†ブラギ~漆黒の完全なる終焉《ラグナロク》を謳いし吟遊詩人《ポエマー》~† その三
イベントに参加したことに不満が無いわけではない。大体自分にこういうことは向かないと知っている。ならば外での警備に参加したほうがいい。参加しないという選択肢も取れただろう。だが断る口上さえ浮かばない。誓いを立てされられた以上逃げ道も無い。
与えられたブースに不機嫌そうに腰をかけるのは雷神トールである。背もたれにはミョルニルが立てかけられている。このイベントでは決して使われることはないのだろう。
第一、『創造~冒険物語製作ゲーム~』のオリジナルゲームの発表大会など出来レースもいいところだった。提案者は定かではないが、力を入れている者ははっきりしている。
バルトルはオーディンの啓示を受けている。まず一週間前から体験版を配り、大げさなまでの宣伝をしていた。触りだけトールもプレイしたが、オープニングだけで作りこみがすごい。同じ製作ゲームをしているとは思えないほどだった。
またフレイアはゲームをそこまで作りこんではいないだろう。だが特別購入特典にフレイアの写真集の抽選券が入っているという。神々を初めドワーフや小人、巨人までもが様々な宝石を渡し予約しているのだとトールにも聞き及んでいた。
一方のトールの座る前にはただ挨拶に来る神々だけが寄るばかりだった。作ったゲームを交換し合うのは、まさに酒を交わす宴と同じようなものだった。そのゲームも帰ったらプレイして感想を言わなくてならない。アース神族の上に立つ者は社交に対する努力も怠ってはならないのだ。
「しかし……なんともな。やはり創るよりは壊すほうが得意だからなあ……まったく、しかも酒を飲むのも禁止とは……まあいい、日の入りには終わるのだ……日の入りには……」
「ああぁ、これはトール様ではないですかぁ。ご機嫌うるわしゅー」
声に気がつくと、トールは目を見開いた。
「おま……ブラギ、なのか?」
退屈に精神がおかしくなり幻を見ているのか、または巨大な巨人を見たときのように何者かに幻を見せられているのか。
トールの前にいるブラギは、確かにブラギの顔と綺麗な金髪を揺らしていたが、全身がまるでニヴル・ヘルを思わせるように黒と赤で構成されている。ゴシックな服装をトールも知らないわけではないが、テカテカの靴や真っ赤な口紅も全てがやりすぎであり、どうしても普段のブラギとは似ても似ない。身内の見てはいけないものを具現化させたものを悪化させればまさにこれだろう。
「トール様もぉ参加されているということでぇ挨拶に参りましたぁ。コンピューターゲームというものをぉしない方だと思っていたのですけどぉ、意外なのですねぇ」
「あ、ああ……俺もまさか、高貴な詩人である妹君がこんな低俗な場所に脚を踏み入れるとは思わなかったが……し、しかし、参加しないのではなかったのか? いや、それよりもその格好は……」
「純潔をぉ散りし傷よりぃ流れる熱情よりもぉ紅い悪夢ぅというらしいですぅ」
「は?」
「この服の固有名称ですよぉ」
「あ、ああ……固有名称、ね」
「さてぇ、我に従いしぃ心の闇にぃ潜むぅ悪神よぉ。トール様にぃ、我が闇をぉ具現がしたギアスをぉ授けなさいぃ」
「は、唯今」
さっとブラギの影から出て来た姿にトールは納得がいき、拳を握り締めた。
「貴様か。オーディンの娘たる我が妹にこのような戯れをさせたのは」
ミズガルズの黒いスーツ姿で現れたのは、紛れもないロキである。ロキは胸に右手を当てて、小さく微笑んで前歯を見せた。
「待てよ、脳筋幼女。私様達はこのイベントへ正式に参加しているのだ。それともオーディンの名の元に開かれた神聖なこの場所と参加者をご自慢のハンマーでぶち壊すのか」
「ちっ……最近ブラギが戻らなかったことは聴いていたが、よりにもよって悪神とゲームを創っていたというのか」
「私様はただ誓いを果たしているだけだ。さて、トール様の誰も居ないブースのDVD,貰っていくぞ。変わりに漆黒に染まりし孤高なる神のゲーム、置いていってやろう。いっておくが、私様はこのゲームの製作を手伝っただけだ。しかしな、詩や文章のほとんどは私様じゃない」
「本当なのか、我が妹よ」
「まあぁ、そうだと思いますぅ」
なんとも曖昧な返事だった。
「さて、これ以上脳筋幼女と遊んでいる暇はありませんよ。貴方の抱いて来た最も混沌で純潔な詩を皆に見せるのです」
「そういうことなのでぇ、トール様もぉ是非やってくださいねぇ」
「承った……」
凄まじい格好のブラギと悪神が去った後に残ったのは、彼女達が残した一枚のCDケースである。嫌な予感は酷くしていたが、久々に見たブラギの笑顔がトールの手を動かし、その黒と赤と白い肌色ベースのゲームを手にとらせる。
そこにはさっきのブラギのスカートと脚の切れ目の、しかしちゃんと見えないところは見えない角度を背景に、紅い文字で題名が書かれていた。
『†ブラギ~漆黒の完全なる終焉を謳いし吟遊詩人~†』




