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ANgelic of the Dead  作者: 書庫
五章--閉ざされた国、ファルムス帝国--
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第百四十九夜:暗く、黒く、繋がる穴

死塚しにづかの内部は、外から見た穴よりも広かった。

入口付近は、先ほどミルベーナが掃討したおかげで、動けるネクロスはほとんど残っていない。


ただ、動いてない奴がいないわけではなかった。


下半身を失い、上半身だけで地面を掻くもの。

首だけになりながら、顎を開閉させるもの。

腕を失ってもなお、身体を捩ってこちらへ近づこうとするもの。


それらが、緑と虹色の淡い光に触れるたび、煙のように輪郭を崩していく。


中心にいるのはリージュだった。


彼女は前を見つめたまま、久遠の虹結晶を胸元で抱くようにして歩いている。

明るい表情を保ってはいるが、額にはうっすらと汗が滲んでいた。


力を解き放つことと、維持し続けることは違う。

この瘴気の中では、一瞬でも結界が揺らげば、周囲全員が危険に晒される。


「リージュ、辛くなったら言って」

ジークが隣から声をかける。

「君が無理をしたら意味がないから」


リージュは少しだけ苦い笑顔を返した。

「うん、大丈夫。まだまだいけるよ」


その声はいつも通りに聞こえた。

だが、呼吸は少し浅い。


アランが前へ出る。

「リージュを中心に約五メートル間隔で三角に広がれ」


淡々と指示を出す。

「先頭は私だ。ミルベーナは左後方、ジークは右後方」


「了解」

ミルベーナが剣を構える。


アランは一度だけ後ろを振り返る。

「進むぞ」


一行は、リージュの光を中心にして、ゆっくりと奥へ進み始めた。

死塚しにづかの中は、洞窟と呼ぶにはあまりにも生々しかった。

壁は岩だけではない。


腐った土。

固まった血。

骨。

肉片。


それらが粘り気のある黒紫の膜に覆われ、一つの壁のように繋がっている。

足元には赤黒い水が薄く溜まり、踏むたびに、ぬちゃり、と嫌な音を立てた。

所々に、樹の根のようなものが這っている。


だがそれは、森にある根とはまるで違う。


乾いた黒い根。

死体の肋骨に絡みつき、頭蓋の穴から伸び、壁の奥へと吸い込まれている。

まるで大地そのものが死骸を食べ、別の何かへ変えているようだった。


「……気味が悪いな」

ミルベーナが小さく呟く。

「ここは自然に出来た洞窟か?」


「違うな」

アランが即答する。

「少なくとも、通常の地形形成ではない」


天井からは、糸のような粘菌が垂れていた。

細く、透明で、紫の光を含んでいる。


それが瘴気に揺られ、ゆっくりと蠢く。

先端には、小さな骨片や腐肉が絡みついていた。


死骸から生えた菌糸。

菌糸に呑まれた大地。

そこからまた瘴気が生まれ、洞窟の奥へと流れていく。


リージュの虹色の光が触れると、粘菌は『じゅう』と小さく音を立てて縮む。


だが、完全には消えない。

結界の外では、すぐにまた伸び始める。


「なんか……生きてるみたい」

リージュがぽつりと言う。


誰も否定しなかった。

洞窟の奥から、低い音が響いている。


風ではない。

水音でもない。

何かが、奥で息をしているような音。


「足元に気をつけろ」

アランが言った。


「この粘菌……魔力反応を持っている。触れ続けるな」


ジークが視線を落とす。

そこには、半分ほど粘菌に取り込まれたネクロスがいた。


まだ動いている。

いや、動かされている?

身体の中から黒い根が突き出し、壁と繋がっていた。


「……これ」

ジークの顔が強張る。

「巣の一部になってるのかな?」


「可能性は高いな」

アランは歩みを止めない。

「だが、ここは単なる発生地点ではない」


その言葉に、ミルベーナの視線が鋭くなる。

「では何だ?」


アランは答えない。

いや、まだ答えを持っていない。

だからこそ、ここに来たのだ。


リージュの結界が、わずかに揺れた。


「……っ」


一瞬、紫の瘴気が内側へ滲む。

ジークがすぐにリージュの肩へ手を添える。

「リージュ」


「大丈夫」

リージュは歯を食いしばるように笑った。


「ちょっと……ここの空気が、重いだけ」


虹色の光が再び強まり、瘴気を押し返す。

その光の外側で。

壁に埋もれていた腕が、ぴくりと動いているのが、なんとも奇妙だ。



死塚しにづかの奥へ。

進めば進むほど、“洞窟”という言葉から離れていく。


壁はもはや岩ではなかった。


腐肉と骨、そこに絡みつく菌糸。

それらが層のように重なり、脈打つように蠢いている。


所々、樹の幹のようなものが突き出していた。

だがそれも、生きた樹ではない。


黒く乾いた幹に、無数の細い管が走り、

その中を紫の何かがゆっくりと流れている。


「……ただの死骸の山、ではないな」

ミルベーナが低く呟く。


足元。

踏み締めた場所が、わずかに沈む。


内部は空洞なのか、あるいは――


「最初に見た菌糸が、全体を繋いでいる」

アランが答える。


その目は、既に別のものを見ていた。

壁に手を触れ、指先で粘菌をなぞる。

「瘴気と反応しているな……」


「反応?」

ジークが眉を寄せる。

「どういうこと?」


「説明しても理解は難しい」

淡々とした返答。


だがアランの視線は鋭い。

「これは単なる腐敗ではない。生成だ」


「……何かを“作っている”?」

ミルベーナが問う。


「可能性はある」

それ以上は言わない。


いや、まだ確定していない。

だからこそ。

アランは見ている。

一つ一つ。


菌糸の太さ、色、流れ。

粘菌の分布、瘴気との濃度差。


それら全てを、頭の中に縫い付けるように記録していく。


その代わりに――


周囲への意識が、わずかに落ちる。

足取りが、ほんの僅かに遅れる。

リージュの光の範囲から、外れかける。


「……アラン、少し――」


ジークが声をかけようとした、その時だった。

奥。

暗闇の中。

何かが、動いた。


「――来るぞ」

ミルベーナの声。


次の瞬間。

影が、飛び出した。


速い。


地面を這うように滑り、一直線に――

アランへ。


「アラン!」

ジークが飛び出そうとする。


だが。

間に合わない。

影が、跳ねる。


その瞬間――

空気が、変わった。


「……五月蝿い」

アランが、呟く。


次の瞬間。

弾けた。

乾いた音。

同時に、冷気が走る。


キィン、と。

耳鳴りのような澄んだ音が、洞窟内に響く。


気づいた時には。

アランの周囲に、五つの光球が浮かんでいた。


赤、青、緑、茶、そして――水色。


それぞれが、ゆっくりと回転している。

まるで意思を持つように。


飛びかかったネクロスは。

その場で――

止まっていた。


次の瞬間。

貫かれる。

氷の槍が、地面から突き上がる。


一体ではない。

後方。

壁。

天井。


潜んでいたネクロスたちが、同時に串刺しにされていた。


「……なんだ、あの魔法は?」

ミルベーナが、思わず声を漏らす。


詠唱は無かった。

魔力の溜めも無い。


ただ。

“そこに在った”。


ジークも、言葉を失う。

「あれ……全部、同時に……?」


アランは振り返らない。

五つの光球は、未だに彼の周囲を巡っている。


わずかに軌道を変えながら。

次を探すように。


「私の心配は無用だ」

淡々と告げる。

「今日のために用意した」


それだけ。

説明はしない。

する気もない。


「……さぁ、先を急ぐぞ」

そのまま歩き出す。


まるで、今の一瞬など何でもないかのように。

残された三人は。


一瞬だけ、言葉を失っていた。

リージュの光が、揺れる。


ほんの少し。


その視線は、アランの背中に向いていた。


「……すご」

小さく、呟く。


ジークも、同じだった。

「……あれが、アランの力……」


ミルベーナは、わずかに目を細める。

そして、短く息を吐いた。

「……化け物だな」


誰にも聞こえないほどの声で。


だが。

その言葉に、否定する者はいなかった。

一行は再び。


闇の奥へと進んでいく。

※2026/4月〜6月の間、どこかで1〜2週間ほど執筆をお休みします。(引越し予定)

それ以外はいつも通り、更新日は毎週火、木曜日の11時更新となります。


【2025年3月31日、第一夜〜第三夜 改稿リライト】リライト

現在第一夜〜第三夜の文章と構成を全面的にリライトしました。

以前のバージョンを読んでくださった方も、改めて楽しんでいただけたら嬉しいです。


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