第百八夜:ファルムスの武器
ヴァルカンの鍛治区画――
昼であっても薄暗く、熱と火花が常に揺れている街の心臓部。
重い鉄槌の音が絶えず鳴り響き、溶けた金属の匂いと火薬の香りが混じり、そこにいるだけで胸が熱くなる。
ミルベーナとフォスターは、そんな火と鉄の回廊をゆっくりと進んでいた。
ミルベーナは、無造作に並べられた剣の中から一本を取り、刃の根元から先端までじっくり観察する。
その目は職人より職人らしい鋭さがあった。
「綺麗な刀身だ……これは、不思議な加工がしてあるな……一体なんだ?」
微かに光沢の層が違う。刃の内側がまるで呼吸しているような気配すらある。
フォスターも横から覗き込んだが、眉をひそめただけだった。
「んー?……正直、オレにはさっぱりだな」
そんな二人に、店の奥から野太い声が飛んだ。
「アンタら、他所から来たのかい?」
振り向けば、まさに“武器屋の親父”を体現したようなスキンヘッドの男。
腕は丸太のように太く、火に焼けた皮膚がごつごつと盛り上がっている。
「はい、北のエルドリヴァイン領から来ました」
ミルベーナは刀身から目を離さないまま返した。
「お、おいミナ、失礼だろうが」
フォスターが珍しく小声で釘を刺す。
店主は豪快に笑った。
「はっはっは!かまわねぇよ兄ちゃん。その娘の真剣な目が面白くってな!
ああいう目で武器を見る客は久しぶりだ!」
そう言って、台の上にゴンッと金槌を置く。
「ここいらにある武器は大抵、樹液加工されてるモンだぜ」
「樹液加工……?」
ミルベーナとフォスターの声が同時に重なる。
店主は満足そうに鼻を鳴らした。
「ファルムスには“聖樹”って呼ばれる特殊な樹があってな。
その樹の樹液で刀身を磨くと、金属じゃねぇ“別の層”が刃に宿る。
仕上げをそれでやるのが、この街の鍛治士の流儀ってわけよ」
ミルベーナは他の武器も手に取り、光の角度を変えながら眺める。
「……確かに。切れ味そのものは普通の剣と大差ないように見える。
だが……それ以上の違和感がある。何故だ……?」
店主はにやりと口角を上げ、手元の小さなナイフを器用に回してみせた。
「嬢ちゃん、目利きが鋭ぇな。そうだよ、切れ味は高級品じゃなきゃ大差ねぇ。
だが――ネクロス相手には、ばっちし効果が出るんだ」
「ネクロス相手に?」
フォスターが半分とぼけた声で返す。
ミルベーナが手にした刀身をじっと見つめていると、店主は腕を組んでふんと鼻を鳴らした。
「そうだ。アイツら――ネクロス共はいくら倒しても倒しても、次の日にゃどこからか湧いて出やがる。
そんな中でよ、武器はどれだけ保つと思う?」
問いの意図は明白だった。
腐敗した血肉を何度も斬り続けること。
刀身がどれほどの負荷を受けるか。
それを理解している者かどうか――店主はそれを試しているようだった。
ミルベーナは一拍置いて答えた。
「……よくて一日二十体が限度。研磨し愛用したとしても、一ヵ月は持たないだろうな」
店主の口元が大きく吊り上がる。
「その通り!嬢ちゃん、見込みがあるな!
アンタらの得物はだいぶ特別製みてぇだから心配ねぇだろうが、普通の剣や槍じゃあ、
この辺りじゃ役に立たねぇんだよ」
「ほーん……」
フォスターも納得したように頷いた。
「なるほど……その“樹液加工”とやらは、血肉による腐敗やサビを大きく減らしてくれる……というわけか」
ミルベーナの声には、理解と興味の両方が混じっていた。
「かーーっ!嬢ちゃんスゲェなぁ!!
流石、北の安全地帯からここまで来られるだけあるぜ!」
店主は豪快に肩を揺らして笑う。
フォスターが遠慮がちに口を挟んだ。
「なぁ、おっちゃん。オレらも結構ゾンビ倒して来たけど……この辺ってそんなに被害が多いのか?」
店主は片眉を上げる。
「ゾンビ?……ああ、ネクロスのことか。ここいらじゃその呼び方するヤツはいねぇから気ぃつけな。
下手な店で言えば“旅人価格”でぼったくられるぞ」
フォスターが苦笑する。
「へぇ……こっちではネクロス呼びが普通なのか……」
店主はまたナイフを器用に指で回しながら話を続ける。
「オレも詳しい理屈はわからんがな。
鍛治士が言うには、この辺のネクロスは“腐敗”が深ぇらしい。
ある時“樹液”に絡まって悶え苦しんでるネクロスを見たヤツがいてな。
そっから『じゃあ武器にも塗って加工してみるか』って話になったわけよ」
フォスターが呆れた顔をする。
「いや、武器屋のおっちゃんが詳しくないのはどうなんだ……?」
店主は腹を抱える勢いで笑った。
「ははは!何言ってんだ兄ちゃん。詳しい講釈は鍛治士の仕事よ。オレは“売る側”だ。
効き目がありゃ、それでいいんだよ!」
その豪快さにフォスターも苦笑し、ミルベーナは新しい知見を得た満足感に静かに頷いた。
一通り話を終え、ミルベーナはふと呟く。
「……リージュの武器は、この街の製法ではないな」
「姫の短剣か。大事そうにしてるよな。……この辺の店で似たの探せるんじゃね?」
フォスターが言った瞬間――
「店主」
ミルベーナがくるりと振り返る。
「ここの武器は逸品か?」
圧の強い笑顔に店主が一瞬たじろいだあと、ニカッと笑った。
「おうよ!並品から逸品、特注まで何でも任せろ!裏の特別品もあるぜ!」
……フォスターは話に入り込めず、ぽつり。
「なんかオレ、置いてけぼりなんだが……?」
ミルベーナは完全に“客の顔”になっていた。
「では後日、仲間を連れて来る。女性でも扱える短剣を用意しておいてくれ」
「かーっ!久々に痺れる客だな!任せとけ、嬢ちゃん!」
約束をして店を出たあと、フォスターは笑った。
「お前スゲェな、武器とか好きなのか?」
「優れた品を見ると、どうしても気になる」
“ミルベーナの好み”を一つ知ることができた。
通りを歩きながら、ミルベーナがふと周囲を眺めた。
街のあちこちで、人間族と獣人族。
種族間の小競り合いがちょくちょく起きている。
「……ジーク一人にリージュとプルワを預けたのは、まずかったか?」
フォスターは大笑いした。
「あはははは、ありえねーよ!お前、人を見る目はねぇな!」
「いや、確かにジークは強いが……絡まれるとしたら相手は人間だぞ?」
「それこそありえねぇって!
だってオレ、組手でも武器使っても、ジークに勝てたことねぇもん」
――さてさて。
ミルベーナの嫌な予感が当たっているのか、いないのか。
それは街の別の場所で、ちょうど“何か”が起こりかけている頃だった。
更新日は毎週火、木曜日の11時更新となります。
元のペースに戻せそうになり次第、お知らせいたします。
【2025年3月31日、第一夜〜第三夜 改稿】リライト
現在第一夜〜第三夜の文章と構成を全面的にリライトしました。
以前のバージョンを読んでくださった方も、改めて楽しんでいただけたら嬉しいです。
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