第五十七話『鬼灯のその後』
午後二時半。
海洋都市に停泊する西国の船に帰還した金髪の女性は宮園の変装を解いていた。
真っ先に迎えに来たのはマスカレードだった。
「鬼灯、任務は終わったのか」
「失敗だったけどね」
「失敗!?」
マスカレードは焦りと驚きでてんやわんやだ。
彼女の驚きを気に留めず、彼女は船内へ入っていく。
「でも失敗してよかったと思ってる」
「異例な事態でも起こったのか」
「あくまでも勘なんだけどさ、速水の心臓は有栖川の心臓じゃないのかもしれない。あいつ自身そう言ってたんだ」
「……は?」
マスカレードは呆れた面を浮かべ、特大のため息を吐いた。
眉間にシワを寄せ、今にも目からビームを出しそうな目つきで鬼灯を睨む。
「あのね、相手はそうやって嘘をつくに決まってるでしょ。あんたは敵の言葉にまんまと騙されたわけ」
今にも胸ぐらを掴みそうな勢いでマスカレードは迫る。
「あんたが有栖川を連れてこなきゃ私はクビなの。当然失敗したあんたも同罪になるの分かってる?」
「で、でも……もし速水が有栖川じゃなかったら……」
「だとしても連れてきなさい。確認は私でするから。そもそもあんたが元暗殺学園出身で、今回の作戦で役に立つだろうからこっちは厚待遇で雇ってるのに。失敗されたら大損じゃん」
「……ええ、でも」
「でももくそもあるかッ。そもそもあんたを雇ってるから『見えざる手』は存在を否定しなきゃいけないわけ。そのあんたが暗殺学園崩壊の鍵となる任務をこなせなきゃ雇ってる意味がないでしょ」
マスカレードは激情のまま早口で文句を垂れ流す。
このまま永遠に続きそうな愚痴に鬼灯は心を痛める。
「とりあえず作戦は今日中に成功すればいいから。いつまでも他国に滞在できるわけじゃないからね」
マスカレードは鬼灯を壁に押しつける。
「なんとしてでも連れてきなさい。絶ッ対に」
胸を人差し指でつつかれ、切迫しているという状況を身に染みて思い知らされる。
マスカレードは頬を膨らませ、縁を切った娘から立ち去るように去っていく。
鬼灯は落ち込んでいた。
鬼灯が気を曇らせた時、いつも通う人物がいた。
それは西国にとって最重要危険人物でありながら、殺すことを禁じられた存在。
百年前に起こった十三日の金曜日。
その地獄を生き抜いたある人物の肉体を機械によって改造し、生き長らえさせている。
彼は船の最下層にある檻に閉じ込められている。
鬼灯は彼を監視している見張りを見えざる早業で眠らせ、檻の前に座り込んだ。
見た目は身体の所々が機械のようになっているが、若々しい好青年だ。
「ねえ聞いてよ、図書館さん」
図書館と呼ばれた彼は鬼灯の到来を嬉しそうに微笑んだ。
「速水碧の中に眠る心臓は誰のものか、って。マスカレードは有栖川のものって言うんだけどね、本人が否定するんだ」
「だが一度は速水の中に有栖川の心臓があった。でなければマスカレードという者はそう言わないでしょうね」
「私の仮説だと、かつて速水の中には有栖川の心臓があった。だが今は違う。氷夜によって心臓が有栖川以外の物と入れ換えられたって考えてる」
「前に聞いた話では、鬼灯が内通しておった古木新という教師を介し、氷夜に有栖川の心臓を速水に移植させたのですよね」
図書館は過去に鬼灯がした話を思い返し、鬼灯と一緒に振り返る。
「そう。古木は西国育ちだし、氷夜は北国出身諸々の経歴を弱みとして古木に握らせてたから、背きはしないと思う。でも心臓が違うってことは、氷夜が裏切った可能性が高い」
「氷夜に話を聞けば良いのではないですか」
「マスカレードの話だと氷夜は死んだんだって。どうやら暗殺学園の誰かが殺したらしい」
「暗殺学園は情報の漏洩は徹底的に防ぎたいのですね」
図書館は穏やかな相槌とちょうどの良いトーンでの会話により、鬼灯をスムーズに話させていた。
「でも氷夜が死んだんだったら聞く宛がない。でも、もし速水の心臓が有栖川のものじゃなかったら、速水の奪還に意味はないってことかな。そうなると速水の中にある心臓は誰のなのかな」
鬼灯は速水が工場内に仕掛けたあらゆる試練を容易く突破するのを見て、普段の速水との違いを感じていた。
「あの強さは生半可な奴の心臓じゃない。有栖川みたいに幼い頃から暗殺者として一流の訓練を積んでなきゃあんな動きはできない」
「ほう、そうですか」
図書館は思い当たる点があるのか、得意気に微笑む。
「そういえばこの話はまだしていませんでしたね。かつて起こった十三日の金曜日、そこで英雄と呼ばれた暗殺者について」
「英雄! 何それカッコいい!」
鬼灯は少年のように眩しく目を輝かせる。
「彼女の名は真紅。後に最強の暗殺者を産むことになる最強の暗殺者」




