137話 違和感のある戦闘
めちゃくちゃ眠いけど、寝たくはなかった。
またあの夢を見るぐらいなら、仮眠で十分だけど、こういうお約束は本当に慣れない。
首都から離れれば離れるほど何でこうも盗賊が現れるんだ?
「何でこうも盗賊が多いんだ?」
「それは仕方ないですよ」
隣で馬を操っているハンスがそう言ってきた。
なにが仕方ないんだろう?
だるそうにハンスを眺めてみた。
「シビさん。美人に見られるのはうれしいですけど、めちゃくちゃ眠そうですね」
「なんか寝つきが悪くてね。じゃなくて、何が仕方ないの?」
「シビさんって商人の護衛とかしたことないですよね」
「ない。大体が退治だったし、最近は巻き込まれながら報酬もらってる感じ」
「いかにも商人の馬車一台で走ることって基本ないんですよ」
「そうなの?」
「商人の馬車が二、三台に、騎乗した傭兵が数人。それとは別に護衛の馬車が一台ほど用意されます」
「そんなにいたら進まないじゃん」
「そりゃそうですよ。基本それでも首都と貴族様たちの街の交通ですので遠いところだと一か月ぐらいかかります」
ヤバい眠くて頭が回らん。
何が言いたいんだろう?
「だから商人風の馬車一台で動いている。そしてそこまでスピードが出てないとしたら、賊は商人がまともに護衛を付けてないと思うわけなんです」
「もしかしてカモネギって事?」
「なんですかそれは? エレナさん達知ってますか?」
幌の中にいた全員がわからなかったみたいだった。
「あ~ごめん。カモがネギをしょってくると言って、カモ……つまり焼いて食べると美味しい鳥が、わざわざ自分を美味しく調理するためのネギまで背負ってやってくることだよ」
眠い目をこすりながらそう言うと、ハンスは一瞬きょとんとした後、納得したように手を叩いた。
「なるほど。獲物がわざわざ味付けの準備までして、自分から食卓に飛び込んでくるって意味ですか。……それは確かに、盗賊からすれば笑いが止まりませんね」
「だよなぁ? 今の俺たちは、奴らからすれば『どうぞ奪ってください』って看板出して走ってるような感じ」
幌の隙間から外を覗くと、街道の先はうっそうとした森が続いている。
いかにも「ネギを背負ったカモ」を狙う連中が潜んでいそうな雰囲気だ。
「納得しました。そんなことわざがあったなんて初めて知りましたよ。さすが大陸の人は言うことが違いますね」
エレナも知らなかったってことは多分この世界では広がってないことだろうな。
「シビさんそろそろ交代の時間ですわ」
エレナがそう言ってきたけど、多分まだ早いはずだ。
時間の感覚ってやつがいまいち慣れてないけどそんな気がする。
「まだ早いだろ?」
「ですが……今日は、襲撃が多かったので、見張りもかなり神経を使っていると思います。なにより目に隈ができていますので、少しお休みになってください」
幌の中のエレナを見てみるとすごく心配そうな顔でこちらを見て、何も言えなくなり、素直に従った。
目をつむり、横になっているけどあんな夢はもう見たくない。
きっとまた眠ればあの夢が、襲ってくるのだろう。
だったら仮眠で十分だと思う。
生前働いていた時も、朝4時起床で帰宅は23時なんてざらだった。
こんな罪悪感も時間がたてば忘れられる。
「今日も長旅になりそうですよね……。早く村に着きたいです」
リーニャが大きく欠伸をしながらこぼした独り言。
「あと三日ほどはかかるわね。油断は禁物よ。特にこの辺りは……」
イザベラが眼鏡のブリッジを押し上げ、どこか遠くを見つめるようにそう告げた。
その直後、張り詰めた叫びが馬車の中を貫いた。
「みんな、気をつけてください! 前方に人影が七人……道を塞いでいます!」
御者台からエレナの緊張した声が響いた。
俺は幌の中で体を起こし、隙間から前方を睨んだ。
木々の影から這い出てきたのは、薄汚れた革鎧を着込んだ男たちだった。
手に剣や斧を握り、明らかに商人を狙った盗賊の集団だ。
「ど、どうしましょう……っ」
隣に座るリーニャの声が、情けなく震えていた。
見れば、彼女は自分の肩を抱きしめるようにして、小刻みに震えている。
そんな彼女の震えを止めるように、イザベラが迷わずその細い身体を自分の方へと引き寄せた。
「大丈夫よ、リーニャ」
イザベラは怯えるリーニャを包み込むように抱きしめる。その横顔は落ち着いてはいたが、眼鏡の奥の瞳には隠しきれない緊張が走っていた。
俺は腰のグラディウスに手をかけた。冷たい柄の感触が掌に馴染む。
昨夜の悪夢の残り香が、まだ指先にまとわりついている気がした。……だが、俺の個人的な感傷なんて、目の前の連中にはこれっぽっちも関係のない話だ。
俺は幌から身を乗り出し、御者台のハンスに声をかけた。
「ハンス、馬車を止めろ。速度を落としてそのまま待機だ」
「出るんですかい!?」
「ああ。荷物と五人を乗せてるんだ。このまま走らせてもどうせ追いつかれるし、運良く逃げ切れたとしても、その前に馬がへばっちまう」
俺の判断に、ハンスは短く息を吐いて頷いた。
「……了解です。あとはお願いしますぜ」
「任せておけ」
ハンスが手綱を強く引くと、軋む音を立てて馬車が減速し、やがて完全に停止した。
私は幌から地面へと飛び降り、腰のグラディウスをゆっくりと抜き放つ。
「エレナは後方待機。回復は任せた。ハンス、もし危険だと思ったら構わず馬車を走らせろ。そうなっても、俺ならすぐに追いつける。イザベラとリーニャも、中で大人しく待っていろ。……すぐに終わらせる」
「ですがシビさん、本当に大丈夫なんですか……?」
透き通るような青い瞳を不安げに揺らし、エレナが金の錫杖を握りしめて問いかけてきた。
そんな彼女を安心させるように、肩をすくめてみせた。
「あちらさんには、こっちの事情なんて関係ないからな。それに――」
前方で卑しい笑みを浮かべる男たちを冷ややかに一瞥する。
「聖職者のありがたい説法も、腹を空かせた乞食どもには届かないだろ」
メンタル面は確かに最低だが、見たところ相手はただの盗賊だ。
七人程度なら、どうにかなるだろう。
今までの戦いに比べれば簡単な相手だ。
「へへっ、護衛に出てきたのは、随分と上等な女じゃねえか!」
先頭に立つ男が、下卑た笑みを浮かべながら俺の体を舐めるように見てくる。その視線は隠そうともしない欲望に満ちていて、胸元や腰回りにこれ見よがしに固定された。
「おいおい、今日は最高にツイてるぜ。あの馬車の中の連中もろとも、こいつもお持ち帰りだ!」
下品な笑い声が街道に響く。
……だろうな、と思った。俺は深く、冷めた舌打ちを漏らす。
本当に、こういう手合いの思考回路はフィクションもノンフィクションも変わり映えしない。
欲望に目が眩んで、脳みそまで溶け出しているのか。
脊髄だけで動いているというか……こういうのを動物的と呼ぶのか?
いや。自分の分を弁えている分、動物の方がまだ賢いか。
あいつらは基本、自分より強いと思った相手には喧嘩を売らないからな。
俺はゆっくりと、腰のグラディウスを抜き放った。
鞘から滑り出た刀身は、沈みゆく夕日の残光を弾き、月光に先駆けて白銀の輝きを放っていた。
「それがお前たちの辞世の言葉でいいな」
俺は低く、地を這うような声で言い放った。
月明かりを反射して冷たく煌めく剣先を、獲物どもの喉元へと向ける。その瞬間、俺から放たれた濃密な殺気が、ハイエナどもの薄汚い欲望を一瞬で凍りつかせた。
「な、なんだ、あの剣……」
一人の盗賊が、そのあまりの輝きと威圧感に、たじろぎながら声を漏らす。
「さあ、お前達に使う時間なんてもったいない。すぐに済ませよう」
俺は地面を蹴った。
戦いは、圧倒的な勝利だった。
俺の攻撃は着実に相手を捕らえ、逆に相手の攻撃はすべて紙一重でかわしていく。
こいつら相手なら呪文を使う必要すらない。
なぜか? とどめを刺そうと踏み込むたび、奴らは驚異的な、それこそ、生存本能が異常に高いとしか言いようのない反応で、すんでのところで回避しやがった。
結局、七人が七人とも、致命傷を与えるには至らなかった。
盗賊たちはボロボロになりながら、森の奥へと退散していった。
その背中に向けてファイアボールを放つことも考えたが、戦闘中に見たエレナの顔を思い出した瞬間、呪文の詠唱を中断した。
無用な事をする必要もないよな。
俺はグラディウスを鞘に収め、何事もなかったかのように馬車へと歩き出した。
「シビさん……っ! 無事でよかった!」
御者席からエレナが身を乗り出し、安堵に声を震わせていた。
だが、彼女はそのまま何かを言いかけるように口をつぐみ、俺の姿を凝視した。
その澄んだ青い瞳には、単なる心配とは違う、何かを見定めようとするような色が混じっている気がする。
その妙に引っかかるような視線は何を言いたいのだろうか?
ただ体調を心配しているわけではないことだけはわかった。
その隣でハンスも、深く息を吐きながら手綱を握り直した。
「……流石ですぜ、シビさん。あんな鮮やかな立ち回り、初めて見ました」
「もっとヤバい戦闘をしてきたこともあるから、これぐらいはな。ハンス、少しでも先を急ごう。日が落ちきる前に、野宿にいい場所を見つけたい」
「了解です! 野営の準備に良さそうな場所、心当たりがありますぜ!」
ハンスの威勢のいい返事を聞きながら、俺は馬車の後方へ回り、幌の中へと身体を戻した。
「シビさん、おかえりなさい……っ!」
リーニャが、まだ少し震える手で俺の服の裾を掴んできた。恐怖から解放された安堵の表情。
その隣では、イザベラが眼鏡の奥の瞳を和らげ、深く息を吐いている。
「お疲れ様。……怪我はないようね。圧勝するとは思ってはいたけど、やはりヒヤヒヤしたわ。闘技場とこういう野戦では戦い方が違うと聞いたことはあるから」
「これぐらいの戦闘で苦戦してたら大公から依頼は来ないさ」
「なにはともあれありがとう」
二人のいつも通りの反応に、俺は短く「ああ」とだけ答えて、空いているスペースに腰を下ろした。
馬車が再び、軋んだ音を立てて走り出す。
俺は遠ざかっていく夕闇の街道を、ただじっと見つめていた。
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