第四十八夜:ギフテッド
……自分の魔力に集中、自分の魔力に集中……
あれ?なんだろ?
魔力なのかな?
なんか、身体の中心からじんわり広がっていく感じがする…
少し様子をみよう。
ゆっくり、ゆっくり
魔力の流れが、まるで水のように四肢へ、首元へと広がっていくのがわかる。
色は……あ、寝転んでるから自分の身体が見えないんだった。
えっと、手を視線に合わせてみよう。
目は閉じたままだけど、意識で見る感覚。
……あ、視えた。
紫色……かな?
徐々にその“紫”が指先まで行き渡っていく。
この感じ……うん、頭の中にも、多分ちゃんと魔力が巡ってる。
目を開ける。
僕はそっと身体を起こした。
首元にいたフェリオが『ぶら〜ん』ってなったけど、いつものことだから慌てない。
すぐに『ひょいっ』て肩の上に乗り直してきた。
すごく慣れてる……けど、少し毛がくすぐったい。
「今度は魔力、視えたか?」
ルシェルさんの声がした。
視線を向けると、テーブルの上に紅茶の入ったカップと、
数種類のお菓子が並べられていた。
あっ、さっきの“カタンッ”って音、これだったんだ……
「はい、多分視えたと思います。生命の流れは緑色、魔力は紫色でした」
「……上出来だ。荒療治とはいえ、魔力の方も視えるようになるとはな」
紅茶の湯気がふわっと漂って、甘い香りが鼻をくすぐる。
……あ!
「腕は!? 腕、大丈夫ですか!?」
さっきのことを思い出して、慌てて身を乗り出した
だって、この人ナイフで腕を深く切ったんだよ!?
血もいっぱい出てたのに!!
「ん? ああ、ほれ、この通り問題なしだ」
ルシェルさんが腕をぐいっとまくって見せてくる。
……ほんとだ、傷が、ない。完全に塞がってる。
「治癒魔導成功、おめでとう」
紅茶をすすりながら、やけにのんびり言うもんだから、僕の頭はますます混乱した。
「いや! いくらなんでもむちゃくちゃでしょ!
僕がちゃんと治せなかったらどうしたんですか!!」
ちょっと声が裏返ってしまったけど、そこはもう仕方ない。
そしたらルシェルさん、悪びれることもなく、こう言った。
「ああ、あれは少ーし深く切っただけで、命に関わる傷じゃあないぞ」
……???
なん……だと……?
「血が出やすい部位があるんだよ、さっきのところもそうだ。
まぁ最悪自分で治せるしな」
また紅茶をひとくち。
すっごい優雅に飲んでるけど、その口の端には明らかに『ニヤニヤ』が浮かんでた。
「ははははっ、慌てるジークを見るのは楽しかったな〜」
したり顔って、こういうのを言うんだなって思った。
……まさか、“朝の件”の仕返し!?
「大人気ないよ〜……」
僕はソファにドカっと座って、仕方なくお菓子に手を伸ばした。
隣ではフェリオがすぐさま身を乗り出してる。
「きゅー」
「ちょうだい!」って言ってるけど……
「フェリオダメだよ。このお菓子は人間用だから」
ぴたっ……と動きが止まる。
そして目に見えてショボン顔になった。
ごめん、かわいそうだけど、そこはちゃんと線を引かなきゃだし……
「躾がいいな。言葉がわかるみたいだ」
ルシェルさんが紅茶を飲みながら、僕の方に視線を向けてきた。
「僕、動物と話せるんです。なんか、たまに生まれる特別な力らしくて」
そう、今更だけどフェリオとはちゃんと“おしゃべり”してる。
もちろん他の動物とも話せるし、言葉も感情も理解できる。
「ほう、恐らくギフテッドか。初めて会ったな」
「ギフテッド……?」
「そういう名前なんですか?」
「稀に特殊な力を持って生まれる人間がいると、本で読んだことがある。
贈り物という意味らしい」
贈り物……か。
誰が、僕にそんなものをくれたんだろう?
……ふと、胸の奥が少しだけ温かくなった。
「ほら、こっちの果物で食べれる物があれば食べろ」
ルシェルさんがテーブルに置いてあった果物のバスケットを指さした。
フェリオがぴょこんと肩から身を乗り出して、バスケットを覗き込む。
「フェリオ、イチゴあるし、それなら一つだけいいよ」
「きゅー♡」
めっちゃ嬉しそう。
ちゃんと前足で器用に持って、ちいさな口でしゃくしゃく齧り始めた。
……かわいいなぁ。
いや、今はそれどころじゃない。
「それだけでいいのか?」
紅茶を啜りながらルシェルさんが聞いてきた。
「フェレットって肉食なんですよ、果物は少しの方がいいんです」
「へぇ……そうなのか」
ルシェルさん、意外と人間以外にはそんなに詳しくないんだなぁ。
「ところで、僕の治癒魔導、どうでしたか?」
紅茶のカップが静かに置かれた。
その音に合わせるように、ルシェルさんの顔つきが真剣になる。
「――驚いたよ。初見で、実戦で、あれだけやれたのは本当に稀だ」
「え……本当に……?」
「俺は今まで何人か治癒魔導を教えたが、魔力と生命の流れを同時に視るまでに、早いやつでも一年はかかった」
そうなんだ……。
あの時はとにかく、必死だっただけなのに。
「それだけ“感覚が鋭い”ってことさ。
それは素質とも言えるし、もしかしたら……あの生命への意志が、お前の中に強く流れているのかもしれないな」
生命への意志。
僕が誰かを癒したいって、そう強く願ったから?
なんだろう、少しだけ、胸の奥がぽかぽかした。
フェリオが食べ終わったいちごのヘタをぺろぺろしてる音だけが、部屋にやさしく響いていた。
しかし、実際に目の当たりにすると驚くもんだな。
オレは治癒魔導と、あとは光魔法に付随する癒しの魔法しか扱えない。
魔導は理屈も詠唱も多いし、習得には骨が折れるが――オレにとってはもう慣れた技術だ。
さっきジークが見せた“魔力の使いすぎによるメンタルアウト”も、もう何年も経験していない。だが、あいつは……無茶を繰り返すタイプだろうな。
その目は、誰かの命を最優先にして、自分のことなんて後回しにする――
そんな目をしている。実際そうだったからな。
「ジーク、ここを去るまではオレの手伝いをしろ」
ピクリと肩が動いた。目を閉じていたジークがゆっくりと顔を上げる。
意外そうな反応だ。まさか次の修行命令が来るとは思ってなかったのかもしれない。
「一度使えたからといって、まだまだ危うい部分が多すぎる。
夜はこの本を読んで、治癒魔導の詠唱を頭に入れておけ」
本棚から一冊を抜き取り、ジークに渡す。
彼は受け取ったまま一瞬手を止め、じっと表紙を見つめていた。
まるで本の重さがそのまま自分の責任になったかのように。
「いきなり全部覚えようとするなよ。お前は、自分をもっと大事にしたほうがいい」
ジークの視線が下に逸れた。肩が少しだけ下がってる。
……図星か。
悔しそうというよりも、どこか納得してるような、
けど、腑に落としきれていないような。そんな曖昧な顔つきだ。
「あの日もそうだった。お前は周りばかり気にして、自分なんてどうなってもいいと思ってたんじゃないのか?」
ピクッと、犬獣人特有の耳が揺れた。
目を見開きかけて、すぐに視線を逸らす。
図星を突かれたことを隠すように、唇を軽く噛んでいた。言い返せない。
それでも、納得したくない何かが心にあるのだろう。
「自己犠牲を悪いとは言わない。だが、これからのお前は“癒し手”の一人になるんだ。
お前が潰れたら、救える命も全部、崩れるんだぞ」
その瞬間、ジークの拳がきゅっと膝の上で握られた。
怒ってるわけじゃない。悔しさと焦りの混じった、あの感情だ。
きっと、心のどこかではもう理解してる。
でも、それでも――抑えきれないんだろうな。
何かを、どうしようもなく。
「戦う、守る、癒す――お前は“強欲な道”を選ぼうとしてる。
それをやるってのなら、限界を知ること。そして、周りを頼ることも忘れるな」
小さく息を吐いたジークが、ようやくオレを見た。
その瞳には、戸惑いと、ほんのわずかながらの決意があった。
癒し手が倒れたら、そこにはもう、瓦解しか残らない。
甘い言葉なんかより、この現実のほうがずっと重い。
だからこそ、厳しくても伝えなきゃならない。
こいつが、本当に“人を癒せる人間”になるために。
「それじゃあ、また明日、よろしくお願いします」
ジークはそう言って本を抱え、肩にフェリオを乗せたまま部屋を後にした。
ドアが閉まる音と共に、ようやく静寂が戻る。
…さて、と。
俺は深く息をつきながらソファに腰を沈め、そのまま背を預けた。
少し、言い過ぎたかもしれない。
でも、あの素質を見た後じゃ、甘い顔ばかりもしてられない。
“癒し手”になるってことは、ただ治せればいいって話じゃない。
命と向き合い、命の境界に、何度も立たされるってことだ。
羨ましいよ、ジークが。
同じ緩和型の天使でも、あいつは戦える。
天使の力だって、俺よりずっと強い。
俺の力は“痛みをなくす”だけ。
あいつも同じだが、死ぬ運命を変えることはできない。
七日病。
あの忌々しい病に侵された者は、四日目から昏睡に入り、七日目の終わりに命を落とす。
俺の力はただ、彼らの最期の“痛みを無くす”だけで、昏睡状態になると動くことも話すこともできなくなる。
ジークと違って“最後のひとときまで動ける”様に出来るのは羨ましい。
感謝されることもあるが、恨まれることだってある。
「助けてくれ」と縋りつかれても、「見殺しにするのか」と詰められても――
俺は、痛みを消すことしかできない。
ああ……そういえば数日後だな。
また、あの見送りに立ち会う日が来る。
ジークにも付き合わせようか。命の重さを、もっと深く知ってもらうために。
あいつは真っ直ぐすぎる。だからこそ、きっと感謝の言葉を軽んじてる。
“癒し手”に必要なのは、技術だけじゃない。
それを、どう届けるか――なんだよ。
…まったく、俺のイメージが崩れるだろうが。
俺は軽薄で、口が悪くて、女好きで――
それでいいんだよ。
天使だからって、真面目ぶる必要はないだろ?
仮面を被ってる方が楽なんだよ、本当は。
「……ったく、カミラかよ」
ふと、亡き仲間の顔がよぎった。
『理想を追うな、現実を見ろ!』
そう言っては俺を怒鳴った彼女の声が、今になって頭を離れない。
――俺は、現実的だよ。
ただその中で、ほんの少しの理想を、追いかけたっていいじゃないか。
「……あー、らしくないな」
メガネとウィッグを外し、鏡の中の自分と視線を交わす。
ふう、と息をついて風呂へと向かう。
ぬるめの湯にでも浸かって、今日はもう寝るとしよう。
「俺も、そろそろ――人生、見直すべきかもな」
ぽつりと零した言葉は、湯気に紛れて天井へと消えていった。
あの日から、七日が経った。
今日が七日目の終わり――すなわち、八日目が始まる直前の時間帯だ。
ここから先、七日病に侵された者たちは、次々と命の灯を落としていく。
場所は、埋葬樹の元。
風の静かな日だ。
この場で、そのまま埋葬の儀式が行えるようにと手配された。
ここで見送るのは――八十七人。
俺の目には、彼らの命の流れが視えている。
淡く、儚い緑の輝き。
その糸が、一本、また一本と静かにほどけ、消えていく。
まるで風に溶けていく靄のように。
人の死なんてのは、決して珍しいことじゃない。
だがこれだけの数を、一夜で見送るのは――
俺にとっても、初めてのことだった。
ふと、視線をずらすと、ジークがいる。
あいつも、視えてるのか。
命の終わりを。
…泣いてるな。案の定だ。
涙を堪えるどころか、顔をくしゃくしゃにして、声も漏れそうなほどに。
強い奴なんだがな。
こういう時に、誰よりも優しくて、弱い。
あの日、あいつは言った。
「誰かをもっと助ける力が欲しい」と。
癒し手としての道を選んだその覚悟は、こうして真正面から命と向き合う形になった。
気付けば、周囲にはあいつの仲間たちが集まっている。
ミルベーナがハンカチを手渡し、リージュが背中をさすり、フォスターが車椅子のままジークの腕をしっかりと握っている。
フェリオもずっと肩から離れず顔を擦り付けている。
この状況でさえ、ちゃんと“支えられてる”。
――羨ましいよ、まったく。
俺には、あそこまで真っ直ぐに泣ける“誰か”はいなかった。
カミラの死でさえ、泣く暇なんてなかったからな。
友人だって、同胞だって、いくらでも失ってきた。
そのたびに冷静でいようと、努めてきた。
でも、あいつは違う。
悲しい時は泣き、誰かを救おうとして、もがいて――
そして、いつの間にか、周りを動かしている。
だからこそ、お前が癒し手になった意味は、大きいんだよ、ジーク。
夕方には、全員の埋葬が終わった。
空は朱に染まり、沈む陽が、埋葬樹を赤く照らしていた。
静かに手を合わせ、俺はその場を後にする。
これで一区切りだ。
さて――
あいつの情緒が落ち着いたら、またしごいてやるとするか。
お前みたいな“強欲な癒し手”には、課題が山ほどあるからな。
今後はしばらく火、木曜日の11時更新となります。
元のペースに戻せそうになり次第、お知らせいたします。
【2025年3月31日、第一夜〜第三夜 改稿】リライト企画進行中(牛歩)
現在第一夜〜第三夜の文章と構成を全面的にリライトしました。
以前のバージョンを読んでくださった方も、改めて楽しんでいただけたら嬉しいです。
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