92話 違和感?
長時間も歩かされた洞窟を抜けると、雪国であったって小説の冒頭があったよな。
俺はゆっくり息を吐き、洞窟の出口に手をかける。
冷たい岩肌が手の平に食い込み、指先が凍りつくように痛む。
外の風が洞窟内に吹き込み、松明の炎が激しく揺れて影が壁に踊る。
何が出てくるか。目の前の岩肌が途切れ、俺は外へと這い出した。
「っ……あ……!」
突き刺すような冷気と、暴力的なまでの白に思わず腕で顔を覆う。
雪の粒子が肌に針のように刺さり、息を吸うだけで肺が凍りつく。
目を開けると、白い世界が視界を埋め尽くす。
雪が渦を巻き、地吹雪がジャケットを激しく叩き、髪を乱暴に揺らす。
遅れて這い出してきたエレナの、金の錫杖に付いた鈴がチリンと鋭く鳴った。
その震える音で、ようやく俺は目を開けることができた。
そこは、世界の屋根だった。
このイカれた山脈の最高峰にやっとたどり着いた。
足元には千切れた雲海が広がり、吹き荒れる地吹雪が俺のジャケットを激しく叩いていた。
風が唸り、雪の粒子が顔に当たってチクチク痛む。
空は灰色に覆われ、太陽の光が薄く差し込むだけ。
標高の高さが体を重くし、息が白く凍り、肺が焼けるように痛い。
いくら精霊の力の助力があっても限度があった。
俺の視線を釘付けにしたのは、雪の白さじゃなかった。
そんなことはもう慣れっこになっていたから。
山頂の純白を切り裂くようにそびえ立つ、漆黒の城が目の前にあった。
城壁は間違いなく、闇よりも深い黒瑪瑙で造られていた。
表面は鏡のように滑らかで、内側から真珠のような怪しい輝きを放っている。
その光は冷たく、雪の白さを吸い込み、闇をより深く見せる。
塔は歪んだ形で空を突き刺し、尖塔が風に揺れて不気味に軋む音が聞こえる。
けれど、その漆黒の肌は、内側から真珠のような怪しい輝きを放っていた。
城門は閉ざされ、隙間から黒い霧のようなものが漏れ出している。
「こんな山頂にでかい城だと……どこまでもイカれてやがるし、違和感がめっちゃありやがる」
黒い壁の奥に、虹色の燐光がうごめいている。
壁の表面は黒瑪瑙のように滑らかで、光を吸い込む闇なのに、内側から虹色の光がゆっくり蠢き、波打つように広がっている。
その光は毒々しくも神々しく、七色の輝きが壁の奥で渦を巻き、俺の視線を無理やり引き寄せる。
あまりの神々しさに一瞬、昔絵画で見た天国の絵を思い出すところだった。
黄金の光に包まれた天使、純白の翼、永遠の平和……そんなイメージが頭をよぎる。
すぐに違うと気づく。
俺の手元で、ミスリルソードの刃が不吉な色を反射して、悲鳴を上げるように細かく震えていたから。
剣の刃が微かに振動し、金属の表面が虹色の光を歪めて反射する。
柄を握る指が痺れ、剣が俺の手を拒絶するように震える。
いくらエレナの呪文でどうにかなったとしても。
この本能からの恐怖はどうしようもないという事か。
胸の奥が冷たく締め付けられ、息が浅くなる。
背筋に冷たいものが這い上がり、首筋の産毛が逆立つ。
となりを見るとエレナの顔が少し青くなって、俺のジャケットの端を掴んでいた。
彼女の指先が俺のジャケットを強く握りしめ、布地がくしゃりと音を立てる。
金色の髪が風に乱れ、頰が青白く、瞳が恐怖で潤んでいる。
唇がわずかに震え、吐息が白く凍りつく。
城の尖塔は、凍てついた星空を突き刺す黒い指のようだ。
けれど、その指先は奇妙に透き通り、オーロラのような光をまとって天に溶け込んでいる。
尖塔の表面が波打ち、虹色の光が内部で渦を巻き、雪を照らして残酷に輝く。
テラスに積もった雪は、城が放つ冷ややかな光を受けて、まるでダイヤモンドを砕いた粉のようにキラキラと、そして残酷なほど冷たく舞い上がっていた。
「シビさん、見続けてはいけないと思いますわ。あれは……わたくしたちの負の感情を食べてるようにも思います」
エレナの声が震え、鈴の音が、激しい風の中で途切れ途切れに響く。
チリン……チリン……と小さな音が風に掻き消されそうになりながらも、俺の耳に届く。
その音は俺達に温かみと安心を与える優しい音色だった。
鈴の響きが、冷たい風を少しだけ和らげ、胸の締め付けを緩めてくれる。
二人同時に顔を合わせ、お互い言いたいことがあるみたいだった。
エレナの金色の髪が松明の光に優しく照らされ、瞳が俺をまっすぐ捉える。
「エレナから言っていいよ」
「はい」
彼女は穏やかな笑顔で答えて続けた。
笑顔が柔らかく、いつもの優しさが戻っている。
瞳に少しの安堵と決意が混じり、唇の端が優しく上がる。
金色の髪が肩に掛かり、彼女の指が法衣の袖を軽く握りしめる。
「今までもたくさんの悪夢や淫夢を見せられ続けて参りましたわ。でもアウリス様も見守ってくださいます。きっとわたくしたち二人が協力すれば進めますわ」
声が少し震えながらも、強い意志が込められている。
彼女の瞳が俺を信じるように輝き、胸の奥が熱くなる。
「神託か?」
「違いますわ……でもそうなのかもしれませんわ。わたくしはアウリス様を信じてますし、シビさんも信じてます。ならアウリス様も越えられない試練は与えませんわ」
エレナの声が優しく響き、瞳に温かい光が宿る。
彼女の指が袖を軽く握りしめ、膝が少し内側に寄る。
その言葉に、俺の胸のざわつきが少し落ち着く。
「アウリスと同じ場所にしてくれるなんて光栄で怖いな」
「それぐらい信じてますわ」
声が甘く、俺の耳元で響く。
エレナの頬がほんのり赤く染まり、瞳が俺を優しく包み込む。
「その信頼にこたえないといけないな」
「いつも通りの余裕のあるシビさんに戻ってくださいましたわ」
「そんなやばい顔してたか?」
「緊張でガチガチな悲痛な顔で乗り込もうとしてましたわ」
俺自身気が付かなかったのだが、他人にそう見えたってことは思った以上に気を張り詰めすぎてたのだろう。
胸の奥が少し軽くなり、肩の力が抜ける。
エレナの言葉が、俺の緊張を優しく解いてくれる。
「本当にありがとうな」
「もぅ、なんなんですの」
俺がそういうと少し恥ずかしそうに俺を見下ろしていた。
実際俺の方が身長低いのだから仕方ないんだけど。
エレナの頬がさらに赤く染まり、瞳が潤んで俺を避けるように伏せられる。
「あ!そういえばシビさんは何を言おうとしたのですか?」
「なんか物語っぽいと思ってな」
「物語っぽいですか?」
「あぁ、なんかよくわからねえんだけどな。なんか冷静に思うと自然ではなく不自然だなと思ったんだ」
「おっしゃってる意味が分かりませんわ?」
「まぁ、中に入って黒幕とご対面をすればわかるか?」
「そうですわね。船の方も大丈夫でしょうか?」
「俺ら以外にも二等室には冒険者もいたから、多分何とかなるだろう?この島ほど影響力は薄いと思うしな。でも時間をかけられないしな」
「はい」
エレナの声が優しく響き、俺たちは互いに頷き合う。
金色の髪が揺れ、彼女の瞳に決意が宿る。
「俺は、目の前にそびえ立つ漆黒の門を見上げた。」
巨大な黒瑪瑙の一枚岩から削り出された門は、俺の身長の数倍はありそうだった。
表面に施された浮き彫りは、のたうち回る触手のようにも、星々の軌跡のようにも見える。
人間の理解を超えた冒涜的な意匠が、黒い石肌に深く刻まれ。
光を吸い込む闇の中で、ゆっくりと蠢いているように錯覚する。
門の縁は鋭く切り立ち、冷たい風が隙間から漏れ出して、俺の頬を切り裂くように刺しやがる。
「まったく悪趣味だ……開けるぞ」
エレナの了承を待って、俺は両手をその冷徹な黒い門へと掛けた。
触れた瞬間、心臓が凍りつくような冷気がジャケット越しに伝わってくる。
手のひらに食い込む石の表面が、氷のように冷たく、指先が痺れるように痛む。
全身の力を込めると、その門は地響きひとつ立てず、まるで空間そのものが滑り出すように滑らかに、そして重々しく内側へと開いていった。
開く音はなく、ただ空気がずるずると引き裂かれるような感覚だけが体を包む。
全く、こういう所は徹底してやがる。
人が想像する恐怖や愛欲による堕落の仕方なんて、映画の一部分の様な感じもする。
確かに今までもそういえば、昔ラノベで読んだ感じがするなというのもあったけど、でもリアルに感じていた。
エレナの呪文までは確かに現実味があったんだけど、なんなんだこの違和感は?
胸の奥がざわつき、息が浅くなる。
俺はそう思いながら、このイカれた趣味の門を開いた。
門が割れた隙間から、それまで聞いたこともないような、低く、重厚な風の溜息が漏れ出す。
風は冷たく湿り、甘い腐敗の匂いが混じり、鼻腔を刺す。
溜息のような音が洞窟の壁に反響し、俺の耳の奥で低く唸る。
その音が、俺の背筋を凍りつかせ、首筋の産毛を逆立てる。
俺は一歩、その境界線を越えて中へと足を踏み入れた。
門を潜った先は、一瞬で感覚を狂わせる異界だった。
背後で吹き荒れていた地吹雪の音は、門を抜けた瞬間にプツリと断ち切られた。
代わりに満たされていたのは、どこまでも透き通った、それでいて肺に突き刺さるような冷たい沈黙。
見上げるほど高い天井からは、音もなく柔らかな燐光が降り注いでいる。
足元で、ミスリルソードの刃がその異質な光を反射して、まるで見知らぬ生き物のように怪しく明滅した。
「シビさん……ここは……なんですの?」
後に続いたエレナの声が、あまりの静寂に吸い込まれていく。
彼女の金色の髪が燐光に照らされ、瞳が不安げに揺れる。
俺に言われても理解不能だった。
それでも冷静にいられる自分が少し滑稽だなと思った。
そのまま進んだ先で俺達を待っていたのは、漆黒の外観からは想像もつかない、眩いばかりの白の世界だった。
そこは、果てしなく続く白亜の回廊というべきものだろう。
天井は見上げるほど高く、まるで雲をそのまま切り出したような乳白色の巨柱が、左右に整然と並んでいる。
床一面には、磨き抜かれた白紋石が敷き詰められ、俺のブーツの先やミスリルソードの青い光を、鏡のようにどこまでも深く反射していた。
白い壁が光を散らし、視界が眩しく、白一色の世界が俺の目を刺す。
空気が冷たく、重く、息を吸うたびに肺が凍りつく。
足音が反響し、静寂を切り裂くように響かせていた。
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