第五十八話『真紅の逸話』
十三日の金曜日。
始まりの弾丸は彼女だった。
東国、西国、南国、北国。
この四国は互いに敵対視し、今にも戦いを始めそうなほど険悪な関係だった。
だがどの国も表立って動くことはない。
常に裏から、大衆の目に届かない場所から策を仕掛けた。
その始まりが、東国に雇われたある暗殺者が引き起こした事件だった。
十三日の金曜日、真紅は南国の大王を暗殺した。
だが彼女の暗殺があまりにも巧妙であり、犯人が誰か、黒幕が誰か、その証拠が一つも残らなかった。
南国は軍を動かすことができない。だから南国は暗殺者を三国へ派遣し、支配者層を暗殺させた。
それをきっかけに、暗殺者の送り合いが起こった。
最初は国際的な問題が始まりだったが、次第に流れを利用して利益を得ようとする個人が出て、とうとう世界は混沌に落ちる。
国だけでなく富裕層がこの機を逃さないよう動き出した結果、暗殺者全盛期が発生。
収拾がつかなくなり、世界は崩壊しかけた。
十三日の金曜日を境に、暗殺がほぼ毎日のように世界のどこかで起こる。
誰もが世界の終焉を恐れながら、逃れられないと絶望する。
そこで立ち上がったのが彼女──真紅だった。
彼女はたった一人で、世界中に存在する暗殺者を次々と暗殺していった。
相当な手練れや複数人が相手であろうと、彼女の前では風に吹かれる花びらのように儚く散っていった。
圧倒的な強さ。
圧倒的な自信。
圧倒的な美貌。
彼女によって暗殺者の数は激減し、最悪をもたらした十三日の金曜日にようやく終わりがもたらされた。
彼女の活躍を知る者は少ない。
当時を生きていた暗殺者くらいしか、彼女の活躍を知る者はいないだろう。
♤
図書館は真紅という暗殺者のことを鬼灯に話した。
鬼灯は真紅の話を聞き、目をぱっちりと開き、目を輝かせていた。
「すごいな。そんなカッコいい暗殺者がいたなんて」
鬼灯はすっかり真紅に惚れていた。
「ところで図書館さん、彼女の最期はどうなったの」
「彼女の所在は誰も知らない。百年も前の伝説だが、今もどこかで生きているのかもしれません」
「図書館さんが生きてるし、その人もきっと生きてるよ」
「そうだといいですね」
図書館は鬼灯に笑いかける。
「よし。それじゃあ仕事に行ってくるよ」
「また速水という者のところへ行くのですか?」
「うん。今度こそ速水を捕まえる」
「では私を連れていくのはどうでしょうか」
「…………え?」
図書館の予想外の提案に鬼灯は硬直する。
解答に悩み、返答に困る。
図書館は西国にとって最重要危険人物であるため、牢屋から出すことは禁則事項だ。もし破れば本当に首が飛ぶ。
「私ならば速水を、いえ、彼女の中にいる人物と話ができる」
「でも図書館さん出したら私殺されちゃう」
「しかし私に任せてくれれば速水は必ず連れ出せます」
「これで図書館さん逃げたらヤダよ。絶対に逃げないっていうならいいけど」
「もちろんです。これまで話ができて楽しかったですから。その恩返しがしたいんです」
図書館は悪意のない笑みで答える。
鬼灯は迷いつつも、扉に手をかける。
「まあ連れ出したことがバレても、結局戻ってくれば問題ないよね」
鬼灯は檻をナイフで斬り裂き、一人分通れるほどの穴を作った。穴を通って図書館は檻を出る。
「その身体で歩けるの」
鬼灯は図書館の身体を改めて見る。
身体の半分以上が機械にされ、生身の肉体は痩せこけている。特に頭部は完全に機械に覆われている。
「走ることくらいできますよ。気を遣わなくても構いません。今は速水を捕らえることを急ぎましょう」
図書館は実際に走って見せた。
走ることに支障はない様子だ。
「そうだね」
鬼灯は図書館を連れて船を飛び出す。
鬼灯はまだ、自分が犯した罪を理解していなかった。




