第百四十八夜:緑王の加護
死塚の内部。
一歩、踏み入れた瞬間だった。
「……っ」
肺が、重い。
空気が、違う。
まとわりつくような紫の靄が、視界を曇らせる。
吸い込んだ瞬間、喉の奥が焼けるように痛んだ。
「これは……瘴気が濃すぎるな」
ミルベーナが眉を寄せる。
「死の街と化したノルディグラードも、ここまででは無かった……
このままでは我々天使といえど、ただではすまないぞ」
「……想定以上だな」
アランも、わずかに目を細める。
ネクロスの気配とは別の、“場そのもの”の圧。
生き物が存在していい空間ではない。
「みんな、少し下がって」
その中で。
一歩、前に出たのはリージュだった。
「……あたしに任せて」
その声に、ミルベーナが視線を向ける。
「リージュ?」
「大丈夫。ちゃんと出来るから」
迷いは、無い。
――今までとは、ずっと違う。
リージュはゆっくりと息を吸い。
胸元に、手を当てた。
「……来て」
小さく、呟く。
次の瞬間。
光が、生まれた。
淡く。
しかし確かな輝き。
リージュの胸元から、七色の光が滲み出る。
「……っ」
ジークの目が見開かれる。
「それ……」
言葉が続かない。
見たことがある。
だが。
こんな形では、ない。
光は、結晶となって顕現した。
小さな核。
だが、その中には無限にも思える色彩が渦巻いている。
「久遠の……虹結晶……?」
ミルベーナが、低く呟く。
リージュの天使の力を見るのは、六命のアンドレアルフス以来。
だが、あの時とはまるで違う。
“既に使い方を熟知している”
リージュは、その結晶を両手で包み込むように持つ。
そして――
「……広がって」
「緑よ。大地を広がる深緑の緑よ!病苦をもたらす禍害を、照らし尽くせ!!」
静かに、放つ。
淡い光が、弾けた。
七色の粒子が緑に変わり、周囲へと広がっていく。
それは風のように、靄へと触れ――
溶かした。
「えっ……消えてる?」
ジークが思わず呟く。
瘴気が、薄れていく。
完全ではない。
だが。
確実に、“生きられる空間”が生まれている。
リージュを中心に。
円を描くように。
「……上手くいったな」
アランが短く言う。
その視線は、リージュから逸らさない。
「これなら問題ない」
その一言。
それが、全てだった。
「えへへ……言ったでしょ〜」
リージュが少しだけ笑う。
だが、その額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
維持している。
この空間を。
常に。
「……リージュ、あなた……」
ミルベーナが言葉を探す。
「そんな力の制御、いつの間に……」
「ちゃんと、練習してたんだよ」
軽く、そう返す。
だが。
その裏側までは、言わない。
夜ごと。
眠りの中で。
何度も繰り返された、指導。
触れることも許されない核の扱い。
大天使サリエルの、睡眠を介した意思疎通の教え。
久遠の虹結晶と代物の使い方。
それを。
ただ一人で、積み重ねてきた。
「……すごいよ、リージュ」
ジークが、素直に言う。
「水源の中和も驚いたけど、力を使いこなしてる!」
「でしょ?」
少し誇らしげに笑う。
だが、その瞬間。
わずかに。
光が、揺れた。
「……っ」
リージュの指が、わずかに震える。
一瞬。
瘴気が、入り込む。
「リージュ!」
「だ、大丈夫……!」
すぐに、持ち直す。
淡い緑と虹の光が、再び広がる。
空間が、安定する。
だが。
誰の目にもわかった。
これは。
“楽な役割ではない”。
「……理解した」
アランが静かに告げる。
「リージュは中和に専念しろ」
「全員、この半径から出るな」
「彼女を防衛しながら、調査を開始する」
短く、的確な指示。
「了解だ」
ミルベーナが剣を構える。
「いつも通り、守ればいいんだな」
その目は、すでに戦場を見ている。
「任せて。あたしもみんなを守るから」
リージュが言う。
光を維持したまま。
「……あたしが、みんなを守るから……」
その言葉に。
全員が、理解する。
彼女が。
この場所の“要”だと。
外ではいくらでも戦えた。
だが、ここでは違う。
この空間を維持する者がいなければ。
全員、終わる。
「……行くぞ」
アランが一歩、踏み出す。
死塚の中、光の届く範囲。
その先には。
まだ、濃い闇が広がっている。
その奥へ。
ゆっくりと。
隊は、進み始めた。
※2026/4月〜6月の間、どこかで1〜2週間ほど執筆をお休みします。(引越し予定)
それ以外はいつも通り、更新日は毎週火、木曜日の11時更新となります。
【2025年3月31日、第一夜〜第三夜 改稿】リライト
現在第一夜〜第三夜の文章と構成を全面的にリライトしました。
以前のバージョンを読んでくださった方も、改めて楽しんでいただけたら嬉しいです。
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