第百四十七夜:死塚(しにづか)
風が、止まっていた。
高台の上。
張られた簡易拠点の布が、わずかに揺れる。
その向こう。
――それは、広がっていた。
「……」
誰も、すぐには言葉を発さない。
視界の先。
地面が、黒く沈んでいる。
いや――
“腐っている”と言った方が近い。
小さな丘のようなものが、いくつも点在している。
その一つ一つに、洞窟の様な穴が空いていた。
そこから、ゆっくりと。
紫がかった靄が、滲み出ている。
「……あれが」
ジークが、息を吐くように言った。
「死塚、か……」
「ああ」
短く答えたのはアランだった。
「ネクロスの異常個体たちの発生源とされている場所だ」
それ以上の説明は無い。
だが、十分だった。
遠く。
地面を這う影が、ゆらりと動く。
人の形をしている。
だが。
歩き方が、違う。
「……生きて、る?」
誰かが呟く。
「死んでいる」
即答。
アランの声は変わらない。
「だが動く。それがネクロス共だ」
風は無い。
音も、無い。
それなのに。
“何かがいる”とわかる。
「……瘴気が、濃いな」
ミルベーナが、わずかに眉を寄せる。
「この距離でこれだ。中に入れば、まともに呼吸も出来んだろう」
「君たち天使以外は、長時間吸うと奴等の仲間になってしまう。だからこその前線拠点だ」
オルセラ将軍が視線を落とさずに言う。
「ここまでは安全圏。だが、ここから先は別だ」
『瘴気』それは黒涙湖の周りに蔓延しているものだった。
しかし、稀に地表へ噴き出る箇所が有る。
瘴気に長時間触れたものは、自我を失い、倒れ、そして蘇る。死人として。
今回の調査は『瘴気』に関してもアランは解明するつもりだ。
その時。
遠くの“穴”の一つから。
ゆっくりと。
腕が這い出てきた。
「……っ」
リージュが小さく息を呑む。
地面を掻き、引きずるようにして、一体のネクロスが姿を現す。
そのまま、ふらりと歩き出す。
この距離と靄では、ナグリスかどうかも判別出来ない。
――どこへ向かうわけでもなく。
ただ、漂うように。
「……巣、か。だが心配めされるな!我が居れば、あの亡骸どもはすぐに殲滅してみせよう!!」
声を上げたのは、天使マグナ・ロゼリア。
アランは頷かない。
否定もしない。
「内部構造は未確認だ」
淡々と告げる。
「だが、周期的にネクロス共が発生しているのは事実だ」
⸻
――七日前。
「死塚の調査に出る」
あの時。
食卓で告げられた一言。
「帰還していない調査隊もある」
資料を指で叩きながら、アランは言っていた。
「内部に関しては、ほぼ空白だ」
「……つまり?」
フォスターが眉をひそめる。
「入ってみるまでわからん、ってことか」
「そうだ」
迷いのない肯定。
「これ以上国力を下げるわけにはいかない」
「作戦開始日は七日後。死塚までは一日の距離だ。
この数日でいつもの仕事を先に終わらせてもらう」
朝から休みだと思っていたみんなは、それぞれ顔をしかめる。
しかし、その意味は『ようやくこの時が来た』その顔だった。
「ったく、ファルムス帝国は今日もブラックだぜ」
フォスターはいつものおちゃらけたセリフを言いながらも、真剣な顔を崩さない。
「では、これより作成説明に入る――」
⸻
現在。
風は、やはり吹いていない。
だが。
“何か”が流れている。
目には見えない圧。
「気持ち……悪いな」
リージュが嫌悪の表情で吐き出す。
「当然だな」
ミルベーナが言う。
「ここは“生きている者の場所”じゃない」
その言葉を聞いていた。
ジークは、何も返さなかった。
ただ。
遠くのネクロスの群れを見ていた。
(……同じだ)
解体した、あの時と。
動き。
質感。
違いは――
数だけだ。
「……ジーク?」
リージュが小さく呼ぶ。
「大丈夫?」
「……うん」
短く答える。
だが、その視線は逸らさない。
逸らせなかった。
「準備は整っているな」
アランの声が、全員の意識を引き戻す。
「今回の調査は二手に分かれる」
「外縁部の殲滅。内部侵入し調査をする、二部隊」
「無論、天使のみでの構成だ」
その言葉に。
オルセラ部隊の一人が愚痴を吐くように、恐怖を抑え笑う。
「へへへ、マジかよ……あんなの、ただの地獄じゃねぇか」
完獣だからわかる感覚。
『死』がそこに待っている。
オルセラ将軍の部隊は最低限のバックアップ。
あの瘴気の中闘い続ければ、死の同胞と化す。
空気が、わずかに揺れる。
「臆するな!我が同胞たちよ!」
オルセラ将軍の声で部隊に緊張が走る。
「我らが役目は、この道のりまでの天使様への力の温存!そして拠点の防衛である!
しかし、最悪の時は我らが天使様の盾となる所存!気を引き締めろ!!」
「……ウ、ウオーーーッ!!!」
オルセラ将軍の檄に士気が高まる。
「あ、あの……オルセラ将軍。あまり大きな声は……」
リリアが懸念して声を掛ける。
「問題ない。どうせ奴らはここまで来れん。士気が低いよりマシだ」
アランは死塚を見つめながら諭す。
アランが一歩前に出る。
「それでは、作戦を開始する!!」
その瞬間。
場の空気が切り替わった。
日常は、完全に消える。
残るのは。
任務だけ。
一足先に先陣を舞ったのは、マグナ・ロゼリアだった。
「雷を守護とする我が雷槍よ――!」
「天を裂き、地を穿て!」
「全てを焼き払い、薙ぎ払え!」
「奥義!!神鳴走閃!!」
地に着く前に、マグナ・ロゼリアは雷となった。
その足は止まらない。
死塚の周りに所々に雷が走り、そして落ちる。
その勢いは止まらない。
死塚
その“巣”へ向けて。
一行は、動き出した。
「行くぞ!!」
※2026/4月〜6月の間、どこかで1〜2週間ほど執筆をお休みします。(引越し予定)
それ以外はいつも通り、更新日は毎週火、木曜日の11時更新となります。
【2025年3月31日、第一夜〜第三夜 改稿】リライト
現在第一夜〜第三夜の文章と構成を全面的にリライトしました。
以前のバージョンを読んでくださった方も、改めて楽しんでいただけたら嬉しいです。
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