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ANgelic of the Dead  作者: 書庫
五章--閉ざされた国、ファルムス帝国--
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第百十一夜:価値観の違い

――内壁の上

ちょうど民家の屋根と同じほどの高さだろうか。


飛行魔術で滑空しながら先を見れば、見張り台の上が開けている。

そこでは数名の兵士が倒れた仲間を囲むように武器を構え、必死に後退していた。


肝心のネクロスは――いた。


倒れた兵士の上に、腐肉の塊のような影が覆いかぶさっている。

噛みつかれまいと、兵士は槍の石突きを相手の口に押し当てていたが、

完全に馬乗りにされ、体勢が悪すぎる。


「たす、助けてくれ!!」


隣の兵士に懇願する声が上がる。

しかし仲間の兵士たちは一歩も動けない。

恐怖が脚を縫いつけたように、ただ震えているだけだ。


舌打ちが漏れた。


私は一気に速度を上げる。

「Hraða!(フラザ!)」

加速魔術が身体を押し出し、視界が一瞬だけ細くなる。


「そのまま抑えていろ!今助ける!!」


大剣を抜き放ちながら叫ぶが――近い。

あまりにも二人が近すぎる。

私の千光剣では、振り下ろせば兵士ごと断ち割ってしまいかねない。


「は、早く!!」


また悲鳴。

焦りか、恐怖か、あるいは痛みか。

どれにせよ、時間はない。


私は飛行魔術を敢えて解除し、落下の勢いそのままにネクロスの脇へ着地する角度を取った。

剣を水平に構え、着地と同時に叫ぶ。


「こっちだ! バケモノッ!!」


その声に、腐肉の固まり――ネクロスが、ギギ、と軋む音を立てて顔をこちらに向けた。


動いた。

今だ!!


着地の衝撃と共に体をひねり、刃を薙ぐ。


抵抗はほとんどなかった。

まるで腐った野菜でも切ったかのように、首が滑らかに跳ね飛んだ。


肉片と黒い血霧が散り、体は崩れ落ちる。


私は構えた姿勢のまま、浅く息を吐いた。


「……間に合ったな。もう大丈夫だ」


兵士の握る槍が、力の抜けたようにカランと音を立てて床に落ちた。




――街中


「畜生、ド畜生!!」


遅い。

オレの足が――いや、世界そのものが遅ぇんじゃねぇかってくらい、もどかしい。


全力で走ってるのに、景色だけが伸びていく。

視界の端で、もう二人倒れている。

その少し先――逃げ遅れた女の人。

腰が抜けてへたり込んでる。


そして、その先を狙っているネクロス。


「クソッ……逃げろよ……ッ!」


胸糞悪いほどよくわかる。

恐怖で足が言うことを聞かねぇんだ。

獲物の前で硬直した野ウサギみてぇに。


走れ!走れ!走れ!

オレの足、もっと速くなれ……!!


「なッ!?」


そいつが四つん這いになった。

人間型のネクロスじゃねぇ……野生の獣みてぇだ。

背骨が波打って、肩甲骨が皮膚を突き破りそうに盛り上がってる。


あの構え……飛びかかるつもりだ。


「やべぇ……ッ!!」


女の人が悲鳴を上げた瞬間、

オレの頭は真っ白になった。


届け!届け!届け!

間に合え、間に合え、間に合えッ……!!


「うおおおおおおお!!!!!」


喉が裂けそうな叫びと共に、

オレの手の中の斧が――変わった。


金属の質感が反転したみてぇに軽く、鋭くなっていく。

形も……力も……全てが違う。

半端な天使化。全身じゃねぇ。だけど、確かに“天使の力”が乗っていた。


振り抜いた刃が、

ネクロスを“斬った”じゃねぇ……“両断した”。


「ッ……!」


返り血も飛ばねぇ。腐肉が煙みてぇに散っていく。


足元に転がるのは、真っ二つになったネクロス。

その後ろで女の人が座り込んだまま、震えている。


「ま、間に合った……」


思わず、その場に膝が落ちそうになった。

呼吸が荒れて、心臓の鼓動が耳の奥で爆ぜる。


手の中の剣が光を失い、また斧に戻った。

ぼんやりとした光の粒が腕から剥がれ落ちて、夕闇に溶けていく。


――なんだよ、この感じ。

背中が熱くて、でも冷たくて、

なんつーか……あぁクソ、説明できねぇ。


ただ、一つだけわかる。


あのままだったら、

オレは絶対に間に合わなかった。


「……は、ははっ……やばかった……」


安堵と恐怖が入り混じって、変な笑いが漏れた。




ネクロスの死体が転がり、辺りに一瞬の静寂が落ちた。

その静寂を裂くように、金属の足音が近づいてくる。


「貴様、何者だ!?」


複数の兵士がフォスターを取り囲み、槍の穂先を向けていた。

助けた相手に武器を向ける――あまりにも理不尽な光景。


「はぁ!? ネクロス退治した相手にいきなり槍向けんのかよ、正気か?」


フォスターが食いかかる。

怒りよりも呆れが勝っていたが、この国では“それが普通”なのだと突きつけられるような光景だった。


兵士と言い争いになりかけたその時、

フォスターが助けたあの女性が、別の兵士に腕を掴まれて引きずられ始めた。


「いや、やめて! わたし、噛まれていません! 本当に!」


当然だ。フォスターが間に合ったから、傷一つ付いていない。

「おい、何してんだよ! 噛まれる前にオレが助けたって言ってんだろ!」


立ち塞がった兵士は冷徹そのものだった。

「黙れ。これは我々の職務だ。貴様には関係ない!」


拉致があかない……

いや、そもそも“話す気が無い”目だ。


フォスターがさらに怒鳴ろうとしたその瞬間、


「とうっ!!」


夕陽を背負い、影が空から降ってきた。


「我、見参!!」


着地と同時に腰に手を当てて名乗るその姿――

どう見てもマグナ・ロゼリアである。


「その者は我と同じく天使の一員だ! 先程この街に到着したばかり!

兵士たちよ、まずは遺体の処理を優先せよ!!」


意外にもまともな指示――いや、まともなのは指示だけか。


とはいえ兵士たちはロゼリアの言葉に従い、隊列を組んで散っていく。

だが、あの女性はまだ腕を掴まれたままだ。


「いやっ、離してください! 本当に噛まれてません!」


「おいロゼリア! どうなってんだよ、アレは!」

フォスターが数歩詰め寄る。


ロゼリアは珍しく低い声で返した。

「落ち着くのだ。これは……ここでの“秩序”だ」


「秩序だぁ? あれがか? 噛まれたかなんて調べりゃすぐわかるだろうが!」


ちょうどその時、ミルベーナがふわりと内壁側から降りてきた。


「こちらでも同じか……上では噛まれかけた兵士が一人、連れて行かれた」

ミルベーナの声音は冷静だが、納得している気配はない。


ロゼリアは真剣な表情で補足した。


「この街では――ネクロスに触れた者、あるいは“触れた可能性がある者”は、

七日間、別棟で管理される決まりなのだ」


フォスターが眉間に皺を寄せる。

七日病か……


「ふざけんなよ……噛まれてもねぇ人まで隔離かよ……!」


「少し狭苦しいが、感染の兆候が無いと判断されれば解放される。どうか理解して欲しい」


ロゼリアの声に嘘はない。

だが同時に、“それがどれだけ理不尽か理解している顔”でもあった。


フォスターは舌打ちをした。


この街の“秩序”は、どうやら思った以上に歪んでいる――

いや、ここではこの状況が“秩序で普通”そう思い知らされる一幕だった。

更新日は毎週火、木曜日の11時更新となります。

元のペースに戻せそうになり次第、お知らせいたします。


【2025年3月31日、第一夜〜第三夜 改稿リライト】リライト

現在第一夜〜第三夜の文章と構成を全面的にリライトしました。

以前のバージョンを読んでくださった方も、改めて楽しんでいただけたら嬉しいです。


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https://x.com/r5mswm?s=21&t=YDHDT292BvtoU2Xhs0cHWQ

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