†ブラギ~漆黒の完全なる終焉《ラグナロク》を謳いし吟遊詩人《ポエマー》~† その一
今回ギャグオンリー回
アースガルズの宮殿から離れた深い森の奥、昼の光さえ届かないような忌まわしい場所がある。そこに好んで住まうものはいるのだろうか。
いや、たたずむ小さな家の中に明かりが見える。こんな陰険な場所に好んで住むのは、ニヴル・ヘルの亡霊や忌まわしい巨人を除けば一人しかいないのだろう。
少女は部屋の隅にあるパソコンへと向かって忙しく作業をしている。何か企んでいるのか? いや、少女の画面に映るのはまったく策略とは別のものである。
「マイナスがないのか……まあ、全部0か1でいいだろ。それで、出現数を沢山にして……エンカウント率はこれくらいで……よし、テストプレイっと……」
小さな手を必死に動かしているのはアースガルズの悪神ロキである。前にいるのは、まるで巨人族をデフォルメしたようなキャラである。黒い肌に大きな胸はムスペル・ヘイムの巨人だろうか。そのデフォルメキャラをロキはキーボードを使い歩かせる。すると出現エフェクトと共に前には汚らしいゴブリンの姿が三匹映る。
『オーディンが35匹、トールが27匹、バルトルが72匹現れた』
そのメッセージを見ると、ロキは真剣な表情で魔法欄の『従わない枝』を選択する。
『巨人子は従わない枝を投げつけた。オーディン35匹を倒した。トール27匹を倒した。バルドル72匹の息の根を止めた。巨人子は戦闘に勝利した。経験値0、金0を手に入れた。
「雑魚……オーディンもトールもバルトルも雑魚……ふん、草も生えぬわ。炎の巨人に蹂躙されるだけの存在が」
しかしその存在を創り出したのはロキに他ならない。というのは今ロキがプレイしているのは彼女の作ったゲームだからである。
正式名所『創造~冒険物語製作ゲーム~』という小人達が製作したゲームは、9つの世界で大ヒットしていた。いわゆるRPGを製作可能というゲームだが、つまりアースガルドの神々と巨人どちらも対象になるのだ。
その為にミズガルズで小人がフェラーリのF1カーを一括で買い取り、毎日爆音で乗り回しているのがオーディンの怒りに触れて廃車にされたのも有名な話である。巨人スルトがソフトとパソコンを購入するためにギュミルがオークションサイトに勝利の剣を出品しそれをフレイが買い取ったのが翌日にはフレイ自身によりオークションに更なる安値で出品されていたことは有名な話である。回り回ってギュミルに手に戻ったフレイに同情的な神々の反応にロキが嘲笑したのは記憶に新しい。
しばらくロキは同じように雑魚モンスター『オーディン』『トール』『バルトル』を倒していたが、しかしそれも長くは続かない。もう飽きてしまったロキは、そのゲームを終了して背もたれに倒れた。
「ああ……つまらん。つまらん……何故こんなゲームがヒットするのだ? ゲームを作ることなど、これほど面倒なことはないではないか」
不機嫌そうにロキは手元に置かれたコーラの缶を手に取り飲む。もうほとんどぬるくなり炭酸は抜けている。一応ぬるくなるくらいは熱中したのだとも思えるが、このゲームのせいでコーラがぬるくなったとも取れる。
「明日にはゲーム屋に行くとするか。新作扱いよ、まだ高く売れるのではないか。いや、交換に使うというのはどうだろうか。勝利の剣を我が手に収められるかも知れぬ……しかし、面倒だな」
様々な考えだけがロキの頭に浮かぶ。しかしどれも巧く行くビジョンはない。大ヒットしたということは逆に言えば過剰に生産されるので時間が経つにつれ価値が低くなりやすい。ロキが手にしたゲームもまさにアースガルズの中古ビデオショップで安く購入したものだ。
するとゆっくりと扉の開く音が聞こえた。馬の音もエンジン音もしないということはアングルボザか。いや、絶対ノックして入れとロキは命令してある。そうなれば古臭い神か巨人か。いや、仮にもここはアースガルズだ。ならば、後者は消えるだろう。いずれにしても振り返って確認する必要があるのだろう。
だが思考は銃声に掻き消える。視線は硝煙にかき消される。
あまりに突然のことにロキは叫ぶことさえ忘れて閃光の光る先を見ていた。10秒ほど続いたのだろうか。体に何も異変が起きないことがロキの思考を動かさなかった原因だろう。しかし銃声が止まったとき、後頭部の後ろに聴こえる音に振り返り、ついにロキは自分が撃たれたことに気がついた。
いや、性格に言えば撃たれたのはロキではない。アースガルズにある銃弾は神々には当たらないように誓っている。しかし他の物は当然命を落とす。そしてロキの後ろには、パソコンがある。
「ぱ、パソオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!」
凄まじいほどのロキの叫びは静かな森に住まう鳥達を驚かして飛ばせた。だがその音がロキをもう少しだけ冷静にさせる。
「いや、違う! パソコンは無事だ! 破壊されたのはモニターだけだ! も、モニタアアアアアアアアアアアアアアア!」
「あれぇ、おかしいですよぉ。巨人みたいなものだからぁ、当たるんじゃないんですぁ?」
ゆったりとした、余りにロキが気分の悪くなるほどの美しい声にロキの胸には凄まじいほどの怒りがこみ上げた。
出入り口よりM1921トミーガンを乱射したのは間違いなくブラギである。ロキより身長は小さく、長く綺麗な金髪の髪をして詩人らしい古代ローマのような布と紐だけで作ったような服を未だに着ている。例えるならば古典ばかり読んでいて成績は非常に優秀だがコントローラーの感触一つしらないような、古臭くてロキが一番嫌いなタイプの神だった。
「糞詩人幼女が。物事には順序ってものがあるって作文で学ばなかったのだ。まずモニターと最新のパソコンを弁償してもらおうか」
「ああ……そうですねぇ。悪神が駄目ならぁ、原因だけは取り除きましょうねぇ」
「は? 原因って……」
突然ブラギは再び銃を乱射し始めた。だが次の銃口はロキへは向かない。ロキとは別の方向を示す。具体的にはパソコン本体、最新から少しレトロまで揃ったゲーム機、床に散らばった漫画本、ミズガルズで採ったゲームセンターのフィギュア、DVDボックス、カードゲームのデッキケース……
「ぱ、ぱそこおおおおおおおおおおん! スーパープレイゲームドリームスうううううううううう! 麗しの彼女は悪女ぉおおおおおおおおおおお! 一万でやっと落とした実遊のふぃぎゅあああああああああ! 魔女っ子ぱむぺむの全巻セットおおおおおおおおおおおお! アンチミズガルズデッキいいいいいいいいいいいい! や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「はいぃ?」
銃声は突然止む。辺りには硝煙と建物や破壊されたものから放たれた埃、一部からは小さな火花まで光っていた。
「何故だ! 何故貴様、私様のゲームを、パソコンを、漫画を、ぱむぺむをおおおおおおおおおおおおお!」
「ん……恨みぃ、ありますからぁ。だって、これのせいでぇ、詩とかぁ被害受けましたしぃ」
「何の関係がある! 何の関係がああああああああああ!」
「漫画とかぁ、サブカルチャーが出てからぁ、文学とかぁ詩とかぁ、廃れたじゃないですかぁ」
その言葉にロキは酷い衝撃を受けた。怒りに近いような感情。無意味で自己中心的な感情の発散に対する怒り。八つ当たりに被害にあった者が抱く理不尽への絶望。
「まさか……サブカルが原因で、お前のくだらない詩が読まれないと……本気で思っているのか?」
「くだらないのはぁ漫画とかゲームとかぁ、そういうものです。私がぁもっと若い頃はぁ、そういうのをオーディン様にぃ買って貰いませんでしたからぁ」
「そもそも昔は漫画とか無かったから詩が流行ったのだろう! ああ……くそ! 何で売れない漫画家が世間に愚痴るようなことに私様が被害を受けないといけいのだ!」
「当然ですよ。アースガルズでオタクスタイルを流行らせたのはぁ、悪神なんですからぁ」
濡れ衣もいいところだとロキは奥歯をかみ締めた。どれだけ製作者が素晴らしいと確信したところで大衆に受けるから広まるのである。そこにロキの策略が入り込む隙はない。それをこの糞詩人幼女は理解していないのである。
「ふざけるな……弁償しろ! お前の時代遅れな詩など、誰も読んだりしないわ!
せいぜい一人で小綺麗な詩を書いて自惚れてな!」
吐き捨てるように言い、ロキは親指を下にしてニヴル・ヘルに落ちろのポーズをした。
しかし返答は帰って来ない。見ればブラギは涙を溜めて瞳をうるませているではないか!
「どうした、詩の神ブラギは痛い所を突かれると泣くのか? 口ほどにもないではないか! ご自慢の詩(笑)でも一人鏡に向かって呟いてな!」
「う……うわああああああああああああああんんん!」
「どうおぅ!」
感情の爆発を全身で表現するかのようにブラギは乱射を再開した。その度に散らばったゲームソフトが粉々に砕けて行く。
「わかった! 私様が悪かったからやめてええええええええ!」
「うう……なら、責任を取ってくれるんですかぁ」
「責任って」
「私の詩をぉ、またみんなに読んで貰えるようにぃ、してもらえるんですかぁ……」
「不可能だ。フリッグに頼んで神々に読むように誓わせなければ」
「そんなの、芸術の強要ですよぉ。私の詩を能動的に読んでもらわないとぉ、私の詩が素晴らしいってわけじゃないじゃないですかぁ」
「うぜえ……本気でうぜえ……ラグナロクよりも前にニヴル・ヘルに送ってやりたいくらいうぜえ……」
まさにロキの嫌いなアースガルズの神の特徴を集約したようなのがブラギだった。自分に甘く、身内には優しく、他種族を見下しては徹底的に傲慢。他者に合わせようとな一切考えもしないのだろう。
「駄目ならぁ、やっぱり全部壊すしかないじゃないですかぁ。アース族は、そうやって繁栄と栄光を繰り返したのですからぁ」
「撃つな! 撃つな! わかった! お前の詩を皆に読ませることは出来ないが、このサブカルにお前が合わせるなら皆に読ませることは易い! それならどうだ!」
「それも芸術を曲げることですよぉ。自分を独創的な形でぇ表現するのがぁ詩なんですからぁ」
怒鳴りつけて決闘を申し込んでやりたいのを抑えながらロキは思考をフル回転させる。オーディンの娘と決闘することは非常にまずい。故にブラギを何としても自分のフィールドに落とさなければならない。ならば勝機はある。
「弱気ではないか。詩とは言葉だけなのか。言葉の向こうにある景色や激動の情景を示す為に言葉を用いているだけではないのか。ならばブラギが認めるのだな? 言葉という媒体に詩の本質は負けるのだと。ならば納得しよう。私様にはどうもできないのだと」
「あんまり言っている意味がわからないのですけどぉ」
「言語を変えたら詩の素晴らしさは全部消えてしまうのだと認めるのだな?」
「つまり漫画とかに変換しても詩の素晴らしさは消えないって言いたいんですかぁ? けど、それは漫画であって詩じゃないと思うんですがぁ」
「別に詩の形式を変える必要は無い。ただニュアンスを流行に合わせればいい。ならば皆に読まれるであろう。いや、もしやブラギの詩を皆が思い出し、読まれるかもしれぬ」
「なるほどぉ……ならば誓えますかぁ? 私の詩を皆に見てもらうようにするとぉ?」
「誓いは立てぬ。我々は人の心を操るならば魔法を用いなければならぬ。だからこそ芸術は素晴らしいのではないか。先の見えた芸術などありえぬ、故に芸術は美しいのではないか?」
「まぁ、そうですけど……」
「ならば誓おうではないか。14日間貴様の詩が皆に読まれるような指導をすると。うけるようにする策略を立ててやろうと。報酬はこの部屋の弁償だ。どうだ?」
「私が満足したなら支払いますよぉ。でも、駄目だったら私にも考えがありますからねぇ」
銃口を下ろしたブラギに安堵の吐息をロキは吐いた。誓いも実行可能だろう。それに散らかった部屋の弁償はともかく退屈はしないのだろう。既にブラギはロキの策略に嵌まっているのだから。




