第十二夜:それぞれの思惑 後編
その時――
「きゅきゅきゅー!!」
突如、ジークの肩にしがみついていたフェリオが飛び出した!
「フェリオ!?」
驚いたジークが後を追うように走り出す。
視線の先、闇の中で何者かの影が動いた。
そして――
「うお、おいこら、くすぐってぇって、おい!」
低い声が響く。
その声を聞いて、ジークは目を見開いた。
「……フォスター!?」
漆黒の地下水路で、思わぬ再会を果たす――
ジークが驚きの声を上げた。
「ジーク!?」
「逃げ出してきたのか?」
フォスターは、フェリオを顔から引きはがしながら、松明の明かりでジークたちの顔を確認した。
肩に乗ったままのフェリオが、ふんすと鼻を鳴らす。
「えっと、色々あって逃げ出せたんだけど……助けに来てくれたんだね」
先程まで毅然としていたジークも、緊張が解けたかの様に安堵の表情になる。
「当たり前だろうが……お前らが牢から出てきたってことは、やつらにバレたのか?」
「いや、今のところは気づかれていないと思う」
ジークは手短に、リージュとともに牢を抜け出し、ここまで逃げてきた経緯を説明した。
「ふむ……アンタがリージュか、ミルベーナのこと知ってるか?」
「ミルベーナ!? どこ、ここに来てるの?」
「いや、今は別行動中だ。 空から探してるから、後で合流出来んだろう」
フォスターは腕を組みながら、リージュの方をちらりと見た。
彼女はまだ怯えた様子でフォスターを見上げていたが、しっかりとジークの傍に立っている。
「……ま、今は立ち話してる暇もねぇな」
フォスターは懐から地図を取り出し、二人に見せた。
「ここがオレたちが今いる場所だ」
地図には、砦の地下構造がざっと記されている。
「このまま真っ直ぐ行けば、地上への抜け道がある……が、敵が多そうだ」
ジークが地図を見て、小さく眉を寄せた。
「なら、別のルートを探したほうがいいかな?」
「だな」
フォスターが頷いたその時、リージュが意を決したように口を開いた。
「……あの、あたし……足手まとい、ですよね?」
どこか不安げな瞳で、ジークとフォスターを見つめる。
フォスターは一瞬無言になったが、すぐに口を開いた。
「いや、そういうわけじゃねぇ」
「え?」
「お前さんが戦えねぇのは分かってるが、だからって一人にはしねぇよ」
フォスターはぶっきらぼうに言いながら、大斧を担ぎ直した。
「……もうちょっと優しく言えないの、フォスター?」
ジークも静かに言葉を添える。
「ここでリージュさんを一人にするなんてありえない。
僕らが守るから、一緒に行きましょう」
リージュの目が驚きに見開かれる。
それは驚きの後に、安心感へと変わっていった。
「ありがとう……」
その小さな呟きを聞きながら、フォスターは前を向いた。
「よし、じゃあさっさと抜け道を探すぞ」
ジークもうなずき、フェリオがちょこんとジークの肩に乗る。
三人は地図を頼りに砦の内部へと足早に進んでいった
***
宵闇に溶けるように、ミルベーナは静かに空を滑空していた。
ヴァルストークの町を見下ろしながら、冷静に状況を分析する。
(どうすればいい……?)
親玉を叩くか?
いや、それでは人質ごと殺される可能性が高い。
フォルスティンという男の幻術も、どこまで通用するかわからない。
そもそも、時間がないとはいえ、初対面の三人がそれぞれ別行動?
今考えれば、穴だらけの作戦だった。
「……チッ」
建物の上で息を吐き、己の選択の甘さに自己嫌悪に陥る。
だが、すぐにその考えを振り払った。
後悔したところで、今さらどうにもならない。
それよりも、“今” どう動くかを考えなければ――
ふと、信徒たちの動きに異変があった。
(……?)
町の広場に、白いコートを纏った信徒たちが続々と集まっていく。
その中心には、縛られた人々の姿があった。
「信徒と……捕まっている人たちかしら?」
ミルベーナは目を凝らし、様子を見つめる。
そこは、先ほどフォルスティンが目をつけていた儀式の場だった。
広場を囲むように、信徒たちが列をなし、次第にその数が膨れ上がる。
重苦しい静けさの中、“何か” が始まろうとしていた。
その時――
ぽつ……ぽつ……
冷たい感触が頬を打った。
「……雨?」
不意に降り出した小雨。
見る間にその勢いを増し、町全体に静かな雨音が響き始める。
(……これは儀式の影響ね)
不吉な予感が胸をよぎる。
儀式と思われる場の中央に、淡い光を放つ人物の姿があった。
「アイツね……」
周囲の信徒たちとは異なる、異様な雰囲気を纏った男。
ゆっくりと手を掲げ、何かを唱え始める。
次第に、捕らえられた者たちが一人ずつ、十字架のようなものに縛り付けられていく。
雨が降る中、その光景はより一層、不気味なものに見えた。
「……リージュの姿がない?」
辺りを探るが、彼女の姿は見えない。
その時、信徒たちが何かに気づいたように慌て始めた。
(……救出が成功した?)
ミルベーナの心臓が少しだけ跳ねる。
だが、安堵するのはまだ早い。
リージュが助かったとしても、儀式自体は止まっていない。
ミルベーナは大剣を握り直し、低く呟いた。
「さて……どう出ようかしら」
雨が強まり、ヴァルストークの闇はさらに深くなっていく――。
***
信徒の慌ただしい叫びが、静寂に包まれた儀式の場に響いた。
「主教グレゴール様!」
グレゴールは振り返らない。
彼の前には、十字架に磔にされた生贄たちが並び、その血が静かに儀式の祭壇へと滴っていた。
神聖なる儀式が、今まさに成されようとしている。
「何事だ」
低く響く声は、まるで冷えた刃のようだった。
「儀式に影響が出るであろう」
静かでありながら、底知れぬ圧がある。
信徒は膝をついたまま、息を整えながら報告する。
「それが……生贄が二人、脱走いたしました……!」
焦燥と恐怖に染まった言葉。
儀式の最中に起きた異常事態。
――その瞬間、
「何だと?」
グレゴールの顔がゆっくりと歪んでいく。
微笑が、怒りへと変わる。
狂気がにじみ出る。
信徒たちは、一斉に身を縮めた。
ヴァルストークの冷えた雨が、彼の纏う主教の衣を濡らす。
その水滴すら、血のように見えるほど、不気味な雰囲気を放っていた。
「……よろしい」
彼は唐突に口元を緩めた。
微笑んでいる。
だが、その表情には、純粋な恐怖しかなかった。
「立ちなさい、顔を上げよ」
静かに、しかし命令のように響く声。
震える信徒は、ゆっくりと顔を上げた。
「フードを取りなさい」
一瞬、信徒はためらう。
「は、はい……」
おずおずと、彼はフードを外す。
そこに現れたのは、ルポリカント特有の獣のような耳と、怯えた瞳。
――グレゴールの目が、ぎらりと光った。
「ああ……主が導いてくださったのだ」
微笑みながら、彼は静かに手を上げた。
「ドスッ」
鈍い音が響く。
ナイフが、信徒の胸に突き刺さっていた。
「……え?」
信徒の目が見開く。
「お、おお……ごぼっ……?」
震える声が、血泡とともに溢れる。
「逃げた二人のうち、一人はルポリカントだった……」
グレゴールは狂ったように微笑みながら、信徒の体をゆっくりと地面へと押し倒した。
「ならば、お前が代わりに捧げられるべきだろう?」
まるで神託を聞いたかのように、彼は恍惚とした表情を浮かべた。
信徒たちは、誰一人として動かない。
狂気。
これが、“救済の御使い” の信仰だった。
そして、誰もがそれを疑うことはなかった。
突き刺された男の血が祭壇へと流れ落ちる。
すると、他の信徒たちが淡々とその死体を持ち上げ、十字架へと張り付けた。
まるで、それが当然であるかのように。
「……さて、もう一人が足りないな」
グレゴールはつぶやく。
その時、一人の信徒が静かに前へと歩み出た。
「主教グレゴール様……」
その声には、迷いがなかった。
「私をお使いください」
彼は誇らしげに胸を張る。
信徒たちが、一斉に息をのんだ。
グレゴールがゆっくりと彼を見据える。
「……フェリシアンテか」
名乗り出た男の姿は、誇り高いものだった。
「主のために、私は捧げられることを光栄に思います」
グレゴールは微笑んだ。
「……良かろう」
刃が再び振るわれ、信徒たちは新たな生贄を十字架へと縛りつける。
「祈れ、我が同志たちよ、敬え、誇り高き我らが主に!」
そう宣言した時、空が低く唸りを上げた。
ヴァルストークの町が、まるで嵐の中に飲み込まれるかのように、荒れ狂い始める――。
***
「……狂信者、その名の通り狂っているわね」
ミルベーナは建物の陰から、冷めた目でその光景を見下ろしていた。
祭壇の上、ナイフが振るわれ、血が大地に捧げられる。
信徒たちは歓喜の声を上げながら、それを神聖なものとして受け入れる。
「封印されし六命……かつて神に抗ったとされる存在」
静かに呟く。
「そんなものを復活させるわけにはいかない」
冷たい雨が、彼女の頬を伝った。
次第に雨脚は強まり、風が唸るように吹き荒れる。
天が、この儀式を拒んでいるかのように。
だが、信徒たちは怯むことなく、地に膝をつき、祈りを捧げ続けている。
広場の中心にある祭壇に向かい、揃った声で詠唱を続ける。
――しかし、それが全員ではないことに、ミルベーナは気づいた。
「……?」
祭壇の周囲で熱心に祈る者たちの外側。
そこでは、何人もの白コートの者たちが、怯えた様子で逃げ惑っている。
「……ふん、なるほどね」
ミルベーナはわずかに口角を上げる。
「これで狙いが定まった」
逃げ惑う白コートの者たち。
それは、“町の住民” だ。
無理やり信徒に仕立て上げられ、白いコートを着せられただけの人々。
彼らはこの儀式が何を意味するのかを理解し、本能的に逃げ出そうとしている。
嵐が荒れ狂い、雨が強く地面を叩く中、広場の中心では七色の光が揺らめき始めていた。
ミルベーナは剣を握りしめ、視線を上げる。
「……もう時間がないわね」
次の瞬間、
ゴロゴロゴロ……ッ!!
雷鳴が轟く。
ヴァルストークの夜が、稲光に照らされる。
何かが目覚めようとしていた――
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