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ANgelic of the Dead  作者: 書庫
五章--閉ざされた国、ファルムス帝国--
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第百二夜:天使に選ばれること

唯一神ユグドラシル――それは、この世界における【神】

その存在を本当に信じている人は少ない。

伝承や、お伽話など、そんな風に語る者が多い。

だが今、目の前にいるこの人は、間違いなく“神様”だった。



――リージュ――


女神さまの手……あったかい。

泉の上に立っているのに、体の芯まで温かさが染みてくる。

この人の手の温度は、たぶん命の温度だ。


「さぁ、立って、みんな。そんなに仰々しい喋り方はやめましょう。」


女神さまはやさしく微笑んで、あたしの手を引いた。

その笑顔が、泉の光よりも眩しかった。


「リージュ。記憶はどのくらい無いの?」

さっきあたしが聞こうとしていたことを、今度は逆に聞かれた。


「えと……ミナに助けてもらうまで……の、より前のこと、全部……です」

言葉を出すだけで、胸の奥がざわつく。

あたし、まだ緊張してる。


女神さまは少し不思議そうに首を傾げて、それからサリエル様に目を向けた。

「サリエル。彼女はもしや……」


「はい。久遠の使い手にございます」

サリエル様が即座に答える。その声音はいつもより少し柔らかかった。


「……そう」

女神さまは哀しそうに微笑んだ。

その表情に、胸が締めつけられる。

神様にも、こんな表情があるんだ。

あたしはそのことに驚いた。


「まず、みんなに伝えるわ。天使に選ばれる者は、誰でもいいわけではないの。

あなたたちを含め、素養と心の強さ、そして――

何より“誰かを救いたい”と想う気持ちを持った人でなければ、サリエルは選ばない」


その声は静かで、やわらかいのに、心の奥まで染みてくる。

フォスターも、ジークも、ミナも、みんな真剣な顔で聞いていた。


「そして……その引き換え――いえ、“代償”と呼ぶべきかしら」

女神さまの瞳が、泉の光を映して揺れる。


「それが、記憶の欠損なの」


「えっ……?」

みんなの小さな驚きの声が重なった。


あたしの記憶は……天使に選ばれたから、無くなったの……?

その答えが、目の前の神様の言葉として突きつけられた瞬間、

あたしの心は、静かに波紋を広げた。



――フォスター――


記憶の欠損?どういうことだよ……

ユグドラシル様の言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。


確かに、前にコーネリアばあちゃんから聞いたことがある。

「天使は“思い出す”存在」だって。

つまり、もともと“忘れてる”ってことになる。


でもそれって、どういう意味なんだよ。

天使になる代償に、記憶を差し出した……?

そんなの、冗談じゃねぇ。


沈黙が落ちた。誰も声を出さない。

泉の波音だけがやけに響く中で、ユグドラシル様の声が静かに重なった。


「貴方たちが何を忘れているのか……私にも、正確にはわかりません。

人の心というのは、あまりにも複雑で、時に私でさえ読み解けぬ領域なのです」


その声色こわいろはやさしい。やさしいけれど、同時に何も言い逃れできないほど重い。

あんな聖人みたいな微笑みを浮かべながら、それでも“真実”を突きつける感じだ。


思わず、口が勝手に動いた。

「つまり……“神様の都合による部分的な記憶の欠如”、ってわけだ。

しかもオレたちに黙って?」


冗談っぽく言ったつもりだった。

けど、自分でもわかる。声が震えてた。

背中が汗ばんで、息が妙に詰まる。


次の瞬間、空気が張りつめた。


「主に向かって何と不敬な物言いか!!」

サリエルの声が轟いた。雷みたいな怒気。


怒りてぇのは、こっちもだよ……

何も知らされずに、こんなこと、信じられるか。


「お止めなさい、サリエル」

ユグドラシル様の一言。その声には命令の響きがあった。


サリエルはすぐに膝を折り、頭を下げる。

泉の水が波立ったように、空気が一瞬揺れる。


「フォスター。気を悪くさせてしまって、ごめんなさい」

ユグドラシル様は、隣で震えているリージュの手をそっと握ったまま、あたたかい瞳でこちらを見た。


その眼差しは優しいのに、逃げ場がない。

まるで“真実を見透かす光”にさらされてる気分だった。


「でも、これは天使として力を得る時点で、皆さん自身が“了承した上で”のことなのです。」


……はぁ?

思わず、息が止まる。


「いや、でも、そんな記憶は……」

自分でもわかる。目が泳いでる。

心が、追いつかない。


「それも当然のことです。」

ユグドラシル様の声は、泉の波のように静かだった。


「この中に、“天使になる前後の記憶”を持つ者は、誰一人としていませんから」


……なん……だと?


頭の奥で、誰かが鈍器を振り下ろしたみたいに、世界がぐらついた。

周りの音が遠のいて、泉の光だけが、やけに強く見えた。

更新日は毎週火、木曜日の11時更新となります。

元のペースに戻せそうになり次第、お知らせいたします。


【2025年3月31日、第一夜〜第三夜 改稿リライト】リライト

現在第一夜〜第三夜の文章と構成を全面的にリライトしました。

以前のバージョンを読んでくださった方も、改めて楽しんでいただけたら嬉しいです。


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