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ANgelic of the Dead  作者: 書庫
四章--死の大行進《デス・マーチング》--
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第五十夜:ファルムス帝国

投げたナイフを抜きながらアイシスさんが話してくれた。


「昔似た動きをしてる人を見たことがある。

私もまだ非力な頃でその真似をしたくらいだ」


えっ……?

アイシスさんが非力だったなんて、なんだか想像つかない。


「その方は旅芸人の一座の一人で、剣舞をする踊り子だった」


踊り子……旅芸人……?


なんだろう、それを聞いた瞬間、

脳の奥がズキンと締めつけられるような痛みに襲われた。

視界がゆらいで、足元がフラつく。


「――ッ……!」


あたしは思わず頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。


「リージュ女史! どうした?」


アイシスさんの声が慌てて聞こえてくる。

駆け寄ってくる気配。

だけど、応えられない。


「だい……じょうぶ、です……ちょっとだけ、待って……ください」


あたしの声は震えていた。

記憶が……何か、なにかが戻ってくる、そんな感覚。

でも、嫌だ、絶対、今見たくない……!


頭の奥で、かすかに音がした気がする。

拍子木……鈴……、何かが舞ってる、くるくると。


――でも、それは、すごく、悲しい匂いがした。


「っ、や、だ……やだやだやだ……!」


知らないのに、身体が拒否してた。

頭の奥から涙がにじみ出るような、そんな感じ。


すると――アイシスさんの腕が、あたしの肩に回された。

「大丈夫だ。何かできることがあるなら言ってくれ。無理に話さなくてもいい」


抱きしめられた。


あったかかった。

ミナが背中をさすってくれたときと、どこか似てる感覚。

優しい、けど、強い。


少しずつ、頭痛も収まっていった。


……気がついたら、あたしは少しだけ泣いていた。


落ち着いた頃、ゆっくりとアイシスさんに今までのことを話した。


あたしは記憶がないこと。

他の天使も、天使になった時に一部の記憶が欠けてるって言われたこと。

黒涙湖の影響がこの地方にはあって、それが天使に悪影響を及ぼすこと。


それから――このクラウゼンブルクに来てから、あたしの頭痛が増えてきたことも。


全部、本当のことだから。

話しておきたかった。


アイシスさんは、驚くでもなく、ただ静かに、深くうなずいてくれた。


その顔が……すごく優しくて、すごく頼もしくて――なんだか、泣きたくなった。



「ごめんなさいアイシスさん、頭痛の原因、あたしにもよくわからないの……」


ようやく、声を震わせずに話せるようになった。

呼吸も整って、視界も普通に戻っている。


「いや、こちらこそすまない。恐らく私の言葉が頭痛の原因だろう」


アイシスさんの……言葉が?


「私の言ったキーワード、踊り子、旅芸人、剣舞、どれかに反応していないか?」


うっ……。

一気にその言葉が頭の中でリフレインして、ずきんと脳の奥が重くなる。


「は……い、多分、その言葉……聞きたくない……」


自分の声が、すごく情けなくて頼りなくて……

でも、それでも、ちゃんと伝えた。


アイシスさんがそっと寄り添ってくれて、近くにあった木箱に座らせてくれた。


「なるほど……今はその話はやめておこう、訓練の邪魔になるだけだ」


「あ、そうだ、訓練……」


思い出して、慌てて姿勢を正そうとした瞬間。


「きゃ!?」


ゴトンッ!


木箱が不意に開いた。

あたしが座ってた場所――その蓋がガクッと傾いて、びっくりして跳ね上がりそうになる。なんとか転ばずに「おっとっと……」と足を踏ん張る。


「リージュ女史!? すまない、荷の蓋が空いていたようだ」


アイシスさんが申し訳なさそうに蓋を受け止めた。


あたしの視線が、自然と木箱の中へ落ちる。

中に入っていたのは――丁寧に束ねられた、何本かの槍と剣。

それと、乾いた音を立てて揺れたのは、干し肉や保存食がぎっしり詰まった袋。


「これ……武器と食べ物……?」


あたしが首を傾げると、アイシスさんが箱の中を覗き込みながら頷いた。


「ファルムスからの物資だよ。

ここには数日前に届いたんだが、まだ仕分けが終わっていなくてね」


「ファルムスって……帝国の……?」


「ああ。君たちがこれから向かう地だ」


アイシスさんが少しだけ寂しそうに笑う。


「ファルムス帝国は武器や防具の生産には長けている国なんだ。

加工の技術も高くて、特に軽装用の装備は帝国の品が優れている。だが……」


言い淀むように箱の中から一本の槍を手に取る。

その金属製の穂先には、うっすらと歪みがあった。


「……土地は痩せていて、農作には向かない。

寒冷地が多く、栄養も乏しい。だから保存食の質も決して良くはない」


保存食の袋をひとつ手に取ってみる。見た目は固そうなビスケットみたい。

一見普通に見えるけど、たぶん、すごく味気ないんだろうな。


「彼らの多くは日々を守ることに精一杯だ。

だからこそ武具の質にこだわり、輸出によって生計を支えている。

……この箱の中身は、その象徴のようなものだな」


アイシスさんの言葉は穏やかだけど、

どこか遠くを見ているような、寂しげな響きがあった。


「帝国って、そういうところなんですね……」


「君も行けばすぐにわかる。そこにはまた、別の現実があるよ」


そっか……。

あたし、まだ何にも知らないんだ。

この街のこと、ゾンビのこと、天使のこと、そして……他の国のこと。


でも、知りたい。

自分の足でちゃんと歩いて、知っていきたい。


あたしはそっと木箱の蓋を閉じた。



「リージュ女史、先程の投げナイフはどちらかというと対人用だ」


「えっ、人……?」


ナイフを返されながら、あたしは目を瞬かせた。

対人って、つまり人に向かって投げるってこと?

そんなの、考えたこともない。


ゾンビ相手の訓練のつもりだったから、そんな言葉に思わず手が震えそうになる。


「ゾンビやナグリスにはこの程度、足止めにもならんからな。

これからファルムス帝国に行くなら、遠距離からの牽制も視野に入れるといい」


「で、でも、あたし、人に向かって投げるつもりは……」


困惑して声が詰まりかける。

だけど、アイシスさんは静かに首を横に振った。

柔らかいその仕草とは裏腹に、その目はどこか痛みを知っているような鋭さがあった。


「ファルムス帝国は貧富の差と、人種差別がかなり強いと聞く。

しかも場所によっては、それが逆転するほどに複雑だ」


「……え?」


差別って……そんな、あたしが今まで聞いたことないような言葉が、次々と出てくる。


「それって……どういう……?」


言いかけて、アイシスさんの顔を見た。

今までの穏やかな表情から、どこか言葉を選ぶような、

言いづらそうな雰囲気に変わっていた。


「ここのように、助け合いなど存在しない。

そう考えてもらっていい場所だ。人身売買の噂まである」


「……っ」


頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。

そんな、そんな場所があるの?

人を売る?

モノみたいに?


「でも、ファルムスの人がこの荷物を支援してくれたんでしょ?

そんな酷い国が、こんなことするんですか……?」


言い返したかった。

信じたくなかった。

だけど、アイシスさんはさらに険しい顔になった。


「ちゃんとした国が、武器と食料を同じ箱に入れるか?」


「……」


そう、言われて初めて気付いた。

あたし、さっき箱の中を覗いた時、乾パンや保存肉のすぐ横に、鉄製の短剣や刃こぼれした武器が入ってた。

なんか変だとは思ったけど……。


「ここはファルムスにとって一番の要所、黒涙湖からの最優先防衛地点だ。

だから死の大行進(デス・マーチング)による支援は届く。だが……」


言いよどんだアイシスさんの口元を、無意識に見つめてしまった。


「人員の補充は一切来ていない。今来ている支援兵も、一月後には帰っていく」


「……っ!」


心臓がきゅっとなった。

確かに、あれだけの戦いで多くの人が亡くなったはずなのに、物資だけが送られてくる。人の補充がない。それってつまり、道具だけ与えて、後は勝手に守れってこと?


「ひ、人がモノ扱いされる国……なんですか……?」


「……手厳しいが、適切な言葉だな」


返された言葉が、重くのしかかる。

あたしたちは、そんな国にこれから向かうの……?


「だから女性や子供は、身を守る術を覚えないといけない。

人身売買などしてる輩は、同じ人間なのだから」


スコンッ――!


乾いた音と共に、アイシスさんが再びナイフを投げる。

標的の木に、深々と突き刺さった。

その刃が、空気の張り詰めた音までも貫いたように思えた。


「今日はなんとなく朝の見回りをここにしただけだ。

そこにリージュ女史がいて、ファルムスの話をした。

この偶然を、私は大切にしたい」


彼女の言葉には、飾りがない。

女の人なのに――なんて言い方、失礼かもしれない。

でもあたしにはそう思えた。

あんなに強くて、まっすぐで、でもあたしのことを心配してくれる優しさもある。


……アイシスさんって、すごい人だ。


「……ありがとうございます」


胸の奥が、じんわりと温かくなる。


これからどんな国へ行くのか、少し怖いけど――

でも、ちゃんと、知っておいてよかった。

アイシスさんが、あたしに伝えてくれたから。




「こちらにおられましたか、アイシス団長!」


唐突に飛び込んできた声に、あたしはビクッと肩を跳ねさせた。

反射的に背筋を伸ばすと、訓練場の入口に立っていたのは一人の兵士さん。

たぶん連絡係……というか、あの感じ、ちょっと焦ってる?


「どうかしたか?」

アイシスさんの声が急にキリッとして、なんというか、軍団長モードになった感じ。


「編成軍議がもうすぐ始まります、探しに来たんですよ!」


あっ、あれ?

今、なんて言った?

軍議って……、えっ?


「おや、もうそんな時間だったか。訓練に夢中になってしまったな」


えええっ!?!?

あたしが慌てて空を見上げると、いつの間にか太陽は頭の上に近いところまで上がっていて、ちょっと暑くなってきてる。


「アイシスさんっ、ごめんなさい!訓練に付き合わせちゃって……!」


思わずぺこりと頭を下げると、アイシスさんはクスッと笑いながら首を横に振った。


「構わないさ。彼のおかげで軍議にはまだ間に合うし、君のことも色々知れた。

……早朝で良ければまた戦い方の指導はできると思うが……いかがかな?」


も、もったいないお言葉……。

え、でも……!


「え、あの……お仕事、お忙しいんじゃ……」


ほんとにこんなことお願いしちゃっていいのかな……?

って思ってたら、


「そこは気にしなくていい。

団員は男ばっかりだからな、たまには若い女の子の指導をしたい」


すごい不満そうな顔してる……


――ん?


なんか……今、ちょっと変な方向の好みの人ってこと?

え、いや、まぁ……深くは考えないでおこう!


「はい、じゃあ明日も朝からここに来ます!」


そう答えたあたしに、アイシスさんは三つ編みをクイッと手でかきあげて、

「よろしい!」とびしっと一言。


なんか、かっこいいのか変なのか、よくわからない人だなぁ。


訓練場の使用許可もくれて、あたしが何も言わないうちに「あれは好きに使ってくれて構わん」とか言ってたし……どこまで気が早いのか。


「では、また明日!」


兵士さんに肩を押されるようにして去っていくアイシスさん。

……うん、あの人、なんかこう……台風?いや、疾風?

とにかく、巻き込まれる力が強い!


でも、なんか、嫌じゃなかったな。

あたしのことを知ろうとしてくれて、ちゃんと向き合ってくれて……。

頭痛やファルムス帝国のことはつらかったけど、アイシスさんにだったら、また相談できそうな気がする。


――と、そこでお腹がグゥと鳴った。


「あ……そろそろお昼……」


うん、ご飯食べよう。

午後はミナにまた訓練手伝ってもらいたいし、その前にエネルギー補給。

お昼何にしようかな~って考えながら、あたしは軽く汗ばんだ額をぬぐって、訓練場を後にした。

今後はしばらく火、木曜日の11時更新となります。

元のペースに戻せそうになり次第、お知らせいたします。


【2025年3月31日、第一夜〜第三夜 改稿リライト】リライト企画進行中(牛歩)

現在第一夜〜第三夜の文章と構成を全面的にリライトしました。

以前のバージョンを読んでくださった方も、改めて楽しんでいただけたら嬉しいです。


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https://x.com/r5mswm?s=21&t=YDHDT292BvtoU2Xhs0cHWQ

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― 新着の感想 ―
この「第五十夜」は、物語として非常に濃密で、多層的なテーマが静かに、しかし力強く描かれていて胸を打たれました。アイシスさんとの会話を通じて、リージュの失われた記憶に触れる導入はとても繊細で、読んでいる…
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