106話 研究とハプニング
さて、楽しい楽しい研究の時間だ。
どうしてこうも、実験や研究ってやつは、男の……いや、人の心をワクワクさせるんだろうな。
静まり返った施設の中で、俺は独りそんなことをぼんやりと考えていた。
漂う濃密な魔力の残滓と、古びた魔導装置が立てる低い唸りだけ。
今回、ミスリルソードの使用が封じられたため、主要武器はヴァンさんが作ってくれたグラディウスになる。
これに、ガルドラムからもらったメンテナンス用のミスリルを馴染ませていく。
指先でつまみ上げたミスリルの粉を、刀身に惜しみなく振りかける。
ぱら、ぱら、と。
微細な粒子が光を拾い、星屑のようなきらめきを放ちながら刃の上に散っていく。
俺は、力ある言葉を紡ぐ。
グラディウスの刀身が一度、青白く脈動し、ゆっくりと収まる。
それを何度も、丁寧に繰り返す。
仕上げに、魔力循環率の高い魔法水で湿らせた布を使い、剣を愛しむように磨き上げていく。
ひんやりとした感触が指先から伝わり、ミスリルが鋼の奥深くへと浸透していくのが分かった。
数時間の作業を終え、俺はそれを施設内の『月光エネルギー充填機』へと設置した。
装置が低い振動とともに反応し、淡い光が刀身を包み込んでいく。
さて、定着までは放置だ。
その間、俺は以前得た知識と、ここで見つけた論文を片っ端から読み漁ることにした。
バッグからワインを取り出し、軽く口をつける。
喉を通る熱がじんわりと身体に広がるのを感じながら、ページをめくる。
紙の擦れる乾いた音だけが、静かな空間に響いた。
さすがは魔法大国。
記された知識の密度が、他の国とは比較にならない。
他国なら間違いなく閲覧禁止に指定されるような禁術の類も、ここには平然と転がっている。
俺が使っている呪文をより効率化するためのアイデアも、いくつか見つけ出した。
やはり魔法文明の全盛期には、遠隔操作による『誘導火炎球』も存在していたらしい。
「なるほど……ここをこう繋げば、もっとスムーズに運用できるな」
図式を頭の中の術式構造と重ね合わせる。
未完成だった古代の理論と、俺の呪文が、完璧な形へと昇華されていく。
今まで感じていたわずかな違和感、魔力のロスなどの正体が、次々と明かされていく感覚だった。
思わず、感嘆の吐息が漏れた。
他にもこんなのも見つけた
強力な魔物の骨を核にすれば、自律型のゴーレムさえ構築可能か。
なるほど、魔法文明では竜の骨から人間大のゴーレムを作り、警備などを任せていた……か。
前世のゲームでも似たような設定はあったが、実際に形にする連中がいたとはな。
古代の魔法文明では、こういうのを番兵に使ってたらしい。
俺はさらに深く、未知の知識の深淵へと視線を移した。
他にも、神は、この世界だけではなく多次元に存在するはずという突飛な次元論まである。
アーサーみたいな変人は、いつの時代、どこの世界にもいるっていうことか。
こういうのは俺には不要な知識だな。
あの経験で十分だ。
これが見たかった。
複合魔法の危険性を下げる研究もあった。
やはり同じことを考える奴はいるらしい。
だが、暴走のリスクは拭いきれず、結局は使用禁止項目に指定されていたようだ。
羊皮紙に残る「警告」の文字が、やけに重く目に焼き付く。
不死鳥やザハクを倒したあの時の複合呪文も、博打でしかなかったしな。
制御できたのは、いくつもの偶然が重なった結果に過ぎない。
今回は、いくら魔物も出場するとは言っても、紋章付きの化け物は出てこないはずだ。
軽く息を吐く。
それにしても、実験というのはどうしてこうも面白いんだろうな。
もしこうしたら、どうなるのか。
その問いに答えが出るたび、気づけばまた手が動いている。
先人の知恵というのは本当に助かる。
個人でやろうと思ったらどれほどの時間と費用がかかったものじゃない。
文献を読み漁り、脳内で理論を構築し、即座に実験で証明する。
いくつもの気づきをみつけた。
実験をしていると、脳が痺れるような快感に支配されていく。
やめられるはずがなかった。
そんな没頭の最中、不意に服の裾を引かれた。
くい、と。
熱を帯びていた思考が、急速に現実へと引き戻される。
飯の時間か? 全く、面倒なことだ。
俺が億劫そうに振り返ると、そこにはなぜか、エレナが立っていた。
「……あれ? エレナ、どうしたんだ?」
「『どうしたんだ』じゃありませんわ! シビさん、一体何をしていらっしゃいますの?」
「何って、武闘会の準備だけど。……ああ、もう飯の時間か?」
それにしても、なぜ城の研究施設にエレナが呼びに来るんだ?
妙な違和感が拭えない俺に、エレナは信じられないといった様子で告げた。
「……ご飯の時間って。シビさん、あれからもう三日も経っていますわよ?」
「…………は?」
思考が一瞬、白濁する。
おいおい、まだ深夜だろ? 何を言ってるんだ。
俺の感覚では、剣を充電器にかけ、少し本を読んで実験をした。
せいぜい数時間の出来事のはずだ。
「いくら怒ってるからって、そういう質の悪い冗談はやめろよ。ちょっと陰険じゃないか?」
軽く受け流すつもりで言った。だが、エレナの表情は微塵も揺るがない。
彼女はもう一度、静かな、しかし確かな声で繰り返した。
「冗談ではありませんわ。シビさんがここに篭もってから、既に三日が経過しています」
マジかよ。
どうやら、冗談ではないらしい。
「…………マジか」
「『マジ』とはなんですの? 呪文の詠唱かしら」
「あ、いや……すまん。『本当に』っていう意味だ」
この世界では通じないのか覚えておこう。
でもこれ、完全にやったな。
「やば……。没頭しすぎて、完全にトリップしてたわ」
思わず自嘲気味な苦笑が漏れる。
そりゃそうだ、あれだけの事をしていれば数時間なわけがない。
時間感覚など容易に吹き飛んでいた。
「エレナが来てくれなかったら、俺、武闘会は不戦敗だったかもな」
「……だ、大丈夫ですの? シビさん」
心配そうに顔を覗き込まれ、そこでようやく、リアルを確認できたみたいだった。
途端に、強烈な空腹感が襲ってくる。
それと同時に、魔法の粉のせいか、身体のあちこちが妙に痒い。
あと眠い。
「……ヤバいかも」
「どうかなさいましたの!?」
「いや、現実に引き戻されたら、急に腹が減った。あと、風呂に入りてぇ」
俺のあまりに締まらない言葉に、エレナは呆れたように肩の力を抜いた。
「もう! 心配させないでください。……でも、良かったですわ」
「……悪かった。心配かけた。それと、この間のことも、その……すまん」
口にしてみれば、あれはただの子供の喧嘩だった。
「わたくしこそ、言い過ぎましたわ。……さあ、お片付けを手伝いますから。一緒にエクレアさんの所へ行って、温かいご飯を食べましょう?」
「ああ、そうだな」
俺は、今回の相棒となるグラディウスを手に取り、書き溜めた研究メモをすべてバッグに放り込んだ。
散らばった紙束をまとめ、机の上を軽く払う。
横からエレナがそっと手を伸ばし、何も言わずに片付けを手伝ってくれた。
先ほどまでの刺々しい空気とは違う、まったりとした静けさ。
それは、決して悪くない感じだった。
なぁ、なんでこうなるんだ?
城を出た途端、エレナが当然のように俺の腕に自身の腕を絡めてきた。
逃がさないという意思表示か?
当たってる。いや、当たりすぎている。
彼女の立派な柔らかいものが当たってるんだってば。
最近、こいつのスキンシップが妙に過剰な気がしてならない。
変な方向に思考が逸れそうになるのを、俺は必死に理屈で押さえつけた。
そんな俺の葛藤も知らず、夜道を歩くエレナの足取りは、心なしか軽やかだった。
気づけば、エメラルドの水晶亭の灯りが見えてきていた。
「はぁ……。痴話喧嘩が終わったと思ったら、今度はなんだい、その当てつけは。バカップルか、君らは?」
店に入るなり、カウンターからエクレアの呆れ声が飛んできた。
「……俺は断ったんだがな」
腕に絡みつくエレナを引き剥がす気力もなく、俺は溜息をつく。
大体、今の俺は女の姿だぞ。
どう転んでもカップルになんて見えるはずがないだろうが。
……まあ、いい。今はそれどころじゃない。
俺は空腹を満たすべく、出された料理をひたすら口に運んだ。
俺たちは部屋に戻り、睡眠の前に、三日ぶりの汚れを落とそうと、俺は部屋の内風呂へと逃げ込んだ。
ようやくすっきりできる。そう安堵して、俺は浴室の扉を開けて中に入った。
熱い湯気がすでに立ち上り、室内を白くぼんやりと包んでいる。
三日間不眠不休で研究施設を回っていたせいで、体中が重くて仕方ない。
俺は、ゆっくりと湯船に肩まで浸かった。
熱い湯が長い銀髪を濡らし、色白の肌をほんのり赤く染めていく。
ようやく肩の力が抜けてきた……と思ったその瞬間。
「アヤさん!」
バタン! と勢いよく浴室の扉が開いた。
そこに立っていたのは、生まれたままの姿のエレナだった。
長い金髪が湿って肩や胸に張りつき、大きな青い瞳が本気で心配そうに俺をまっすぐ見つめている。
白く滑らかな肌が湯気の中でほのかに輝き、豊かな胸の曲線と細い腰、湯気で隠れてるけど、女性の見えたらいけないところが妙にうっすら見えてきて、変な妄想に走らせる。
「お、お前……なんで裸で入ってきてんだよ!」
俺は湯船の中で慌てて体を深く沈め、胸のあたりまで湯に隠した。
長い銀髪が湯面に広がり、赤い瞳が激しく泳ぐ。
彼女は全く気にする様子もなく、一歩、また一歩と湯船の縁に近づいてくる。
その動きに合わせて、豊かな胸が柔らかく弾み、白い太ももが湯気の中で艶やかに光った。
「女同士ですもの、恥ずかしがる必要なんてありませんわ」
エレナは迷いのない手つきで白く細い腕を伸ばし、俺の肩に触れようとしてくる。
俺は慌てて湯の中で後ずさりしながら、おろおろと声を上げた。
「ちょ、ちょっと待て! 自分で洗えるって! 出てけ、バカ! 入ってくるな!」
「だめですわ。食事中も少し寝てたではないですの」
エレナの指先が俺の肩に触れた瞬間、俺はビクッと全身を震わせた。
温かい湯と石鹸の甘い香りが混じり、彼女の金髪が湯気の中で優しく揺れ、裸の肌が至近距離で迫ってくる。
やばい……近い、近い近い! 全部見えてるし、理性が抑えきれなくなるだろうがこの馬鹿!
頭の中が真っ白になり、声が完全に上ずる。
「うわっ、いいから! 出てけって言ってるだろ! 俺は大丈夫だから、いいから出てってくれ……な」
エレナは、心配そうな瞳で俺をじっと見つめていたが、ようやく小さくため息をついた。
「……わかりましたわ。でも、ちゃんと体を温めてから出てきてくださいね? 無理は禁物ですのよ、アヤさん」
そう言い残すと、エレナはようやく浴室の扉を閉めて出て行った。
少したってから、チリンチリンと、彼女の衣装についた小さな鈴の音が遠ざかっていく。
俺は湯船の中で大きく息を吐き、顔を両手で覆った。
……ったく、あの女……。
心臓のバクバクがなかなか収まらない。
湯の熱さが、さっき触れられた肩の感触と、目の端に焼きついた彼女の裸の姿をいつまでも残している気がした。
ヤバかった、ガチで本気で襲うところだった……。
結局、俺は心臓が落ち着くまで、普段の倍以上の時間、湯船に浸かっている羽目になった。
そんなバタバタとしたハプニングをなんとか乗り越えたり、一日待ったりしてついにその日がやってきた。
武闘会、当日。
宿の窓から差し込む朝日は、かつてないほどに鋭く、熱い。
俺は腰に、月光を吸って研ぎ澄まされた新たな愛刀。「月夜のグラディウス」を帯びた。
「……さて。派手に暴れてくるか」
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