第四十九夜:あたしの戦い方
八十七名の葬儀を終えた次の日、リージュは朝から身支度を整えていた。
うーん……
右手でペタペタと叩いてみる。
痛くない。
くるくるっと肩を回してみる。
違和感なし。
それから、鞘からミセリコルドを引き抜いて、
素振りを――ひゅっ、ひゅっと振ってみた。
……うん、問題なし!
昨日の夜、ルシェルさんに腕を診てもらった時に「もう大丈夫」って言われたけど、ホントに、こんなにすぐ治っちゃうんだ……
あたしとフォスターはケガしちゃってたから、この数日はずっとお休みさせてもらってたんだよね。フォスターは昔の記録をずっと見てたみたいだけど、「おかしい場所が見当たらない」とかってぼやいてた。
あの人の怪我も、まだ完治にはもうちょっとかかるみたい。
――で、あたしは今日は早起きして、ある場所に向かってる。
腕も治ったし、あたしもジークみたいに、ちゃんと戦えるようにならなきゃ。
せめて、自分の身くらいは守れないと……!
着いた。
たぶん、ここ。
訓練場。
おさんぽは許されてたから、たまたま見つけた場所だった。
敵と見立てた的が、いくつか立ってる。
木とワラで出来てる、人型の的。
この数日で何度か見かけたけど、ギルドの人がたまーに訓練してたくらい。
その時話しかけてみたら、「今は忙しいから、時間を見つけて身体がなまらないようにしてるだけ」って言ってた。
街の防衛や復旧が優先されてるから、今はあんまり使われてないみたい。
だから……今日は、ここで練習してみようかなって。
まずは、素振りから。
あたしなりに、出来ることから。
うーん、でも流石にこの的、傷つけちゃダメだよね?
あたしは人型のワラ人形の横に立って、ゾンビのことを思い出しながら素振りをしてみた。
頭を狙う、貫くように――
ひゅっ、ひゅっ、と風を切る音だけが響く。
……うーん、やっぱり素振りだけだと、全然ダメ。
ゾンビを倒すには、ちゃんと頭を貫かなきゃいけない。
でも素振りじゃその感触が全く分からないし、当たってるかどうかも、実感がない…。
うーん…どうしよう…。
このままだと何の練習にもなってない気がするし…。
うーん……、うーーーーん……。
「朝から精が出るな」
「わっ!?」
あたしは反射的に、声がした方へ向き直り、ミセリコルドを構えていた。
目の前には、すらっとした背の高い女性――あ、あの人は…
「いやいや、特訓は感心するが、武器を向けるのは感心できないな」
……アイシスさん!
すぐに我に返って、あたしは慌ててミセリコルドを鞘に戻した。
「ご、ごめんなさい! 急に声が聞こえて、びっくりして……」
アイシスさんは、柔らかく微笑みながら首を横に振った。
「気にしないでくれ。驚いたのはこっちだが、反応としては悪くない」
ちょっと、救われた気持ちになった。
怖そうな人って印象だったけど、なんか落ち着いてて……優しいかも。
「ゾンビ相手の特訓かい、リージュ天使?」
「え、あ、はい。えと……“リージュ”で大丈夫です。その呼ばれ方、慣れない……」
アイシスさんの瞳がほんのり柔らかくなった。
「そうか、なら“リージュ女史”。訓練場とはいえ、真剣を振るうのは感心できないな」
えっ、やっぱりダメだった!?
あとじょしってなに??
あたし変なあだ名つけられがちじゃない??
……そういえば、前に見た人たちは木の剣を使ってたかも……
うぅ、やっちゃった…。
「ご、ごめんなさい、あたし、ここなら訓練できそうだなって思って……」
あたしがしゅんとしていると、アイシスさんは「ふむふむ」と頷きながら、奥の方へ歩いて行った。
何かと思ったら、大きな木箱を開けて、その中から木の剣を取り出してくれた。
「先ほどの短剣と同じくらいのサイズだ。これなら、的に当てても壊す心配はない」
差し出されたのは、やや短めの木製の剣が二本。
実際に握ってみると、ミセリコルドと似た長さで、振ったときの感覚も軽すぎず、ちょうどいいかも。
「……ありがとうございます!」
あたしはちょっと顔を明るくして、深く頭を下げた。
これなら本格的に練習できそうだ。
やる気が、少しずつ湧いてきた。
木剣を握り直し、あたしは一呼吸おいてから的に向かって踏み込んだ。
ひゅっ、と音が鳴る。
手応えはない。
まだ全然、届いてない感じがする。
「構えが少し高いな。相手がゾンビなら、体勢を崩す動きは致命になる。
身体がふらつかないよう、重心を意識するのが大切だ」
声の方を見ると、アイシスさんが腰に手を当てて、どこか楽しそうにこっちを見ていた。
「え、あ…!はい!すみません、もう一度やってみます!」
あたしは少し体勢を低くして、今度は踏み込みの重心を意識しながら斬り込んだ。
「――悪くない。ただ、もう少し“逃げ道”を考えるんだ」
「逃げ道?」
「そう。斬るのはいい。だが、当てたら終わりではない。
ゾンビは一撃で倒れないこともある。
外れたら、次の手を考えておかないと、自分が噛まれる」
……うう、確かにそうだ。
あたし、当てることばっかりに集中してた。
「だからな、特に小柄な者や力の劣る者――
リージュ女史のような戦士には、“逃げ”を意識した動きが重要になる」
アイシスさんは、自分の腰に差していた木剣を抜いた。
「よく見るんだ。私がやるのは、あくまで“女性の力でも通用する”戦い方だ」
そう言って、スッと低い構えを取り、軽く跳ねるように的に近づいたかと思えば――
パシッと的の“こめかみ”あたりを突くように斬り上げた。
すぐに体勢を引いて、背を低くして間合いを離す。
「今のは“すれ違い斬り”。当てて、すぐ離脱。
逃げながらでも狙える技だ。力が足りないなら、速さと狙いで補うんだ」
「……す、すごい……!」
「覚えておくんだ。力がないからって、斬れないわけじゃない。
特に天使の力を使えるリージュ女史なら、うまく使えば“当てるだけ”で十分な威力になるんじゃないか? 無理に力で押し込む必要はない」
あたしは素直に頷いた。
アイシスさん、やっぱりすごい…。
「じゃあ、やってみようか。構えから、ゆっくりでいい。
足の位置と、体重移動に集中して」
「はい!」
アイシスさんの動きはしなやかで、それでいてちゃんとした“強さ”があった。
今までのあたしは、ただ真っ直ぐに突っ込むだけだったけど――
今ならちょっと、“違う戦い方”が見えてくる気がする。
何度か構えと動きを繰り返すうちに、あたしの動きにも少しだけスムーズさが出てきた。
アイシスさんはそれを見て、ふっと優しく微笑んだ。
「筋がいい、リージュ女史。
さっきよりも動きが柔らかくなってる。無駄な力も抜けてきた」
「ほんとですか……? ちょっと自信ついてきたかも」
「だが、大事なのはここからだ」
アイシスさんが、手近にあった木の的をトントンと叩いた。
「当てただけでは、ゾンビは止まらない。
ましてや短剣は刺突向き。突き刺す場所が悪ければ、むしろ反撃される」
「うっ……」
「だから、確実に止める“場所”を覚えておくこと。
頭部、特に目の奥、脳に届く深さが理想。でもそれが難しいなら――」
アイシスさんは木の的の“膝”の辺りを木剣で指した。
「足を狙う。特に膝下を斬れば、ゾンビの動きは大きく鈍る。
群れの中で逃げる時間を稼ぎたいときは、迷わず足を狙う」
「なるほど……。倒すんじゃなくて、“動けなくする”のも手なんですね」
「そう。全部倒す必要なんてない。目的は“生き延びる”こと。
状況に応じて、優先すべきはなにかを見極めることだ」
あたしは短剣を構えなおして、木の的の脚に向かって素早く斬りつけてみた。
コツンという音がして、少しだけ木剣の感覚が手に残る。
「いい反応だ。足を狙うのは意外と難しい。
ちゃんと膝の位置を覚えることと、低い姿勢で入ること。
姿勢が高いと、逆に狙われやすくなる」
「ふぅ……よし、もう一回!」
構えて、踏み込んで、斬って、離れる。
一撃で決められないなら、二撃三撃で。
倒せないなら、止めればいい。
――それなら、あたしにも、戦える道がある。
「少し助言しただけなんだがな。その調子だよ、リージュ女史。いい筋をしている」
アイシスさんに褒められて、ちょっとだけ誇らしい気持ちになった。
ゾンビは、怖い。戦いも、怖い。
でも、それでも――逃げないために。
あたしも、自分なりの戦い方を身につけていきたい。
その後も、あたしは戦い方をアイシスさんから教わった。
驚いたのは、その教え方。
力任せじゃなく、あたしの身体の動きに合った戦法を、
言葉と実演を交えて丁寧に教えてくれるの。
「いいかい、リージュ女史。君の戦い方に一番大事なのは“回避”と“牽制”。
そして、決して焦らないこと」
その言葉通り、あたしの身体に教えがすっと馴染んでいくような、不思議な感覚があった。
あたしに向いているのは、一撃で仕留める戦い方じゃない。
避けて、動いて、相手の隙を見つけて小さく刺す。
そうやって確実に“生き延びる”こと。
「先ほども言ったが、正確にはゾンビの足の腱を狙うんだ。
ここを斬れば、さすがのゾンビも立っていられない。
逃げる時にも、仕留める時にも応用が利く」
あたしは木の的に向かって、アイシスさんに言われた通り斬りかかる。
一撃、もう一撃。
すこしずつ、ほんの少しずつだけど、あたしの中に“戦い方”ができていく感覚があった。
……でも。
ふと気づくと、アイシスさんの声が止まっていた。
変だな、と思って振り返ると、
アイシスさんはじっとあたしのことを見つめていて、何かを考え込んでいるようだった。
「……あ、あのっ、どこか悪かったところありました……?」
恐る恐る聞くと、彼女は少しだけ目を細めて、あたしにあるものを渡してきた。
反射的に受け取ったそれは、小さな――投げナイフだった。
「えっと、これは……?」
「ついてきてくれるか?」
それだけ言うと、アイシスさんは訓練場の少し離れた場所へと歩き出す。
着いた先には、遠くに立てかけられた一枚の木板の的。
風で微かに揺れているその中心を、アイシスさんは木剣でコツコツと叩いた。
「そのナイフで、この的を狙って投げてみてくれるか?」
えっ……?
なんでだろ……
戸惑いながらも、あたしは言われた通りに構える。
投げナイフなんて、まともに扱ったことなんてなかった。
でも――一度だけ、あった。
リディアさんに、怒り任せで、ナイフを投げたときのあの感覚。
あたしはその時のことを思い出して、ナイフを一本だけ、構えず、力も入れず、自然に投げた。
スコンッ!
「えっ……?」
自分の目を疑った。
ナイフは、的のど真ん中に突き刺さっていた。
「やはりな……」
アイシスさんが満足そうに頷いている。
「え……えっと、何が“やはり”なんでしょうか……?」
混乱してるあたしに、アイシスさんは静かに言った。
「リージュ、君は……向いているよ、投擲武器。とても感覚が鋭い。
力に頼らず、正確に狙いを定める……この訓練場でそんなふうに投げた者は、初めて見た」
「えっ……」
思わずあたしの口が開いたままになった。
あたしが――向いてる?
ほんとに……?
心臓が、少しだけトクンと高鳴った。
今後はしばらく火、木曜日の11時更新となります。
元のペースに戻せそうになり次第、お知らせいたします。
【2025年3月31日、第一夜〜第三夜 改稿】リライト企画進行中(牛歩)
現在第一夜〜第三夜の文章と構成を全面的にリライトしました。
以前のバージョンを読んでくださった方も、改めて楽しんでいただけたら嬉しいです。
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