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【4部完結】転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~  作者:
2章 闘技祭の準備

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第106.5話 金の鈴音、銀の微睡 ― 休息の連弾曲(デュオ)

 勢いよく飛び出していったシビさんに置き去りにされ、わたくしは一人、その場に取り残されてしまった。

 ……呆然と立ち尽くしていても仕方がありませんわね。

 バッグからハンカチを取り出し、顔についた水を拭おうとしたその時、マスターのエクレアさんがそっとタオルを差し出してくれた。


「なにが、そんなに彼女を怒らせてしまったのかしら?」


 わたくしが首をかしげていると、エクレアさんはどこか見透かすような視線を向けてくる。


「本当に、気づいてないのかい?」


 その問いに、わたくしは彼女の顔をじっと見つめ、こくりと頷いた。


「多分あんたの言う通り、やきもちだったんじゃないのかい。あの子の年齢相応の顔を見られて、私は嬉しいけどね」


「どういう意味ですの? 年齢相応って」


「ああ、そっちの方が気になるのかい。18歳って聞いたけど、考え方が年齢と合わないと思ってね。深い意味じゃないよ。エレナ、顔に水をかけて悪かったね。アヤだけにかけるのも不公平だと思ってね。一応、喧嘩両成敗ってところかね」


 エクレアさんの、エルフ特有のスラリとした顔立ちに浮かぶ笑顔。

 それは同性から見てもため息が出るほどに澄んでいて、二百年という時を重ねた方ならではの、深く穏やかな慈愛を感じさせた。


「いえ……わたくしも、なぜあそこまで熱くなってしまったのか、自分でもよく分からなくて。シビさんに対して、少し大人気ない振る舞いをしてしまいましたわ」


 ふと、周囲からひそひそと話し声が聞こえてきたけれど、あいにく内容までは聞き取れなかった。


「あんたもかい。お似合いのコンビかもね」


 エクレアさんは静かにそう言った。お似合い……?

 良いコンビ、という意味かしら。


「そういえば、年齢の話だったね。エレナ、あんたは王侯貴族と話す機会も多いんじゃないのかい?」


「王国に居る時は、ありがたくもお招きにあずかることも多くなっておりますわ」


「今は慣れて普通に会話ができるのかい?」


「そうですわね。最近は慣れましたが、最初は粗相があってはいけないと思い、頭が真っ白になることもありましたわ」


 ヴァレリウス司祭長様や大僧正様に、どれほどのご迷惑をおかけしたことか。そういえば、一度か二度、儀式の手順を間違えて困らせてしまった事もありましたわ。


「そうだろうね? それは何歳の頃だった?」


「たしか、今から5年ほど前のこと。……19歳か20歳の頃だったと思いますわ」


「きちんと教育を受けているあんたでさえ、そうなんだ。あの子は、今回初めて国のトップ集団と会話したんだよ。普通なら緊張でガチガチになるはずさ」


「言われてみれば、そうですわね」


 シビさんはいつも堂々とした振る舞いだったから、わたくし、全く気づかなかった。

 ヴァレリウス司祭長とお話しされた時も、物怖じしていなかったような……わたくしが「司祭様」とだけご紹介したせいかしら。


「彼女はおかしなところばかりだけどね」


 エクレアさんは、リリアさんに頂いた書類を片手でパチパチと叩いている。

 あちらには何が書いてあるのかしら。

 エクレアさんはエルフ特有の長い耳をピクリと動かしていた。


「でも、シビさんはシビさんですわ」


「そういえば、あんたはアヤのことをよく知っているのかい? 最近売り出し中の冒険者だからね、聞かれることが多いんだよ。例の場所から戻ってきた冒険者でもあるしね」


 エクレアさんの問いに、わたくしは少し考え込んでしまった。


「そうおっしゃられましても……。戦士の技に魔術、さらには盗賊の技能まで使いこなす、とても不思議な方ですわ。あんなに可愛らしいのに、粗暴な態度や男性のような言葉遣いはもったいなく思いますけれど。でも、ご自分の考えをしっかり持っていらして、とても頼りになりますし、それから……」


 わたくしが彼女の美点や、少し残念なところを熱心にお話ししていると、なぜだか皆さんが戸惑っているように見えた。

 わたくし、何かおかしなことを口にしたかしら。


「ああ、もうわかった、わかったから。あんたがどれだけアヤを気にかけているかは伝わったよ。まさかスリーサイズまで聞かされるとは思わなかったけどね。……それで、彼女はどこから来たんだい? シビ・アヤと言っていたから、おそらく東方の名前だと思うのだけれど」


「わかりませんわ。この前の事件で、首謀者の方がシビさんのことを同郷だとおっしゃっていましたが、わたくしにはよく理解できず……」


「その会話、覚えているかい? ここに店を構えて長いから、もしかしたら心当たりがあるかもしれない」


 わたくしは、あの事件の元凶であるアーサーさんの言葉を思い出しながら、エクレアさんに伝えた。

 わたくし自身、シビさんのことをもっと深く知りたかったのだ。


「アメリカとか……あとは一九二九年、三万人を解雇した……とか。どれも聞き覚えのない言葉ばかりでしたわ」


「すまないねぇ、どれも耳慣れない名前と数字だ。三万人解雇と言ったら、大きな都市や小国の人口に匹敵するじゃないか」


「そうですよね。シビさんは『知らない』とおっしゃっていましたが、会話の流れからすると、きっとご存じだったのだと思いますわ。隠していらっしゃる理由は分かりませんけれど……」


 出された果実のジュースを一口含み、あの時の光景を反芻した。


「謎の多い方ですが、わたくしが信頼している、とても素敵な仲間ですわ」


「そうかい。そういう仲間と旅をするのは、とてもいいものだよ」


 それから少し世間話を交わして部屋に戻ったのだけれど、その夜、シビさんは帰ってこなかった。

 次の日も、その次の日も。わたくしはアウリス教会で奉仕をしてから宿に戻ったが、エクレアさんに聞いても、一度も姿を見せていないという。


 何かあったのではと心配が募り、お城の中にある、シビさんがお借りしている研究室へと足を運びましたの。

 扉を開けると、そこには星々を彷彿とさせる銀の髪をひるがえし、窯の中に材料を投入して、何かの作業に没頭している彼女の姿があった。

 その熱心な様子を邪魔したくはなかったのですけれど……。わたくしはそっと近づき、シビさんの服の裾を引きました。


 くい、と。


 シビさんの肩がピクリと動き、熱を帯びていた彼女の思考が、ゆっくりと現実へと引き戻されるのが見えた。


「……あれ? エレナ、どうしたんだ?」


 振り向いたシビさんの長い銀髪は乱れ、赤い瞳は夢見心地にどこか虚ろで……。

 透き通るようだった肌も、疲れのせいかくすんで見えました。

 一目で、一睡もしていないことが分かりましたわ。



「『どうしたんだ』じゃありませんわ! シビさん、一体何をしていらっしゃいますの?」


「何って、武闘会の準備だけど。……ああ、もう飯の時間か?」


 ……本当に、この方は。

 わたくしは呆れと心配の混じった溜息をつき、静かに告げたのです。


「……ご飯の時間、ですって? シビさん、あれからもう三日も経っていますわよ」


 その瞬間、シビさんの表情が凍りつきましたわ。


「…………は?」


 思考が止まったようなお顔。真紅の瞳が大きく見開かれ、信じられないといったご様子で。


「いくら怒ってるからって、そういう質の悪い冗談はやめろよ。ちょっと陰険じゃないか?」


 軽く受け流そうとするシビさんに、わたくしはゆっくりと首を横に振った。


「冗談ではありませんわ。シビさんがここに籠もられてから、既に三日が経過しています」


「……マジか」


「『マジ』とはなんですの? 呪文の詠唱かしら」


 たまに、理解の及ばない言葉をお使いになる。

 東方の方言……それとも、あのアーサーさんと同じ故郷の言葉なのかしら。


「あ、いや……すまん。『本当に』っていう意味だ」


 シビさんは苦笑いを浮かべ、自嘲気味に呟いた。


「やば……。没頭しすぎて、完全にトリップしてたわ」


 わたくしも時間を忘れてお祈りすることはあるけれど、丸三日間もだなんて。

 一体どのような精神力をしていらっしゃるの。

 それほどまでに夢中になっておられたということかしら。わたくしには、想像もつきませんわ。


「エレナが来てくれなかったら、俺、武闘会は不戦敗だったかもな」


「……だ、大丈夫ですの? シビさん」


 振り向いたシビさんの長い銀髪は乱れ、赤い瞳は夢見心地に少しぼんやりとしていて……。

 色白の肌も疲れのせいか、どこかくすんで見えました。

 心配を隠しきれずにお顔を覗き込むと、急にシビさんの表情が一変して。

 なぜか顔を赤くして、ひどく言い出しにくそうにしていらっしゃるのです。


 どうしたのかしら。


「……ヤバいかも」


 やはり、三日間の無理がたたったのかしら。

 わたくしがアウリス様への祈りを通じ、奇跡の力を授かろうとしたその矢先。


「どうかなさいましたの!?」


「いや、現実に引き戻されたら、急に腹が減った。あと、風呂に入りてぇ」


 その言葉に、わたくしは思わず肩の力を抜き、小さく笑ってしまった。


「もう! 心配させないでくださいな。……でも、良かったですわ」


 少し照れくさそうに目を逸らすシビさんを見て、わたくしは心から安堵した。


「……悪かった。心配かけた。それと、この間のことも、その……すまん」


「わたくしこそ、言い過ぎましたわ。……さあ、お片付けを手伝いますから。一緒にエクレアさんの所へ行って、温かいご飯をいただきましょう?」


「ああ、そうだな」


 シビさんが研究メモをバッグに放り込み、散らばった紙束をまとめ始めて。

 わたくしもそっと手を伸ばし、何も言わずに片付けを手伝いましたの。

 こうした静かでまったりとした時間も良いものですけれど、今は早く終わらせて、彼女に休息を取らせなくては。


 帰り道、わたくしは彼女の腕に自分の腕を絡めました。

 なぜかこうしていたいと思いましたわ。。

 ……いえ、逃がさないというより、見ていてふらふらと危なっかしいので支えているだけなのですけれど。

 誰に弁明しているのかしら。

 変ですわ。


 ちらっと顔を見たら、シビさんのお顔、なんだか赤いですわね。

『なぜお顔が赤いのですか?』とお聞きしたら、きっと困らせてしまう……そんな予感がいたしましたの。

 夜の冷たい風が頬を撫で、街灯の淡い光が道を照らしていて。

 絡めた腕からシビさんの温もりがしっかり伝わってきて、歩くたびに軽く擦れ合う感触がいたします。

 こうしているだけで、わたくしの心は幸せな気分に満たされていく。


 このまま、時間が過ぎればいいのに……

 そんな不謹慎なことを少しだけ考えていると、宿屋『エメラルドの水晶亭』の灯りが、いつもより温かく見えてきて。

 店に入るなり、カウンターからエクレアさんの呆れた声が飛んできましたわ。


「はぁ……。痴話喧嘩が終わったと思ったら、今度はなんだい、その当てつけは。バカップルか、君らは?」


「……俺は断ったんだがな」


 シビさんの小さな溜息とエクレアさんの言葉に、わたくし、はっとして腕を解いた。

 つい、支えたい一心で寄り添いすぎていたことに気付き、少しばかり気恥ずかしくなって。


 面白がるようなエクレアさんの視線に見守られながら、酒場の温かな灯りが反射するカウンターを通り過ぎ、わたくしたちはようやく席へと着いた。


 やがて、温かいお料理がテーブルに運ばれてきた。

 ところが、シビさんはフォークを握ったまま、早くも半分寝ながら食べ始めていて

 目はほとんど閉じかけて、時々頭がコクンと前に落ちそうになるのを、機械的に口へ運び続けていらっしゃいますわ。


 銀の髪が少し乱れて頬にかかり、赤い瞳は焦点が合わずぼんやりとして……。

 ……本当に、限界まで頑張っておられたのね。

 わたくしは隣でスープを味わいながら、そっとシビさんの様子を見守った。


 色白の頬が湯気でほんのり赤く染まり、時々フォークが口の横にずれて「ん……?」と小さく首を傾げるお姿。

 なんだか、とても愛おしく感じてしまう。

 シビさんが大きな肉の塊を口に運んだ瞬間、頭がガクンと前に落ち、危うくテーブルに顔を突っ込みそうになった。


「シビさん……っ」


 わたくしは慌てて手を伸ばし、彼女の肩を優しく支えた。

 シビさんは目を細めたまま、ぼんやりとした声で呟く。


「……ん? あ、美味い……」


「美味しいのは結構ですけれど、ちゃんと目を開けて召し上がってくださいまし。半分寝ながらでは、喉に詰まってしまいますわよ?」


 シビさんは「う……」と小さく唸りながら、なんとか瞼をこじ開けようとしているけれど、すぐにまた重そうに閉じてしまう。

 フォークを持つ手もふらふらで、肉を刺し損ねてはお皿の上でカチカチと音を立てて……。

 わたくしは小さく笑いを堪えながら、彼女の銀髪を優しくかき上げてあげた。

 ちゃんと食べさせて、お風呂に入れて、寝かせてあげなくては。


 食事が終わると、わたくしはシビさんの腕を支えてお部屋まで連れ帰った。

 シビさんは眠そうに目をこすりながら、ぼんやりと呟く。


「……風呂、入る……」


 お部屋に戻ると、彼女は「三日ぶりの汚れを落とす」と言い残して、逃げるように浴室へと入っていった。

 わたくしは少しだけ待ってから、静かに立ち上がった。

 ……やはり、心配ですわ。

 三日間も一睡もせず、お食事中であれほど舟を漕いでいらしたのですもの。

 もし湯船で眠ってしまったら大変ですわ。

 やはりわたくしも、一緒に入りましょう。


「アヤさん!」


 わたくしは勢いよく浴室の扉を開け、思わずその名を叫んでしまった。

 自分で口にしてから、シビさんではなく……アヤさんと呼んでしまったことに、わたくし自身が驚いて。


 一歩、浴室のタイルを踏みしめる。

 動きに合わせて背中でふわりと揺れる長い金髪が、湿気を吸ってしっとりと重みを帯びていくのを感じた。


「お、お前……なんで裸で入ってきてんだよ!」


 狼狽えるシビさんの視線が、隠しようもなくわたくしの体に注がれた。一歩近づくたびに、胸が揺れる重みを自覚するけれど、今は彼女の体調が何より優先。大きな青い瞳で、湯船の中で固まっている彼女をまっすぐに見つめ返した。


「女同士ですもの、恥ずかしがる必要なんてありませんわ」


 迷わず腕を伸ばし、その肩に触れようとした。

 ところが、彼女はおろおろと声を上げながら、湯船の中で後ずさりしてしまう。


「ちょ、ちょっと待て! 自分で洗えるって! 出てけ、バカ! 入ってくるな!」


「だめですわ。食事中も少し寝てたではないですの」


 ……本当に、大丈夫なのかしら?

 指先がシビさんの肩に触れた瞬間、彼女がビクッと全身を震わせたのが伝わってきた。至近距離で見つめるそのお顔は、ますます赤くなっていくばかり。


 わたくし、怒らせてしまったのかしら。

 それとも、やはりお熱があるのでは……。

 どうすればよいのか分からず戸惑っていると、彼女はさらに声を荒らげた。


「うわっ、いいから! 出てけって言ってるだろ! 俺は大丈夫だから、いいから出てってくれ……な」


 最後の方は、なんだか懇願するようなお声。

 そこまで強く拒まれては、わたくしも引き下がるしかない。

 心配ではあるけれど、さすがに無理強いをするのも良くないと思い、小さく溜息をついた。


「……わかりましたわ。でも、ちゃんと体を温めてから出てきてくださいね? 無理は禁物ですのよ、シビさん」


 脱衣所に残るわずかな熱気の中、わたくしは脱ぎ捨てていた白い修道服を手に取る。

 湿った肌を清めるようにタオルで拭い、胸元の開口部を整えて。

 金色の縁取りがなされた帯を締め直すと、不思議と心まで引き締まる気がした。

 立て掛けていた錫杖を手に取り、一歩、また一歩と脱衣所を後にする。

 歩くたびに、杖の頭と胸元の小さな鈴がチリンチリンと清らかな音を立てて、静かな廊下に響き渡る。


 ……シビさん、あんなにお顔を赤くして。やはり、わたくしの祈りと癒やしの魔法が必要だったのではないかしら

 鈴の音を背負いながら、彼女がのぼせて倒れてしまわないよう、心の中で神に祈りを捧げた。


 ようやく浴室から出てきた彼女は、わたくしの前をフラフラと通り過ぎ、そのままベッドへ倒れ込んでしまいました。

 ふふ、よほどお疲れだったのね。


「シビさん……?」


 お呼びしても、返ってくるのは規則正しい寝息だけ。

 溜息をつきながらも、彼女の枕元へ歩み寄った。

 さきほどまでの紅潮した顔とは違う、どこか幼さの残る穏やかな寝顔。

 丁寧に毛布を広げ、彼女の肩までしっかりと掛けてあげて。


「シビさん、お疲れさまでした。もうすぐ武闘会ですが、ご武運をお祈りいたしますわ」


 眠る彼女の耳元でそっと囁き、わたくしはその傍らで静かに夜を明かした。

 そんなバタバタとした日常は、ここ最近の忙しさとは打って変わり、武闘会当日まではのんびりとした穏やかな日々が過ぎていく。


 そして、ついに武闘会、当日。

わたくしの心配をよそに、シビさんは気合十分で指定された場所へと向かいました。

その腰に、鋭く研ぎ澄まされたグラディウスが誇らしげに輝いている。

「……さて。派手に暴れてくるか」


その力強い言葉を背に受け、わたくしは指定された見学席へと足を運びました。。

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