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ANgelic of the Dead  作者: 書庫
三章--ヴァルストーク砦攻略戦--
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第十二夜:それぞれの思惑 前編

ジークは先程の白コートの信徒が落としたランタンを拾い、火を灯した。

揺れる橙色の光が、冷たい石壁をぼんやりと照らし出す。牢屋の奥は薄暗く、湿った空気が肌に張り付くようだった。


「よし、行こう」


彼はリージュに声をかけ、慎重に歩を進める。

フェリオはジークの肩にしがみついたまま、耳をぴくりと動かした。


二人は廊下を進みながら出口を探す。

しばらくして、リージュがふと足を止め、周囲を見回した。


「……何か変だよ」


ジークも立ち止まり、彼女の視線を追う。


「どうしたの?」


「ここにあった牢屋、空っぽ……」


リージュの声はわずかに震えていた。

彼女が来たときには、ここにはまだ別の捕らわれた人々がいたはずだった。

だが今、そこには誰の姿もない。


「みんな……いなくなってる」


ジークも異変に気付き、慎重に周囲を見渡した。

鉄格子の奥にはわずかに乾いた血の跡が残り、誰かが荒々しく引きずられた形跡もある。


「そういえば、信徒たちが儀式とか言ってたね……」


ジークの言葉に、リージュの表情が強張る。嫌な予感がした。

彼らがどこへ連れて行かれたのか、そして“儀式”とは一体何なのか――考えるだけで胸がざわつく。


「急ごう」


ジークの声が低く響く。リージュもうなずき、二人は足を速めた。


***


同じ頃、ヴァルストークの地下水路では、フォスターが壁に掛けられた松明を片手に、手元の地図を確認しながら進んでいた。


石造りのトンネルの中を、水が細い流れとなって流れ落ちる音が響く。

湿った空気のせいか、奥からかすかにカビ臭さも感じられた。


「……こっちか」


フォスターは眉をひそめ、地図を再確認する。


「道がやたら入り組んでやがるな……」


この地下水路を抜ければ、砦の内部へと通じるはずだ。フォルスティンの幻術による攪乱が成功していれば、敵の警備も手薄になっているはずだが――それでも油断はできない。


フォスターは地下水路の冷たい空気を吸い込み、鼻をしかめた。

湿った石の匂いに混じって、どこか鉄臭い、異様な匂いが漂っている。


「……チッ、変な匂いがしてきやがった」


手にした松明の火がゆらめき、壁際の影が大きく揺れる。

ジメジメとした水路の奥から、どこか異様な空気が流れてくるようだった。


「気のせいか……?」


そう呟いた矢先だった。


水路の先に、何かが沈んでいるのが見えた。


フォスターは眉をひそめ、ゆっくりと足を進める。

近づくにつれて、それが何なのかが明らかになってきた。


「……ッ!」


水の流れに半ば浸かったそれは、人の死体だった。

衣服は破れ、皮膚は紫がかった不気味な色をしている。

異臭の元はこれだったのか――。


フォスターは大斧の柄を強く握りしめる。


「……町の人間か?」


フォスターはそっと屈み込み、死体の様子を確かめようとした――その時。


「――ッ!」


水の中から、何かが飛び出した。


フォスターは即座に身を引き、大斧を構える。

暗がりの中、飛び出してきたのは……人間だった。


「……ったく、野良が入り込んでたか!?」


だが、違う。

フォスターはすぐに異変を察した。


飛び出した男は、虚ろな瞳をしていた。

白目を剥き、口元には泡のような唾液を垂らしている。


「――――ァァァァ」


男は言葉にならないうめき声を上げながら、よろめきつつもフォスターに向かってきた。


ゾンビか?いや――何かが違う。


動きが鈍すぎる。ゾンビならもっと本能的に襲いかかるはずだ。


「おい……生きてるのか?」


フォスターは様子を伺うように一歩踏み出した。

その瞬間、男の体がガクン、と崩れ、膝をついた。


「……ぁ……ぁ……助……け」


掠れた声が、暗闇に響く。

フォスターの眉がさらに深く寄る。


「どういうことだ……?ゾンビでも、正気を保ってるやつなんて聞いたことねぇぞ」


男は震える手を伸ばし、フォスターの足元にしがみつこうとする。


「――ッ!」


その手が、異様に黒ずんでいた。

まるで何かに侵されているかのように。


そして次の瞬間――


「クソっ、離れろ!!」


フォスターが叫ぶよりも早く、男の体が痙攣し、ピクリとも動かなくなった。


静寂が訪れる。


「……いったいなんだ、こりゃ」


フォスターは冷や汗を拭いながら、死体を見下ろす。

男の手の指先には、小さな傷跡があった。


「……?」

「これ……毒……か?」


だが、それだけじゃない。

何かが、普通の毒とは違う「異質なもの」を感じさせた。


フォスターはゆっくりと立ち上がる。


「……クソッ、なんなんだよ、わっけわかんねぇ!」


ここで時間を食ってる場合じゃない。

フォルスティンは別行動、ミルベーナも上空から様子を探っている。

ジークたちがどうなっているかも分からない。


フォスターは松明を掲げ、奥へと進む。


***


ヴァルストークの夜は静かだった。

だが、その静けさの中に、確実に“異常”が潜んでいる。


白いコートを纏った男が、悠然と石畳の上を歩いていた。

彼の足音は、誰の耳にも届かない。


フォルスティンはゆるりと微笑みながら、周囲を見渡した。

そこにいる者たちは、彼の存在にまったく気づいていない。


「いやはや、幻術とは便利なものですねぇ」


まるで空気のように、彼は白コートの群れの間をすり抜ける。

信徒たちは誰一人、彼の姿に目を向けることはなかった。


ヴァルストークの広場に足を踏み入れると、そこには十数人の信徒たちが集まり、

まるで聖なる儀式のように、低く祈りの声を捧げていた。


「……この広場が儀式の場所でしょうか?」


フォルスティンは目を細め、中央に立つ一際特徴的な男に目を留めた。

その男は両手を高々と掲げ、恍惚とした表情で七色に光る小瓶を拝んでいた。


「おや、あれは……?」


フォルスティンの口元が、より一層楽しげに歪む。

彼はゆっくりと男に近づき、その手の中にある小瓶をじっと見つめた。


七色の液体が揺れ、月明かりを受けて妖しく輝いている。


「ほほう、ソロモンの小瓶……これは調査した甲斐がありましたねぇ」


フォルスティンは内心、感嘆の息を漏らした。

信徒たちがどこからこれを手に入れたのかは知らないが、彼にとっては幸運なことだった。


「なかなかに興味深い……」


まるで芸術品を眺めるかのように、彼はその小瓶に見入った。


だが、その視線をゆっくりと別の方向へ向ける。

ふと、遠くの建物の一角が、かすかに光を放っているのに気づいた。


「……おや?」


フォルスティンは片眉を上げ、興味深げにそちらへ歩みを進める。

広場を離れ、白コートたちの間をすり抜けながら、その建物へと向かっていった。


その先に何があるのか――彼自身、心が高揚する感覚を楽しんでいた


***


地下牢の薄暗い通路を進んだジークたちは、突き当たりで足を止めた。


道は二手に分かれていた。


一方は上へと続く階段、もう一方は下へと緩やかに傾斜している通路。

これまで信徒たちと出くわしていないことからも、彼らが最後の生贄だった可能性が高い。


「道……分かれちゃってるね」


リージュが不安そうに呟いた。


ジークは上の階段を見上げる。おそらく外へ繋がる道だろう。

だが、その先には多くの信徒が待ち構えている可能性が高い。


一方、下の道からは、かすかに水の流れる音が聞こえた。


(もし外で信徒に囲まれたら……僕一人じゃ、リージュさんを守れない)


彼は息を飲み、決断した。


「下に行こう」


「上、じゃないの?」


リージュが不思議そうに問いかける。

ジークは小さく頷きながら、上の道を指さした。


「多分、上へ行けば外には出られると思う。でも、そこには大勢の敵がいるはずだ」


彼は少しだけ迷いながらも、正直に言葉を続けた。


「僕一人じゃ……君を守れない」


ドキッ!


リージュの胸が高鳴った。


(こんな状況で何考えてるのよ、あたし!?)


こんな時にときめいている場合じゃない!

彼女は内心で自分を叱咤しつつ、すぐに冷静さを取り戻す。


「ごめんなさい……足手まといになっちゃって……」


「大丈夫。この狭い場所なら守ってあげられる」


ジークの声は、迷いなく優しかった。

まるで、これが当たり前のように。


「早く逃げ出して、友達に会いに行こう」


リージュの心の奥が、温かくなるのを感じた。

こんな状況でも、彼は見ず知らずの自分を本気で気にかけてくれている。


「ありがとう」


その一言を皮切りに、二人は下の道へと進んだ。


進むにつれて、水の音が次第に大きくなってくる。

どうやら、この通路はどこかの地下水路へと繋がっているらしい。


だが、それと同時に――


足音が聞こえた。


ジークはリージュに向かって、声を出さないように手で合図をする。

そして、そっとランタンを彼女に渡した。


(人か?それともゾンビか?)


足音は次第に近づき、ランタンの灯りが揺れる。

緊張が張り詰め、ジークは息を潜めながら身構えた。


その時――

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