさんを見るのは、わたくしも初めてですわ。ドランの街に入るまでは、もっと……なんていうか、いつも余裕たっぷりという感じでしたから」

「何かがあったと見るのが妥当だね。何か思い当たることはないかい?」

「そうは言われましても、何があったのかは既にお伝えした通りですわ。わたくしたちが伯爵令嬢を助け出した、あの時のこと……」

「ああ、聞いたよ。私たちが祭りの準備を楽しんでいる間に、二人があの凄惨な場所に踏み込んだ話だね。捕まっていた人たちの服も、ひどい有様だったからね?」

「ええ。女性は見るに堪えぬ凌辱を受け、男性は無残な拷問の末に転がっていました。……ですが、それが原因だとは思えません。シビさんは、あんなの比じゃないくらい、きつい現場を何度も経験してきていますから」


 どうやら今夜は、イザベラさんも眠る気がないようだった。

 わたくしも徹夜で見張りをするつもりだった。


 火を整え、コーヒーを淹れる準備を始めた。

 香ばしい豆の香りが、夜の空気にゆっくり溶けていく。

 わたくしは湯を落とす手元を見つめながら、これまでの旅について、ぽつりぽつりと彼女に語り始めた。


「流石に、シビさんと出会ってから、全部の話をしていては何日もかかってしまいますが、こんな感じでしたわ」

 わたくしがそう締めくくると、イザベラさんは焚き火の爆ぜる音に耳を傾けながら、深く頷いた。


「よくわからない話もあったけど、二人があの噂の城壁に行って帰ってきた二人だったとはね。だから闘技祭でもあんなに強かったんだね」

「シビさんは、わたくしと出会う前から強いのですが、少し自己犠牲というか無茶も多いので。ピンチも多いですが」

「自分が何かあってもエレナさんが、フォローしてくれるから安心しているのではないのかい?」

「ですが、何事もないのが一番ですわ」

「そうはいっても戦闘だからわからないところはあるよね」

「そうですわね」

「そういう所は商売と同じだね」

「同じですか?」


 意外な例えにわたくしが首を傾げると、イザベラさんは眼鏡を指先で直しながら続けた。


「いくらリスクを減らしても何があるかわからないしね」

「商品の価値が0になったら危険ですものね」

「そういう事だね。物が無ければ、商人として致命的だからね」

「目的地に着くまでは護衛はしっかり致しますわ」


 わたくしがそう告げると、イザベラさんの眼鏡が月光を反射し、少し怪しく光った感じがした。

 彼女は何かを推し量るように言葉を続ける。


「聞く限りだと、確かに今回の話はひどかった。けれど……それよりもひどい話も多かったわけだろう?」

「どうかいたしましたか?」

「いや……そんな事はないだろう?」

「?」


 イザベラさんが急に何かに気づいた感じで悩み始めた。

 その眉間には深い皺が寄り、何かの矛盾を必死に埋めようとするかのように、険しい表情で考え込んでいる。

 何かを言いかけ、けれど適切な言葉が見つからないのか、薄い唇を何度か震わせる。

 

 香ばしい豆の香りが、夜露に濡れた冷たい空気をふんわりと押し広げる。

 イザベラさんは何かに気づいたのか? あるいは必死に「帳尻」を合わせようとするかのように、視線を彷徨わせていた。


「多分、思い過ごしだと思うよ」

「それをお聞きいたしましても?」


 私の問いに、イザベラさんは視線を彷徨わせたまま答えた。

 もしかしたら、ずっと一緒にいる私には当たり前すぎて気づかないことでも、外から加わった彼女たちだからこそ見えるものがあるのではないかしら。


「エレナさんは……人を殺したことは?」

「あまりありませんが、やはりこのような身を置いておりますと、数えきれない方を。聖女などと呼ばれておりますが、わたくしの手は十分に血で汚れておりますわ」

「……ですわね」


 冒険者である以上、人の命を奪う場面にはどうしても直面してしまう。

 僧侶としてのわたくしの実力が至らないせいかもしれません。

 もっと徳の高い方ならば、説法だけで事を収められるのでしょうけれど。

 わたくしは、まだその領域には遠いのです。


「何か、引っかかるのですの?」

「エレナさん。彼女――シビさんが人を殺したところを、今まで見たことはあるかい?」

「人と戦うこと自体がなぜか少ないですので。うーん……そういえば、戦闘不能に追い込むまでは何度も見ておりますが、明確に命を奪ったところを見るのは、例外はありますが、今回が初めてかもしれませんわ」

「例外は無かったのかい?」

「人ではなくなったもの、でしょうか。分かりやすく言えば、闘技祭でのギガス戦のような相手ですわね」


 イザベラさんの眼鏡の奥の瞳が、鋭く光った。


「あれほどの戦士が、本当にそんなことがあり得るのか……?」

「まさか、イザベラさんが危惧していらっしゃるのは……」

「ああ。もしかしたら彼女、今回が『初めて』だったんじゃないのかい?」

「そんなことが、ありますの……?」


 私は絶句した。あんなに危険な場所を乗り越えている彼女が?


「いや、わからないね。あんたらと知り合ってまだ二週間くらいだしさ。……でも、もしそうなら」

「確かに、初めて人を殺めるのは心を痛めるものですが、あそこまで……病んでしまうものなのですか?」

「本当は、心を痛めた方が人間として正しいのかもしれない。でもこの世界では、人の死は近いところになるしね」

「……ですわね」


 イザベラさんの危惧通りだとしたら、今のわたくしにできるのは、ただ見守ることしか出来ないかも。

 けれど、それは時間が解決してくれるものなのかしら?

 このままの状態では、ミスリルソードを守り抜くことも、紋章にまつわる事件を解決することも叶わないでしょう。

 もし北の山まで行っても症状が改善されないのなら……わたくしも、ある「決断」をしなければなりません。

 まだ確証はありませんが、もし彼女の言う通りだとしたら、シビさんは戦闘者として致命的な欠陥を抱えてしまったことになると思う。


 今日の盗賊たちは、彼女の攻撃を自力でかわしたのではない。

 シビさんが無意識に、致命傷にならない場所を狙った。あるいは、引き際で無意識に動きを鈍らせてしまった。

 寝袋の中で微かに眉を寄せるシビさんの横顔を、わたくしは祈るような心地で見つめることしかできなかった。


 本当なら、旅はここまでにして大公閣下に連絡を入れ、依頼を破棄すべきなのかもしれない。

 司祭長に事情を話し、別の者に引き継いでもらうのが、きっと正解なのだ。

 シビさんは、決して納得しないでしょうけれど。


「目的地までは、あとどのくらいかかりそうですか?」

「そうだね、早くてひと月。普通ならひと月半というところじゃないかな。ハンスならもっと正確だろうけど、荷物もあるし、賊に絡まれて足止めを食らう率も高いからね」


「……やはり、そうですわね」

「依頼の破棄を考えているのかい?」


 イザベラさんの問いに、私は小さく頷いた。


「最悪の場合は、そうですわね。あと一ヶ月は様子を見ようと思いますが、それで改善されないのでしたら、各方面に連絡をして判断を仰ぐつもりです」

「まあ、そこらへんは私たちが口を出すことじゃないからね。……彼女は、大切にされているね」

「大事なパートナーですもの。でも、そこまで心配はしていないのですよ」

「どうしてだい?」

「きっと彼女なら、今まで通り乗り越えてくださると信じていますから」


 イザベラさんに笑顔で返したその時、空の色が星々の瞬く暗闇から、日の出前の柔らかな紫色に染まっていることに気づいた。……そろそろ、シビさんを起こさなくては。


「シビさん。起きてくださいまし」


 また、嫌な夢を見ているのでしょうか。

 彼女の額にはうっすらと汗が浮かび、小さくうめき声を漏らしている。

 わたくしはその熱を冷ますように額を撫でながら、もう一度声をかけた。

 すると、シビさんはまだ寝ぼけた様子で、わたくしの顔を見た瞬間に勢いよく抱きついてきた。


「あ……あのア、シビさん?」

「――っ!」


 わたくしの声で現実に引き戻されたのか、シビさんは顔を真っ赤にして、弾かれたように離れてしまった。


「エ……エレナ。ごめん、少し寝ぼけてた」

「大丈夫ですわ」

「っていうか、もう夜明け前じゃん。なんで起こさなかったんだよ」

「イザベラさんとお話ししていたら、いつの間にか時間が経ってしまって」


 シビさんはぎこちなくイザベラさんの方を向き、「今の見てたのか?」と言いたげな、ひどく恥ずかしそうな顔をしていた。

 本当に、こういう仕草は卑怯ですわ。

 普段は男勝りな口調や行動が多いのに、ふとした時に見せるこういう可愛らしさは、同性のわたくしから見ても……。

 シビさんが不調な時は、わたくしが支えます。

 これもきっと、アウリス様が与えた試練の一つ。あなたなら、きっと乗り越えられると確信しています。

 頑張ってください、シビさん。

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