91話 悠久の伝承
エレナと並んで、洞窟の奥へと足を進める。
かなり先を進んでもまだまだ先は見えなかった。
道は緩やかに曲がり、奥へ奥へと続いている。
天井が高く、暗闇が重く垂れ下がり、光が届かない奥が黒く沈んでいる。
それでも俺とエレナは確信していた。
この道の先が行くべき場所だと。
直感のような、胸の奥で響く予感が、俺達を前に進ませていた。
俺はエレナの方を向いてみた。金色の髪が松明の光に輝き、穏やかな瞳が俺を映す。
法衣の裾が静かに揺れ、彼女の歩調が俺に合わせてゆっくりと進む。
「エレナ」
「どうかなさいましたか?」
声が柔らかく、いつもの優しい響きが洞窟に広がる。
彼女の瞳に少しの不安が混じりながらも、俺をまっすぐ見つめてくる。
「この島、どう思う?」
俺がそういうとエレナは質問の意図がわかっていないように首をひねっていた。
金色の髪が肩に掛かり、首を傾げる仕草が可愛らしく感じるのは、まだまだ先ほどのが引っ張っているのかもしれないな。
「どう思う、とは……申し訳ありません。質問の意図が計りかねますわ」
「いやな。俺たちに何をさせたいんだろうって思ってさ」
洞窟の奥から、どこか湿った風が流れてくる。
「船を止めた以上、この島へ導いたのは意図的でしょうけれど」
「だよな。でもさ、この島のもん食ったら死ぬんだぜ?だったら普通、部外者は排除するだろ」
俺の言葉に、エレナは少しだけ目を細めた。
「……確かに矛盾していますわね。森に入ってからは、むしろ恐怖と繁殖を促すような動きも見られました」
「そうなんだよ。最初は殺そうとしてきたくせに、夢の中じゃ欲情を煽る。わけが分からん」
この島は一貫していない。
殺意と色欲が、無秩序に混ざり合っている。
エレナは静かに呟いた。
「死と再生、かもしれませんわ。順序も法則も、あまりに歪ですが……生態系そのものが、混ざり合っている印象ですわね」
「光を嫌う生物に、氷のような体を持つ異形。耳鳴りみたいな声……そして」
自然と、俺とエレナの言葉が重なった。
「「本能からの恐怖」」
二人の声がハモってしまってお互いの顔を見て笑い合った。
エレナの笑顔が洞窟の暗闇に小さな光を灯す。
金色の髪が揺れ、頬に浮かぶ笑みが柔らかく、瞳が少し潤んで輝く。
俺の笑い声が反響し、彼女の笑いと混じって洞窟に優しく広がる。
「エレナのお陰で身体も軽くなったしな」
エレナの癒やし呪文の温かい光がまだ体に残り、傷口の痛みが遠のいて、筋肉の重さが軽減されている。
息が楽になり、足取りが少しだけ軽くなる。
それだけでなく。この島に入った以降の不調も徐々に解かれていってる感じもする。
「わたくしの力ではありませんわ。この錫杖とアウリス様の加護のお陰ですの」
エレナの声が柔らかく響き、錫杖の鈴が小さくチリンと鳴る。
彼女の指が錫杖を優しく握りしめ、慈愛に満ちた自信のある顔を見せてくれた。
「そういうことにしておくけど、ありがとうな」
俺は軽く笑って言った。
実際問題セーブして勝てる相手だとは思ってもいないので本当に助かった。
「そういうわたくしもですわ。最後まで信じてくれてありがとうございます」
エレナの声が少し震え、瞳が潤んで俺を見つめてくる。
「なんか混沌っていうか原初の神々がぐちゃぐちゃにミックスされた感じがする」
「なんですのそれ?」
エレナが首を傾げ、金色の髪が肩に掛かって揺れる。
瞳が好奇心と少しの困惑で俺を捉える。
「神様が順番を間違えて化け物生んだっていう話とか?」
地球では結構ある神話なんだけどな。
神が世界を作り損ねて怪物が生まれたり、神々の争いで世界が歪んだり……
この島の異常が、そんな神話の「失敗作」のような気がしてならない。
「そんなお話初めて知りましたし、そんな物語があったら、宗教施設の人たちが怒りますわ」
「そりゃそうか」
そう言われたらそうか、神の奇跡がある世界なんだ。
そんな神を貶めるような話なんてあるはずがない。
本当にこの島は何なんだ?
「そういえば何で怪物がいるんだ?」
エレナの金色の髪が松明の光に優しく揺れ、瞳が少し遠くを見つめるように細まる。
彼女の指が法衣の袖を軽く握りしめ、声が静かに洞窟に響く。
「それもいろいろな説があるのですが、昔は人も不老不死だったと聞いてます」
「そうなんだ」
声が少し掠れ、俺の胸の奥がざわつく。
不老不死の世界……それが本当なら、この島の異常が余計に不気味に感じる。
エレナの表情が少し曇り、唇を軽く噛む。
「本当に恐怖も何もない楽園だったとかノクシア様もヴァルグ様も今のような感じじゃないとも聞いてます」
ノクシアは、破壊、再生、終焉だっけ。
破壊と聞くとヤバいと思うけど、例えば植物でも木ができ、実がなり、枯れなければ、新たに木ができたとしても圧迫される。
だから木が無くなって、また新しい木ができるのであれば再生だから悪い感じはしない。
ヴァルグは「変革」「欲望」「意思」「暗黒」を象徴する存在。
欲望があるから、人は何かを求める。
何かを作りたい、変えたい、手に入れたいと思う。
意思があるから、その欲望はただの衝動で終わらない。
前に進む力になる。
暗黒も同じ。
闇があるから、月や星の光は際立つ。
闇があるから、静けさに包まれて安心できる夜がある。
でも現代ではなぜ、ノクシアやヴァルグは闇の神という立ち位置なんだろう?
今はそんな哲学的な事はいいか。
「本当にきれいに世界が循環してたんですが、その時に災厄が産まれたと言います」
「災厄ってあそこの?」
「いいえ違いますわ。遥か神代の時代より古い伝承ですの」
エレナの声が少し低くなり、瞳に遠い記憶のような影が差す。
金色の髪が松明の光に照らされ、彼女の指が袖を軽く握りしめる。
洞窟の空気が重く感じられ、俺の胸の奥がざわつく。
「ふ~ん」
俺の声が洞窟に小さく響き、静寂がすぐに戻る。
足音だけが、ゆっくりと奥へと続いていく。
「その災厄の名は、ネザリアと言いますわ。それが解き放たれた時、世界には病が広がり、人の心には嫉妬や怨恨、憎しみが芽吹いたと伝えられています。やがて死は身近なものとなり、社会は乱れ、盗みや犯罪が横行し、権力を巡る争いは戦へと発展していった。富は偏り、貧困は広がり、人々は互いを疑い、傷つけ合うようになったと。まるで、開いてはならなかった何かが開かれてしまったかのように。もっとも、それは遥か昔の伝承に過ぎません。まだ人々が世界の理を知らず、天変地異も疫病も、すべてを“何かの意思”のせいにしていた時代の語り草。そう語り継がれているのですわ」
エレナの声は静かだが、重く響く。
金色の髪が松明の光に照らされ、瞳に遠い記憶のような影が差す。
彼女の指が法衣の袖を軽く握りしめ、言葉の端に微かな震えが混じる。
洞窟の冷たい空気が、彼女の吐息を白く凍らせ、俺の肌を刺すように冷たく感じる。
なんか聞いたことがある神話だな。
神話ってどこの世界も似たり寄ったりだから、似ていてもおかしくはないのか?
地球の神話でも、箱を開けたら災厄が溢れ出して、希望だけが残った話とかあるし……。
でもこの島は、もっと生々しく、欲望と再生がぐちゃぐちゃに混ざった感じがする。
「その時より、善神と悪神の区別が定められたと伝えられておりますの」
「なら、そのぐちゃぐちゃになった時の代物が、あれってことか?」
エレナの瞳が俺を捉え、声が少し低くなる。
「もしそれが本当でしたら……悠久の時を経た、得体の知れない代物ということになりますわね」
「それある意味神より厄介じゃねえか?」
俺の声が洞窟に小さく響き、静寂がすぐに戻る。
エレナの瞳が一瞬揺らぎ、唇がわずかに震える。
「なぜですの?」
「伝承だからどこまで本当かわからんけどさぁ。神の本質に影響を与えた何かだぞ。マジで逃げたくなってきた」
「そんなことありませんわ。信じる力があれば、それにシビさんと一緒なら……」
「どうした最後聞こえなかったんだけど、俺がどうしたって?」
エレナの声が途切れ、彼女の方を見ると頬の赤みが首筋まで広がる。
彼女は慌てて視線を逸らし、指先で袖をいじる。
「何でもありませんわ。……前方から風が流れてきていますわね」
「おしゃべりはここまでだな。フォロー頼む」
「任されましたわ」
俺たちはそのまま奥へと進み、やがて外へ通じていそうな洞窟の別の出口に辿り着いた。
洞窟の出口は黒く口を開け、冷たい風が外から吹き込んでくる。
外の空気がわずかに流れ込み、湿った土の匂いが薄くなる。
松明の炎が揺れ、影が壁に長く伸びて不気味に踊る。
出口の先は暗く、でも外の空気が感じられる。
彼女の金色の髪が風に揺れ、彼女が俺を振り返って優しく微笑む。
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