表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ANgelic of the Dead  作者: 書庫
五章--閉ざされた国、ファルムス帝国--
104/188

第九十七夜:光の腕と約束

ミルベーナの身体が、静かな水面に沈んでいく。

音はない。冷たくもない。ただ、ゆるやかに意識が下へと落ちていった。

“思い出す”――それが泉の力だと、誰かが言っていた気がする。


やがて光が反転し、視界が白く霞む。

その中で、彼女はまた記憶の渦の中にいた。

だが、今度は違う。外から眺めるような夢ではなく、

まるで“自分が今ここに生きている”かのように、すべてが鮮明だった。



そうか――これは、私の目で見ている。


土の匂い、焦げた風。


肌を焼く熱気と、耳をつんざく咆哮。

目の前には、巨大な角を持つ影――ミノタウロスの群れがいた。


魔物モンスター討伐。

懐かしい響きだ。初めての戦場は、八歳の頃だったはず。

この時は、十歳……か。

右手にはレイピア。左手には、まだ幼いながらも魔法の光。


奴らは知性が低く、ただ群れとして動く。

だが、力は強大だった。

私は迷いもなく詠唱し、炎の陣を描いて奴らの巣ごと蹂躙した。

悲鳴、焦げる臭い、焼け落ちる木々――。

あの頃の私は、それを「成果」としか思わなかった。


一通り倒し、外で休んでいた時だ。

静寂の中、風が止まり、背筋を撫でる気配。


――まだ、息がある。


次の瞬間、背後から突進してくる気配を感じた。

心臓が高鳴る。

そう、私はそのスリルすらも楽しんでいたのだ。

魔族としての本能。狩りを楽しむ習性、とでもいうかな。


だが、動こうとした瞬間――閃光が走った。

目の前のミノタウロスは音もなく蒸発し、灰となって崩れ落ちる。

煙の向こうに、一人の男が立っていた。


こちらへ、ゆっくりと歩いてくる。

顔は逆光で見えない。いや、そこだけ光が強すぎる。

だが、声だけは――確かに覚えている。


「お嬢さん、強いのはわかるが、トドメは刺すのを忘れてはいけないよ」


その声には、不思議な柔らかさと、どこか寂しさがあった。


「わかってる、そのくらい」

私は生意気に答えたはずだ。


「それと、ケガを隠すのも良くない。見せてごらん」

左手を少し引っかけただけの傷――血が滲んでいた。

男はそれを見て、微笑むように手をかざした。


ふわりと光が舞い、痛みが消える。

温かい、優しい光だった。

「これで大丈夫」


その時、私は初めて“癒す魔法”というものを見た。

胸の奥が不思議に熱くなり、ただ見とれていた。


「僕の名はルゥ」

彼は軽く笑って言った。

「一応、“光の腕”なんて呼ばれてる」


――あぁ、思い出した。


そうだ、この人だ。


その名を聞いた瞬間、何かが弾けるように世界が反転する。

記憶の光景が壊れ、足元の地面が波のように溶けていく。

手を伸ばそうとした。

だが、彼の姿はすでに光の中に溶けていた。


“ルゥ”――その名を口にしようとした刹那、

私の意識は急速に現実へと引き戻されていった。




世界樹ユグドラシルの最上層。

枝葉の間に、雲が流れ、光が降り注ぐ。

ここには季節も、時間の流れも存在しない。


永遠の朝。永遠の静寂。


「――サリエル」

威厳のある、それでいて母のように柔らかい声が響いた。

音ではない。世界そのものが語りかけているような響きだった。


「ここに」

六枚の羽を持つ大天使サリエルが、光の大地に膝をつき、うやうやしくこうべを垂れる。

その動作一つで空気がわずかに震え、木の葉の露が零れ落ちた。


「泉の一つに、魔の気配を感じます」

サリエルの報告に、ユグドラシルは静かに目を閉じた。

やがて差し出したその手に、サリエルが両手で触れる。


次の瞬間、世界が透きとおる。

ふたりの視界に“地上の光景”が映し出される。

風に揺れる森、光を湛える湖――そして、そのそばに集う小さな一行。


「……複数の天使が確認できます。これは――ミルベーナ」

その名を告げると同時に、ユグドラシルの表情がわずかに和らいだ。


「そうですか。ならば、心配はありませんね」

その声音には、限りない慈しみが滲んでいた。


けれど、サリエルの胸には、拭えぬ疑問が残った。

彼女は顔を上げ、ためらいながらも問う。


「主よ……なぜ、貴女様は、幾度となく“魔族”を天使にお選びになるのですか?」

その言葉には、ほんのわずかに戸惑いと、恐れが混じっていた。


ユグドラシルは遠い空を見上げた。

葉の隙間から差し込む光が、彼女の頬を優しく撫でる。


「約束なのよ」


懐かしむように、どこか切なげに微笑んだ。


「いえ、運命と言った方がいいかしら。

いつ、どこで紡がれるのか、私にもわからない。

けれど、それが“世界”を繋ぐ糸になるの」


サリエルには、その言葉の真意までは掴めなかった。

それでも、彼女は深く頭を下げ、静かに答える。


「……すべては、貴女様の御心のままに」


光が再び満ち、映し出されていた湖の幻影が霧のように溶けていく。

風が、世界樹の梢を渡り、どこか遠くの泉へと吹き抜けた。



――神々の思惑。

その見えない糸の上で、フォスターたちは確かに歩いている。

それに気づくのは、まだ先のことだった。

更新日は毎週火、木曜日の11時更新となります。

元のペースに戻せそうになり次第、お知らせいたします。


【2025年3月31日、第一夜〜第三夜 改稿リライト】リライト

現在第一夜〜第三夜の文章と構成を全面的にリライトしました。

以前のバージョンを読んでくださった方も、改めて楽しんでいただけたら嬉しいです。


Xアカウント

https://x.com/r5mswm?s=21&t=YDHDT292BvtoU2Xhs0cHWQ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ