第十三夜:復活のアンドレアルフス 前編
ミルベーナは夜闇に溶け込むように建物の屋根を蹴った。
一瞬、宙に浮かぶ。
次の瞬間、まるで魚が水に潜るように、彼女は重力に身を任せた。
「Veltr fljúga (ヴェルトル・フリューガ)!」
地面ギリギリの位置。
空気が肌を撫でる。
「Hraða! (フラザ!)」
ドンッ!!
ミルベーナの身体が突風のように低空を駆け抜けた。
影の如く疾駆し、儀式の場へと接近する。
その瞬間――
「さあ同志たちよ! 今こそ生贄の鮮血を一つにする時だ!!」
主教グレゴールの狂信的な叫びが広場に響き渡った。
信徒たちは剣を掲げ、拘束された生贄に刃を突き立てようとする。
だが――
突如、暴風が広場を吹き抜けた。
「……!? 何事だ!?」
グレゴールが叫ぶ。
目の前に広がっていたはずの生贄の列。
しかし、そこにあったのは――切り裂かれた信徒の死体 だった。
ガクン……と力なく崩れ落ちる白コートの男たち。
「Meira hraða! (メイラ・フラザ!)」
嵐の中、旋空が広場を切り裂く。
閃光のような斬撃が次々と飛び交い、生贄の拘束が解かれる。
「くっ……ええい、賊か!!」
グレゴールが苛立ち、詠唱を始める。
その瞬間――
「賊とは心外だな」
雨風に打たれながら、静かに降り立つ影。
ミルベーナ。
彼女のオーラがひしひしと伝わる。
大剣を片手にグレゴールたちを見下ろしていた。
その刃からは、赤い血が雫となって滴り落ちる。
「ひっ……」
信徒たちが恐怖に声を漏らす。
ついさっきまで生贄を殺めようとしていた者たちが、
今度は自らが殺される側となったことに気づいた。
「主教グレゴール――貴様の大罪、その身をもって贖え!!」
ミルベーナは両手で大剣を構え、一気に振り下ろす。
その時――
ガキィィィン!!
甲高い金属音が広場に響いた。
ミルベーナの一撃は、グレゴールの前で見えない障壁に阻まれた。
「……何、これはいったい!?」
彼女の目が僅かに見開かれる。
まるで見えない盾に阻まれたかのような感触。
だが、確かにそこに存在する”何か” があった。
「おお、我が主よ!! 感謝いたします!!」
グレゴールが狂気じみた笑みを浮かべる。
彼の前には、七色に輝く「ソロモンの小瓶」 が浮いていた。
ミルベーナの一撃は、それによって防がれていたのだ。
「くっ……!!」
ミルベーナが大剣を引き戻したその時、彼女は異変に気づく。
――詠唱。
(……しまった!!)
グレゴールの口が動いていた。
「雷よ、クッレ・トニトルウム!!」
雷鳴が轟く。
「クイック・ヴォルト!!」
ドゴォォォォン!!!
閃光と共に、雷撃が降り注ぐ。
ミルベーナは咄嗟にマントを広げて受け止めるが――
「ッ!!」
衝撃が身体を打ち、彼女の姿は吹き飛ばされた。
彼女が地面に叩きつけられる直前――
広場の中心で、七色の光が揺らめく。
「主よ……いまこそ、目覚めの刻!!!」
主教グレゴールの叫びと共に、
ヴァルストークの空に、さらなる雷鳴が轟いた。
その少し前――
砦の内部は不気味なほど静まり返っていた。
外からは、雨の匂いがじわりと入り込み、風が時折壁を揺らす音が響いている。
「……もう砦の中だってのに、信徒の一人もいやしねぇな」
フォスターが周囲を警戒しながら呟く。
「不気味だね……多分、僕らの脱走はもう気付かれてると思ったんだけど……」
ジークの声には警戒が滲んでいた。
「……ミルベーナ、大丈夫かな……」
リージュが不安そうに呟く。
フォスターはふっと笑い、彼女の肩を軽く叩いた。
「大丈夫だよ。オレなんてアイツに首ちょんぎられそうになったんだぜ?」
「戦ってはいねぇけど、つえーよアイツ。ここのザコどもなんかにゃやられねぇって」
少しでも安心させようとするフォスターの言葉。
だが、その言葉が終わる前に、雷鳴が砦を照らした。
ゴロゴロ……ドォォン!!
稲光が一瞬、薄暗い砦の内部を白く染める。
そして、階段から複数の足音が響いた。
「……誰か来る」
ジークが低く囁く。
複数の影が階段を駆け下りてくる。
フォスターとジークはすぐに構え、リージュを後方へと下がらせた。
だが――
降りてきたのは数人の白コートの男たちだった。
様子がおかしい。
――まるで、逃げてきたかのように。
「おい、テメェら! よくもやってくれ……」
フォスターが威圧的に声をかけようとしたその時――
「助けてください!!」
懇願の声が、広間に響いた。
「……あい?」
フォスターが一瞬固まる。
「えと……」
ジークも戸惑いながら男たちを見る。
「私たちはこの町の人間です!」
「し、仕方なかったんだ! 逆らうと……殺されるから!」
白コートの男たちは、バラバラに逃げていた町の住民だった。
奴らは無理矢理信徒に仕立て上げられた人々。
彼らは砦の中に逃げ込み、本物の信徒から身を隠していたのだ。
「今、奴らは儀式につきっきりなんです!」
「今しか逃げる機会がないんです!」
住民たちが口々に叫ぶ。
フォスターは舌打ちしながら、壁に拳を叩きつけた。
「わかった、わかったって……!」
「でも町の外はダメだ! 瘴気も出てるし、ゾンビも集まってる!」
住民たちの表情が絶望に染まる。
その時――
外が騒がしくなった。
「……ねぇ、おじさん。この上って外に繋がってるの?」
ジークが住民の一人に尋ねる。
「あ、ああ……外壁の上に出られるが……」
「よし!」
フォスターが迷うことなく走り出した。
「ちょっ、フォスター!」
「あーもう! みなさんはここにいてください!」
ジークも慌てて後を追う。
「わ、私も行く!」
リージュも後に続いた。
三人は外壁の上へと出る。
外は嵐のように荒れ狂っていた。
強い風が吹き荒れ、雨粒が顔を打つ。
しかし、その中でひと際目を引くものがあった。
広間の中心――そこに、光る物体が浮かんでいる。
「……何だ、アレ?」
フォスターが眉をひそめる。
雨で視界が悪いにも関わらず、
それだけは異様なほどはっきりと見えた。
――七色の光を放つ、ソロモンの小瓶。
「……!? あそこ、ミルベーナ!!」
リージュが叫ぶ。
指差す先、広場の地面に膝をついた影があった。
ミルベーナ――
彼女は先程の魔法を受けた直後なのだろう。
呼吸を整えながら、ゆっくりと顔を上げた。
「ジーク、ここ頼んだぞ!! 加勢に行ってくる!!」
フォスターは迷いなく跳躍した。
「ちょ、フォスター!」
ゴォォンッ!!
砦の外壁から広場へ――凄まじい跳躍力。
彼の影が、雷光に照らされながら宙を舞う。
「……もう、無茶するなって……」
ジークが小さく呟く。
その視線の先――ヴァルストークの戦いが、決定的な局面へと突入しようとしていた。
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